第20話 トラウマ
雑談より会話の方が重要だ。そう言って誰かに同意を求めたこともなければ、誰かを説き伏せたこともない。自分の中だけで適用されるべき理屈であり、口にしなければ誰にも穢されない強固な心理領域を構築できる。
ただ、それで本当にいいんだろうか。自分を見せなければ精神的な防御力を高めることはできるけど、誰かを触発するような精神的な攻撃力は高まらない。自分を開示しなければ、相手が開示してくれるわけもなく、信頼関係の土台は今までどれだけ本音を言い合えたかによって強度が変わると最近思うようになった。
広島との関係は強固なようで脆い。目的や目標が一致した時は今まで出会った誰よりも相性がいいけど、方向性が違った場合は極端に繋がりが薄い。何が好きで何が嫌いで、どんな趣味があってどんな背景があるのか。深く聞いたことはなかったし、向こうも深く聞いてくることはなかった。
仲間であっても、友達じゃないんだ。会話をすればするほど仲間同士の絆は深まるかもしれないけど、雑談を排除すればするほど友達からは遠く離れていく。自分一人の問題で済むならそれでもいいと思うけど、自分の考えに意固地になっていればここから先に進むことができなくなる。そこまで追い込まれてようやく理解できた。
このままじゃ駄目だ。
肉体的に強くなるだけじゃなくて、精神的にも強くならないといけない。表面的な数値や目標ばかりを追い求めて、目の前にいる困った人に手を差し伸べられなくなるなら、それは弱さだ。拒絶されるかもしれないとか、嫌われたらどうしようとか色々と思うところはあるけど、こっちから一歩踏み出さなければ、何も変えられない。
「俺ってさ、人と接する時、どこか冷めてるところがあるんだよね。言ってもどうせ変わらないとか、自分のことを話してもどうせ伝わらないとか、打ち解ける打ち解けない以前の問題として人付き合いをどこか諦めてる気がするんだ」
ジェノは仕立屋の裏にある物陰で、コンクリートに背中を預け、語り始める。隣には視線を落とす広島が立っており、他の仲間は声が届かない位置で待機していた。
「それは……『神格化』の影響じゃろ」
広島は意見をハッキリ伝えているものの、声は弱々しい。さっきと比べて明らかに覇気がないというか、原因は分かっているけど、現段階だと解決できる見通しは全く立っていなかった。
「ううん。元からだよ。『血の千年祭』以前からそうだった。養母と妹以外は全員敵だと薄っすら思ってた。もちろん口に出したことはなかったけど、周りは感じ取っていたんじゃないかな。だから……家族はいても、友達はいなかった」
「……」
「利害関係がない状態で人とどういう風に接すればいいか分からないんだ。適性試験では裏切られても信じたいと思える人に出会えたけど、結局は仲間の延長線上だ。互いに何かあったら助け合える関係性ではあるけど、悩みや秘密を共有し合える友人とは言えない。なろうと言ってなるものでもないんだろうけど、こういうのは不慣れだから許して欲しい。……俺と友達になってくれないかな? 毛利広島さん」
気恥ずかしい気持ちでいっぱいになりながらも、ようやく本心を告げることができた。相手の反応次第だろうけど、前よりも一歩先に進めたのは間違いない。仮にこれが失敗に終わろうと、清々しい気持ちで結果を受け止められる気がした。
「大人びた少年と思っとったが、ちゃんと年相応のガキなんじゃな」
「それ……悪口?」
「いいや、褒め言葉じゃ。ガキっぽい申し出も謹んで受け止めちゃる。こう見えても経験豊富な物分かりのいい年上のお姉さんじゃからな」
広島は右手を伸ばし、ジェノの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫で回す。色々と不安はあったけど、どうにかなった。傍から見たら茶番のように見えるんだろうけど、今の関係値だからこそできるようになったことがあるはずだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて込み入ったことを聞いてもいいかな」
「なんじゃ、遠慮なく言うてみろ」
「魔獣殺しのトラウマを植え付けた元凶は……どこのどいつ」
ジェノは声色を落とし、真剣な表情で本題を切り出した。友達になる前となった後で比較検証することはできないけど、さっきまでの関係性とは違うと信じたい。
「バグジー・シーゲル。『ブラックスワン』における赤級殲滅者じゃ」
◇◇◇
胃体区の瓦礫にまみれた場所に群がるのは、三匹の魔獣。サメ型、ゴリラ型、ヒトデ型と言ったところねん。どこかのユニバースからまるっと流れ込んできたような既視感のある面々だけど、肩慣らしにはちょうどいい。
「…………」
赤髪アフロのバグジーは、白黒の道化服の背面に両手を伸ばし、掴み取ったのは二振りのククリ刀。薄っすらと赤色のセンスを目に灯し、臨戦態勢に入る。本来なら全身に纏って火力を底上げしたいところだけど、胃に溜まったガスのおかげで手加減せざるを得ない状況。センスを攻撃に乗せればガス爆発を招き、共倒れになる可能性が高かった。
とはいえ、条件は五分。向こうもセンスを安易に使えないのは同じであり、フィジカルだけが物を言う世界が広がっている。日頃の鍛錬の成果と戦闘経験のおかげで有利と言いたいところだけど、数だと不利だし、体格差も数倍ある。まぁ、下馬評があるならバグジー勝利は大穴になるでしょうね。誰にも期待されてないアウェイな状況とも言える。ここで根を上げるようならそれまでの人材だったってこと。というか、大穴に張れないようならオカマが廃る。
さて……大番狂わせの時間といきましょうか。
「夢現四刀流、その身にとくと味わいなさぁい」
◇◇◇
ドカンと高らかな音が胃低区に突如として響き渡った。恐らく、胃に充満するガスが爆発した音だろう。誰かが魔獣と戦闘し、誤爆したと思うのが自然か。そこまで遠くもなさそうだし、上手くいけば魔獣を殺さなくてもスーツの素材をタダで調達できるかもしれない。
「事情は分からないけど、行ってみない? 広島さんが良ければだけど」
ただ、彼女に強制はできなかった。魔獣の生き死にトラウマを抱えているのは誰の目にも明らかで、無理やり連れて行ってもいいことは起きないだろう。まぁ、ある程度は覚悟の上で仲間に加わったんだろうけど、どの程度まで許容できるのかは今までのやり取りだけだと判別できなかった。
「嫌じゃ……行きとうない」
トラウマを刺激されたのか、広島はブルブルと身体を震わせ、提案を拒絶する。これは……かなり根が深いな。聞かずに済むならそれでも良かったんだけど、ここまで表面化されると触れない方が不義理になってくる。
「だったら、こうなった経緯を教えてくれない? 今なら聞いてるのは俺しかいなしいし、誰にも話さないからさ」
「それは……」
広島は視線を明後日の方向に飛ばし、思案している。当たり前だけど、即断即決できるとは思ってない。悩んで悩んで絞り出した答えじゃないと不自然だ。……でも、なんだろう。それにしてはやけに沈黙が長すぎるな。目を大きく見開いているし、何か見てはいけないものを見てしまったような――。
「あらん。気になる話をしてるわね。アタシも混ぜてもらえる?」
広島の視線の先にいたのは、赤髪アフロのピエロっぽい恰好をした男。背後には討伐したと思わしき三匹の魔獣の死体が檻状の結界にまとめて捕らわれており、檻に連動している赤い紐のようなものを引いて、『仕立屋』裏手に到着する。
あの口調、あの見た目、あの立ち居振る舞い。……見間違いようがない。広島にトラウマを植え付けた元凶。色々とお世話になった面を考慮しても、友人の心を抉ったことがプラスの関係値を帳消しにする。それどころか、マイナスに直行だ。
「――――」
情報不足なのは分かってる。この環境下でマジ切れは危険だと知っている。それでも動き出したものは止められない。彼が現れた時点で導火線に火が付いた。見る見ると距離を詰め、ジリジリと音を立て、バグジーの懐に迫る。そして。
「――超原子拳!!!!!!」
感情は爆発した。




