第2話 スカウト
「ライバル、か……」
リーチェとの模擬戦を終えたジェノは、覚醒都市の道路をあてもなく闊歩する。実力の近しい存在はチラホラと脳裏に浮かぶものの、パッと思いつく人たちは同じ場所にいない。どこにいるか見当もつかず、生きているのかさえ分からなかった。
仮にこの場にいたとしても、ライバルになれるか? と言われれば微妙だ。少なくとも同じ目的のために長らく行動を共にする必要があり、無理に関係性を構築しようとしても長続きしないのは目に見えていた。
少なくとも、『ナロト攻略』という共通目的を持つ志の高い人物でなければならない。ただ、すでに名の知れた人たちは最前線に出向いているか、都市防衛の要になっている。都市内に残っている古の猛者……『七聖獣』の誰かに声をかけることも可能だけど、ライバルには程遠いだろうな。すでに何かしらの結果を出し、有名になってしまった人とは立場も実力も絶対に釣り合わない。だとすれば……。
「まだ大きな結果を出せずに燻っている若手。どこかに転がっていないかなぁ」
考えを整理した上で至った結論を口にして、途方に暮れる。特にあてもなく引き寄せられるように足を踏み入れたのは闇市。煉獄産の魔獣の臓器などが出店形式で売られており、ロシア風の味付けで堪能することができる場所だ。
ジェノは体質上、食事を摂取する必要がない。水さえあれば事足りる状態で、ここに住むようになってから一度も魔獣の臓器を口にしていなかった。食べても吐いてしまう上に、魔獣を食べることで発生するデメリットも存在する。
「「――!!!!」」
すると、遠くの方で迸ったのは眩い閃光。距離的に身内か他人かの判別はつかないけど、喧嘩騒ぎが起こっているのは間違いなく、スカウトのチャンスが期せずして到来していた。
ジェノは足早に舗装された地面を蹴りつけ、光の中心地に向かう。そこで争っていたのは若手二名。片方は知っていて、片方は知らない人物だった。双方ともに身体の一部は魔獣と化しており、覚醒都市ならではの光景を見せつけていた。
原因は魔獣の臓器にあり、口にすれば元となった魔獣と適合する場合がある。長くここで生活するほど食事を避けることはできず、必然的に人口の大半が魔獣化可能だった。そのせいか血気盛んな人物が多く、喧嘩が起こるのも珍しくない。
行きすぎたら憲兵や周りの人が止めに入るけど、大抵はスルーだ。この程度の戦いは日常茶飯事であり、人だかりや野次馬さえ出てこないレベルだった。数週間滞在するジェノも例外ではなく、土地柄に染まり、傍観を続ける。
注視するのは、二人の実力。場合によってはライバル候補に加えることも視野に入れていた。ただ、それと同じぐらい相手の立場を見極めるのも重要であり、仮に実力が高かろうと志が低そうなら一緒にはいられない。本当なら止めに入りたいところだけど、ここはありがたく利用させてもらおう。目の届く距離で安全圏を維持しつつ、闘っている二人に対し、そっと耳を傾けた。
「しっつこいなぁ!! 私の何が気に食わないわけ!?」
真っ先に聞こえてきたのは高飛車な少女の声音。名前は確か……ソーニャ・カラシニコフだ。銀髪をボブヘアにしており、レースが入った白のドレスを着用している。初等教育用の制服であり、年齢は十代前半だろうけど恐らく年下。実力に関しては申し分なく、初等教育段階の生徒の中でも選りすぐりのエリートであり、二人しか該当者がいない『白金の道』に該当する。
肩書きから考えても志は高く、ライバルの条件は満たしている。ただ、彼女は覚醒都市から出られない理由があった。
「てやんでぇ、べらぼうめい! あれだけの問題を起こして、面の皮が厚いねぇ。覚醒都市に対して現在進行形でクーデター中なのをお忘れか?」
ソーニャを追う形で語り始めたのは、紅白のねじり鉢巻きをつけた茶髪の少年。江戸っ子風の狂言回しと言えばいいのかな、ちょうど知りたかった情報をつらつらと喋ってくれていた。服装は藍色の小袖を着用しており、脚部は剥き出しで、脛の部分は布で覆われ、足袋を履いていた。ロシア人を中心としたコミュニティから明らかに逸脱し、異国の匂いを醸し出している。特定の地域と文化の熱心なファンの可能性も否めないけど、帝国出身の可能性が高いように感じた。
ともかく、重要なのは実力だ。ソーニャの方は魔獣『ケルべロス』に適合し、黒い体毛と鋭い爪を両腕に展開し、名前負けしない爪撃を披露している。
対する少年は脚部を魔獣化しており、右足を上げて、脛の部分で爪を防御。赤褐色系の体毛が見え隠れしていた。モデルは不明。キツネっぽく見えるけど、部分的魔獣化に相当する状態1だと断定はできない。魔獣化の割合が増す、状態2か状態3に移行すれば見当もつくだろうけど、そこまでいったら喧嘩じゃ済まない。憲兵が出動するラインでもあり、そこは二人も弁えているように見えた。
「クーデターを起こしたのは事実かもしれないけど、私を殴っても解決しないから。評議会で承認済みの案件だし、とっくの昔にケリがついた話。嫌なら出ていけば? 別に誰も止めないし、ナロトを攻略して外界に出れば、自由が待ってるよ?」
「…………」
二人の喧嘩は口論が中心となりつつあり、ソーニャの発言を受け、少年はバツが悪そうな表情を浮かべ、口を閉ざしていた。
何か裏があるな。どういう背景があるのか分からないけど、攻略に関して否定的な反応を見せているのは分かる。実力は申し分なさそうだったけど、方向性が違うなら一緒にはいけない。無理に説得しても骨が折れるだけだろうし、能動的に攻略したいと思えるだけの熱量がないと、一緒にいるこっちが疲れるだけだった。
「一人で行けるならとっくに行っとるっちゅーの……」
げんなりとした表情を作る少年は、視線を落とし、ぽつりと言った。一連の動作から哀愁が滲み出ていて、言動の節々に親近感を覚える。『七聖獣』並みの実力と肩書きがあれば一人でも攻略できるだろうけど、そこまでの自信はない。人望があれば攻略組に潜り込めるけど、異国の文化を全面に押し出しているせいで、ロシア人のコミュニティに上手く馴染めない。
勝手に想像で背景を穴埋めしてしまっているけど、諸々のマイナス要素が足を引っ張っているのが容易に想像がついた。若さ〇、熱量〇、実力○、実績✕、協調性✕といったところ。どういう信念や大義を掲げているかは不明だけど、求めている条件にピタリと当てはまっている。
「じゃあ、俺と手を組みません? 同じと言ったら失礼かもしれませんけど、こう見えても覚醒都市の腫物なので、メンバー集めに苦労してるんですよね」
喧嘩が収まったところを見届けつつ、ジェノは割って入る。覚醒都市が永遠王国の一部となる過程で色々とあり、現地民からは疎まれている。そこに関しては弁明の余地もなく、冷たい反応を受け入れるしかなかった。それが距離を詰めるきっかけになれば……とも思ったけど、プラスに働くとは限らない。むしろ、マイナスに傾く可能性の方が高く、このアプローチは賭けだった。
まぁ、何もアクションを起こさなければ、賭け以前の問題だし、今はとにかく場数を踏むのが健全だ。0に何をかけても0のままだけど、前に進めば0であることは否定できる。それがプラスに転じるかマイナスに転じるかは置いといて、自分の心に従って能動的に動けた時点で個人的には満足だった。結果はオマケ程度に考えていた方が、精神衛生上いい気がする。
「おめぇ、名は?」
「ジェノ・アンダーソン。そっちは?」
「……カグラってぇもんだ。腫物同士、仲良くいこうや」
少年カグラから突き出されたのは右手。意図を汲んだジェノは快く握手を交わし、ライバル探しは幸先のいいスタートを切ろうとしていた。




