第18話 二者択一
何度、この子と対立したんじゃろうか。もはや数を数えるのが億劫と思えるほどには敵対関係を続けてきた。一度や二度なら偶然で済むが、それ以上ともなると必然のようにしか思えん。仮にそうじゃとしたら、誰が何のためにどうやって……という疑問が浮かんでくるが、いくら考えたところで答えは出んじゃろう。
真実は今、この瞬間にしか存在せん。過去がどうだろうが、未来で何が起ころうが、今の自分と直接関係がない。ジェノとの出会いを運命づけた黒幕がいるのだとしても、これから起こるやり取りは自由意思に基づくものだと信じたい。結果がどうなろうと、誰かが書いた脚本通りの展開とだけは考えたくなかった。
「率直に言います。俺と一緒にナロトを攻略してくれませんか?」
闘技場の武舞台中央に立つ少年、ジェノ・アンダーソンは瞳を逸らすことなくストレートに本題を告げた。まぁ、そうじゃろうなとしか思えず、この段階では特に何かを付け足すまでもなく、答えは決まっていた。
「嫌じゃ。うちにはここから動けん理由がある」
「詳しい理由を伺っても?」
「魔獣は殺せんし、闘技場は放置できん。以上じゃ」
「その二つを解決できる手段があったとしたら、どうします?」
そんなもん、絵空事じゃろ……と喉元まで出かかったが、ぐっと堪えた。この子には不可能を可能にする発想力と実行力がある。それを知った上で、中身を詳しく聞かずに突っぱねるのは愚か者のすることじゃろう。
「一応、聞くだけ聞いちゃる。簡単に心変わりするつもりはないがな」
「混乱を避けるためにも前もって確認しておきたいんですけど、独創世界についてどこまで知ってます?」
「『芸術系』が結界術を極めた先にある独自の世界を創造可変することじゃろ。独自のルールを使い手が自由に設定でき、世界とは切り離された空間を構築できる。外側から全く介入できないものもあれば、現実と何らかの接点があって出入り自由なものもある。その二つを分けるのは発動条件か維持条件にあり、難易度が高ければ高いほど外側から介入できない独創世界が出来上がる。……と口が滑り過ぎたが、基礎的な知識だとこんなもんじゃろう。不足はあるか?」
「いいえ、十分です。それを踏まえて結論から言うと、ここに独創世界を構築します。そうすれば闘技場を維持することができ、魔獣が食用で処分する必要がなくなり、戦闘で死亡する可能性も限りなく0にできるかもしれません」
いきなり結論を言われれば若干引っかかったかもしれんが、前置きがあったからこそ頭にはすんなりと入ってきた。これを絵空事と切り捨てられるほどの現実主義者でもなければ、あらゆる可能性を否定する虚無主義者でもない。一人の意思能力者である以上、センスが想像力によって実体を持つことは疑いようがなく、実際に体験したことがある現象だった。
「可能か不可能かで言えば可能なんじゃろうな。でも、そんな都合のいい使い手がごろごろ転がってるとは思えんが……」
「それがそうでもないんですよね」
ジェノは後ろを振り返り、観客席に視線を送る。そこには、銀髪ボブヘアで白の制服を着た少女がおり、武舞台に降り立ったのが分かる。直接的な面識はなく、覚醒都市強襲時に敵対した覚えもない。ただ、知らないと言い切れるほど無知でも無名でもなかった。
「ソーニャ・カラシニコフ……」
◇◇◇
覚醒都市強襲事件における彼女の活躍は目覚ましい。同じ『白金の道』であるジーノに勝利。コサック部隊の隊長であるセルゲイ大尉に勝利。堕天した白き神の力を扱うジェノに勝利……という並外れた成果を叩き出した強襲メンバーの一人だった。
生まれ育った場所を襲われた身としては良い印象を持ってない。言ってしまえばテロリストの一人であり、侵入を許した上に都市を引っかき回された事実に変わりはない。動機がジェノを救うためだったり、覚醒都市に直面した危機を救ったりと情状酌量の余地があるとは言えど、無条件で手を貸したいと思える相手じゃなかった。
「確かに、私たちが維持する独創世界なら可能ね。ここを世界から切り離し、王国と繋げて、生と死と空腹の概念を曖昧にすることもできる。……でも、協力するかどうかは私の匙加減というか、実際にやるかどうかは話が別になる」
「多かれ少なかれ反感を買っとるようじゃね。まぁ、無理もないというか、大したお咎めもなく片付いたのが都合よすぎるというか、覚醒都市民からすれば当然の心情じゃろうね」
「手を貸さないと言っても文句はないと?」
「そん時は闘技場に引きこもるだけじゃ。大して知りもせん小娘に媚びへつらうほど落ちぶれた覚えもない」
話は平行線というか、頼む立場であるはずの広島は図々しい態度を取っていた。まぁ、言い出したのは彼女じゃないし、気持ちは分からんでもない。自ずと視線は言い出しっぺのジェノに集まり、場の意見を取りまとめる手腕が問われていた。
「都市を襲ったのは事実。ただ、彼女が都市を救ったのも事実。広島さんが何もしていなければ、今の王国はなかったよね」
「……そう、だけど」
「事実と心情は別。気持ちは分かるけど、ここはどうか折れてくれないかな。俺にでることだったらなんでもするから」
「一つ貸しってこと?」
「そういう認識で構わない」
「うーん。なんか気に食わないなぁ。この人がリスクを背負わないのが癪」
モヤッとした心情をそのまま吐露し、視線の先には無表情で状況を見守っていた広島がいた。彼女が得するかどうかの交渉なのに、人任せなのはいかがなものか。テロリストがどうこうの前に、大人としてどうなんだって話。
「じゃあ逆に聞くが、うちに何をやらしたら気が済むん? 裁判を受けて、独房に入って、刑期を全うしろと?」
「まぁ、それでもいいし、それに相当するものならいいかな。とにかく、あんたがお咎めなしなのは気に食わない」
こちらの要望は告げた。どういう反応をするかは向こう次第。納得する回答じゃなければ突っぱねるだけだし、意見をすり合わせる気もない。気に入るかどうかは一発勝負。足元を見てくるような舐めた態度じゃ絶対に駄目で、身を切る覚悟があるかどうかが大事だった。年下のジェノに頼るなんてのは、論外と言える。
「じゃったら、もう一度、都市が危機的状況に陥った時、身を粉にしてでも救ったる。これならどうじゃ?」
広島が提案したのは、言ってしまえば後払い。将来、起きるかどうか分からない問題を取引材料にしている。舐めていると言えば舐めている。口約束だからいくらでも反故にできるし、適当な言い訳をつけば逃れることもできる。
ただ……。
「気に入った。もし、その時が来たら馬車馬の如く働かせてやるから」




