第122話 食えない野郎
周囲に緑色の結界を張り、簡易的な椅子を二つ作り、そこに腰かけたマステルは、自身の過去とマーリンに関連する情報を言える範囲で全て伝える。
「それさ……本当に言ってよかったの?」
対面に座るライサは困惑気味の表情で、与えられた情報を真正面から受け止める。反応から考えて、話した内容を嘘だとは思っていないようだ。
「正直、分かりかねる。説明した通り、初代王マーリンの魂が私の中にあるわけだが、一部はブラックボックス化していて読み取れない。話せた時点で大した罰則はなかったようだが、今後に関しては全く読めない」
「織り込み済みか……それとも、大事な部分は隠してあるから問題なしか」
「どちらにせよ、今言ったのは紛れもない事実だ。信じるか信じないかは君の自由だし、鰐の魔獣を犠牲にした件は弁解のしようもない。一連の行動で私のことを信用できなくなったら、ここで遠慮なく見限ってくれ。言えることは全て話したつもりだし、マーリンの魂が君に危害を加える恐れもあるからね」
「正直、適当に嘘並べるなら切ってたよ。原生蝕林に置き去りにして、理由も言わずに単独行動してたと思う。魔獣は生かすって言ったのに、利用して殺すのは筋が通らないからね。……でも、今ので納得がいった。まるっきり鵜呑みにする気はないけど、信じてあげてもいい」
「恩に着るよ。さすがの私でも一人では生き残れなさそうだからね」
「ただし、不審な行動を起こしたら話は別。筋が通らないと判断したら速攻で切るよ。そこんとこはあらかじめ覚悟しといて」
「当然だね。私たちは知り合って間もないわけだし、全幅の信頼を寄せ合う関係性でもない。ついていけないと思ったら遠慮なく捨ててくれ。それぐらいのドライな関係でいた方が健全だ」
話し合いに一区切りがつき、ひとまずライサとの関係性は維持されることになった。首の皮一枚と言ったところだな。真実を話す決断は結果的に正解だったようだ。今後どうなるかはまるで見当もつかないが、理由も説明されずに原生蝕林に取り残されるよりはマシなはずだ。能力の相性も悪くなさそうだし、彼女がいれば大抵の脅威は排除できるだろう。
さて……本題はここから。
「それより、煉獄界の仕様を詳しく聞かせてもらっていいかな。帰る算段をつけるためにも、詳細を把握しておきたい」
「うーん。マーリンの『転写体』なら知ってるんじゃないの?」
「都合がいいと思われるかもしれないが、三界の情報はブラックボックス化されている。マステルとしての記憶しか参照できず、モノづくりにしか興味がなかったから世間一般の常識には疎いんだ。ザックリでいいから教えてくれないか?」
「そういうことならいっか。まぁ、言うてあたしも、ニキータ……コサック部隊の人から聞きかじった情報しか知らないんだけど、まずは前提から。人間界と煉獄界を繋ぐのは『煉獄の門』ってのはさすがに分かるよね?」
「あぁ、それぐらいはさすがに知ってる。ナロト体内と煉獄界を結び、門は一つでなく、複数あるんだったか。門がどこに通じているかを詳細に把握できれば、ナロトの体内を上手い具合にショートカットできるだろうね」
「そこからか……。問題は一方通行ってところ。人間界から煉獄界に向けた門は人間でも開くことができるけど、煉獄界から人間界に向けた門は魔獣しか開けない。ようするにあたしたちは、煉獄界に閉じ込められた状態ってわけ。『煉獄の門』は幸い近くにあるけど、人間のあたしたちが開くのは物理的に難しい」
「煉獄界側から門を開くのは、魔獣のみか。これは単純な疑問なんだけど、魔獣化すれば開けるんじゃないのか?」
「状態4。完全魔獣化の暴走状態だったら恐らく可能だね。生物学上は魔獣と全く同じなはずだから。ただ、当然ながらリスクもあって」
「理性をコントロールできない。門を開くどうこうの騒ぎじゃない」
「そういうこと。そのまま帰らぬ人になるケースがほとんどだし、そこまでのリスクを負うつもりは毛頭ない。先に言っとくけど、状態4未満は無理だから。人間扱いにされて、一方通行のルールは適用される」
「つまり……出口は目の前にあるが、簡単に開けないというわけか」
「そそ。一番無難なのは魔獣を誘導して門を開けさせることだけど、最も近くにある『煉獄の門』は川沿いにあるから賢い魔獣だと寄ってこない。巨大アメーバの餌食になるからね。あたしたちも例外じゃなく、門周りでダラダラと時間を潰していたら、速攻で食われるよ。というかそもそも、原生蝕林に長居するのは得策じゃない」
「舞台移動は……必須か。ここが難易度高めな場所なのは理解できるが、他にはどんな場所があるんだい?」
「最も難易度が低い場所なら『幽遊原野』。平地だから敵を察知しやすいし、生息する魔獣も弱めかな。時折、重力が反転するらしいけど、天災みたいなもんだから遭遇しないように祈るしかないね。巻き込まれたら、天国に直行」
ライサは人差し指を天に向ける。そこには赤い空が広がり、光源と思わしき白い天体が見える。分からないことばかりだが、さすがに突っ込まずにはいられない。
「天国? 空を抜けたらあの世に行くとでも?」
「らしいよ。まぁ、行った時点で肉体は朽ち果てるから、確かめようがないというか、あくまで噂レベル」
「……仮に事実だとしたら行きたくないな。重力の反転が運任せなのが肌に合わない。それなら原生蝕林の方がマシなように思える」
「いやぁ、ここも大概だよ。原生生物がヤバイのは言うまでもないとして、『重力反転』と同じぐらいのハプニングが付き物」
「それって……?」
「『蝕酸性雨』。心を蝕む雨が降る。身体に害はなく、普通に飲めるけど、人としての根っこが腐る……らしい。なんにしても、長居は禁物かな。『重力反転』と同じように、発生はランダム。どこもかしこも不確実性だらけ。綿密に計画を立てたところで、あたしたちの生死を握るのは結局のところ、『運』なんだよなぁ」
「聞いてる限り、デメリットばかりだね。これは過ぎた願望なのかもしれないが、危険と釣り合う見返りが欲しいところ。ここに滞在することで得られるメリットはないのかい?」
「あー、あるにはあるらしいよ。基本的な法則として、各地域の天災に対応する物資が存在するっぽい。例えば、『重力反転』の『幽遊原野』なら『荷重石』。持っているだけで、『重力反転』を打ち消せるほどの力場が生じるらしい。範囲や規模は不明。存在は確認できたけど、覚醒都市に持ち帰ることができなかったから分析は進んでない。他には、『蝕酸性雨』の『原生蝕林』なら『浄化飴』。心身問わず、口に含めば蝕まれたものを元に戻せるみたい。他の地域は未開拓だから知らないけど、どこもおんなじじゃないかな。理不尽な天災はあるけど、攻略法は存在するって感じ。環境に文句を言いたくなる気持ちは分かるけど、場に適応すればどうにかなりそうってところが皮肉だね。愚痴だけ言う奴と、腐らず攻略する奴で二極化するんじゃないかな。見返りがあるって前提を知ってるかどうかで変わりそうだけど」
「…………君、いくらなんでも知り過ぎじゃないか?」
饒舌に語るライサに対し、心の内に生じた疑問を素直に口にする。場は静まり返り、気まずい空気が漂っている。もちろん、こうなることは分かっていた。会話を円滑にするなら泳がした方がいいに決まっていた。ただ、手を打つなら早いに越したことはない。素直に話すかどうかはともかく、彼女もまた後ろめたい事情を抱えている可能性は十分に考えられた。
「だから、コサック部隊の人から聞いたって」
「軍事機密は友人だろうと気軽に明かせない。破れば軍法会議にかけられる。そのリスクを承知の上で話したとは思えない。何か裏があるんじゃないのか?」
「それは……マステルが無知なだけでしょ。今話したことなんて一般教養レベルだから。覚醒都市内にも『煉獄の門』は存在するし、都市民の危機管理能力を高めるためにも、煉獄界の情報は公開する義務がある。もちろん、軍だけが占有している情報もあるんだろうけど、今話したのは特別なものじゃない」
ライサはスラスラと意見を述べている。やや言葉に詰まった印象を受けたのは最初だけで、後半からはエンジンがかかったのか、まくしたてるように自身の発言を正当化していた。正直、今の段階で嘘か真実かを見分ける術はない。覚醒都市に帰還できればすぐに裏を取れるが、孤立無援の状態では確かめようがない。
「そういうことにしておこう。掘り下げたところで、いくらでも誤魔化しが効く状態だ。鵜呑みにするつもりはないが、蔑ろにするつもりもないし、貴重な情報であることに変わりはなさそうだから、今は素直に受け取っておくよ」
「あたしの評価は、白か黒かじゃなく、グレーのまま保留にするってこと?」
「そう思ってもらって構わない。君が私をいつでも見限ることができるように、私もまた君をいつでも見限ることができる。歪な関係ではあるが、この上なくフェアだろ? 騙す気があるかどうかは分からないが、出会ってそこそこの関係性としては絶妙な塩梅だ。損得が一致する限りは行動を共にしよう」
成立するのは、利害によって繋がる関係。ビジネスと似たようなものだと考えておけば、何かとやりやすい。後から頭を煩わせるよりも、最初から線引きを決めておいた方が精神的に楽だった。
「ひっど。心の中で思っていたとしても、面と向かって言うかなぁ」
「私は良くも悪くも『食えない野郎』だからね。根っこは変わらない」
「はいはい、分かった分かった。今はそれでいいよ。ここから生きて帰るためだけの冷めた関係ね。……早速で悪いけど、今までの情報を踏まえて、次のプランがあるなら聞かせてもらえる?」
ライサは割り切ったように現状の関係性を受け入れ、話を進めている。思うところはあるが、言わずに留めておいたといった印象だな。何はともあれ、『覚醒都市に帰還する』という目的は一致している。ラダを追える状況かどうかは、ナロト体内に戻ってから考えればいいだろう。今はともかく……。
「未開拓領域を攻略する。遠回りこそが近道かもしれない」
「はぁ? それなら、ギミックが割れてる『幽遊原野』か『原生蝕林』の方がマシなんだけど」
「煉獄界の基本的な法則として、天災に対応する物資があるんだったよね?」
「……だから、なに?」
「『煉獄の門』自体が天災だとは思わないかい? 人工物なら数が多すぎるし、作り手の労力も計り知れない。ただ、自然発生的なものなら辻褄が通る。私の予想では、『煉獄の門』が天災に相当する地域があると読んでいる。ここらにあるのは余波というか、序の口だろうね。つまり、裏を返せば――」
「門を開くアイテムが存在する」
「あぁ。マスターキーめいたものなら、『煉獄の門』を自由に行き来できるかもしれないよ。今のところ妄想レベルの拙い計画だが、ワクワクしてこないかい?」
「それならラダも追いかけやすい……。遅れを取ったように見えるけど、いつでもどこでも先回りできるストーカー冥利に尽きる展開も可能。でゅふふ。でゅふふふふ」
「返事が聞こえないねぇ。私の無謀な計画に、乗るか、乗らないか。どっちなんだい?」
「うーん、乗る!!!!」
人の欲望は尽きることがない。まだ見ぬ景色を夢見ることで、それに伴う困難や障害をもろともせずに突き進む原動力となる。互いの利害は一致しており、足並みを揃え、結界を解き、前向きな気持ちのまま未踏の大地を目指そうとした。
その時、雨が降った。




