第121話 差し迫る脅威
エリックス曹長対ミハイル曹長との部隊式決闘。ニキータは一部始終を食い入るように見ていた。立ち合いを務める以上、どちらか一方の肩を持つことはできず、公平に勝敗を見極めなければならない。
ルールは『先に相手の顔面に一発食らわせる』こと。
エリックス曹長の意思能力『標的変更』によって、戦闘は複雑化していたが、誤認の有効範囲外である軍旗の半径三メートルより外側に出ていれば、そこまで難しいものでもなかった。
注視すべき点はフェイントの数ではなく、二人が接触したタイミング。
『――――』
『なーんてな』
エリックス曹長が右足で顔面を蹴りつけようとし、ミハイル曹長が『アブドミナル&サイ』によって強化された腹筋で受けた瞬間。放たれた右足が骨折したことは言うまでもないが、問題はこの後。
『…………』
『強化した腹筋で攻撃を受ける』。この課された条件を満たしたことによって当身技として機能し、拳程度の大きさのセンスが虚空から半自動的に放たれた。ミハイル曹長は筋力に特化していることから、身体から切り離した意思弾は拙い。実戦レベルのものではなく、エリックス曹長クラスが相手だと大したダメージにもならない。明らかに鍛錬不足であり、こういった得意系統以外の分野をおざなりにしていることが、ミハイル曹長の昇進が遅れている理由の一つだと考えている。
とはいえ、部隊式決闘のルールでは話が別だった。
『右足は……くれてやるよ!!!』
この時点で勝負はついていた。右足の痛みによってアドレナリンが生じ、彼は拙い意思弾を顔面に受けたことに気付いていない。『先に相手の顔面に一発食らわせる』という条件はすでに達成されてしまったため、残念ながらこの後にどのような熱戦を繰り広げようが無意味だった。
「勝負あり。勝者……ミハイル曹長」
ニキータは務めを果たし、公平に勝敗を伝える。場はどんよりとした暗い雰囲気に包まれ、敗者であるエリックス曹長の表情を見ることができない。代わりに、ミハイル曹長のしたり顔が嫌でも目に入った。
◇◇◇
原生蝕林。
「ひぃぃぃ!! 死ぬ、死ぬ、蝕まれて殺されるぅ!!!」
ライサとマステルは全力疾走で駆けており、その背後には超巨大な土壌性繊毛虫が迫っていた。通り道は焼け爛れており、接触した時点で人体の形を保てない可能性は極めて高い。だからといって、逃げ続けるのも得策ではなく、秘めていた手札を切るかどうかの瀬戸際に立たされていた。
(使うか……。ここで、アレを……)
黙々と走り続けるマステルは、作業着の前ポケットに右手を突っ込む。そこには、気管支との戦闘でコイン化された『鰐』『犬』『雉』の三枚の白い硬貨がある。披露すれば助かる可能性が高いが、手の内を晒すことになり、ライサの疑心を深める。最悪の場合、関係性が破綻する。そうなれば覚醒都市に帰還することはおろか、煉獄界で生き延びられるのかも怪しい。かといって、手を抜いた状態で、あの化け物を倒せるかは微妙だ。『芸術系』は『肉体系』のように身体強化は得意ではない。単純な戦闘力だけで立ち向かうには、フィジカルに不安が残る。だからこそ、センスの創造可変によって欠点を穴埋めするんだが、度が過ぎた能力は披露できない。
特に、『マーリン』に冠する能力は使用厳禁だ。
彼女はそもそも、初代王の存在自体を知らないのだろうが、広められると困る。覚醒都市及び攻略者の中には、世界各地に最低でも12名のマーリンの魂をコピーした『転写体』がいることを知っている人物は複数いる。そいつらに知れ渡ったら面倒だ。得するよりも損することの方が多い。
同じ『転写体』で接触する可能性のある『ジーク』、『ベズドナ』あたりになら手の内を明かしても構わないが、赤の他人であるライサは今のところ信用できない。もちろんそれは、実力がどうこうの話ではなく、口が軽いかどうかの話だ。能力を披露した時点で噂を広められる可能性が高く、勘がいい面々が耳にすればマーリンの『転写体』だと特定される恐れもある。帰還できなければ元も子もないわけだが、秘密を知られてしまってはライサを処理する選択肢を取る必要が出てくる。
それは……出来る限り避けたい。
マーリンの魂を写された以上、『食えない野郎』なのは重々承知している。だとしても、マステルの人格が完全に食われたわけじゃない。半同居状態であり、主導権はこちらにあると思っている。まぁ、どこまで強がっても、『行動原理』はマーリンに縛られているわけだが、性根まで腐った人間にはなりたくなかった。
(やめだな。ここは彼女の実力を信用しよう……)
諸々のリスクを危惧し、マステルはポケットから手を引く。今ある手札だけで戦う覚悟を決め、視線を赤髪の看護婦ライサに向けた。
「アレに触れても蝕まれない鎧を作れると言ったら、どうする?」
走りながら大真面目な声音でマステルは問いかける。
「品質は?」
「保証する」
「じゃあ、やって!!」
「仰せのままに」
二人の意見は一致し、同意のもとで共同作業を行う決意を示す。本来、鎧を一から仕上げるのは極めて面倒だ。採寸、設計、切断、成形、熱処理、研磨などなど。センスを素材にする前提だとしても、対象者の身体にフィットするように作り、要望通りの品質を再現するためには、最低でも頭の中で一連の製造工程をイメージしなければ上手くいかない。それが具体的であればあるほど精度は増し、実在する素材を使った方が品質が向上するのは言うまでもない。
ただ今は、モノづくりに没頭できるほどの余裕はなかった。
走りながら即席で鎧を製造し、なおかつ、走り続けるライサの体格と位置情報に合わせ、ピッタリ固定しなければならない。仮に鎧の製造が上手くいっても、少しでも位置がズレれば形が崩れる。針に糸を通すどころの騒ぎではない繊細な作業が求められ、敵の特性を考えれば品質を妥協することも許されない。無理難題に次ぐ無理難題。このレベルの高度な処理を実戦で行ったことはない。
だとしても……。
「我が意思に呼応し、汝に纏う鎧と化せ。――聖意物」
マステルはベクターの技を模倣する。アレンジを加え、我が物顔で引用する。こいつは、マーリンが辿った歴史を踏まえても、画期的な大発明だ。短文詠唱で製造工程を大幅に短縮し、意のままに鎧を創造可変する上に、再現性が高く、敷居が低い。結界術の応用レベルの技術があれば使用可能で、『芸術系』でなくとも恐らく発動できる。使い手が広まれば、意思能力戦の前提や常識が丸ごと書き換えられるレベルだろう。意思能力者の歴史として、聖意物発明前と聖意物発明後で分けてもいいぐらいだ。赤の他人の技術であれば、引用することに多少の抵抗があったかもしれないが、ベクターは家族だ。初代王マーリンの血を引いており、マーリンの『転写体』で直接的な血縁者ではないとはいえ、間接的には繋がっている。つまりは……。
遠慮なくパクれる。
おかげで創造可変の技術は向上し、特殊ギミック搭載の宝箱の製造に設計図が不要なレベルにまで成長した。特に製造工程の短縮に関しては大いに参考になり、実戦レベルの経験はなくとも、再現可能とする素養と下地は十分にあった。設計図に頼らない直感的な作業も苦ではなくなっており、余ったリソースを難易度の高い位置情報の固定にだけ割くことができた。
結果として――。
「よっしゃぁぁあああ!! ここからはライサのターン!!!」
こうなる。ライサの身の丈と色味に合った赤い鎧が装着されており、型崩れは一切ない。合わせて武器を生成する余裕はなかったが、これは今後の課題だな。彼女の好みも知らないし、得手不得手を理解しないまま生成したところで足を引っ張る可能性も高い。とにかく今は……彼女の実力を信じよう。
「―――」
クルリと反転し、逃げから攻めに転じた彼女は、真正面から繊毛虫に立ち向かう。触れた相手を蝕む毛が無数に生えているが、それはもはや脅威ではない。
『―――――ッッ!!!!』
繰り出されたのは、渾身の右ストレート。頭部と思わしき場所を捉えており、見るからに攻撃が通用しているのが分かる。さすがは『肉体系』だな。通常攻撃だけでこの火力。蝕耐性が鎧に付与されているのは言うまでもないとして、あのフィジカルは彼女由来のものだ。仮に同じ鎧を身に纏っていたとしても、あそこまでの火力は出せないだろう。今の攻防だけでも抜きんでたものがあるのは間違いないが、ライサの本領はここからだ。
「まだまだぁ!!!!!」
彼女の拳は対象にヒットするごとに速くなる。粗削りな必殺技であり、名称すらついていない。恐らく自覚してもおらず、医療従事者としての業務が日常だったため、鍛錬を怠っていたのだろう。ようするに、初期段階でコレだ。優秀な師の下で修業を重ねれば、伸び代は計り知れない。
『―――ッッッ!!!!!!』
繊毛虫の身体は浮き上がり、ライサの右肩上がりの拳が落下を支える。繊毛を伸ばし、抵抗しようと試みているが、あまりに遅すぎる。敵の一回の行動に対し、ライサは十回分の行動を可能としており、もはや戦闘ではなく、蹂躙に近かった。
「とどめぇ!!!!!」
ライサは跳躍し、右拳を打ち上げ、核と思わしき収縮胞を的確に貫いている。何も見ずにやったなら偶然が過ぎるが、繊毛虫は半透明状態。殴りながら弱点の位置を把握し、あらかじめ狙いを定めておいたんだろう。彼女が特別なのか、覚醒都市民の平均水準が高いだけだったのかは分からないが、大した使い手だ。白軍に所属していないにもかかわらず、前線で活躍できるレベルの強さを誇っている。
ここまでは手放しで褒めてきたわけだが、完璧には程遠い。
「気を抜くな! 繊毛虫の収縮胞は二つある! その勢いのまま、ぶっ潰せ!」
「了解!!!」
拙い部分を指摘し、すぐさまライサは対応する。空中に展開した小結界を蹴りつけ、身体の反対側にある二つ目の収縮胞に蹴りを放っている。貫けば終わりだ。考える脳みそも持っていないだろうから、彼女の速さに対処できるはずもない。
『――――』
しかし、その予想に反し、繊毛虫は細胞を変形させ、当たり判定をズラし、ライサを体内に取り込む。一般的な生物では不可能な芸当だが、繊毛虫には細胞壁が存在しない。細胞口を通じて、物体を体内に取り込むことが可能となる。蝕耐性を付与した鎧を纏っているとはいえ、中は恐らく酸素が供給されていない。どれだけ長く見積もっても数分が活動限界であり、仮に生き延びたとしても消化酵素によって分解、吸収されるのがオチだ。
(人命には代えられないか――)
差し迫った状況を前に、即断即決したマステルは、作業着の前ポケットから白いコインを取り出し、放り投げる。表面に刻まれたデザインは『鰐』。
『――――!!!!!』
他の追随を許さない咬合力を発揮し、繊毛虫の細胞を噛みちぎる。深くまで取り込まれる前に手を打ったことで、ライサは離脱。
「人間を、舐めんな!!!!」
クルクルと空中で数度回転し、遠心力がついた踵落としを披露し、二つ目の収縮胞蹴り砕いていた。
『―――――』
限界を迎えた繊毛虫は体液を周囲に飛び散らせ、瓦解。マステルは瞬時に結界を張り、それを防ぎ、ライサは鎧を纏っているおかげでノーダメージで済んでいる。やや危ない一面はあったが、こちらの勝利だ。煉獄界の初戦としては悪くないスタートを切ったと言える。彼女の性格なら無邪気に喜んでもおかしくなさそうだったが、予想していた反応とは真逆だった。
「助けてくれたのは礼を言うけどさ、これ……なに?」
冷たい声音で右手の人差し指を差し、指摘するのは、蝕まれていく鰐型の魔獣。コイン化したものは、一度使用すれば肉体の主導権は相手に戻るのだが、蝕耐性はなかった模様。魔獣に死ぬと分かってて飛び込ませたようなものであり、ライサを救ったのは確かだが、それには犠牲が伴う結果となった。
嘘をつけば切り抜ける自信はある。長期的には分からないが、短期的には信用を勝ち取れるだけの場数は踏んでいる。
「君には話しておかなければならないことがある。私の過去にまつわる話だ」
その思いに反し、マステルは真実の一端に触れる。嘘で塗り固めた関係よりも、本物が欲しい。マーリンの計画に支障が出ようが、『行動原理』に差し支えようが、今だけは自分に正直でありたかった。




