第120話 部隊式決闘
部隊式決闘のルールは至って単純だ。
相手の顔面へ先に一撃を食らわせた方の勝利。
部隊内で揉め事が起きた際に用いられ、マジギレに比べたら平和的に解決することができる。ようは、一発殴ったら終わりだからな。何でもありの意思能力戦になると死者が出る可能性もグッと増すが、このルールなら軽い喧嘩騒ぎで済む。もちろん、当たり所が悪ければコロッと死んでしまうこともあるんだろうが、ミハイル曹長の場合、その可能性は0に近しい。
「…………ムン。今日も絶好調だな。私の上腕二頭筋」
奴は『肉体系』だ。持ち前の筋肉質な身体も相まって、ガチの一対一なら分が悪い。なんてったって、こちとら『芸術系』だ。センスの創造可変は得意だが、身体強化との相性は最悪。正面から殴り合うなら、勝てる見込みは薄かった。
ただ、部隊式決闘のルールでいいなら話は別だ。
「………………」
エリックスが無言で生成するのは旗竿と軍旗。旗のデザインは双頭の鷲が刻まれており、ザックリとしたリーチは三メートル弱ってところ。見て分かる通りだが、棒術のように扱うことが可能となり、旗も攻撃判定に含まれる。
中距離戦はこちらに分があり、近距離戦はあちらに分があるってところだな。旗はリーチに関しちゃ申し分ないが、拳に比べたら取り回しも悪く、懐に詰められる前に勝負をつけられるかが肝になる。
まぁ、状況整理はこのぐらいにしといて、やることやっておかないとな。
「先に勝ち負けがついた後の決まりを設けておこうか。俺が勝てばニキータ伍長及び女性隊員に許可なく接触禁止」
「私が勝てば常識の範囲内で接触OKということだな。無論、それで構わんよ」
こいつ……やはり確信犯だな。無意識にやっていたならまだしも、意図的にやっていたなら救いようがない。白か黒かグレーかをうだうだ考える必要はなく、頭を真っ白にして、このクソ野郎をぶっ飛ばすことに集中できそうだ。
「決闘の立ち合いは責任をもって私がやらせてもらいます。勝敗に関しての判断は一任していただきますが、構いませんね?」
部隊を待機させ、間に立つニキータ伍長は冷静沈着に場を取り仕切る。エリックスとミハイルは無言で頷き、決闘は成立する。解釈一致というべきか、ここで取り乱すような器じゃないわな。本人にとってはどっちでもいいと思っているんだろう。他人の内面に関しちゃ変えようがないし、嫌なら声を上げろとも言いづらい。だからこれは、自己満足だ。どういう動機で口を挟んだかなんて、いちいち説明する必要はない。ただ一つだけ明言しておきたいのは、色恋沙汰じゃないってところだ。部隊内で恋愛なんてのは当然NG。厳密に規則が設けられているわけじゃないが、暗黙の了解として部隊の全員が認知している。
そういう禁欲的な事情も相まって、ミハイルみたいな狡賢い野郎が調子に乗る。表沙汰にならないレベルの接触を繰り返し、性的欲求を満たす。エスカレートして取返しのつかないことになる前に白黒ハッキリつけた方がいい。一度でも接触禁止の事例を作っておけば、部隊内の風通しがよくなる。逆にミハイルが勝てば、風紀が乱れる可能性が高い。一斉に理性のタガが外れ、統率が取れなくなる可能性も出てくる。そうなったら、接触どうこうの騒ぎじゃなくなるんだよな。最悪の場合、部隊は全滅しかねない。予期しない外的要因がトリガーとなり、総崩れを引き起こす。
薄っすらこいつらは、『煉獄界にいる』ってことを忘れつつあるんだよな。ニキータの指揮あってのものなんだが、そこんところを分かってない。大尉や中尉を抜きにしても、『自分たちはやれるんだ』とのぼせ上がっている。ここらで気を引き締め直させておかないとな。それが今できる曹長としての役割だと思ってる。
「さてさて、どのポージングで攻め立てようか。これか? それともこちらか?」
こちらの気苦労も知らず、目の前の筋肉馬鹿はポージングを繰り返し、先手を決めかねている。こいつの意思能力は単純明快だ。『筋肉の躍動』。ボディビル規定のポージングを技の始動とし、強調する部位を強化するという初見でも看破しやすい能力だ。……だからといって、対応できるかどうかは別の話。
「決めた。唸れ、我が腹筋と大腿四頭筋っ!」
ミハイルが選んだポージングは『アブドミナル&サイ』。両手を頭の裏に持っていき、直立不動に近い状態で腹部と大腿部を強調する。言うまでもなく、この二点が強化されており、得意系統ということも相まって恩恵は絶大だ。
「フンっ!!!!」
地面を蹴り砕く勢いでミハイルは疾駆。凄まじい勢いで正面から迫り、大腿部の強化が遺憾なく発揮されている。ハッキリ言ってこれだけでも脅威だ。並みの反射神経と運動神経しか持ち合わせていないなら、何もできずに一発KOだろう。
ただ……腐っても曹長なんでな。
「――――」
旗竿を軽くスイングし、闘牛のように迫り来るミハイルを軍旗に釘付けにさせ、翻す。奴の攻撃は空振りに終わっており、どちらも触れることなく仕切り直しの状態になっていた。
意思能力『標的変更』。軍旗を敵だと誤認させることが可能で、旗竿のリーチが届く約三メートル範囲のみに有効。遠距離戦では役に立たず、使い勝手の悪い能力だと自負しているが、筋肉馬鹿との相性は良かった。
「「――――」」
一瞬にして幾度も攻防を繰り返し、ミハイルが突進し、エリックスは軍旗で躱し続ける。もちろん、これがいつまでも続くわけがなく、どちらかが顔面に一撃を加えなければ決闘は終わらない。攻防が入れ替わる瞬間が、勝負の分かれ目になるのは互いに分かっていた。
「…………」
「…………」
時間が圧縮する。迫り来るミハイルがスローモーションに見える。防御から攻撃に転じる瞬間を待っている。受け攻め色々と考えたが、あぁ……そっちがその気ならやってやるよ。早々にケリをつけてやる。
「――――――」
軍旗を翻し、突進を躱したと同時に行動開始。クルリとその場をターンし、勢いをつけて旗竿を横振りし、過ぎ去るミハイルの顔面を狙った。
「ムハッ、読み通り!」
しかし、奴は軽く跳躍し、腹筋を盾にして旗竿の一撃を防ごうとしている。ただの防御なら決定打にならない。数ある攻防の一つとして処理され、どちらも痛手を負うことなく、戦闘は継続されるだろう。
ただ、あのシックスパックは話が別だ。
『アブドミナル&サイ』によって強化されており、他の部位と比べても頑強になっている。旗竿と接触すれば、壊れるのはこちら。部位限定の当身技と化しており、力負けした上に体勢が崩れて、勝負が決するのは目に見えていた。
「そうくると思ったよ!!」
エリックスはピタリと旗竿を止め、軍旗を正面に見せたまま、得物を手放す。『標的変更』によってミハイル視点だと正面にいると誤認させることが可能となっており、種が割れていたとしても、本体がどこから攻めてくるか分からない状態になっている。
「…………」
音を立てずに背後に忍び寄り、エリックスはセンスを絶ったまま右拳を握り込む。
「こいつは偽物。つまり本物は――」
山勘と能力の傾向を頼りに、ミハイルは振り返る。目には見えていないはずだが、こちらの位置を捕捉し、腹筋にセンスが集中していることから、次の一撃に備えているのが目に見えて分かった。ここから右ストレートを放っても、恐らく対応するだろう。最悪の場合、拳が二度と使えなくなる可能性も出てくる。
さて、ここからが本番だ。
「…………」
エリックスは握り込んだ拳を開き、センスを創造可変して、旗竿と軍旗を作り出す。同時に二本の旗が存在することになるが、『標的変更』は後出しが優先的に処理される仕様になっている。つまり、ミハイル視点の場合……。
「なに、こちらが偽物か? であれば――」
本物を偽物と誤認する。最初の旗が本命だと勘違いする。すぐさまミハイルは振り返り、落ち行く軍旗を目視する。すぐに理解が追いつくはずだ。フェイクだと気付き、再びこちらに意識を向け、腹筋での防御を試みるはずだ。
そこにエリックスは、更なる一手間加える。
「――――」
手にしていた後出しの旗竿を真っ二つに折り砕く。そうすることで、『標的変更』の権利は先出しの旗に戻る。
「なぬっ」
振り返りざまに横目で見える偽エリックスの姿を目撃し、脳がフリーズする。時間を置いて冷静に考えれば理解できる芸当だが、こう続けざまに行われては瞬時に脳内で処理するのは難しい。
「――――」
エリックスは音を立てずに右足を蹴り上げる。ミハイルの頭部を横から蹴りつけるように迫らせる。
「なーんてな」
瞬間、蹴りはミハイルの腹筋を捉えていた。今の数秒にも満たない時間で思考を整理し、本物を見抜いていた。バキリと骨が折れた音が鳴り、右足があらぬ方向に曲がっている。そこから激痛が走り、立っていられないほどの衝撃が伴う。敗色は濃厚だ。これ以上、頑張っても意味がない。勝負はついた。抵抗するだけ無駄だ。そんな後ろ暗い感情が心の内を支配する。その見立ては間違っていない。決闘で骨が折れる以上の展開をどちらも予想していない。
だから、相手の裏をかけるんだ。
「右足は……くれてやるよ!!!」
後ろ暗い感情を埋め尽くすのは根性。能力の工夫でもセンスの多寡でもなく、最後に人間を突き動かすのは気持ちだ。ミハイルにだけは負けたくないという純粋な感情が敗北一歩手前で踏みとどまらせる。その有り余る熱量に身を任せ、空いた左足で跳躍し、打ち付けるのは……。
「――――」
右拳。スパンと小気味のいい音が鳴り、ミハイルの顔面を確かに捉えている。……もう限界だ。やることはやった。後は指揮官にお任せする。風紀が守られたコサック部隊なら、どうにかこうにかやってのけるだろう。
「勝負あり。勝者……」
バタンと倒れ込み、エリックスは中立を保つ審判の声に耳を傾ける。結果は決まっている。右足を犠牲にすることになったが、意義のある負傷となるはずだ。
「ミハイル曹長」
しかし、聞こえてきたのは予想と真逆の反応。抵抗できるだけの機動力を奪われた上で、失意のどん底に突き落とされた。




