第118話 多対一
はてさて……どうしたものか。目の前には、五名の強者が立っている。見ず知らずの顔ぶればかりなら根拠のない自信を身に纏って、強気に対応することもできるが、私は彼らの実力を知っている。
ジーナ、ルスラン、広島、バグジー、セレーナ。
いずれも覚醒都市を出入りしていた人物であり、『白龍』状態でインフラを維持していた時の副産物として、侵入者及び関係者の観察は怠っていなかった。『七聖獣』である『ルスラン』は言うまでもないとして、他四名は覚醒都市強襲事件の際に、各々が実力を発揮していた。
特に目立った活躍をしていたのは、ジーナと広島。
一方は都市存亡の危機を引き起こし、一方は都市存亡の危機を救った。どちらも単身で覚醒都市を滅ぼせるほどのポテンシャルを秘めており、操られているとはいえ、その二人が手を組んだ。控えている三人もそれに劣らない実力を秘めており、ザハールがいるとはいえ、真正面から相手にするのは分が悪すぎる。
……と、並みの使い手なら考えるだろうね。
「Давай、 я готов! (さあ、かかってきなよ)」
私はロシア語で挑発をかまし、指をクイッと引き寄せるように語る。隣にいるザハールの顔は青ざめており、『正気か?』と言わんばかりの反応をしている。力の一端は見せたつもりだが、まだ私の実力を信用しきれていないらしい。
ハンドジェスチャーで『待て』と指示を送り、私は単身で五人を相手取ることを伝える。ザハールは『知らんぞ』と言いたげな表情を作るが、ご納得して頂けたのか、一歩後退して遠目から戦闘を観戦している。
「「「「「――――」」」」」
時を同じくして、五名の使い手が動き出す。ジーナ、広島、ルスランは徒手空拳。バグジーはククリ。セレーナは大太刀を扱う。得物の良し悪しを抜きにして、全てを同時に処理するのは難しい。使い手のレベルが未熟ならまだしも、この場にいる全員は平均的な水準を遥かに超えている。上澄みかどうかはさておいて、中堅クラス以上の実力者が揃っている。各々が意図をもって連携していたら、さすがの私でも手間取っていただろう。ただ……。
「――、――――、――――、――、――――」
襲い来る同時攻撃に私は全て対応する。多対一の状況を分割し、細かく動作を切り分け、一対一の状況を作り出す。気持ちの問題のように思えるが、実際のところ、脳の負担は軽くなる。複雑に考える必要はない。一秒後の自分は他人だと考えるんだ。時間を細かく分割すれば、やれることは極端に狭まるが、雑念が減る。多対一の状況であることも忘れられ、身体の隅々まで意思が行き届く。
「まじかよ、おい……」
オーディエンスの歓声が聞こえる。反応から考えて、期待を上回っていると考えていいだろう。まぁ、なんにしても、一秒後には忘れている。この後に追い込まれようが、最終的に全員を打ちのめそうが今の私には関係ない。
まずは君から叩かせてもらおうか……ジーナ。
「「――――」」
濃密な時間を細かく分割して成立するのは、一対一の状況。周りの四名は背景と化し、時間は圧縮されている。とはいっても、数回分の行動を強引に捻じ込めるほどの状況ではなく、どれだけ自分を高く見積もっても二回行動が限界だろう。大した武器も持っていなければ、魔獣化を伴うつもりもない。時間的にもやれることは極端に制限されており、一撃や二撃でジーナを倒すのは望み薄だ。
だが、不足こそが創造力を刺激する。
「…………」
私は体表面のセンスを増大させ、ジーナの範囲内に閉じ込める。
独自境界の拡張……攻防力を失うデメリットがあるが、自由度は極めて高い。センスが展開される範囲内であれば、私独自のルールを適用することができる。いつも好んで設定していたのは『マイペース』だ。ゆったりとしたリズムを作れば作るほど速度が増し、私のペースから逸脱しようとすればするほど速度が鈍る。
ただ、同じことをしていたら芸がない。引き出しの数は多ければ多いほど、対応力に磨きがかかる。だから今回は……。
「プレスティッシモ(できるだけ早く)」
『マイペース』とは真逆の性質を秘めた条件を設定する。圧縮された時間の中で、私だけが加速する。複数回行動を可能とし、操り人形状態であるジーナの対処は致命的に遅れていた。
「――、――――、――――――っっっ!!」
叩き込むのは無数の拳。妹だからと手心を加えることはなく、ノロノロとマイペースを維持している相手を執拗に責め立てる。
やはり、自由意思がなければこんなものか。
素材は一流だが、中身がない。私を倒さなければならないという熱量に欠けている。これならば、ベクターの方が一枚も二枚も上だった。自分の頭で考えることができないのだから、聖意物のような画期的な発明が生まれることもないし、創意工夫によって窮地を凌ごうという考えすら浮かんでいない。全てが機械的で場当たり的。対応力が皆無といってよく、決められた動作だけで対応にあたっている。
操られているとはいえ、妹の体たらくを見るのは心苦しい。ここらでケリをつけさせてもらおうか。
「「「「――――」」」」
そこに割って入ってくるのは、背景と化していた四名。独自境界の仕様を理解しているのか、私にも引けを取らない速度で四方から攻撃を仕掛けてきている。操り人形と言ったのは訂正しよう。環境に適応するだけの知能はあるようだ。
だが……。
「――――!!!!!」
更に速くなればいいだけのこと。大太刀とククリと拳と蹴りを両腕と両足で受け切り、反撃を複数回浴びせるおまけ付き。誰からも後れを取ることなく、結果的に五人を同時に捌き切っていた。独自境界内は加速する一方で、傍から見ているザハールの視点だと、早送りをしているように感じている頃だろう。
ふぅ……。さすがにそろそろ疲れてきたな。
独自境界によって際限なしに加速できるとはいっても、体力気力は無限じゃない。攻防を重ねるごとにセンスの勢いが目に見えて衰えているのが分かり、独自境界も長続きしないのは肌感覚で分かった。
とはいえ、それ相応の成果はあった。
「「「「…………」」」」
ジーナ、広島、バグジー、セレーナは地面に倒れている。恐らく一時的なもので、彼女たちを操っている黒幕の施しを受ければ、即座に復活するだろう。今となっては、私の興味関心はそこにない。プレスティッシモの猛攻に耐え抜いた一人の使い手に熱い視線が注がれる。
「君……何者だい? 私が知っている人物にしては実力に開きがあるようだけど」
答えが返って来ない前提で、私は声をかける。自己満足だと分かっていながら、些細な疑問を自分なりに消化する。
「『魔法使い』ルスラン。俺はあらゆる苦行を超越する」
しかし、彼は私の想定を容易に超えた。覚えのない肩書きを名乗り、明確な意図をもって私たちと敵対しようとしている。
「これは、腹をくくった方がいいかもしれないね」
「……どの程度だ?」
「墓標に名を刻む程度かな。私たちは無事じゃあ済まない」




