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ナロト奇譚  作者: 木山碧人
第十二章 ナロト攻略

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第117話 ディガンマ

挿絵(By みてみん)





 見知らぬ女性が装着するのは、見覚えのある黄金の両手甲。堕天反転状態の肝となる左腕のデザインと酷似している。わたくしはアレを知らない。全知全能の神ではないのだから知る由がない。正体や能力がなんにしても、彼女の身に触れれば、使徒は増える。警戒すべきは結界のような障害物であり、他は恐るるに足らず。どのような意思能力を有していようと、正面から打ち砕くまで。


 わたくしは黒いセンスを左拳に集め、そのまま打ちつける。今さっきの攻防で敵の底は知れている。意思能力の基礎は習得し、使い手としての水準は高いが、応用力に欠けているのは見て取れた。依り代の直線的な戦闘スタイルに影響を受けた可能性は否めないが、芸を凝らすまでもない。


「「――――」」


 しかし、拳は拮抗する。女性の放った右拳によって、相殺状態となっている。仮にあの黄金の両手が同じ材質で、同じ質量の物体だと仮定するなら筋は通る。強度が変わらないのであれば、それを打ちつけても大して差は出ない。


 ただ……意思能力戦の場合、話は変わってくる。


 体外に放出される顕在センス量の差が肉弾戦の優劣に直結し、膂力や技術の有無が加算されていると言っても、差は歴然。一連の攻防を見比べても、あの小娘に劣っている部分があるとは到底思えない。


 もちろん、何かしらの奇策を用意している可能性はある。チラリと見えた赤い表紙の文庫本。あれには目を引くものがあり、気を抜けばやられかねないポテンシャルを秘めていた。裏を返せば、文庫本の能力にさえ気をつけていれば、問題ないということになる。意思能力が分からない状態で実力を判断するのは愚の骨頂だが、装備で下駄を履かしてもらっているだけだと読んでいる。その未熟者を使徒に加えようとしているわけだが、手駒にする分には申し分ない。


 黄金の左腕(ディガンマ)の能力の本質は、『対立反転』。


 善と悪、味方と敵のような対立構造にあることを相手に認識させ、反転させることが主な能力になる。戦おうという気概を持った時点で、能力の発動条件を満たしており、使徒の頭数に加えられるのなら強さはどうでもよかった。


 目的は『人類の掌握』であり、十二名の使徒を揃えることが発動条件。使徒を選り好みするより、できるだけ早く条件を達成する方が理に適っている。ダラダラと時間を潰せば、最前線にいるリーチェを含めたパーティに悟られる可能性があり、未完の使徒相手では計画が頓挫するリスクが高まる一方だった。


 さて……そろそろ現実に立ち戻るとしよう。

 

 依然として、拳は拮抗している。仕組みは不明だが、単純な力比べでは互角と言わざるを得ない。手応えからして押し切ることは難しく、戦闘を長引かせるのは得策ではない。……ただ、黄金の左腕(ディガンマ)の発動条件は満たしている。


『ふぅ……。どこぞの修羅場か知らんが、環境に適応するのだけが取り柄でな。何らかの移動系能力が働き、不意打ちを食らうことも織り込み済みだ』


 思い返されるのは、黄金の左腕(ディガンマ)の一撃を指先で止めたルスランの発言。彼は確かに肉体とセンスの両面でわたくしを上回っていた。目の前にいる小娘よりも遥かに高いスペックがあり、まともにやれば負ける可能性もあった。


 しかし、彼は黄金の左腕(ディガンマ)に触れてしまった。


 対立構造を意識した上で、真正面から攻撃を受けてしまった。


 小娘も全く同じ状況に陥っており、『対立反転』の発動条件は満たされている。ルスランよりも相対的に劣っている彼女が難を逃れる展開は考えづらく、センスの差に影響されないなら触れた時点で必中だと思っていい。

 

 勝負あり。


 後は五名の使徒を相手にして消耗しつつある二人を手駒に加えれば、目的達成が見えてくる。言うまでもなく、使徒の数が多ければ多いほど有利に事を運ぶことができ、数で押し切られるリスクは低くなる。唯一の懸念点として、白軍を総動員されることがネックだったが、胃低区の現状を見る限り、杞憂で終わりそうだった。


「ふぅ……。お口ほどにもない。あっ、喋れませんでしたね」


 ジェノの声帯を借り、わたくしは使徒と化したであろう彼女に皮肉を飛ばす。どうせ口答えはできない。失声症だろうとそうでなかろうと、黄金の左腕(ディガンマ)の術中にハマった時点で、わたくしに勝利は揺るがない。


「――――っ!?」


 突如として、視界が揺れる。たたらを踏み、わたくしは後退している。一体、何が起きたと言うの。心理は掌握したはずなのに、どうして……。


「――」


 襲い来るのは、彼女の右拳。見るからに正気を保っており、わたくしの頭部に狙いを定めている。


「……っっ」


 反射的にわたくしは前面に結界を張り、防御を試みる。慢心が招いたことによる失態だと認めつつも、アレを直接受けるわけにはいかない。ダメージの程度から考えても、確かに効いている。物理的でなく、精神的な部分に作用する一撃なのは間違いなく、過去の戦闘を参照するなら、対ジーナ戦で味わった感触とよく似ていた。


「――――!!!!!!」


 そうこう考えている間に、小娘の右拳は結界に衝突する。紫色の閃光を迸らせ、芸のない一撃をかましている。独自境界によって『黄金の両手』は弾かれるように設定済み。ここさえ凌ぐことができれば、運はわたくしに巡ってくる。


「………っっっ!!?」


 しかし、結界は突き破られ、彼女の拳はわたくしの頭部に迫っている。その間に紫色の残滓が視界に入り、独自境界を無視した仕組みを理解した。


 衝突寸前の右拳に結界を纏った。


 独自境界の判定は接触時の物体や材質に左右され、『黄金の両手』ではなく『結界』という判定が優先され、弾く設定は機能しなかった。基礎的な技術の延長線であるものの、裏をかかれたことは認めざるを得ない。


 とはいえ……。


「懐がガラ空きでしてよ!!!」


 わたくしは両翼を横薙ぎに振るい、反撃。迫り来る拳よりも速く、彼女の両脇に迫ろうとしていた。


「…………」


 分が悪いと判断したのか、彼女は後退。代わりにバリンというガラスが割れたような音が鳴り、両翼がそれを浴びている。瞬間、ドロリと表面が解け、羽根が一気に抜け落ち、骨が剥き出しになるのが見えた。


 幸い、痛覚は通っていない。ただの事実として受け止めることが可能で、中身はおおよその当たりがついていた。


「超強酸……っっ」


 『お』をつける余裕すらなくなり、下品な声音で内なる怒りが漏れ出る。薬品の中でも屈指の強酸性を誇っており、ほとんどの有機物を溶かすことが可能な液体になる。ただどうやら、表面は溶かせても、骨まで溶かし切ることはできなかったようで、両翼は失われずに済んでいた。

 

 やや後退して仕切り直し、小娘の行方を追う。探すまでもなく、目に届く範囲におり、距離は約数メートル程度。一足で詰め寄れる間合いで、即座に踏み込んでもよかった。ただ、警戒心が勝る。あの黄金の両手の詳細を把握するまでは、距離を取るのが正解だと判断していた。


 一方の彼女は、わたくしの思考の真逆を行く。


「――――」


 右手に赤い文庫本を持ち、左手で文字を刻む。ロシア語らしき文字列が並べられ、内容は不明。なんにしても、わたくしが十ほどの思考を重ねている間に、一の行動を起こしたのは事実であり、その特徴は意思能力における三系統のうちの一つに該当している。


 ――『感覚系』。


 考えるよりも先に行動するタイプの人間がなりやすく、彼女は状況整理し、リスクリターンを考えるよりも先に、本能で動いた。失敗するかもしれないという人間なら誰しもが抱く理性的なブレーキが壊れていると言ってもいい。その分、行動が早く、リスクを考えていたわたくしは、一手ほど後れを取った。


「小娘風情が……っ」


 彼女の周囲に結界を展開し、閉じ込める。見る見ると収縮させ、壊しにかかる。殺すつもりはない。新世界の神となるのだから、無益な殺生を行えば、格が下がる。人類を統治する神に逆らった、という大義名分が必要であり、『対立構造』さえ保つことができれば、これ以上の遅れを取るわけがなかった。


「…………」


 そんな中、彼女が描いた文字列が完成する。長ったらしく一段落でまとめられた文章が成立している。その間にも結界が彼女を押し潰そうとしており、何らかの能力が発動したとしても、手は打ってある。


 結界に織り込まれた独自境界の設定は『赤い本に付随する能力』。


 直接的な攻撃であれば弾かれ、放った彼女自身がダメージを負うことになる。結界で押しつぶされそうが、自傷で倒れようがどうだっていい。わたくしが勝つ未来は揺るがない。いくらジェノが『波』を使って抵抗したところで、これまでは難なく『波』に乗ってみせた。これからも同じこと。どれだけ裏をかこうと必死になったところで、わたくしの『愛』には敵わない。


「…………」

 

 小娘に末路を見届けようと目を凝らす。あっさり倒れる姿を想像して、動向を見守る。そこに見えたのは、骨を鎧のように纏う魚。わたくしが展開した結界を食い散らかしており、独自境界がまたもや無視されている。


 分からない。


 未知の現象に遭遇し、少なくない恐怖心が駆り立てられているのが肌感覚で分かった。正体が分かっているのならば、大して感情は揺らがなかっただろう。能力の詳細が分かっていれば、迷わず距離を詰められただろう。


 だけど、あれはなんだ。


 恐らく、黄金の両手と同等か、それ以上のポテンシャルを秘めている。野放しにすれば死に直結するイメージが頭から離れない。それだけ脅威を感じさせる何かがあった。あのビジュアルには神に畏怖の念を抱かせるほどの奥行きがあった。


「――――――」


 反射的にわたくしは距離を取った。今は負けを認めよう。能力に見当をつけ、使徒を増やしてから、再度挑めばいい。冷静に考えれば無理をする場面ではなく、最悪、使徒を呼び寄せてから、集団戦で攻め立てる方が合理的だった。


「…………」


 ノンノンという内なる声が聞こえる。彼女は人差し指を横に振り、わたくしが行ったジェスチャーを真似している。


「―――――っっっ」


 気付いた頃にはもう遅く、未知の骨魚はわたくしの身体に巻き付き、尋常ならざる力で締め上げようとしていた。

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