第114話 師弟対決
「「…………」」
ナロト胃体区で向き合うのは二人。ロザリアとソーニャは互いの存在をかけた闘いに身を投じる。繊細な力のコントロールに重きを置くロザリアは、体表面に薄っすらと白いセンスを纏い、ナロト体内のガス爆発を起爆させない程度に出力を留める。
一方のソーニャは両手に紫色のセンスを集中させ、身を守るために必要なセンスを攻撃力に回している。ガス爆発を伴えば無傷では済まず、ロザリアとの攻防の良し悪し以前に自爆する。自ら弱点を晒しているようなものだった。
「闘うと決めた以上、口を出すべきではないのは重々承知していますが、あえて指摘しましょう。……正気ですか?」
ロザリアは当然、ソーニャの無謀な試みに気付いていた。原子レベルのセンス操作を一時的にも可能とした彼女とは対極に位置する戦闘方法であり、頭ごなしに否定することはなかったものの、受け入れがたい行動であることを隠しきれずにいた。
「試してみれば分かるよ、先生。言っとくけど、手加減はしないから」
ソーニャは顔色一つ変えることなく、狂気に身を投じる。歩み寄る姿勢を見せることはなく、相も変わらず師を舐めていた。依然として両手にセンスを集中させており、腰辺りで掌を上に向けて、自然体で構えている。
「……いくら言っても無駄のようですね。だったら」
「躾けるって? 先生が、私を? 無理に決まってんじゃん」
どこまでいっても会話は平行線。行き着く果ては闘争であり、両者の主張は勝ち負けによって決定する。相手や状況によって変わるが、『舐める、舐めない』という二元論的な議題と、『勝ち、負け』で優劣が決まる戦闘とは極めて相性が良かった。
どちらに転ぼうとも、敗者は勝者に従わざるを得ない。
最終的に二人が道を違えることになったとしても、この場の勝敗はソーニャの人格形成に強い影響を残す。互いに相容れないという結末は変わらなかったとしても、ソーニャが変われる余地を残せるかどうかはロザリアにかかっていた。
「――参ります」
一言添え、師弟対決が開始される。一歩大きく踏み込み、純粋な意思能力戦に身を投じる。リーザ戦の影響で体力気力共に限界寸前の中、教え子のためにロザリアは一肌脱いだ。全盛期には遠く及ばない。ピークはとっくに過ぎている。命を賭して可能となった原子レベルのセンス操作を平常時に発揮できるほど世界は都合よくなかった。
『――ッッ!!!!』
『躱せないと……思って?』
『……っ!?!!?』
『――ウゥゥッゥゥアアアアア!!!!!!』
リーザ戦で行われた一連の攻防。飛び蹴りを躱し、躱したところに打撃が発生し、飛び蹴りの軌道に戻させるという怪奇現象。その正体は、目に見えない原子レベルにまで細かくされたセンス。手足の一部のように体表面のセンスを飛ばし、局所的に結合させることによって打撃と同等のレベルまで引き上げる。
彼女は自身が到達した技術を理解していながらも、過大評価していない。使えない前提で戦闘に臨んでおり、身の丈に合わない力に頼る気はなかった。
とはいえ……。
「――っっ」
ソーニャは度肝を抜かれる。周囲に無数に発生した局所的なセンスの集中に目を見開く。
目に見えないレベルが不可能なら、目に見えるレベルに出力を落とせばいい。
そうロザリアは考えた。元より1μm以下のセンスコントロールは可能であり、リーザ戦によって弱体化したとしても扱えると判断した。
その読みは当たった。
ガス爆発を伴わない程度の薄いセンスの塊がソーニャを襲う。その性質上、威力は極限まで抑え込まれており、一発一発は取るに足らない。ロザリアの通常攻撃を5とすれば、今の特殊攻撃は1か2程度の威力。ソーニャほどの使い手ならば、直撃を受けても微動だにしないレベル。
ただそれは、満遍なく体表面をセンスで防御した場合に限る。
「……っっっ」
ソーニャはたたらを踏む。目に見えるセンスの局所攻撃を受け、体勢を崩す。両手に八割ほどのセンスを集中させているため、残り二割が身体に振り分けられ、部位ごとに数値化すると総じて一割以下になっている。
ロザリアの1か2程度の攻撃だったとしても、ソーニャは防ぎ切れない。相対的に出力が落ちた箇所を狙い打たれ、耐えきれない。何らかの反撃を画策していたとしても、腰が入らず、威力は十分に発揮されない。体術か、意思能力かに関係なく、体勢を崩されたという心理的問題がセンスの出力に直結し、集中が乱れる。
「――――」
その状況を事細かに理解しているロザリアは、創造可変に意識を回す。右手をかざし、虚空から鞭を作り出す。ソーニャとの距離は約二歩分。拳や蹴りではギリギリ届かない間合い。リーチの差が戦闘の優位性に直結する。
「……、………、………………っっ!!」
しなやかにしなる鞭がソーニャの両手以外の部位を叩きつける。それら全ては1μm以下のセンスで緻密にコントロールされており、起爆が伴うことはない。かといって、威力が低いというわけではなく、通常攻撃を5とするなら鞭は3か4程度の位置づけとなっていた。
そのため、ソーニャは防戦一方となり、両手に集中させたセンスにも乱れが生じ始める。だからといって、ロザリアは慢心することなく、鞭の先端が届く位置をキープ。安易に踏み込めば、手痛い反撃が来るのを理解していた。
「「―――――」」
攻防は依然としてロザリアが有利。躾けるという言葉通り、鞭で誤った方向に進もうとする教え子を矯正する。それが正しい行いだと言い切れるほど、ロザリアは自身の考えを妄信していない。常に間違っている可能性を頭に入れながらも、これが最善手だと信じ、一生怨まれる覚悟で体罰を続けていた。
一方のソーニャは、目に見えて余裕がなくなってきており、両手に集まったセンスは風前の灯。一方的にいたぶり続けていたロザリアの心象は悪い。殴り返してくるならまだしも、反撃してこない教え子に体罰を続けることに罪悪感が生じていた。
自ずと鞭に迷いが生じる。
以前のようなキレがなくなり、威力も弱まっていた。どこで終わりとするべきか。気絶するまで体罰を続けるのか。などの道義的な疑問が浮かび、相手が嫌がることを嬉々として続けられるほどの歪んだ精神は持ち合わせていない。ロザリアは徐々に手を緩めていき、そろそろ手打ちにしようかと考えた頃。
「―――――」
衰えていたソーニャのセンスに勢いが戻る。それどころか、常軌を逸した紫色の光に膨れ上がっており、彼女のピークを大幅に上回る力が集約されていた。
ただ、鞭の間合いは維持されている。ソーニャが殴ろうが蹴ろうが、物理的に届かない距離になっている。意思能力を扱うならまだしも、体術の延長線上では有効打にならない状況だった。
「……っっ」
ただ、ロザリアは教え子を信頼している。有効打になり得る何かをやってのけると読み、目の前に壁と見立てた五重の結界を張る。必要最小限の出力を好む彼女にとっては、過剰防衛。そもそも、相手の攻撃がハッキリしてから後出しで結界の強弱を調整するタイプ。その戦闘スタイルを捻じ曲げてでも、先に結界を張らなければ間に合わないと彼女は直感的に判断していた。
その予想は正しい。
「――――――!!!!!!」
ソーニャは膨大なセンスが集中した両手の掌を高速で突き出した。起こした行動はそれだけ。意思能力は込められておらず、体術の延長線上で反撃に応じた。
当然、届かない。
両手を突き出した攻撃は空振りに終わり、膨大な量のセンスを引き伸ばし、リーチを延長させることもなかった。
行われたのは、凝縮。
有り余るセンスを両手に押し留め、空振らせた。やっていることはシンプルであり、一切の無駄がない。成果が伴っていないものの、最小効率で行われた動作であるのは疑いようもなかった。
その危険性をロザリアは誰よりも知っている。
「――っっっ!!!!??」
あらかじめ展開していた五重の結界は一瞬にして瓦解。ロザリアが声を発するよりも速く、彼女の身に衝撃が到達する。ガス爆発という化学反応を織り込んだ状況限定の必殺技が日の目を浴びる。物理学において論理的に証明されている現象であり、端的かつ的確に言語化されている。
「――――爆轟。超音速の伝播を食らえ!!!!」
言葉に応じて勢いを増し、爆熱も爆風も前方に追いやられ、ソーニャはダメージを受けていない。『最小効率で最大の成果を得る』。その教えに反することなく、正面から向き合った上で、弟子は師匠を超えていた。
「…………」
ロザリアは壁に叩きつけられ、二度目のノックダウン。勢いはそこで留まらず、肉壁を抉り、血管に到達し、その流れに従って運ばれる。門脈と呼ばれるルートであり、行き着く先は人体であれば最大と言われている臓器。
「――――」
肝臓。




