第110話 ユーモア
私とニキータの見た目はよく似ている。短いプラチナブロンドの髪に、青い瞳。ロシア出身では決して珍しくない。ありふれた特徴で、記号的に一致している部分があるだけのこと。最初は気にしていなかった。だけど、周りはそうじゃなかった。
『なんかさー、ニキータに比べてひ弱じゃない? 殴り返してみなよ、ほらほら』
ことごとく比較の対象にされた。彼女は強いのに、私は弱かった。近くにいたからニキータの凄さは一番よく分かっていたし、そのとばっちりを受けたのも私だった。改善が必要だった。周りを味方につける必要があった。戦わずして、身を守る術を身につけなければならなかった。そうしなければ、私はきっと壊れていた。
『ニキータ? 地下室みたいな子と一緒にしないでもらえるかな?』
ユーモアな反応と呼ばれるもののほとんどは、攻撃性が含まれる。直接的な悪口を言う内は三流で、相手が時間を経って悪口だと気付く程度に薄めた発言が一流だと思っている。私はこれで一目置かれた。ユーモアのコツを掴んだ。周りを味方につけ、逆らえない環境を構築した。人間関係に時間を費やし、身の安全を追及した。
だけど……。
『実力は伍長より上でもなければ、下でもない』
ニキータの輝きは更に増していった。着実に成果を上げ、伍長にまで昇進した。彼女のポテンシャルはこんなものじゃない。戦闘は苦手だけど、人を見る目だけはあるつもりだった。素直に褒めればいいものの、私が口にした台詞がこうだ。
『ふーん。虚勢でも自信満々に目標を高く掲げる方が恰好いいと思うけどなぁ』
一度染みついたユーモアの癖は抜けない。彼女の成功を心から喜ばず、間接的に発した言葉を否定する。ただ、極端な悪口というわけでもなく、日常的な会話の延長線上として処理される。実際、ニキータは露骨に嫌そうな反応をすることなく、会話は何事もなく終わった。後々に芽吹く『嫌な気持ち』を植え付けたと分かった上で、私はその場を後にした。
ただ、これには本音も含まれている。ニキータなら更に上を目指せると本気で思っている。でも、言えなかった。認めてしまえば私が壊れてしまう気がした。そういったものが巡り巡って、罰が当たった。
『黙れ』
総合病院に現れた白髪の男性にガンを飛ばされ、ノックアウト。不運な出来事に遭遇し、病院のベッドで眠る羽目になった。正直、殺されたと思った。軟弱な私だから、軽くセンスを飛ばされただけでも死ぬ可能性はあった。
「…………」
でも、生きていた。五体満足の状態で助かった。体調には何の変化もなく、むしろ以前よりも調子がいい気がした。体表面には毒々しい色味の紫色のセンスが溢れ出し、見るからに強くなった気がした。
「あー、ラダ、目が覚めたんだ。体調、大丈夫そ?」
入ってきたのは同僚の看護婦。小柄な体型で赤色の前髪を斜めに切り揃えたショートヘアが特徴で、私のユーモアを認めてくれた初めての人でもある。同じ場所に留まり続けるなら、彼女との関係は何としてでも維持しないといけない。そうでなきゃ、あの日に逆戻りだ。弱さを理由に痛めつけられる。
「……………」
だけど、声が出ない。いつものようにユーモアを交えることができない。
「ん? どったの? せっかくあたしが心配してあげたのに、無視?」
彼女の……ライサの呼びかけに応じることはできず、背中には冷ややかなものが伝う。答えは出ている。症状は目に見えて分かる。病院に勤務しているなら、より具体的なワードで自分のことを診断しなければならない。だからこれは……。
(内因性精神疾患……っ)
皮肉にも私は唯一の長所を封じられた。お先は真っ暗だ。
「…………………」
それでも私はベッドから立ち上がる。左手の静脈に刺さる点滴の針を抜き、六人部屋の病室を後にしようとする。
「話したくないんじゃなくて、話せないんだね。行きたい場所があるなら一緒いくよ? 嫌なら首を横に振って。構わないなら……」
「――――」
私は首を横に振り、彼女の提案を拒絶する。私の我がままに付き合わせるわけにはいかないし、これは過去との決別でもあった。
◇◇◇
看護婦の服装で外出するわけにはいかず、着替え室で普段着である白のブラウスとロングスカートを着て、黒い革製のブーツを履き、斜め掛けのバッグを装備。化粧道具なんて二度と使わないゴミをロッカーに押し込み、使えそうな物資を病院内から手あたり次第回収する。主に薬品がメインで、勤務時は管理を任されていたし、選び放題。地下で何かあったらしく、職員はてんやわんや状態。誰かに注意されることはなく、目ぼしいものの物色は何事もなく終わった。
「さっすがにそれは……見過ごせないなぁ。ライサがチクったらどうなるか、分かってる?」
関係者しか入れない備品室で声をかけてきたのは、関係者。ライサは赤いセンスを身に纏い、犯罪行為に走った私を止めようとしている。
『なんかさー、ニキータに比べてひ弱じゃない? 殴り返してみなよ、ほらほら』
思い返されるのは、過去の台詞。ライサは右頬を指で叩き、これ見よがしに挑発していた姿が数秒前のことのように脳内で再生される。
「…………」
身に纏う紫色のセンスが迸り、視線を当の本人に向ける。
「は? 何様のつもり? ひ弱なあんたがあたしに勝てるわけが――」
彼女の言葉は続かない。
「――――!!!!!」
紫色のセンスが乗った渾身の右拳を叩き込み、備品棚に叩きつけられている。右頬を赤く腫れあがらせ、ライサの瞳孔は開き、気を失う寸前なのが見て取れた。やり返せたわけだけど、不思議と晴れやかな気持ちはしない。
だから。
「…………」
ニキータに会わないといけない。なんとしてでも。




