85- 世界に結び付いた者たち
装置に繋がれたコンピュータ前。黒背景に緑文字の映るモニターと睨めっこして、大きな黄色い獣耳を動かして考え込むオリヴィオに、後ろから背の高い影。ツェルが、話しかける。
「オリヴィオ」
「うわあぁ!!」
深く思考していたために、背後の気配に気づかなかった。その姿が見知った仲間であることを確認すると、オリヴィオは胸を抑えて安堵する。
「ツ、ツェルさん!びっくりしたぁ……」
「今、治安維持団の方で再び点呼が行われているみたいですからね。静かに話しかけようとしましたが、逆効果でしたか。ふふ」
オリヴィオが装置を操作し、装置に吸い込まれてしまった治安維持団を全員救い出せたかの確認作業を行っている彼ら。それに際して操作で大忙しだったオリヴィオも、吸い込まれた生存者の座標の確認が終わり、やっと落ち着きを取り戻していた。ただ、研究者である思考だけは残って、例の装置へと向けられていた。
それが、先ほどまで画面に釘付けだった様子。ツェルもこの装置に無関係でない。オリヴィオの隣に立ち、コンピュータ画面を覗き込む。
「私はこの装置についての仔細は知らない故に、装置に詳しいオリヴィオにお聞きしたいことがありまして。一体、どのようにして皆を助けられたのですか?」
ツェルからの質問に、オリヴィオはコンピュータのモニターに映ったコードを指差しながら説明する。
「えっと……か、簡単に言えば、装置を介して送られた世界と吸い込まれた生存者をそれぞれ参照して、ま、また暴走が起こらないように各生存者の近くの座標にゲートを開通させた、っていうことです……」
「なるほど。この場ではオリヴィオさんにしか出来ない事柄でしたね。……そしてその送られた世界、あの白い空間については、なにか分かりますか?」
ツェルからの疑問に、丁寧に説明しようと考えたオリヴィオ。白い空間について知るには、まず装置を最低限知ることが必要だ。
「ま、まず、この装置について詳しく知らないとですけど、ツェルさん。同じプロジェクトに携わっていましたし、どういったものかは分かっています、よね……?」
「ええ。『インビジブルタイムライン・プロジェクト』。当初あの装置は、リアルタイムで起こっている世界中の全てを見透かす望遠鏡のような役割だと思っていました。しかし研究していくうちに、それ以上の厄介者だと判明した……。オリヴィオなら、それがより細かく分かるはずですね?」
この装置の研究に深く携わっていたのは三人。まずは、今ツェルの隣にいるオリヴィオ。そしてオリヴィオの上司にあたる白穏族の男、メイ。そしてプロジェクトに携わるチームの主任である人間の女性、アリア。
そのうちの一人の黄色の異頭、オリヴィオが、この装置についての特異性を語る。
「そ、そうです。こ、この装置は……マナを多く消費することによって別の世界へと転移することが可能です……。ぼ、僕たちがその証明ですよね……」
「確かそれに関連した実験をしていた時に、七年前の例の暴走が起こった……ということでしたね」
オリヴィオは、いつにも増して申し訳なさそうな顔をしながら頷いた。話を続ける。
「マ、マナを使ったプログラミングとか、マナ研究者でさえ扱うのが難しい技術でしたから……。ぼ、僕とメイで長く研究していても、未だに分からない技術があって……そ、その一つが、先ほどの白い空間のあれでした……。ゲ、ゲートに入らずに装置の全部を研究するのは、やっぱり限度がありましたよね……」
「お偉方の命令でしたからね。入らなければ本格的な研究は進まない段階。しかし入ってはいけないという命令。本所宛にメールを送るたび、頭の硬い彼らが宣っていたことを、それはもう何度も。望遠鏡としての役割を果たせるように研究を進めろ、別世界へのゲートなどふざけたことを抜かすな、などと。……話が逸れましたね」
やや愚痴っぽくなってしまって、咳払いをするツェル。話を軌道修正し、例の白い場所について、現時点で知っていることをオリヴィオから聞いてみることに。
「それで、あの白い空間。あれが何なのかは判明いたしましたか?」
コンピュータを操作するオリヴィオ。緑文字が下に流れていった。先ほど打ち込んだプログラムを画面に映して、ツェルに解説を始める。
「か、仮説と検証のシミュレーションを繰り返している合間を縫って簡単に研究して分かったこと……。そ、そして、研究していた頃の記憶も合わせて考えると、あ、あの白い空間は、やっぱりこことは違う別の世界、ということのはずです……。た、多分……そ、それ以上は研究してみないと分からないです……」
「ふむ……なるほど……」
別世界。こことは違う世界。分かりやすい説明だが、その言葉だけでは、やや理解が及ばない事柄。そのために、ツェルは少し目を瞑って頭を整理する。
そんな時に、とある人が二人に歩み寄ってきた。それは獅子の獣人、レイトだった。オリヴィオに助けられたというリーロの言葉で、彼にお礼を言わなければと近づいたのだ。
「あの、すいません、オリヴィオさんっすか?」
「え、あ、あ、そ、そうです……!どど、ど、どうかしましたか……??」
振り向いた二人。オリヴィオは、人見知りが発動してオドオドし始めた。大きな獣耳をせわしなく動かし、両手を胸の前でこねくり回して緊張をほぐしている。そんな異頭だが、獅子は気にする様子なく後頭部を掻いて一礼する。
「あの、助けてくれてありがとうございます!あの白い場所、ずっといると、なんか妙に心地よく感じちゃって……助けてくれなかったらどうなってたか、ありがとうございます、ホントに」
「い、いえいえ、全然……!た、助かったのなら良かったです……!」
「……」
思考中で沈黙のツェルが、ふと、獅子の彼が吸い込まれていた人であることを思い出す。であるならば、白い空間で起きていたことを知っているだろう。彼からの情報をもとに、あの空間を知ろうと考えた。
「すみません、獅子のお方。名前をお伺いしても?」
「俺っすか?レイトです。さっきツェルって言いましたよね!よろしくです!」
「よろしくお願いします。早速ですが、お聞きしたいことがありまして」
簡易的に自己紹介を終え、早々に本題へと移る。
「レイトさん。貴方はあの白いところにいましたね。そこでの出来事を詳しく教えてください。装置に関する重要なことですので」
「出来事……ですか……」
レイトは、先ほどまでいた白い空間について考え込む。あそこは、記憶によって村や人が創られるだろうという奇怪な場所であること。あまり自信は無かったが、とにかく思ったことを言うことに。
「吸い込まれた直後は、ずっと白が広がってたんすけど、少し経ったら、俺の故郷の村が出てきたんです。一瞬、帰ってきたかと思ったんすけど、人は全然いなくて。よくよく考えたら、帰ったわけないし、そこで、もしかして記憶から作られたのかなって……」
「……そう、思った理由は?」
吸い込まれた直後から順序立てて説明するレイト。ツェルから促され、その先を話す。
「そこだとまだ、そうかなってくらいでしたけど、俺の幼馴染が出てくるように想像してみたら、ホントに出てきて……そこで確信したって感じです」
「なるほど。記憶から具体的な場所や人物が現れる、ということでしょうか。なんとも、不可解ですね」
「あともう一つ、奇妙なことがあって」
さらにレイトは、過去の記憶の断片が、まるでその場にいるかのようにして唐突に流れたことも伝える。
「なんか、記憶の再演、みたいな?突然、過去の記憶が、えっと……演劇?追憶?みたいに目の前に出てきたんです。俺はそれを観客みたいに見てました。急に終わりましたけど……」
「……」
顎に細い影色の手を当てて、深く考える。レイトから聞かされた出来事に対して、一つ一つを吟味していく。隣のオリヴィオも、その奇妙な出来事について疑問を持ちつつも最後まで聞こうと黙っている。
ただ、レイトの話はそれで終わり。それら以上の不可思議な出来事は、もう無かった。後方にいるリーロを親指で差しながら続ける。
「そっから後は、相棒が助けに来てくれて。ここへと戻ってきたって感じっす」
「……他にはありませんか?」
「えっと……特には。多分」
レイトから集められた情報は、現実では決して起こりえないような事柄ばかりである。想像すれば場所や人物が現れ、自身の過去の記憶を劇のように見せられる場所。ツェルは疑問点を提示する。
「……レイトさん。その記憶の再演と言いましたか。それの劇、というのは具体的にどのような?例えば、劇に干渉できなりなどは?それとも観客の立場として定められ、絶対に干渉できないものでしょうか?」
「あ~……劇に飛び入り参戦、みたいな感じっすか?……正直何が何だか分からなくて、そういうことは全然考えて無かったです。でも、みんな俺の事見えてなかったっぽいんで、介入は多分、出来ないのかなぁ……って、思います。俺は」
「……なるほど、あくまで記憶の再演だと。であるならば、確かに追憶、あるいは回想という言葉がしっくりきますね。ありがとうございます」
これらの情報に結論を出すには、時間が必要だと感じたツェル。貴重な情報としてメモで残しつつ、隣の研究者仲間に聞いてみることに。
「オリヴィオ。この話、理解できましたか?」
「う、う~ん……あまりは……。い、今の話だけ聞くと……あの白いところは、記憶に関する場所かもしれない、とは思いました……。ち、ちょっと安直とは思ったんですけど……」
「私も思いました。オリヴィオとレイトさんの情報を掛け合わせると、こことは全く違う性質を持った世界であり、人の記憶によって形成される不可思議な場所、というのが今の所、最も有力な仮説でしょうか。他の吸い込まれた方々から話を聞いてみた方が確実ですね」
あくまで仮説。納得のいく結論ではない。情報として確立させるためには、もっと情報を集めること、そして装置の研究を進めることだろうと、ツェルは考えた。
ただ、吸い込まれた人たちから情報を得ることはまだしも、装置の研究に関しては一朝一夕で終われるものではない。
とりあえず、白い空間に関する情報を与えてくれたレイトに一礼。ツェルは謝意を示した。
「レイトさん。情報の提供、感謝いたします。もし何か思い出したことがあれば、いつでも私にご連絡ください」
名刺を取り出し、レイトに手渡す。リーロにもやったことだが、別途レイトの分も必要だと考えた。ついでに仕事についても一言。
「そして、私は探偵を生業としています。情報とは別に、何かしらのご依頼がある場合もこちらにご連絡ください。待っています」
「おお、探偵っすか!……ありがとうございます」
物珍しいと感じたその業種に、つい尊敬の笑みがこぼれたレイト。
「んじゃあ俺はこれで!」
最後に一礼して、細い尻尾を振りながらリーロとミサキへと足早に帰っていくレイト。それを見届けた研究者二人。互いに顔を合わせ、次に目を向けたのは装置に繋がれたコンピュータへと。
最初に口を開いたのはオリヴィオだった。
「ぼ、僕は、この装置の研究を進めたいと思います……。も、もしかしたら、ほ、他の仲間を見つける手立てになるかもしれないですし……」
「賢明だと思います。ただ……例のクサカミという人物について注意した方が良いと、私は思います」
装置の研究という事柄に対し、大きな懸念点があると感じていたツェル。小屋の地下に潜入する前の、リーロの言葉を引き合いに出して語る。
「リーロさんが言っていました。クサカミさんは装置を巧みに利用していると。もし私たちですら知らない装置の機能を知っているとすれば……研究どころではないでしょう。装置の乗っ取り……そんなところを勘ぐってしまいます。まずは、そこの対策を講じるべきでしょう」
「な、なるほど……!そ、それは確かに重要ですっ……!べ、別の世界であるここに装置があるっていうことは……ほ、他の世界にもこの装置があるっていうことかもしれないですもんね……!えっと、ざ、座標や信号の暗号化でどうにかなるものですかね……」
大いに納得したオリヴィオ。
早速コンピュータを操作して文字を打ち込んでいく彼に、ツェルは少しばかり助言してみる。
「この世界の装置の目的は、別の世界へと誘拐の被害者を転送するものだと。これもリーロさんからの情報ですマナ機械に詳しい研究者に対して差し出がましいかもしれませんが……もし、装置同士で何かしらの同期が施されている場合は、早々に切断しておいた方が良いでしょう」
「あ、あの、やめてくださいよっ、ツェルさん……!主任補佐じゃないですかっ!そ、装置にあまり関わらない事務作業の立場でも……立派なマナ研究者ですし、そんな謙遜なさらずにっ……!」
らしくない言葉だと思ったオリヴィオ。黄色の大きな獣耳がぴこりと動く。文字を打ち込むことすら忘れ、控えめにしつつも軸を支えて保つような優しさで、ツェルを元気づけようとした。
ただツェルは、事実が曲解されて伝わってしまったと、先ほどの言動を訂正する。
「いいえ、私はオリヴィオよりマナ機械には詳しくないというだけです。マナ情報の分析は得意ですが、横文字が羅列したソースコード、ましてやプログラミングなど……耄碌した頭では少しばかり……。とにかく、先ほどの話はチームの立場の話ではありませんでした」
「そ、そうだったんですか……?で、でも意外です……僕から見たツェルさんは、な、なんでも吸収して自分のものにしちゃう凄い人だと思うんです……!」
ツェルは微笑する。黒いシルクハットのつばを優しく触った。オリヴィオからの賛辞を受け取りつつも、老いていく自分の限界を静かにさらけ出す。
「ありがとうございます。確かに、昔はそうでした。しかし何でもかんでも吸収したせいで、新しい知識が入る隙が無くなってしまいましたから」
まるで水を含みすぎたスポンジのような。脇道も程々に、話を本筋に戻す。
「とにかく、オリヴィオ。装置の対策は最大限に、です。よろしくお願いしますね」
「は、はいっ……!そ、装置のことはお任せください……!」
ツェルは、それぞれの役割を理解している。元居た研究者でのみ装置の事情を進めるのなら、オリヴィオは装置の研究、クラッフルはその補佐、ツェル自身とマルキスは引き続きの研究者を探す、という形になるだろう。
ただ、人命救助が優先だったために大事なことを聞いていなかった。これが、最終目的になるもの。絶対に叶えなければならない、要となる目標。
「ああ、重要なことを聞きそびれていました。……この装置から、私たちのいた元の世界へと帰れそうですか?」
「う、う~ん、それは……まだわからないです……。で、でも、同じ装置かもしれない以上、可能性はあると思います……!ここの装置を研究を進めれば、もしかしたら戻れるかもしれないですね……!」
マルキスやツェル、ひいてはオリヴィオやクラッフル、そして他研究者四人。彼らは、目の前にある装置に非常によく似た装置に吸い込まれたことによって、別の世界から来てしまった人たち。元の世界へ戻れるかを考慮するのは、当たり前だ。
もちろん、向こうの世界に、置いてきてしまったものがあるからだ。ツェルやマルキスは、特にそれを顕著に感じている。
戻れるかもしれない希望を見据えたツェル。その目線が、左手の薬指からオリヴィオへと向けられる。
「装置の研究は、貴方が頼りです。何か分かれば、すぐに連絡してください」
「は、はい……!」
眼鏡の奥の、まっすぐな緑の瞳。怯懦でマイナス思考が強めの彼だが、人並外れた思考力とマナの知識量を持つオリヴィオ。彼の強みに。ツェルは希望を託したように頷いた。
聞けることは一通り聞いただろう、と思った時。治安団の届声機を手に持ったマルキスが、コンピュータ前の二人へと駆け寄ってきた。その顔は、いつもの仏頂面ではなく、思いがけぬ歓喜に口角を上げているようだった。
「オリヴィオ!クラッフルだ!」
「……え、ええっ!ク、クク、クラッフルさん!???」
懐かしい名前を聞いたオリヴィオ。嬉しさを含んだ驚きの声を上げた。
マルキスは、本部からの連絡を受け取った治安団の隊員から、届声機を受け取ったらしい。クラッフルは遠隔だが、ここにかつてのチームである研究者八人のうち、四人が揃ったことになった。
マルキス。ツェル。オリヴィオ。クラッフル。約七年、互いが生きて再び会えたことに、一番に深い感慨を覚えていたのはマルキスだった。車にてリーロから聞いた時は疑いの気持ちが大きかったが、こうやって声を聴いたこと。そして一難を乗り越えた安心感と共にオリヴィオとツェルが傍にいてくれたこと。
彼にとって、グラスと出会ったあの時と同じくらいの、救いを感じた気がした。
四人は舞い上がる心のまま、数年間の空白を埋めるかのように話し合う。ただ、込み入った本格的な雑談は、クラッフルと会ってからにしようという結論に至った。
一方で、治安維持団。アデランドによる点呼が終わったが、いない隊員がいることを確認した。歓喜の湧いた研究者たちと比べ、こちらは不穏が漂っていた。




