86- 誓いの夕、最期の夜
大部屋に集まる治安維持団。アデランドによる点呼が終わったが、この場にいない隊員がいた。装置に吸い込まれた人たちは全員救い出せたようだが、それでも足りないのだ。そして、その人たちの所在を、アデランドは知っている。
およそ数刻前、あのクサカミが地上に現れたその時。撤退しようとした治安団の車を、魔法で軽々と投げ飛ばして木へと激突させたのだ。ひしゃげて潰れた車から、苦しく呻く声を聞いたことを、アデランドは鮮明に頭にこびりついていた。
地上へと戻った機械隊員からの報告で、直々に彼ら彼女らの死を知った。少しでもあった希望の糸は、もう途絶えてしまっていた。
治安維持団十数人、挙句には地下室を隠蔽しようとしていた仲間である小屋の主ニリスを、クサカミがやったのだ。誘拐事件の首謀者、そして、治安維持団の隊員を殺めた許されざる者。
ただ、許されざる者は、自身も同じ。アデランドはそう考えていた。
今回のことは決して重くない。各隊員、隊長を整列させ、上半身のみのアデランドは皆の耳に届くよう大声で説明する。
「ここにいない隊員について、私から報告があります。……それは、彼らを守れなかったこと。事件の首謀者の手によって、その尊い命が散ってしまいました。……第一隊長として、治安の平和を守る責務があると同時に、隊員の皆の命を守る責任もあります。しかし、守り切れませんでした。あるまじき失態です」
部下の殉職は、頻度は非常に少なくとも過去に何回かはあった。だが、十数人規模は初めてだった。そのうえニリス、誘拐犯の手下である前に、レッケイドの住人である彼女の死もアデランドにとって大きいものだった。
思わず手に力が入る。そして今、隊長として頭を下げた。深く。
「……皆を守れず、申し訳ありませんでした」
上半身しかないことで、より自身の惨めさが際立っていた。第一隊長の、あるべき姿ではない。民はおろか、自身の部下たちまで救えなかったのだ。後悔。怒り。恥辱。機械の身でも、その感情が大いに渦巻いて、大きな塊のようになっていた。
隊員らは固唾を呑んで、それを見届けた。今までになかった言動に唖然とする人、怒りを顔に滲ませる人、すすり泣いてしまう人もいた。だが大半は、静かに次を待っていた。
ここで終わってしまえば、それは隊長の器ではない。この場にいるほとんどの隊員、他の隊長らがそう思っていた。そして、アデランド自身も。むしろ、彼が一番それを分かっていた。そう。まだ終わらない。
下げた頭を上げる。モニターに映る、緑線の閉じた両目。今まで通りのそれだったが、その奥底には闘志が燃えている。上半身だけの体で、体幹をしっかりと据える。しっかりと握りしめた機械の片手が、強く胸に置かれた。
「……では、残された私が……私たちがすべきこと。それは、散ってしまった仲間達のために、この事件を絶対に解決させ、平穏を再び取り戻すこと!死は決して無駄にはならない!残された者たちがその遺志を継ぐ、邁進するための糧となる!!」
自身の枷となる負の感情。それはエネルギーの塊に足り得るもの。理性を以って昇華させ、決して揺るがぬ信念のもと、正義のために力を振るう。治安維持団が設立された当初を、感覚を通して思い出しているアデランド。
「今回の作戦によって、拠点を見事、制圧することに成功した!しかし、いまだ未知数の犯罪者共。思わぬ反撃によって再び、レッケイドの平和を脅かされることも否めない。……その時を迎えて守るべき民を失ってしまう前に、我らが首謀者を捕らえてレッケイドを守る!!平和のために!!!」
この場の隊員全員に、鼓舞する。
高揚。正義に胸が熱くなるもの、平和のために立ち上がるもの。平静である機械族の隊員ですら、感化されて沸き立つ者もいる。それぞれが、アデランドの熱弁によって高く奮い立っていた。平和のために。最後に言ったアデランドの言葉を、皆が繰り返した。
アデランドは、再び深く心に刻み込む。これ以上、犠牲を出してはいけない。民はもちろん、隊員らも。そして、命を軽んじる残虐非道な犯罪者を、この手で捕まえると。
*
治安維持団本部。団長室にて、その光景を大型コンピュータのモニター越しに見ていたガゼロとクラッフル。その場にいないために、一歩引いた目で盛り上がる様子を眺めている。ただガゼロは、アデランドによるその熱弁には拍手を送ってしまうほどの感慨を味わっていた。
「死は決して無駄にならない、かぁ。クサカミとその仲間達を捕まえるのもそうだけど、誘拐された人たちのことも忘れないであげてよね、第一隊長。……クラッフル君は、どう思う?死は決して無駄にはならないっていうヤツ」
一人で語るには気が重く感じたガゼロ。隣の薄緑の球形族に聞いてみるも、キーボードの前で眠りこけていた。彼が言うには、気を抜くとすぐに眠くなるのだとか。一件落着して、気を抜いたのだろうと、ガゼロは苦笑いする。
「また寝そうになってる……起こすのも忍びないし」
ならば、問う相手を変えてみることにした。背後に振り返り、機械のデカブツに言葉を投げる。
「じゃあ団長さんは?死についてどう思う?」
「機械族に死はありません。あるとすれば、それはシャットダウンだけです」
「そういうこと言ってるんじゃないんだけど……まあいいよ、もう」
機械相手に聞いた自分が馬鹿だったと、ガゼロは溜息を吐く。
それはそれとして、例の誘拐事件は一旦終わりを迎えたとみていいのだろうと、考えるガゼロ。これからするべきことと言えば、クサカミとその部下たちが今後どう動くか。逃げられてしまった以上、きっとまだ終わらない。レッケイドでなくとも、新たな犠牲者が別の場所で発生するかもしれない。
そういった今後のいざこざは、大部屋にいる研究者たちと隣のクラッフル、そして何かしら事情を知っていそうな特別隊員二人と謎の三つ編みの女性。その人たちと共に、治安維持団は今後協力していくことになるのではないかと思った。
「……ま、私が考えることじゃないか」
ガゼロは団長のメンテナンスを務めるマナ専門技師。治安維持団の今後は、自分が考えることじゃない。今回、出番はここまでだと悟った。
「よおし!!休む!!一件落着!!もう夕方でしょ!!帰らせてもらうよ!!!」
「ガゼロ」
何も聞きたくないかのように大声で帰り支度をしようとする彼女を、名前を呼んで引き止める団長、フロイト。団長室の、中央の大きな機械に灯された赤い光が、ガゼロを捉える。
「今から、吸い込まれた下級隊員の機械族に点検を行ってください。本部に帰還した際に手早く修理できるように」
「うーわ、残業?それ明日に回せない?っていうかそれくらいなら団長でもできるよね??自己診断プログラムとかで」
「私は作戦に向かった隊員たちの後処理をします。破損してしまった車があるので本部から手配しなければなりませんし、それ以外にも色々と。……作戦は終わりましたが、未だ現地にいる隊員たちを差し置いて、一人で帰ろうとするのは不誠実だと思いませんか?」
淡々と自身のやるべきことを明白に示した団長は、時間を理由にいつも通り帰ろうとする姿勢のガゼロを、はっきりと戒めた。確かに、一理あると考えた彼女。細い尻尾が垂れ下がった。
が、自分だけが命の落とすことのない安全な場所で、あれこれと状況を伝え指示を出していた立場。悔しくも反論できないそれに、再び席に座ってコンピュータと向き合う。
「……もう、わかった!わかりましたっ!……吸い込まれた機械族隊員のハッキングを開始するよ。……数は結構多いし、こりゃ徹夜コースだわ。はぁ~……」
再び溜息。夜を越える覚悟をもって、ガゼロは事に及ぶことにした。団長室のマナ専門技師の仕事は、まだ終わらない。
*
夜でも賑やかなレベルシティ。治安維持団、本部にて。作戦に赴いていた隊員、隊長たちは後処理に追われていたが、ようやく本部へと帰っている最中。
彼らの帰りを待っている一人、ガゼロ。機械族ハッキングでの内部変化を診ている最中、トイレへと向かうために団長室から出ていた。場所は地下一階。最下層である団長室へと、積まれた仕事を片付けてるために戻ろうとしていた。
トイレから団長室へと向かう階段の間の廊下には、堅牢室という部屋がいくつか存在している。罪を犯した者が一定期間、更生を促すために閉じ込めておく部屋である。その一つに、例の誘拐事件の証拠を隠蔽していた、イノヴァも閉じ込められていた。
ガゼロはその前を横目に通り過ぎようとして、立ち止まった。これからも続く長い夜へのイラつき。最下層での徹夜では、暖かな朝日すら拝めない。彼女にとって残業というのは極めて不快なものだった。それの捌け口が、今、必要だ。
部屋の警備を任されている機械族の隊員。彼女の前に仁王立ち。得意げに口角を上げ、尻尾を揺らしながら扉を指さした。
「イノヴァが捕らえられてる堅牢室よね。今も惨めに閉じ込められてる?」
「惨めかどうかは、ここからでは分かりかねます」
鼻を鳴らすガゼロ。腕を組んだ。
「なら開けて確認してみる?」
「窓を開ける程度なら、どうぞ。しかし扉は開けてはなりませんからね。鍵は私が持っていますが、くれぐれも乱心しないように」
扉の上部に取り付けられている、犯罪者を直接監視するための小さな窓。たしか、堅牢室の中にはもう一人、警備兼監視の機械族がいる。内側と外側で警備にあたる厳重さで、中にいる犯罪者は決して外には出られない。
これからの仕事が山積みだというのに、犯罪者はベッドでうずくまっているのだろう。その怒りを仕事にぶつけるエネルギーになれば、あわよくば起きていれば耳障りな愚痴を吐いてみたり、なんてガゼロが思いつつ扉に近づこうとした。
その時。
部屋の中から、辺りを震わすほどの衝撃音が響いた。まるで、壁に何かを勢いよく押し付けたかのような音。窓を開けようとしていたガゼロの手が宙で止まった。警備の機械族と顔を合わせる。
数瞬の後、内側から声。イノヴァの声だ。いつもの低い声が、まるで死に際かのようにひどく焦っている。
「あ、開けろ!!!開けてくれ!!!アイツが!!!!」
扉を叩いた。声がくぐもって聞こえている。しかし、それでも感情が手に取るようにわかる。
最初に思ったのは、嘘。焦っている声を出してここから出よう、などという算段に思えた。しかし、その切羽詰まる彼の声はあまりにもリアル。演技とは思えない。扉を開ける気は無かったガゼロは、そのまま小窓へと手を伸ばす。
勢いよく開けた。ガラスの向こうのイノヴァが、ガゼロと目が合った。深緑の顔肌に滲む冷や汗と、鋭い牙を覗かせる歪んだ笑顔。明らかに尋常ではない様子だった。一歩、後ずさってしまうガゼロ。
「ちょ、ちょっと……」
「早く開け──」
唐突に、言葉が切れる。と同時に、何かが体に突き刺さったかような生々しい音。こちらを見ていたイノヴァの、口の端から赤い血が滴って、扉の向こうで倒れた。
「は……」
「何が……!?」
混乱する警備。そして扉の正面にいるガゼロ。
イノヴァが倒れて、部屋の中が見えた。華奢な黒い姿の誰かがいるようだ。腰に下げているマナ結晶。制帽。そして、ひび割れたところから薄紫の光が漏れる、濃い紫の顔。ガゼロは思い出す。コンピュータ越しに見た、あの、クサカミだ。
振り向いた彼と、小窓越しに目が合った。悪寒。怨嗟。彼を見ているだけで、自分という存在があやふやになるような感覚。つい腰が抜けて、尻もちをついてしまったガゼロ。
窓が割れる音。
あの小窓越しに音もなく現れたのは、紫の鋭い針。それが、ガゼロのわずか頭上に。
「はぁあ──!!」
これほどまでの恐怖は初めてだった。あのまま腰が抜けていなければ、胸に一突きだったのだ。数秒経って、塵のように針が霧散していく。
ここで、勇敢な警備はナイフを取り出した。見知らぬ侵入者へと警告する。
「そこにいるのは誰だ!」
「ちょっと!あ、開けちゃダメ!」
ガゼロからの制止を聞かず、扉が開け放たれる。しかし、もうそこには誰もいなかった。わずか数秒の後、彼はどこかへと消えてしまったらしい。頭が追い付かず、尻もちをついたままのガゼロ。中へと入っていく警備隊員を見届けて、扉のすぐ近くに倒れているイノヴァへと目を移した。
苦しそうに呻きながら、力なく前方に這いずっている。体には複数の穴が開いて、服を赤く滲ませていた。今から救護班を呼んでも、もう間に合わなさそうだ。
顔を上げたイノヴァ。苦しみに歪む顔。普段開かれていた翼が、弱々しく閉じられていく。そんな彼に、ガゼロは目が合ってしまう。
「……え?なんて……?」
トカゲのように太く湾曲した口元が、パクパクと開いては閉じる。何かを伝えているように思えた。ガゼロは近づいて、ピンクの獣耳を上げて耳を澄ます。
「ッだァ……んちょう、ぁ……ぁ……ぅ…………」
「はぁ……?だ……?」
途切れ途切れで、あまり分からなかった。だが繋ぎ合わせてみると、団長、と聞こえた気がした。しかし、あの男は団長ではなくクサカミのはずだ。団長がなんて、と聞こうとして、彼は血を吐く口に手を入れて、小さなマナ結晶を取り出す。
血と唾液に塗れた、紫に光っているマナ結晶。ガゼロの前に差し出された。意図が全く分からない。疑問が増えていく中、言葉を投げかけようとして、口が開いたままで動かなくなっていたイノヴァ。瞳に光が消えている。息絶えた。目の前で。
部屋の中のもう一人、直接監視の機械隊員も壊されていた。部屋に入った警備隊員が、応援と救護班に連絡している。だがそれをしたところで、機械族ならまだしも、イノヴァは助からないとガゼロは分かっていた。
間際の死。目の前で息絶えた元上級隊員。そしてそいつからの最期の言葉、団長。色々な情報が頭で錯綜して、壁際に寄って背を預ける。片手で頭に手を当て、ゆっくりと思考を落ち着かせるように俯いた。
「……ど、どういうことなの……」
仕事のことなど忘れてしまって、数分間、つい頭が呆けていた。せわしなく動いている機械隊員と救護班を、ただただ眺めるしかなかった。イノヴァから託されたような形で貰った、小さなマナ結晶を手に含みながら。
*
一方。レベルシティの街中。誘拐犯の犯人の一人、骨族ウリクの家にて。今日に起こった一連の出来事など全く聞かされていなかったウリク。故に、目の前に急に現れたクサカミからの詰問に、震え声でも素直に応じるしかなかった。
「じょ、情報なんて流してない!!本当だっ!!!流すんだったら治安団に繋がってるアイツだろ!?俺は絶対に流してない!!悟られてもいない!!」
「……奴は……奴らは、想定以上の、強敵。……場所の、目星が付いた段階で、すぐに、最大戦力で制圧とは。……対策を、練る時間すら、許さなかった。それに……ミサキまで、魔法を……」
憎悪、悲哀、全てを含む低い声で言葉を落とし、歩き出したクサカミ。マントをひらりと靡かせる。一人で、ゆっくりとしゃべり続けていたが、不意に、ひびだらけの紫の顔がウリクに向けられる。制帽の下の瞳が彼を捉えた。
「…………ここでの、誘拐が厳しいと、感じた。別の場所で、誘拐を、続けなければ。これが俺の、やり方。誰の協力も、認めない」
「な、何を……??い、いや、違う……」
彼の言っている意味が分からないウリク。しかし、良い内容ではなさそうなことが、端々に感じ取れた。クサカミが直々に来た時点で嫌な予感しかしなったのが、徐々に確信へと変わっていく。
「お、俺はまだ手伝える!!俺の存在は治安団に知られてないはず!!!まだ価値はある!!そうだろ!!このまま誘拐を手伝わせてくれよ!!」
協力を必死に促しつつも、実際は命乞いのそれでしかない。
クサカミはゆっくりと近づく。背を低くして懇願する彼を、上から見下げ果てる。
「……骨の、マナの保有量は、影や異頭と比べて、低い。が、協力していた、仲間には、慈悲は必要。選べ。ここで死ぬか、俺の、マナの養分になるために、監禁されて、生きるか」
「は……はは……」
ウリクは口が、骨が震えてカタカタと鳴る。恐怖は極限に。逆に笑みが漏れてきて、息が荒くなってくる。実質、どっちの選択にも自由など無かった。死んだように生きるか、本当に死んでしまうかの二択。慈悲とは名ばかりの、慈しみなど一切感じない選択。
それを、ウリクは飲み込まない。すんでの所で挿げ替えた、第三の選択。
「……俺は、マナをよく知ってる……け、研究者だからさ……だから、その分野で助力が出来るはず……だから、まだ仲間に──」
ウリクの頭蓋骨に、紫の太い針が突き刺さった。痛みを感じる間もなく、眼窩の瞳の光が消え、ぐったりと力が抜けた骨。それを見届けたクサカミは、ため息に交じる呆れがこぼれた。
「……マナ、そのものに、興味はない。必要なのは、俺の意志、そして新世界を創るだけの、膨大なマナだけ」
針を戻し、倒れようとする骨を、勢いよく壁に叩きつけた。関節が壊れ、服の中でバラバラに散る骨。最期には床に散乱し、それを、ただただ見下げて眺めるクサカミ。
「この世界の、邪魔者、特に、治安維持団は、厄介。……あの偉大な装置について、更に研究を、進めさせなければ。……世界を創る、機能があるならば、世界を壊す、機能もあるはず……その分の、マナも、別途に、用意しなくては……。創生計画が、遠ざかる。……面倒だ……」
誰に言うわけでもなく、淡々と現状を俯瞰して呟いていた言葉。ウリクの所持していたマナ結晶を取り戻すと、その直後には、クサカミは転移して姿を消した。
この家の最後の記憶は、骨の死だけ。星の輝く夜、賑わう喧騒のレベルシティ。その一角が、たった今静寂と化した。




