83- 影と獅子
「──っ!!」
次にレイトの目に映ったのは、駐在所の前。中にいたクサカミは、忽然と消えていた。
どうやら、記憶の再演が終わったらしい。まるで場面転換。夢から覚めたかのような感覚だった。しかし本物の夢のような曖昧な眠りとは違い、はっきりと、対峙した時の記憶を思い出した。
「はぁ……俺たちはああやって別の世界に……クサカミのヤツ……」
別世界に来てから、森の中での荒療治、そして早い段階で王都に辿り着いたのは不幸中の幸いだった。そのおかげで、結果的にミサキを助けられた。が、世話になったミサキの父、ショウイチロウを目の前で失ったこと、そして別世界に転移して元の世界に帰れなくなったこと、全てが重く圧し掛かって生きてきた。
レイト、そしてミサキは、別の世界へと転移することなど、決して望んではいなかった。日常が崩れてしまったのは、全てあのクサカミのせい。獅子の細い尻尾は、落ち着かないように左右に揺れる。
「……早く何とかしないと」
辛い記憶を思い出して、むしろ活力がみなぎる。心に灯した炎は、まだ燃え尽きていない。これまで、逆境を何度も越えてきた。装置に入ってわけの分からない空間に飛ばされることなど、レイトにとってはその乗り越えるべき逆境の一つ。
ふと、装置に吸い込まれていく際の、影に潜んでいたリーロの焦った顔が目に浮かんだ。彼と共に越えた逆境など、数えきれないほどあるだろう。くすっ、と笑みを零す。
「くふっ……あいつのあんときの顔、見ものだったな。ここから出たら真っ先に弄ってやろ。俺がいなくて寂しかっただろ~??面白い顔してたぜ~??……うん、これだな。ははっ」
「だ~れが寂しかったってェ?」
「ううおぉわぁ!!!」
聞き慣れた低い声。振り向けば、いつもの影色の相棒がいた。いつものハンバーガーを片手に、白い歯を見せて。そういえば、ここは白い変な空間。急に頭に思いついた人物が不意に現れたのはミサキの時もそうだったことを、レイトは思い出す。
となれば、目の前のリーロも記憶をもとに作られたものだと、レイトは胸をなでおろす。安心と共に吐き出される言葉は、作られた存在の前であることをいいことに、いつもより棘を含ませて呟く。
「ああ、んだよっ!リーロかぁ!は~……怪しい悪目立ち不審者みたいな恰好だから、余計に後ろにいるとビビるよ、もう」
「けけっ、言うようになったなァ、レイト。言葉がすらすら出てきたってことは、常日頃から俺のことをそう思ってたんだなァ?ヘタレ軟弱のレイトさんよ」
思いがけない言葉がリーロから降りかかる。やけに具体的な悪口に、尖った歯を見せて苦笑するレイト。
「ヘ、ヘタレ軟弱!??リーロから見た俺って、そういう評価なのかよっ……いや、記憶から作られたヤツだから、俺から俺の評価ってことかっ……?」
「……なあに言ってんだ?」
頭を抱えるヘタレ軟弱に、眉を顰める不審者。ハンバーガーを齧りながら、影色の親指で後方にある白緑色のゲートを指さす。
「んなことよりホラ、出口だ。オリヴィオっつうヤツが頑張って開けてくれた。検証の繰り返しだか、生存者の座標だかとにかく知らねえが、ちゃんとレイトんとこに繋がってよかったぜ」
「……んえ?出口???」
リーロから言われて、覗くようにして見やると、確かに縦に長い楕円形のゲート、人ひとり分入れそうなそれがある。少し遠かったうえに、目の前にデカい影に隠れて見えなかった。彼はそこから来たらしく、出口を教える。
やけに具体的な返答と、悪口にしてはリアルすぎることを加味すると、目の前のリーロは、記憶からなどではなく本物だろうと予測できた。つまり、装置に吸い込まれたレイトを助けにやってきた、リーロだと。
「おお、おおお、お前ホンモノかよっ!!?」
「へえ、なんだ?偽物の俺がいたのか?ぜひ会ってみてえなァ、どこにいるんだ?」
いつものように会話の主導権を握られ、寂しかっただろ、なんて煽ることを忘れるレイト。
「いやいやいや、何でもない!!いや、何でもないことは無いか……??でも本当に何でもなぁい!!」
「お前のその態度、いつ見ても分かりやすいなァ。素直に吐かねえと、今晩の食事、お前の分のを半分頂くぜ?」
彼らしい脅しだが、レイトは本当に偽物のリーロなどに会っていない。しかし本物は会いたがって聞き出そうとしている。すれ違いに、レイトは苦笑しつつ頭を抱えた。
「ほ、本当に会ってないんだってばぁ……」
「へ、そうかい。んじゃ、晩飯は半分貰うってことで。ほら来いレイト。ミサキが待ってるぜ」
「……ミサキ」
その名前を聞いて、抱えた頭を戻して目線はゲートに。彼女のことを思うと、どんな状況でも襟を正す気持ちになる。少しの間だけ、目を閉じて気持ちを整えて一息吐く。目を開けた。彼らなりのコントは終わり、リーロが先導してゲートへと。レイトがそれに続き、ここに来れた経緯を尋ねる。
「どうやって来れたんだよ?」
「知らねえ。気になるんならオリヴィオっつうヤツに聞いてくれ。写真で知ってるだろ?」
「あ~、あの人か……クラッフルと同じ仲間の研究者って言ってたっけ。お礼言わないとな」
歩きながら、続けて疑問を聞く獅子。
「俺以外にも吸い込まれた人、いるよな。そいつらも助かってるのか?」
「まだだ。誰だっけか……隊長三人も吸い込まれたらしいな。ただ、これはテストだと。今のレイトの救出が上手くいったら、他の奴らを救う準備が整うんだとよ」
「なるほどな……これで無事に帰れたら、とりあえずは一件落着か……?まだ、色々やることはあると思うけど」
あの時、クサカミとその仲間らはどこかへと転移して消えた。その行く先も、心当たりがないわけではない。自分の研究所だろう。しかし、万全を期して再戦を臨むのが重要だろうとレイトは考えていた。
そしてそれはリーロも同じ。今回ですべては終わらないだろうと見越していたが、想定以上に情報を得られなかったことが悔やまれた。
「レイトの言う通りだな。まだやることは残ってらァ。けど、一旦はこれで終いだな。……クサカミの野郎、あんな馬鹿げた広範囲の魔法を使うとかイカれてやがったな。ミサキが来てくれてなかったら全員死んでてもおかしくなかったぜ」
「そうだな。……なぁ、俺の時間稼ぎ、上手くいったろ?」
背後からクサカミを刺した、あの時。リーロが、ミサキへ取り次ぐ際の時間稼ぎだった。彼らの意識をレイトに向けて、ワープの前兆であるマナの気配を遮断させていた効果もあったのだ。大見得を切って対立の宣言をした際は見事だったと、リーロは褒める。
「そうだなァ、上出来だ。正直な事を言うとよ、新世界を創る目的で誘拐、監禁、人の命を何とも思ってないやつが反省するとは思えねェ。ミサキは甘えな」
それについては、レイトはやや肯定的な態度だった。父を殺されてもなお、その張本人に対して更生を促す。魔法を扱えるようになって様々なことが出来るようになった分、その過度なお人好しに拍車がかかっていると、レイトは見透かしていた。が、ミサキにはミサキのやり方があるとも認識している。
「そうだな……。俺も、確かにクサカミを倒したいっていう気持ちはある。けど、俺だけの問題じゃないだろ?アイツは、父親を殺された上に刺された。クサカミに恨みがあるのは俺よりミサキの方だ。だからアイツが、クサカミをどうするかっていう主導権があると思ってる、俺は」
過激なやり方を好むリーロにとっては、ミサキの選択はあまりにも慈悲深い。とはいえ、その慈悲深さに救われたところがある影は、納得はせずとも、理解は示していた。
「まあいいぜ。とにかく、あの無尽蔵にあるマナをどうにかしねえと話は進まねえ。今回の件で色々分かったことがあるだろ。それをもとに、対策を考える必要があるなァ」
「あ!そうだ!それについて一個思い出したことあるんだけど」
先ほどの記憶の再演にて、重要な部分を思い出したレイト。それは、クサカミの【能力】についてだった。ゲートの前まで来て立ち止まり、それについて話す。
「クサカミがなんで無尽蔵にマナを保有できるか、それを思い出した。アイツ、【渡し守】っていう【能力】が覚醒したから、マナを無限に保有できるんだ。詳しい能力の内容は分かんないけど、マナの無限保有のからくりが秘められてる能力だと思う」
「はぁ?……【能力】っつうとあれだろ?俺のいる世界に来た時に、レイトとミサキが発現したヤツだったっけか?【渡し守】??そんなんがマナの無限保有の能力ってのか。ズルだろ」
レイトは同意するように頷いた。
【能力】が扱えるようになる条件は、恐らく装置を通して別の世界に転移すること。これは、レイト自身とミサキ、そして同じ境遇のクラッフルと共に考えて出した結論だ。
であるならば、装置に長く接触しているだろうクサカミも、何かの拍子に能力が開花していてもおかしくない。色々と謎は残るが、そうとしか考えられなかった。あの再演時も、装置のことをよく知っていたから。
能力が覚醒し、高を括ってレイトに試練という名の絶望を与えようとしていた。しかし、レイトもミサキも生き残った上に、ミサキにいたっては魔法を扱えるまでに成長した。このことは、彼にとって大きな誤算だったことだろう。色々と考えたが、とにかくレイトはクサカミの詳しい能力を知った上で今後の対策を練らなければと考えた。
「まさかここで直々に来るとは思わなかったし……でも、次にクサカミを追い詰める時は、無限マナに対処できるようにしないとな。あとクラッフルさんの仲間探しも」
リーロは、大きくため息を吐く。クサカミの【渡し守】。レイトの【透明】。ミサキの【視界拝借】。別世界に転移した人たちは能力が花開く。リーロ自身も、別の世界からレッケイドへとやってきた。それなのに、その能力とやらは発現していなかった。
つい苛立って、ハンバーガーにかぶりつく。
「はぁ~……ったく。なんで俺だけ能力が出てこねえんだ。クソが」
歯は見せつつも、呆れるようにして下がった口角で毒づいた。隣のレイトは、ひたすら憐れむ目で見る。
「まあ、それについては、ドンマイとしか言えないな。お前は元から強えし。……それか、別の条件があるか、とかな。正直なんで能力が目覚めるかも分かってないしさ……」
「けっ、このふざけた空腹が消える能力とか出てくれればいいってのによ」
丸い腹を叩いたリーロに、苦笑いになって後頭部の硬い鬣を掻くレイト。
「特質が消える能力ってなんだよ。せっかくの影族の個性が無くなるじゃんか」
「うっせえ。空腹だけの意味なし特質のどこが個性だ」
「それは……そうだな」
浅ましく、個性で終わらせようとしたレイトは反省する。転移してきたクラッフルも能力を発現したとはいえ、【透明】や【視界拝借】のように役立てそうなものでもない。確か、【惰眠欲】だったか、とレイトは彼に言われた能力を思い出す。リーロの特質と同じように、常に体に異常が出ているようなものだった。
アイデンティティやら個性やらで収まる枠ではないのだ。リーロは特に、このずっと空腹である特質に苛まれてきたことを、レイトは知っている。ひどく浅慮だったと、謝罪する。
「ごめん。確かに違ったな」
「けっ、んだよ。本気で謝りてえなら、あとで俺に奢れよなァ?」
「もちろんだ。言ってくれれば、お前の好きな肉とか買うよ」
思わず肩の力が抜けたリーロは、半目になってレイトを見る。冗談に聞こえなかったらしい。溜息を吐いて、ハンバーガーを持った手でゲートを促す。
「ホント、似た者同士だなァ。ほら、もう行くぜ」
「ああ」
影と獅子。遂に白い空間から脱出する。背後にある、レイトの記憶から作られた燕去村を残して。




