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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第三章 ──宿命に逆らう者たち、運命を闢く者たち──
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82- 夢現

 

 一方、森の奥。そこは木々に囲まれた村だった。ベンチに座っている獅子の獣人。微笑むレイト。そしてその隣にいたのは、楽し気に笑う人間の女性、ミサキだった。


 この空間が、普通の空間でないことが早々に分かってしまったレイト。記憶から、新しくこの村が生まれたのだろう。それを分かっていたつもりだった。しかしそれでも、この白い空間は、心が疲弊した者にとって、癒しとしての側面を見せる。希(こいねが)えば、それは虚構の現実へと成っていくのだ。


 レイトが、恥ずかしむように鼻を鳴らす。平和な日常。別の世界に転移してしまう前の、ありきたりで、当たり前が溢れていた元の世界。この装置から脱出する前に、少しばかり噛み締めても誰も文句は言わないだろう。きっと。


 だから、本物ではない彼女にも、堂々と接せられる。


「ミサキはさ、村に帰れたら……何したい?」


「う~ん……また、いつも通り、過ごしたいかな。平和な日常が帰ってくれれば、それでいい」


 二人の問答だというのに、実際は一人芝居。記憶から作られた彼女は、都合の良い人形でしかない。それでも、まだレイトは止まらない。歪でも、しっかりと噛み会った歯車だった。


 レイトは続ける。


「俺もだ。……いい天気だ──」


 言おうとして空を仰ぐと、白。先ほどまで在った青空ではなかった。異質な空間にいることを、否応にも自覚させられる。溜息が、どこかからの風に攫われる。


 ここは村じゃない。別の、変な場所。そう自覚してしまった。すると、隣にいたミサキはいつの間にか居なくなっていたことに気づいた。レイトは、諦めと自責の念で、頭を抱えて項垂れる。不安から、自身の鬣(たてがみ)を掻いた。


「…………帰りたいなあ。家に」


 幼い頃、構ってほしくて虐めてしまっていたミサキを思い浮かべる。厳しい両親、特に父からの鉄拳制裁によって、幼少期特有の、あまり考えずに人の心に土足で踏み入る軽率さは矯正された。


 そこから子供ながらにして感情が落ち着き、人の顔を窺うようになってここまで育った。今では、もうどこにでもいる大人だ。魔法の使えない一般獣人。かつて村にあった一幕が、今鮮明に思い起こされた。


「……歩こうかな」


 誰に言うわけでもなく、呟いた。向かう場所は、ミサキの家。つまりこの村、燕去(つばめさり)村の村長の家だ。何度も行ったことがあるから、場所は知っていた。


 ベンチから立つ。土の踏む音。風のさえずりがレイトの耳に届く。懐かしい匂い。この白い空間から生み出された世界だというのに、帰ってきたわけではないというのに、帰ってきた。そう感じた。


 ゆったりとした歩調で向かうなか、駐在所を通り過ぎようとして止まる。ここは、クサカミがいたところ。警官である彼は、ここで村の秩序を守っていた。今のような、新世界の創造などを目論む人ではなかったのだ。草臥(くたび)れた様子でありつつも、心の奥底にあった正義だけは消えていなかったと、レイトは傍目から見てそう思っていた。


 なんとなしに、入ってみる。中は綺麗で、机に向かって新聞を読んでいる彼を見つける。あれも、レイトの記憶が作り出した本物の幻像だ。大仰なマントに身を包んでいる今ではない、過去の健全な彼。視線が紙から客人へ。制帽を被りなおした彼が、立ち上がって獅子を迎える。


「……レイトか。何かありました?」


 ぶっきらぼうながらも親密にしつつ、職務を全うしようとする姿勢。レイトよりも背の高い彼が優しく見下ろしている。精神的疲労が垣間見えつつも、確かにこの村のヒーローだった。それなのに、今では。


 ふと、思い出す。


『ここに来なければ良かったものを』


 突然、場面が切り替わるように暗転。すぐに目が慣れ、今いる場所を把握した。初めてクサカミと相対した時だった。先ほどよりも低い声で威圧する彼が、レイト、ミサキ、そしてミサキの父である男性の人間、ショウイチロウに向けられた。


 まるで、第三者視点で俯瞰して見ているかのようなところにいるレイト。驚いて、つい言葉が漏れる。


「なんだこれ……お、おい!聞こえるか??」


 だが、目の前にいる自分自身はおろか、ミサキやショウイチロウ、クサカミにまで見えていない様子。まるで、一つの劇を見ているかのよう。それを理解して、この記憶の細かいところを思い出していく。


 たしか約四年前の、村近くにあった研究所の記憶。それを、再演の如く目の前に繰り広げられているようにレイトは思った。


 その時、隣にいるショウイチロウがクサカミに対して怒号を浴びせる。


『なぜ村の人たちを誘拐する!?なぜみんなを、あんな風に!!』


 隣の、震え声のミサキ。明らかに怯えている。


『クサカミさん……』


 感覚が鋭い彼女は、彼の、いつもと違う脅すような声色に体を縮こませていた。


 対してクサカミ。草臥れた様子はそのままに、正義が捻じ曲げられて浮かび上がった薄気味悪い笑み。背後の、円形の装置を見せびらかした。


『これさえあれば、全てを覆せる。そのためには膨大なマナが必要になるんだ。……影、球形、異頭。保有量が多い癖に、その真価に気づかずに生きる愚かさ。碌(ろく)に魔法を扱わないやつらのために、俺が有効活用しているだけに過ぎない』


『そんな言い方っ……!』


 言動に怒りを覚えたレイトは、ミサキを守るように片手を出し、前へと一歩踏み出す。


『愚かとか、クサカミさんらしくない!……どうしたんですかっ、本当に!』


 その言葉の勢いで、ショウイチロウも加勢する。


『クサカミ!お前はそんなヤワな男じゃないだろ!!一緒に酒飲んでた時によお、困ってる人のために警官になったって言ったよな!そんなお前がなんで、人を困らせる立場になる!!あの時の言葉は嘘ってのか!!なあ!!!』


『…………お前たちに、俺のことなど分かるわけないだろう』


 村長からの一喝に臆せず、徐に話し出す警官。机まで歩き、とある資料を手に取った。


『ここにあった研究資料と俺の調査によってわかったこと。それは、この装置の機能は、多世界に干渉ができるほどの強大な力を持つ、ということだ。世界を新たに創り出す、なんてことも出来るらしい。しかしそのためには、膨大なマナが必要だがな』


 一人語りを始めるクサカミだが、三人は全く話について行けていない。多世界の干渉、世界を新しく創る、など妄言を垂れ流しているように見えていたのだ。一番最初に憤ったのはショウイチロウ。ずっと頭に血が上っていたが、一周回って冷静になった。レイトより前に出ると、クサカミに対して凄む。


『世界を作る?そんなことのために村の人を誘拐したってのか?バカな事を言うんじゃない……!!』


『……そんなこと?』


 クサカミは無意識に手が力み、持っている資料に皺が寄る。


『真の平等の実現を、そんなこと、という言葉で済ませられると思うな。まあ、時代に取り残され、未だに古臭い儀式などやっている村には、この了見には辿り着けないか……。めでたい奴らだ』


 レイトは、彼の言っていることについて何一つ分からなかった。しかし、生まれ育った村を侮辱されたことだけは分かった。怒りの燃料になって、次はレイトがクサカミに憤る。


『ふ、ふざけんなよ!クサカミ!!今までのお前はどこに行ったんだよ!!どうしてそんなことを言うんだ!!』


『俺はどこにも行ってない』


 最低限に切り返した彼。資料を置き、指を鳴らす。すると、辺りに置かれていた発光していたマナ石がやや暗くなる。と同時に、三人は魔法によって瞬く間に拘束されてしまった。一番驚いたのは村長のショウイチロウ。怒りは混乱に塗りつぶされる。


『なっ……!なんで、魔法をっ……??人間には扱えないだろっ……?』


『田舎者は無知だ』


 クサカミは、心底嘲るような目で見つめる。


『保有など、些細な問題でしかない。扱えるかどうかなど、結局はその人次第だ。それに、今の俺には【渡し守】という新しい能力が開花したからな』


「……っ!」


 ここで、再演を観ていたレイトが気が付く。今のクサカミの言葉の意味を理解したからだ。


「今、【渡し守】って言ったよな……。細かいところまでは覚えてなかったけど、今ので思い出した。多分あれって、俺で言うところの【透明】の能力だ……!」


 別の世界に来てしまった際に発現した、変な異能のようなもの。レイトの場合は【透明】。ミサキは【視界拝借】。そして、クサカミは【渡し守】。ここでの彼の重要な発言を思い出し、彼がなぜマナを無尽蔵に保有できるかの謎を理解した。


 ただ、再演はまだ終わらない。ほくそ笑むクサカミは、嘲笑を含んで三人を見下す。


『……さて、話は終わりだ。俺の裏を知ってしまった以上、もう村には返せない』


 青ざめる獅子と少女、そして慌てふためく村長。


『まさかっ、俺らを殺すのかっ!!?それとも、誘拐された人たちみたいに──』


『人間と獣人だぞ?お前らから搾り取れるマナの量など、新世界創生の露(つゆ)にもならない。ただ、世話にはなったからな。殺す前に、遺言があれば聞いてやらないこともない』


 余裕綽々のクサカミ。力を振るい支配する様は暴君そのもの。怒りの抑えきれないショウイチロウは、吐き捨ててやりたいありったけの暴言を飲み込み、歯を食いしばって隣の二人を顎で指す。


『ミサキとレイトだけは、見逃してやってくれ……!今年で成人なんだ……頼む、二人は──』


 突如ショウイチロウに、拘束魔法から飛び出た針に胸を一突き。背中側に貫かれた紫の針は、鮮明な赤い血が滴っていた。直後、吐血。体が、力が抜けるように、ぐだりと項垂れた。拘束が解かれると、立つことなく崩れ落ちた。


 レイトはもちろん、盲目であるミサキもその状況が分かった。目を見開いて声を出せないでいたレイトの代わりに、ミサキが父の方に顔を向ける。


『……お父さん……?』


 返事は無かった。


 日頃から親身になってくれていたミサキの父を手にかけられ、怒りに震える獅子。鋭い歯を覗かせ、クサカミを睨んだ。迷いの無かったその所業を、非難する。


『このッ……ゲス野郎!!!』


『最期の言葉がそれでいいのか?』


 喉元に突き立てられる、針。無理に動けば、すぐに刺されてしまいそうだった。為す術がなく、黙ってしまう。


 ほくそ笑むクサカミが、拘束している二人を装置の前へ。ポータル形の装置に繋がれたコンピュータを操作し、起動する。円形の内側の、白緑(びゃくろく)色の光。まるでどこかに繋がっているかのような。見せつけるようにしながら、レイトに向けた針を解き、見定める。獅子の中に眠る劣等感を刺激するように。


『ああ、レイト。お前は俺と同じだ。以前言ったな。マナを保有出来ず、魔法を操ることが難しくて悔しいと。あの時は冗談交じりに笑っていたが、本当にそう思っているんだろ?』


『……っ』


 目を逸らす彼に、クサカミは深く同情する。頷いて、口角を上げる。


『分かる。とても……。でも足りない。俺の境地にまで到達するには、まだ絶望が足りない』


 クサカミは、空いている左手を空で握る。瞬間、体に何か刺さる音。レイトに痛みは無かった。まさかと思って、隣を見た。


 肩と脚、両方を針に貫かれたミサキ。普段目を瞑っている彼女が、痛みに目を見開いている。閉ざされて見えなかった黄色の瞳。


『いいっ゛……』


『は……』


 時が止まったような感覚だった。口を開けて呆然とするレイトに、微笑むクサカミ。


『致命傷じゃない。すぐには死なないが、その分長く苦しむ。……しかし、ここで放っておけばいずれ死んでしまうことは明白。だから、お前に試練を与える』


 余興。これは試練などではない。クサカミを満足させるための人形遊びのようなものだと、レイトは思った。今すぐにでもぶん殴ってやりたいが、拘束でどうにもならない。それをクサカミは分かっているようで、肩を震わせて面白おかしく笑みを浮かべ、詳細を語り出す。


『ふっ……お前たちを別の世界に送ってやる。上手くいけば、ミサキは生き永らえるかもな。送り場所は、まあ、知らないところだが。……あーあぁ。魔法を少しでも使えたら、望みはあったかもしれないな、レイト』


『っ……余裕ぶっこきがやって……ミサキは絶対に助ける……!さっさと俺たちを送りやがれ!クソアホ!!』


 意味深長に、クサカミは頷く。制帽を深く被って目元を隠すと、より上がった口角が際立って見えた。彼は振り向いて、コンピュータを操作する。レイトからはよく見えなかったが、数字を入力していることだけは分かった。


 たちまち、睨むレイトと呻くミサキに目をやるクサカミ。一息ついて、二人の後ろへと回る。


『岸鐘(キシガネ) 怜斗(レイト)。無力な自分に深い絶望を味わった後に、俺と会えたその時には、仲間として歓迎してやらないこともない。そして依慧(イケイ) 見先(ミサキ)。もしも運命の悪戯で命を繋ぎ留められても、次に会った時がお前の最期だ。せいぜい逃げ惑え』


 二人の肩に手を置き、拘束を体から二人の手首に集約させる。依然として抵抗できない獅子と、肩と脚を怪我した人間を強引に浮かせ、装置の前へと。戸惑う彼らに、クサカミは冷酷に一言。


『さよなら』


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