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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第三章 ──宿命に逆らう者たち、運命を闢く者たち──
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81- 謎多きモノ

 

「化け物が来た!!」


 ヒセノの叫び。グラスを連れ、目が合ったカイヴィーたちの状況を察知する。


 カイヴィーは、ソウエンに治療魔法を施している。黒交じりの紫の化け物、もとい山壊(サンカイ)を二人のもとに連れてはならないと判断した。彼らの対岸あたりの小屋を発見すると、そこへと足を走らせていく。


 その最中、手を引くグラスを心配する。


「まだ走れるかい?」


「うんっ!走るの得意だから!!」


「いい返事だ!あの小屋に行こう!」


 畔近くの木造の小屋へと、変わらないスピードで走っていく二人。運動神経の良い犬と日頃から鍛えている鮫。足場の安定しない森の中を走ってきたが、疲労を少なくしてここまで来れた。あの小屋まで、難なく到着する。


 ヒセノは扉が開くことを確認すると、先にグラスを入れる。追ってくる化け物を確認すると、早急にグラスへ振り向き直る。


「よし、あいつは僕が引きつける。ここで隠れていて」


「えっ、でも──」


「いいから!僕は問題無い!」


 強引に扉を閉め、小屋の脇、湖側へと走っていく。後方から迫る化け物に向かって叫ぶ。


「こっちだ化け物め!」


 視認されていることをしっかり見定めると、急いで隊服を脱いだ。とある作戦を思いついての行動だった。


 それは、湖に入ってアイツをテリトリーに引き入れること。魚人族の一種、鮫は、他種族より一線を画すほどに、遊泳が得意であることが多い。もちろん、ヒセノもそうである。水の中へと引き込むことが出来れば、ずっと化け物を引きつけられる。


 体力を消費させ、その隙を狙って倒すことができれば、この窮地を脱するだろう。それが、ヒセノの作戦。四足歩行で獣のように追いかけていることを確認し、湖へと入っていく。


「よっしゃ来い!僕が相手だぞ!」


 水際に入っていく山壊。水の中へ引き入れられそうと、確信した時。体が水が半分に浸かった時、動きが止まる。それ以上、入ってこなかったのだ。


 不意の行動に面食らう鮫。冷たい湖の水。水面に頭だけ出して、化け物を向かって手を振る。自ら、自身の存在を示した。


「こっちだ!!おい!」


 だが、それまでしても中へと入ってこない。水の中に入ると、自身が不利になる事を知っての行動なのだろうか。ヒセノはそう推測する。が、そうこうしていても始まらない。水の中に入らないのであれば、作戦を変更せざるを得ない。


 陸に上がって、再び引き続けるしかない。化け物から適度に離れたところで、水から地に足をつけようとするヒセノ。しかしその間に、化け物の視線は小屋の方へと向けられた。


 その小屋には、グラスがいる。


「……まずい……おい!こっちだぞぉ!!」


 牽制も虚しく、細い体躯の四足歩行で小屋へと向かっていく。


 一方、場面は小屋の中にいるグラス。そして、複数の隊員。彼らも、湖にある、小屋という点と別の小屋という点の共通項から、ここへと誘われた人たちだった。この空間特有の特異な転移に惑わされている隊員ら。


 訳も分からずに困惑して、次々とどこからともなく現れ出(い)でる彼らに、化け物が来るかもしれないと身を隠すよう説明するグラス。だが、その時は思いがけずにすぐやってくる。


 救護班の白穏(はくおん)、異頭の体を構成するマナの反応に誘われ、山壊は窓を壊して姿を現した。破壊の音で隊員とグラスはそこに目をやる。驚愕、困惑を浮かべる数人の隊員たちに、グラスは獣耳を伏せ、恐怖に引きつった顔に。


「ああっ……!!」


 腰を抜かすグラス。一切の叫びを上げない不気味な存在、山壊は、近くにいる異頭族隊員を見定める。すると、彼に向かって勢いよく飛びついた。


 魔法の発現が一歩遅かった彼は、抵抗する間もなく馬乗りにされてしまう。


「やめ、やめろ!!」


 黒く、鋭い爪で引っ掻こうとする山壊を、辺りの隊員が魔法で拘束しようと試みる。だが、化け物は魔法に対して耐性を持っているらしい。マナで作り出した縄や蔓(つる)が、山壊に触れた直後、霧散してしまう。拘束は一瞬しか効果がないのだ。


「うおら゛あぁ!!」


 そんな時に、一人の鼠隊員、ダズベルが勇気を振り絞ってナイフを山壊に突き刺す。確実に、背中に入っている。一見すれば深手を負えられたと思える。しかし、あまりにも軽い感覚。そう確信した彼がナイフを引き抜くも、何も噴き出さなかった。効いている様子が無い。


「なんでっ……!」


 全く意に解さない山壊。依然として、馬乗りで異頭族の男を引っ掻こうとしていた。


 魔法、そして物理に対して特殊な耐性を持つという生物。見たことのないそいつに慄いて逃げ出す隊員がいる一方、逆に、グラスが冷静になっていく。自身よりも慌てふためいている人を見て、恐怖から戻ってきたのだ。


「あぁ……そうだ、確か弱点はっ……」


 グラスは、魔法よりも効果的な攻撃方法を、父から教えられていた。そいつに対する対処法。それは急所である心臓だ。山壊は他の種族と同じように心臓を持っているが、その性質は違う。


 体を構成するマナを体中に循環させる機能が、マナ生命体における一般的な心臓。しかし山壊の心臓は、体の怪我を瞬時に再生させるための根本のようなもの。


 そこに深い損傷を与えた後に、首を掻っ切るなどの、一撃で致命傷を与えなければ山壊は死なない。父も、その仲間達も、弓で心臓を打ち抜き、怯んで動けない隙に急いで首を切って絶命させていた。


「でも……心臓はどこに……」


 しかし、問題があった。山壊の心臓はどこにあるかは分からない。個体によって位置がバラバラなのだ。父もアイツを倒す際、同時に二、三発、経験で打ち抜くことが多いと言っていた。もちろん、そんな経験をグラスが持ち合わせているわけもなく。


 ではどうするか。ここで、グラスは思いつく。


「【音繋ぎ】だっ……!」


 先ほど覚醒した能力を念じ、聴覚を鋭敏にする。山壊の心臓の音を聞けば、どこにあるのかが分かるだろうとグラスは踏んだのだ。


 結果は的中。山壊の右肩辺りに、心臓のような鼓動の音が聞こえてくる。表面上の、黒と紫の混じる体では判断がしづらい。だが、グラスの能力で一発察知。集中を止めると、立ち上がった。


 今、山壊の対処法を知っているのはこの場でグラスしかいない。馬乗りで気を逸らせているうちに、行動を起こさなければ。トラウマで動けない、など泣き言に縋ってしまえば、小屋の中で死者が生まれる。


 誰かが落とした隊員のナイフを手に取る。恐怖で毛が逆立ったまま、アイツに刃を向けつつ、近くの鼠隊員に協力を仰ぐ。


「あ、あの!僕、アイツの弱点にナイフを刺します!その後すぐ、ナイフで首を切ってください!頭と体を別れさせるように!」


「お、おお、わかった、任せろ!」


 この隊員は、先ほどナイフを突き刺した鼠、ダズベルだった。再びナイフを手に取って、グラスと共に、即行動に移った。馬乗りにされた異頭隊員が、山壊からの攻撃に対応できなくなる。疲労が垣間見えた。既に、顔や獣耳に引っかき傷が多く付けられてしまっている。


 そこに、駆けつける二人。犬と鼠。まずはグラスから。弱点である右肩の心臓を見定めると、不慣れな様子で、思いっきり一突き。重みのある刺突と、肉体を裂く感覚。グラスは、全身の茶色の被毛が逆立った。


「ひぃっ……!お、お願いっ!!」


 馬乗りから崩れて、暴れる山壊。急いで離れたグラスは、次を託した。


「おう!」


 次はダズベル。犬の彼から言われた通りに、床に倒れている山壊へ、ナイフを喉元へと勢いよく突き立てる。先ほど背中に刺した時よりも、かなり強い手応え。そして、気色の悪い感触も手に伝った。刺したナイフを、力いっぱいに勢いをつけて、切り上げる。


 紫の骨ばった首が、裂ける。粘性のある赤交じりの紫の液が飛び散ると、勢い余ったダズベルが尻もちをついた。


 転がる紫の山壊の頭。動かない。体も、痙攣など起こすことなく、動かなくなった。隊員たちの阿鼻叫喚が静まり返り、視線は犬と鼠へ。


 グラスは、大きく息を吐いた。倒した。あの山壊を。信じられない。そう思いつつも、目の前の事実に実感が持てずに、ダズベルと同じように尻もちをついた。


「や……った。倒した……」


 逆に、ダズベルは立ち上がる。異頭族の命の危機を排除し、引っ掻かれた顔を覆っている彼に手を差し伸べる。


「よく耐えた!……もう大丈夫だ」


「ありがとう、ございます……」


 手で覆ったままの彼の片手が、鼠の手を握り返す。どこもかしこも傷が浅いが、引っ掻かれた数が多い。片目もやられたらしいようで、瞑ったところから血を流してしまっていた。ダズベルは、近くにいる救護班に声をかける。


「なあ、治療してやってくれ!」


 そこに、遅れてやってきたヒセノ。隊服を脱いだ彼は、水に濡れた肌着姿。頑張って走ってきたらしい息切れの状態で、この小屋の状況を簡単に理解する。あの化け物は、どうやら倒されたらしいと。


「みんなで、倒したのか……!よくやった!」


「いえ……ダズベル上級隊員と、この犬獣人のおかげです」


 隊員の誰かがそう言うと、視線がダズベルとグラスに注がれる。まさか二人だけで、と驚きつつも、腰を抜かしたままのグラスに近寄った。しゃがみこんで、震える肩に伸ばす鮫。


「そうか、すごいじゃないか!グラス君!」


「え、あ、あぁ……うん……!」


 山壊がトラウマでありつつも、それを乗り越え近づいて、弱点へと一突き。自分がやらなければ、大勢がやられてしまう。その一心での行動だった。自分でも理解できていたが、まだ体が追い付いていなかった。


 どっ、と体が疲弊する。ずっと緊張状態だったのが、急に糸が切れてぐったりとなって、水に濡れたヒセノの体にくっつく。震えていた体が、落ち着きを取り戻すのを感じた。


「つ……疲れたっ……」


「よし……脅威は去った、みんな。怪我をしている隊員がいるね。救護班はそれの治療にあたって。それ以外は一旦待機だ」


 ヒセノがグラスの肩に手を置きつつ、隊長らしく皆を指示すると、各々が動く。少ないながらもそれぞれが役割をこなすところを見て頷いたヒセノ。次に見たのは、あの化け物。山壊がピクリとも動いていないことを自身の目で確認して、大きく深呼吸をした。


「はぁ~……!」


 一難が去っても、この状況が良い方向に転がったわけではない。まだ、ここへの脱出の手立ては無いために、それを考えなければならないのだ。この、記憶から作り出されていく白い空間から抜け出すために、一度急いでしまった思考を元に戻さなければ。


 それに、カイヴィーやソウエンとも話して状況をより明確にしなければ。一度にいろいろ考えて、まずはあの二人へと向かうことにした。ヒセノは勇ましく、グラスへと目をやる。


「グラス君。きみはここにいるように。隊員がいっぱいいて安全だからね。僕は他の隊長と話してくるよ」


「う、うん。わかった……」


 垂れ下がった尻尾のままのグラス。肩を、ぽん、と優しく叩いたヒセノは、小屋を後にした。今後、どうするかの作戦を、二人と話し合って立てておかなければ。


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