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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第三章 ──宿命に逆らう者たち、運命を闢く者たち──
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80- 萌芽せしもの


 地平線が見えない異次元のような白の空間。次は鮫と犬へと場面は移る。


 ヒセノとグラス。装置に吸い込まれる際、手を繋いで同時に入った。そのことにより、この二人は、目覚めた時点で最初から互いに近くにいた。


 彼らのいる白の空間は、海の中の、とある一室へと変化している。ヒセノの生まれ育った場所、海底街の、まさしくヒセノの家だった。二階の一室。そこにいる二人は、病床に伏している細身の鮫の魚人に近寄っていく。グラスは、心配そうに彼女の顔を覗く。そしてヒセノは、悔しさを滲ませるように歯を覗かせていた。


「母さん……」


 小さく唸った言葉を、隣にいるグラスが拾い上げた。彼の顔を、精一杯見上げる。


「……だ、大丈夫?」


「ああ。安心してくれ。母は死んだわけじゃない。ちょっと重体ってだけで……」


 言いかけて、その悔しさが怒りに変わってくる。矛先は、この空間へと。窓の外のさらに向こう。ドームの外の、海の先。何もない白い空間を、鋭く睨みつける。


「にしても悪趣味な場所だ。ここは。まるで、心を見透かしてくるみたいだ」


「……誰かの魔法なのかなぁ。不思議な場所……」


 病室を見回しながらこぼすグラスに、首を横に振るヒセノ。近くの椅子に座り、紫の瞳が伏し目がちに。


「どうだろう。人に何かを見せる……幻惑魔法とかかなあ?けど、僕のマナの感覚頼りだけど、転移魔法よりさらに難しいかもね。転移は物体止まりだけど、幻惑は精神や思考に干渉するものだから、より高い技術が求められるはず。現実味は無い……って言いたいけど、現にこうやって起きてるわけだし、首謀者のアイツならやりかねないのかな」


 自分なりの憶測を立てるヒセノ。あの、誘拐事件の首謀者であり、圧倒的な存在感を放っていた、顔のひび割れた男。ヒセノは彼を目の前にして、立ち尽くすだけで何も出来なかった。


 そのうえ彼は、あの場にいた全員の体調に不和を生じさせた。大部屋を焼き尽くさんとする炎すら顕現させていたことも加味すると、幻惑魔法もあり得ないことは無いのかもしれない。であれば、ここはまさしく首謀者、クサカミのテリトリーである可能性が高い。


 そう、ヒセノイッチは推測した。


 ただ、それはそれとして、一つ気がかりなことがあった。先ほどから、頭に情報が増えていく、奇妙な感覚。異物として入ってくる、というよりは、幾分か安心感を覚えるような物。


「なあ、グラス君。体や頭に異常はあったりするかい?」


「ううん、何も。ちょっと、手が痛いくらい……?」


 茶色の被毛に包まれたその右手に、左手を添えながらしゅんとする犬。装置に吸い込まれまいと、必死に抵抗した際の痛み。この空間とは関係の無いものだ。それが分かっていた鮫は、安心するように顔を縦に振る。


「そうか!……僕の方はちょっと……よく分からないんだけど、見てくれるかい?」


 グラスは感じなかったらしい体の異常というものを、ヒセノは先ほどから感じていた。ただ、異常と呼ぶにしては、もう少し聞こえの良い言葉があるだろうが、思いつかなかった。噛み砕いて、それを実演する。


 筋肉質の腕。前に真っ直ぐ翳し、水色の鱗の掌を下に。直後、そのすぐ下に、発光する円形の白が姿を現した。そこから、剣の柄が生まれ出でる。しっかりと握りしめると、引き抜いていく。その拍子に、椅子に座っていた体が立ち上がる。


 が、同時に痛みもあった。まるで、体の中心から剣を引き抜いているように。実際には比べると軽いものだったが、それに近しい感覚を覚えていた。


 顔を顰めるヒセノが手に持ったのは、長剣。派手な装飾などは無い、実直な剣。ただ、実に手に馴染んだ。まるで最初から、この剣と共に育ったかのように。


 グラスは、新たなる魔法の発現を見せつけられて目が輝いた。だが対照的にヒセノは、痛みに耐えきった顔の、怪訝な様子で剣を見る。


「はぁっ……なんだろうなあ……この感覚。う~ん、【審判の剣】……?剣を生み出すなんて魔法じゃないんだ。自分でも、なんでこれをできるようになったか、分からなくて……」


「……??分からないのに、出来たの??」


 グラスからの問いに、ヒセノは頷く。こんな魔法を会得した覚えなど全くない上に、そもそもこれは魔法ではない。この長剣には、多少のマナが含まれているものの、剣を生み出す際の行動には一切のマナを扱っていないのだ。つまり、魔法ではない。


 言うなれば、超能力、と言ったところか。自身にもう一本、自在に操れる腕が生えたかのような。いつ生えたかも分からない、知らないのに、その力を自在に操れるような感覚だった。【審判の剣】などと口走ったが、ヒセノ自身、この名前がしっくりくる。


「一体いつからこんな力を……??」


「へえ……いつの間にか……?」


 共に考えるも、残念ながら分からない。が、グラスはそこで、とある感覚が芽生えるのを感じる。目を細めて集中すると、不意に、何かを掴み取ったような。まるで、知らない知識が頭に溢れてきたような。


 はっ、と息を呑む。目覚めた、【特異】。確かに、感じ取った。まるで、最初からあったかのような、まったく新しくも、懐かしく感じていた。


「……僕も、なんか、分かったかも……?」


 グラスの言葉に、期待するような眼差しのヒセノ。グラスは、頭に入ってきたその情報を頭で反芻(はんすう)させ、理解を盤石(ばんじゃく)なものにする。目を閉じて、そのイメージを鮮明に描いていく。


 聴覚。その獣耳の鼓膜に届けられる情報が、多くなっているのを感じ取る。ここはヒセノの家の、二階の一室。外の静かな街に、さらに外側の海の渦鳴(うずな)る音。


 そして、最も近いヒセノの、心臓の鼓動まで。輪郭として、はっきりと浮かび上がっているような気がした。確信する。これは、魔法ではない。何かしらの、とある秀でた能力だ。


「【音繋ぎ】……?」


 グラスも、不意に言葉を落とす。それは、ヒセノの【審判の剣】と同じようなもの。自身の、見知らぬ旧友に対しての名前。祝福、あるいは呪いの始まりであった。


 途端、グラスの獣耳に違和が生じる。能力を行使することが初めての彼。慣れない能力に、聴覚が過敏になってしまったようで、少しの痛みと耳鳴りがした。急いで耳を塞ぐ。


「いっ……」


「だ、大丈夫かい!?」


 駆け寄るヒセノ。徐々に痛みが和らいでいくのが分かるグラス。落ち着いて呼吸し、壁に背を預けた。頷いて、大丈夫だと安心させる。


「うん……僕も、なんか、よく分からないことが起きて……」


「……魔法じゃないやつ?」


 また頷く犬。まだじわりと痛む耳を抑えつつも、しっかりと立つ。辺りを見回し、ふと先ほどまでヒセノが座っていた椅子を見た。意図が伝わった彼は、グラスを連れて椅子に座らせることにした。


 鮫は、先ほどまで持っていた【剣】を先ほどとは真逆の手順でしまう。光の中へと収納した。次に目をやったのは、窓の外。街の外側の白い空間だった。


 装置に吸い込まれた後ここに来たのであれば、とにかく脱出するほかない。


「……どうやって出ればいいんだろう?」


 そう言いつつ、隣にいる、ベッドに伏すの母に目を移す。ここにいると、心が擦り減らされそうだと感じた。目を瞑って養生(ようじょう)している彼女は、ここではなく、装置の外の本当の場所にいる。紛い物を目の前にしても、ただただ嫌悪感に心を苛まれるだけだ。ただ、努めて明るく、彼へと提案する。


「とりあえず、グラス君。この部屋から出ようか!街に出れば、何かあるかもしれない!」


「……うん」


 依然として耳に痛みはあるが、もうじき治まるだろうところまでは鎮まった。立ち上がると、扉を開けたヒセノと共に部屋から出る。次の景色は廊下だろう。


 だが違った。


 森だった。草木が鬱蒼と茂る森。目に痛いくらいの木漏れ日と、自然の濃い匂いが鼻に突くグラス。一瞬にして、記憶が蘇った。込み上げた郷愁。ここは、幼少期に過ごした森だということを、思い出したのだ。


 落ち着き払って、他を思い出している犬。そして、廊下に出ると思って、見知らぬ森に出て混乱する鮫。


「うぅお……!?なんだ、ここ!?森!?……なんで!?さっきまで海底街にいただろ……??」


 ヒセノは、ここがいかに不安定な空間であることに不安を覚えてしまう。このままわけのわからない場所へと連れて行かれる前に、装置から脱出しないといけない。焦燥に駆られた。


 辺りを見回す彼に、嫌な予感が走るグラス。この場所。よく知っている。辺りの木、草、土、花の位置、記憶にある、例のトラウマにそっくりな場所。落ち着きが、不安へと堕ちていく。直後には、まだ完全に耳の痛みが引いていないのに、【音繋ぎ】をするために集中した。


 グラスを中心に、ヒセノの呼吸音、木漏れ日の揺れる音に、木の葉を切る風の音。そして、何かが草木を踏む音。くしゃり。乾いた音だった。


 今のグラスなら、その位置が明確にわかる。アイツ。山壊(サンカイ)だった。心臓の音も、呼吸もはっきり聞こえる。それは、前方からゆっくりと迫っていたのだ。幸いなことに、まだ気づかれていない上に、距離もそれほど近くない。


「化け物がいる……!!ヒセノさん、逃げよう……!この森から……!!」


 先ほどのヒセノの母が病床に伏していた所と、グラス自身の今のトラウマの再現状況を鑑みて、ここは普通の場所ではない。何か、記憶に関するような場所なのかもしれない。グラスはそう薄々感づいていた。あの山壊は、おそらく本物ではない。しかし、だからと言って弱いわけでもないだろう。


 未だ、状況を詳しく把握できていない鮫。その、山壊という存在すら知らないのだ。ただ、ヒセノも、ここが普通の場所ではないことを分かっている。グラスの握られた手を握り返すと、彼と目を合わせて頷き合う。


「君の考えは分からないけど……分かった。着いて行こう。恐怖しているみたいだけど、安心してくれ。僕がいる」


 震える犬の手を、しっかりと握り返す鮫。


 トラウマの再演で、呼吸が荒くなっていたグラス。彼からの信頼と心強さに、少しばかりの安心。


「……うんっ……」


 二人は、暖かい木漏れが日差す森の中。山壊から逃げるように、音を立てず、その場を後にする。だが山壊は、マナと生物の気配を、既に察知していた。



 *



 湖。畔にいるカイヴィーとソウエン。二人は、変わらず岩の傍に座り込んでいた。凭(もた)れる提灯に、変わらず治療魔法を施している白猫耳。依然として背骨の骨折は治っていない。


 魔法によって治る速度は緩やかだが、確実に速くなっている。しかしながら、魔法以外の適切な処置など、今ここで出来るはずなど無い。救護班はおろか、医療器具ひとつすらない状況では、カイヴィーにとってこれが精一杯だった。


「今のところ、調子はどう?ソウエン」


「……安静にしていれば、今すぐにでも動けそうだと錯覚する。どうせ、動いても無駄だと分かっているが」


 頑固者のソウエン。納得はしていない様子だが、やっと怪我の状況を理解してくれた。気が楽になるカイヴィー。


「そ。それでいいの。脱出より、まずはその怪我を、運んでも悪化しない程度には治しておかなきゃね。その後に、装置から出ることを考えましょ」


 軽い会話の後、集中。再び治療魔法に専念することに。


 しかし、唐突に聞こえて来た足音が、カイヴィーの集中を阻害する。それは、木々の奥から。湖の波打つ音を上回る頃には、その足音の正体が姿を現した。


 深い森と、湖を囲う森。森という、二つの共通点から繋がれた道。線と線の交わった所が繋がるように、彼らはやってきた。


 それは、鮫と犬。切羽詰まった様子の彼らが、背後から迫る何かから逃げてきた。思いがけない再会に驚くカイヴィーに、目を合わせた鮫、ヒセノ。息切れの最中、畔の二人に告ぐ。


「化け物が来た!!」


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