78- 噛み合わない歯車
地下の大部屋。装置の暴走を終えた、悲惨な状況。机も棚も、置いてあったもののほとんどが吸い込まれ、がらんどうになった大部屋が出来上がっていた。隊員からの光魔法が照明の役割を果たしてくれている。リーロの影から丁寧に降ろされた、一部のその人らの痛みによる呻き声が、より悲愴を増していた。
担ぎ込まれて部屋から脱出していたアデランドが、再び担がれて戻ってくる。依然として下半身が完全に動けない状態。ついに煩わしくなった彼は、上半身と下半身を二つに分けた。機械族ゆえに死へと直結するような行為ではない。頭部か心臓部、どちらも無事であれば、生命に異常はない。
体内のマナが漏れていく感覚はしているが、体は軽くなり、意識もはっきりしている彼。下半身は修理が得意な隊員に任せ、アデランドは第一隊長としての働きを見せなくてはと心を改める。
中央まで運ばれ、指揮を執る。まずは、現在の状況を明確にすることから。
「隊員、隊長!痛みに耐えている者もいる最中だが、点呼を取る!隊員番号と名前を呼ぶ!いる場合は五秒以内に返事をするように!もし、怪我をして声を出せない場合は手を挙げろ!では──」
第一隊長から第五隊長とその部下、特に今回の作戦においてかき集めた少数精鋭たちの上級隊員。そして、救護班に所属している隊員、その他下級隊員などの点呼を一から始めたアデランド。今、どれほどの人数が残っているか、他の隊長は無事か。現状を明確に把握し、今後の方針を立てるために必要な情報だ。
彼が点呼を取っている時、部屋の出入り口から、医療器具が入った箱を持てるだけ持って来た副団長、オイケンが、ドスドスと姿を現す。届声機越しに状況を伝えられていたが、想像以上のそれに、思わず顔を顰めてしまいそうになる。が、すぐに、近くにいる救護班の隊員からに箱を順々に手渡していく。
そこで、出入り口付近の見慣れない兎が目に入ったオイケン。彼は、蹲っている白に、片膝を床につけて跪いた。アデランドの点呼を邪魔しないよう、小さく声をかける。
「えっと……君は隊員じゃないね?」
俯いていたマルキスの、疲労を浮かべた顔が上がる。垂れ下がった長い耳はそのままに、その赤い瞳が真っ先に向けられたのは、オイケンの訝し気な紺色の顔。ただ、眼鏡の奥の瑠璃色には、確かな心配を灯していた。
次にマルキスが目を向けたのは、コンピュータに向き合って必死にタイピングしているオリヴィオ。目を瞑りながら、また俯いた。
「すいません、ちょっと……頭が追い付いてなくて……しばらくここにいてもいいですか……」
「あ、ああ……ここは隊員たちが大勢いる。少なくとも、誘拐犯の脅威に晒されることは無いよ。ゆっくり休んでおこう、兎君」
安心させるために、オイケンの大きな手がマルキスの肩を優しく叩いた。
そして、一足遅く大部屋にやってきたツェルとサヤカ。医療器具の箱を多く抱えて中に入るが、機械族の隊員に早々に止められる。
「一般人は立ち入り禁止です」
対抗するツェル。
「だからと言って、人を助けない理由にはなりません。医療用具を持ってきましたので、中に入らせてください」
「ですから──」
「いいよ、入れな。僕が許可するからさ~」
二人の問答に割って入ったのは、第二隊長、レイノルズ。深手を負って未だ治療中の身だったが、ある程度回復したことによって、いつもの調子を取り戻していた様子。安易に一般人を通させようとする彼に、たじろぐ隊員。
「しかし──」
「聞こえなかった?許可するって言ったんだ。さっき地上の奴らはここに転移されたって聞いたし。ならここで保護した方が良いだろう?……ほら行った、探偵さん。あとそこの連れもね~」
言葉だけでなく、顎でも中に入るよう指示される。そんな彼に対し、ツェルは丁寧にお辞儀し感謝を述べると、部屋の奥、箱が届けられていないところへ歩き出す。サヤカもそれに倣い、お辞儀をしてツェルに続いていった。
一方、オリヴィオ。暴走と故障を何とか抑え、スリープ状態に入った装置。自身の知識に紐づいた、装置に関する様々なコードを打ち込んでいき、仮説と検証を繰り返して研究を進めていく彼。吸い込まれてどこかに行ってしまう彼らを救うために、頭をフル回転させていた。
そこに、リーロとミサキ。惨事が尾を引いている中、やっと一息つける状況になった二人。集中力も切れ、マナも腹も空っぽなリーロが、ハンバーガーを口にしていた。そんな状態で、装置に夢中のオリヴィオを後ろから声をかける。
「よお、集中しているとこ悪ぃが、今はそれ、何やってんだ?」
タイピングの速度もそのままに、コンピュータの画面から目を離さないオリヴィオ。大きな獣耳をピコピコと動かしながら、答えていくことに。ただ、かなり集中しているがゆえに、いつものオドオドした話し方とは全く違っている。
「今装置に対して仮想シミュレートしてるんです。さっきまで暴走してましたけどその暴走を抑えた状態で先ほどのポータルを開通させたいんですよ。皆さんが吸い込まれたであろう世界を履歴やコードから参照しなおして再び開通させるために思考錯誤してます。ですがもちろんもう一回開通させればまた暴走してしまうかもしれません。そのためのシミュレートなんです。コードを書き直したり新しく追加したりして結果を獲得。その情報をもとに仮説を立てて検証し、再び得られた結果をもとにまたコードを書き直したりまた追加したりを繰り返し──」
「ああぁぁもういいもういい!!壊れた蛇口みてぇにずっと言葉を垂れ流しやがってェ!!人の頭パンクさして殺す気かァ黄色デブ変人研究者がよ」
普段は頭の切れるリーロでも、空腹と疲労ゆえの苛つきには勝てなかった。勢い余って出てきた汚い言葉たち。それに対し、首を振って咎める盲目のミサキ。丸い影の肩に、自身の細い手を優しく置いた。
「リーロ。あの人は装置を止めた人。そして今も、吸い込まれていったみんな、そして私たちの仲間のレイトも助けようとしてる。そんな恩人に酷いこと言っちゃダメ。次にまたそんなこと言ったら、リーロの過去一か月分の食費を、そのまま君に請求するからね」
「……へ、へへッ、面白ェ冗談が言えるようになったなァ、ミサキ」
良く食うリーロには、一か月分ですらほどほどの大金。こういう時のミサキは、ほとんどの場合は冗談などではないことを分かっていたリーロは、いっそのこと冗談の気にさせてしまおうとした。が、もちろんそんな簡単に靡かない彼女。一貫して、儚げでありつつも芯のある穏やかさで、言葉を紡いでいく。
「もし踏み倒そうとしたら、一か月間クラッフルのマナ機械工房で働いてもらうよ」
「けッ、悪かった。もう言わねェよ……ったく……」
ふて腐るリーロ。壁に凭れ掛かって、これ以上話したくないとでも言うように、ハンバーガーを一気にかぶりついた。
そこに、丁度箱配りを終えたサヤカ。自分以外の人間の姿に、思わず息を呑む。信じられないと思いつつも近寄ると、確かに人間であることがわかって、両手で口を塞いだ。
「えっ、えっ?人です?人間?えっ?」
「あなたは……」
ミサキは、彼女のことを知ってる。それは、自身の【能力】によるものから。他人の視界を借りることが出来る、【視界拝借】を駆使できる。借りている人と脳内で密談もできる優れた能力。以前、リーロの視界を借りての調査において、その視界越しに彼女を観察していた。ホワイトガーデンの喫茶店にいた時の、リーロの話と彼女の姿が合致している。
そして今も、観察する目つきであるリーロの視界を借りている。彼女の居る方向へと顔を向けると、目を瞑ったまま微笑みかける。揺蕩うようなミサキの、三つ編みの髪が揺らいだ。
「サヤカさん、ですよね?」
名前を知っていることに驚愕するサヤカ。混乱しっぱなしである。
「ええっ、はぁえ、私たち会ったことありましたっけぇ……?」
「ふふっ、私は知ってるので。リーロから色々、ね」
顔を少しだけリーロへと向けたミサキ。彼からの脳内密談のおかげもあり、彼女のことを覚えていたのだ。
が、そんな裏事情など知らないサヤカ。話を聞いたんだろうな、と気恥ずかしさを感じつつも納得する。では次は、サヤカが知る番である。ミサキの顔を窺って、聞いてみる。
「それじゃあ、あなたの名前は?」
「依慧 見先」
また困惑のサヤカ。新しい情報を得るたびに、頭は疑問符で埋め尽くされる。
「イケ……え、ええ、日本人???転移してきたってこと?」
「……ニホンジン……?」
その言葉に、今度はミサキが疑問符を浮かべた。そして、サヤカも。
「え?え?日本、でしょ?」
「……???」
どうも歯車が噛み合わない。終わらない疑問の応酬に、両者は戸惑うしかない。
「嘘でしょ???え、苗字も名前も日本っぽいのに、日本じゃない別の国に生まれたとか、そういう??私の知識不足……!?」
「国?……出身国、っていうこと?なら、多分……」
ミサキは納得する。国であればようやく辻褄が合う、そんな気がして、記憶の引き出しから取り出した。
「私は暁現生まれ。燕去村出身だよ」
「ギョウゲン……えぇ……????」
知らない国だ。天を仰ぐ。そんなの知るわけがない。それとも本当に知らないのか。自分自身の常識がおかしくなるような感覚。
「日本じゃなくて???え???」
「ニホンっていう国があるの??……ごめん、高校には通ってたけど、知らないかも……」
「いや私も高校通ってたよ!!でも、ギョウゲンなんて知らない……!」
二人、首をかしげる。サヤカは、暁現という国を知らないことに。ミサキは日本という国を知らないことに。
ただ、二人の会話を、一部始終聞いていたオリヴィオ。彼女らに振り向くと、頭の中の眠っていた、あの装置の研究結果の一部が思い起こされる。ただ、それを整理するのに時間がかかること、そして何より吸い込まれた人たちの救助が先決だった。
自身の常識を疑っているサヤカ。その最中、オリヴィオの視線に気づいた。眼鏡の奥の見開いた緑の目。四角い頭をこちら側を向けている彼に、少しばかりの恐怖を感じてしまう。
「ええ、っと、オリヴィオさん……?」
声をかけられ我に返り、いつもの内気である彼に戻る。
「あ……あぁ、ごめんなさい……。い、今、考え事をしてて、整理する時間が必要だな、って……サ、サヤカさんと、ミサキさん、でしたっけ……。く、国が食い違うこと、多分心当たりがあります……。け、けど、今は少しだけ待っていてください……!す、救うべき人を救って、また思い出しながら、考えますから……!」
「そ、そう?……じゃ、じゃあお願い……します……。なんか、すっごい違和感……」
頭を抱えてしまうサヤカに、隣まで近づいたミサキ。互いの分からないことを認め合う。そんな姿勢を見せる。
「分からないのは、私もあなたもそうですよ。今はオリヴィオさんを待とう?」
「う、うん。……じゃあ、えっと、好きな食べ物とか、そこから教えてくれる……?」
「ふふ、もちろんいいよ。私は朝食が好き」
想定とは違った答えに首を傾げたサヤカ。
「……朝食?」
「うん。お味噌汁、焼き鮭、おひたし、ご飯。これがないと、体が起きない」
「そういうこと!私もそういうの好き!」
互いを知り合うための第一歩を振り出す二人。分からないことはあれど、人間同士。特にサヤカは、別の人間に出会えたことによって深い安心感を覚えていた。
一方オリヴィオ。装置に繋がったコンピュータに文字を打ってゲートの安全な開通を目指しているが、そのためにはマナが必要であることを途中で思い出した。自身が保有している分では届かない。不足分を、マナを多く保有できる影族へと定めた。近くにいるリーロに、控えめに声をかける。
「あ、あの、リーロさん、でしたよね……。そ、装置の機能を利用するのに、マナが必要なんです……お、お借りしてもいいですか……」
「へぇ、マナが必要なのかァ?あいにく、すっからかんだし、ミサキも今の出来事で大きく消費してるけどよ」
「す、少しだけでもいいんです。と、とにかく、お願いします」
ハンバーガーを食いながらコンピュータに近づくリーロ。オリヴィオの隣に立って、緑色が並ぶ横文字ばかり画面をのぞき込んだ。その目は興味ではなく、諦め。
「機械は苦手なんだよなァ。手短に、分かりやすく頼むぜ」
「…………」
黙り込むオリヴィオ。画面に向けていた緑の目は、リーロの影色の横顔に。不意に鼻をくすぐる、美味しそうなハンバーガー。その存在を明確に認識しだすと、腹が減ってきた。そういえば今日一日、車にあったドーナツしか食べていないことを思い出す。
と同時に、一緒に誘拐されてきたサヤカの方が何も食べていないことにも気が付いた。波乱の一日だった。心休まる瞬間が無かったがために、空腹を感じなかったのだろうと、とミサキと話し合って口を綻ばせるサヤカを見る。
そんな思考に割り込んできたリーロ。何も話さないオリヴィオに痺れを切らしたのだ。
「おい、早く教えろよ」
「あ、あ、ご、ごめんなさい……そ、その前に一つ、いいですか……」
オリヴィオは、リーロの持っているバーガーを指しつつ、サヤカを再び見る。
「ハ、ハンバーガーを、サヤカさんに差し上げてはどうかなって、思って……き、今日、一度も食べてないんです。い、いかがです……?」
納得したように鼻を鳴らしつつ、リーロもサヤカへと目を向ける。白い歯が覗いた。
「よぉく分かったぜ。まだいっぱいある。あげてやるよ」
「お、お願いしますね……!」
マナを供給するのは、その後でも問題無い。サヤカに近づいていくリーロを横目に、オリヴィオは装置にマナを流し込めるプログラムを、細かく見直しすることにした。
そしてアデランド。点呼を終えた。下級隊員や上級隊員は、幸運なことにそれほど吸い込まれていない。だが隊長の方は、三人もいないことを知った。いずれも、第三から第五まで。カイヴィー、ヒセノイッチ、そしてソウエン。クラッフルやガゼロがいる本部では、吸い込まれた機械族隊員の応答や記録映像による解析を進めているが、いまだ消息を掴めていない。
速戦即決で始まった作戦。思いのほかうまくいったかと思えば、切り札を解かれて深手を負わされた。アデランドは、スリープ状態の装置と、それに繋がったコンピュータの前の黄色い研究者を見る。彼が、この状況における重要人物だと判断した。近くにいる部下の隊員声をかける。
「私を、あのコンピュータ前の異頭族へと運んでくださいますか」
「お任せください!」
隊員の一人である機械族が代表して返した。上半身の身の第一隊長が、ミサキとリーロの近く、オリヴィオの隣へと。仮説検証のコーディングをひたすら繰り返す彼に、簡潔に聞く。
「お取込み中のところすみません。その作業は、装置に吸い込まれた人を救助するものでしょうか。そうであれば、何時間で終えられそうかも教えてください」
「…………」
確かに聞こえた。口を開けたままのオリヴィオ。マナ供給のプログラム再構築を進めつつ、ゲート開通の研究も進めている。頭の中でこれがどれくらいの時間で終えられそうかをマルチタスクで考えいた。集中しているために、再び無機質な返答。
「想定では一時間はかからないと思います。今僕がやってるのは装置を暴走させずに再びあの時のポータルを開くことです。僕の考察や過去の研究結果そしてこのコンピュータに保存された情報によればそのポータルの先に吸い込まれた人たちがいるはず。ソースコード自体は過去のものを参照すれば入力する箇所は少ないはずなので数値の細かい問題さえ解決されれば時間は三十分程短縮されると思います。あとは──」
「結構です。ありがとうございます」
聞きたいことは聞けたアデランド。一方的だった会話を強引に打ち切った。装置に吸い込まれた人たちは、彼の様子から見れば、まだ救える希望があるものだと推測できる。であれば、その間の時間は、彼らを救うための英気を養う時間だ。
三十分から一時間。体を休ませ、救う時になった時、迅速に行動する。これが直近の方針と決めこの場にいる隊員らに指示する。
「全隊員に告ぐ!しばらくこの場で待機!問題無く動ける者は、装置に吸い込まれた隊員らを救うその時が来るまで、力を蓄えておくように!」




