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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第三章 ──宿命に逆らう者たち、運命を闢く者たち──
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77- 地上の束の間


 時間が少し遡って、場所は地上の小屋。クサカミを中心に円の中にいた全員が、地下の大部屋へ転移したその直後。何とかすんでの所で、円の外に飛び出した二人。サヤカを抱えるようにしてツェルが床に転がっていた。


 顔を上げたツェル。その紫の目が辺りを見回すが、先ほどまでいた隊員たちがいない。その情報だけで、大方理解した影。おそらく彼らは、転移という形でどこかに連れられたのだ。


 ツェルの咄嗟の判断力が、二人は連れてかれずに済んだ。サヤカも遅れて顔を上げる。白い髪が、小屋に入ってくる冷たい風に靡いた。同じように辺りを見回しているが、混乱して何もわからない様子。そんな彼女に、隣の影はこの状況を推測する。


「転移魔法、でしょう。あんな大掛かりな……。お怪我はありませんか、サヤカさん」


「う、うん。大丈夫。ありがとう、ツェルさん……」


 先に立ったツェルに手を引かれ、サヤカも立ち上がる。誰もいない小屋の外へと、慎重に足を運ぶ。


 陽が傾き始めた、静かになった森。枯れ木の隙間を縫う風と揺蕩う草だけが、この森の喧騒。そこで、ツェルが見つけたもの。治安維持団の厳つい車に紛れ、見覚えのある車を見つけた。ツェル達四人が、この森へとやってきた時に乗っていた車だった。


「マルキスの車……」


 あの転移魔法が起こる前、運転席にマルキスが乗っていたことを思い出したツェル。運悪く、車に乗っていた全員が転移させられたのだろうか。車を取りに戻ったのは三人。後部座席が円の外であれば、誰かいるかもしれない。ツェルはそう考え、サヤカを連れてそこへと向かおうとした。


 が、そうはいかなかった。治安団の車の影から出てきたのは、黒と紫の混じる化け物。


「ッ……!!」


 後ずさるツェル。息を呑むサヤカ。


 それは紛れもなく、山壊(サンカイ)。マルキス達が、森の中で必死に逃げていた、例の細長い怪物だった。


 もちろん、そんなことなど知らない二人。初めて見る種族でありながらも、話が通じないであろうことが一目でわかった。ツェルは、サヤカを守るように腕を出す。囁いて、後退させていく。


「小屋まで戻りますよ……音を立てず、ゆっくりと……」


 まだ気づかれてはいない。静寂な森の中では、あの化物の土を踏む音が良く聞こえる。そしてそれは、二人も同じ。なるべく足音を立てず、静かに、ゆっくりと後ずさりする。


 しかし、あまりにもあの化け物に注視しすぎて、風で運ばれてきた足元の小枝に気づかなかったサヤカ。踏んでしまい、小粋な音が響いてしまった。


「あ」


 止まったような時間。口を開けたサヤカ。二人に向けられる、化け物の顔。ひび割れた隙間からは紫の光が漏れ、その見開かれている右目の赤い瞳は、まさしくサヤカへと。


 完全に気づかれた。ツェルは急いでサヤカの手を取って小屋へと。


「行きますよ!」


「は、はいぃ!!!」


 影と白髪、逃げだしたと同時に、一切鳴き声を発さないそいつが二人を追う。


 幸い、まだ小屋に近かった。サヤカが先に入り、ツェルが続いて入ると、即座に扉を閉める。ツェルが背中に差していたステッキを取り出すと、ドアノブに挟み込んで扉を封じた。


 その僅か数秒、扉が叩かれる。凄まじい勢い。乱雑で力任せの激しさに、サヤカは怯え、ツェルは辺りを見回す。隠れられそうな場所は無い。アイツがドアを破ってくるのは時間の問題だろう。案の定、扉の一部が破られた。後ずさる二人。


 そんな焦眉(しょうび)の急(きゅう)。小屋の外から、男の太い大声。


「こっちだ!!バケモノがッ!!」


 途端、鳴り止む音。向こう側からの、殴りつけるような激しさが消えた。状況が読めないツェルが、慎重にしつつも急いで窓の外を見た。


 小屋の外の景色。治安団の車のさらに向こうにいる、翼の生えている、藍色の丸い何か。隊服を着ているようだ。誰か隊員が残っていたらしいその人が、小屋に向かって両手を上げて振っていた。まるで、ここにいることを強引に認識させるように。


 彼が、また大声を放つ。


「二人はそのまま小屋に隠れてて!!俺がアイツをどっかにやる!!」


 それを聞いた途端、化物が、あの男に向かって獣のように走り出す。凄まじい速さ。数秒後には男のもとに着いてしまうだろう。息を呑むツェル。あの男がやられてしまうのではないかと、背筋が凍った。


 だがあの巨態族の男、副団長のオイケンは確信していた。自身は、転移することが出来る特質を持っている。つまるところ、それを利用して化け物の目を掻い潜れば良いと。


 化け物が彼に迫る。一秒後。捕まる直前に、オイケンは転移を発動した。その先は、先ほどまで隠れていた大きな枯れ木の木陰。久しぶりの勇気と思いがけない緊張で汗ばむ彼は、化け物を木陰から覗く。


 目論見通り、目の前で消えてしまったことを不思議に思っている様子。獣のように四つん這いで、辺りを見回している。案外上手くいったことに安堵した彼は、ソイツの様子を窺うことに。


「犯罪者相手ならまだいいけど、よくわかんない化け物で死の瀬戸際を味わうなんてなぁ……早くどこかに行ってくれ……これ以上スリルはいらないよ……」


 ぼやいたオイケン。ありがたいことに、その願いが通じたようで、枯れ木の隙間を走って消えていった。その瞬間、溜まりに溜まった疲労がどっと押し寄せた。ただでさえ重い体が、それによってさらに重く感じる。枯れ木の枝でひび割れているような空を仰ぎ、根元に深く座り込んだ。


「は~~っ、怖かった!なんなんだろうアレ……あんなの、他国でも見たことないぞ。気持ち悪かったなあ……」


 外交で他国に赴くことがあった副団長。それゆえに、その国にしかいないような種族も、ある程度知っている。なのに、あの不可思議な、形容しがたい生命体。今まで見たことが無かった。一応、レッケイドの管轄内である東の森。そこに住まう知らない種族がいたとは、まさか思わなかった。


 疲労を払うように、一息。冷たい空気に消え入る白い息だった。丸メガネをかけ直し、立ち上がる。その足の先は、二人が隠れた小屋へと。だが、ひしゃげた治安団の車が目に入ると、その足は止まった。


 これは、クサカミが浮かせて木にぶつけたもの。ただ、オイケンはその時を見ておらず、なぜこうなったのかは分からないが、一目見てかなりの大事があったはずだと察せられる。車から漏れ出している、熱気を放つ薄紫のマナ液の音がやけに聞こえていた。


 そこに、小屋から出てきた二人。辺りを見回しつつ、化け物を追い払ってくれた副団長に歩み寄った。疲れた眼差しの巨態族の彼に、見上げて声をかけるツェル。


「助けていただいてありがとうございます。とても勇敢でした」


「あ、ああ、もちろん、救命のためなら、これくらいはね」


 車から、二人に視線を移すオイケン。やや下の影と白髪に問いかける。


「君たち、何でここに……?」


 作戦によれば、誘拐された人はここにはいないとのこと。であれば、小屋から出てきたこの人らは誰だろうと疑問に思うのは当たり前だった。


 二人は顔を見合わせた。先ほどまで置かれていた状況と、ここに来るまでの経緯を簡潔に明かすことに。


 仲間とサヤカを助けるために森へと来たこと。その最中に小屋へと辿り着いたこと、そこから、囚われていたサヤカを救出したこと。それら一通り聞いて、自己紹介も終えたオイケンは、顔を歪ませつつ頷く。


「ツェルさんはサヤカさんを助けるために小屋の地下へ……色々言いたいことはあるけど、作戦はまだ終わってない。終わったら、詳しい話を本部で聞かせてもらうからね。いいかな」


 ツェルもサヤカも頷く。


「勿論です」


「話せることは話します!……それで、こ、この車……──」


 それは、オイケンが先ほどまで見つめていた治安団の車。サヤカは、嫌な記憶が蘇る。両親と弟、そしてサヤカが事故にあった、まさにその時の記憶。拒否するように、思わず後ずさった。


 トラウマを乗り越えたとはいえ、両親が死んだときの記憶など、嫌でも思い出したくないものである。記憶の奥底からくる幻嗅(げんきゅう)だと分かっていても、金属の焼けた臭いが漂うような臭いがした。


「これ、ば、爆発とかしないですよね??」


「?」


 疑問符を浮かべたのはオイケン。サヤカの境遇を省みる言葉と、その先を理解しているツェル。影は、車にゆっくりと近づいて、徐(おもむろ)に手を向ける。


「問題ありませんよ、サヤカさん。この……マナを原動力にした車が炎上することは、基本的に無いはずです。車の駆動用のマナであるために、他者からの魔法による発現が防がれるよう施されていますからね。その他、外的要因が無ければ、爆発することはないでしょう」


「そ、そうなの……じゃあ、安心、かな」


 胸をなでおろすサヤカ。この森一帯が炎上するようなことがないことに、深く安堵した。


 一方で、二人の会話を訝しげに聞いていたオイケン。車が爆発しないことは、常識どころか、爆発するなど考えもしなかった発想だったゆえ、その不思議な会話に眉を顰めていたのだ。ただ、本人が納得したのならそれでいいか、と疑惑を解くと、近くに停まっている治安団の車を指さした。


「とりあえず、お二方。車の中にいた方がいい。誘拐犯や例の化け物がいる森の中じゃあ、何があるかわかったもんじゃないから、ほら……」


 車のドアを開けるオイケン。だが、そこへと入らない二人。立ち止まって、オイケンを見つめていた。心配、驚愕を宿した目であると気づいた。と同時に、胸あたりにぬるい液が垂れる感覚。気づいて、下を見た。


 達磨のような丸い体の、胸辺りの隊服に血。ぼたり、と何度も。それが鼻血であることに気づくのは、一拍あってからだった。自身の、影色に近い紺色の手を鼻に近づけてから離す。手のひらの温い赤に、確信した。


「うぶわっ、鼻血かよ……!特質いっぱい使ったからかぁ……こりゃしばらくは止まらないな」


 驚いて、思わず翼を開いてしまう。びっくりさせて悪い、と二人に謝りつつ、ゆっくりと戻した。


 体に負荷がかかるような特質であれば、体に異常が起きてもおかしくない。転移することが出来る特質をもつ、オイケンであれば尚更。


 カイヴィーを連れて来る時に往復で二回、さらに、ソウエンを連れて来る時に往復で二回。そして、化け物を巻く際の、先ほどの一回。合計で五回だ。一日に一回でも疲れるというのに、それを五回。便利な特質な分、安易に乱用するのは体に毒だった。


 鼻血が出てしまったオイケンと、特質という言葉で察するツェル。懐(ふところ)から、花柄のハンカチを取り出して、彼に手渡そうとする。


「ありがとうございます。私たちのために、無理をされてまで……」


「いやいや、受け取れないよ!使い込まれてるみたいだし、大事な物だろう?汚すわけにはいかないよ」


 受け取らずに、未だ溢れ出る鼻血を手で拭おうとするオイケン。だが、それを許さず迫るツェル。


「正義の象徴たる隊服は汚れても良いと?洗って返して下されば、それで結構です」


「……弁が立つなあ、ツェル君」


 実際、オイケンほどの巨体に合わせた特注品の隊服だった。これ以上変に汚して、落ちない染みとなってしまえば、またオーダーしなければならない。


 狭いスケジュールを縫っての採寸。隊服が届くまでの、分単位の時間調整。その手間と、ハンカチを受け取ることを天秤に掛けた時、気持ちで言えばハンカチの方が重かった。


 だがそれでも、オイケンは首を横に振る。


「気持ちだけ、受け取っておくよ。守るべき民に心配されるようじゃ、副団長として面目が立たないからね」


 肩を揺らし、笑みをこぼすツェル。


「……なるほど。そう仰るなら、その気持ちを無下にするわけにはいきませんね」


 懐にハンカチを仕舞う影。車から医療器具を取り出して、鼻に詰め物を施す巨態。二人の大人に、サヤカは感銘を受けた。自身で考えた時、絶対にハンカチを受け取ってしまう、そういう未来しか見えない気がしたから。


「お、大人だぁ……」


 開いた口から、意図せずに漏らした言葉。憧れ、羨望を込めた眼差しを二人に放つサヤカ。それを、微笑ましく見つめたツェル。細い影色の手を、自身の顎に宛がう。


「私は、サヤカさんのことを少し羨ましく思っていますよ」


 疑問符を浮かべる彼女に、顎に宛がった手を胸に置いて言葉を続けるツェル。


「齢(よわい)六七。長く生きた分、大人であることが体に沁みて、幼心(おさなごころ)を擦り減らすのです。純粋で実直なあなたが、私には眩しく見えます」


 サヤカが大人に憧れを抱いていると同時に、ツェルも子供に憧れを抱いている。その純粋無垢さ。サヤカは高校生であるが、いまだ大人になり切れていない子供であるのだ。大人を見て、憧れを抱くのはその純粋ゆえ。


 口達者で、感情の言語化も上手なツェルに、感嘆の息を吐くサヤカ。


「はぁ~~……そういう言葉が出てくるのが、すっごく大人で……!!いいなあ~……ツェルさんと、オイケンさん。二人みたいな、人の気持ちを尊重できる大人になりたい……!」


 そこで、鼻血の処置を終えたオイケン。照れ隠しの苦笑いを浮かべつつ、サヤカへと向き直る。


「人の気持ちを尊重することは、子供でもできるさ。というかむしろ、大人でそれを出来ない人の方が多いものだ」


 他国との外交を重ね、多くの人と接してきた副団長からの答えだった。ゆえに、サヤカの吐露が嬉しかった。垂れた血を布で拭きながら、サヤカへと笑いかける。


「まあ、だからって気に病むことは無いよ。ツェル君のように、人を慮(おもんばか)れるようになれればそれでいいんだ。目標にするなら、彼をオススメするよ」


「おや、副団長さん。それはあなたもそうでしょう?」


「そうですよ!オイケンさんだって、ツェルさんに負けず劣らずの大人です!」


 人を尊重できる大人同士。細い腕を組んで異議を唱える影と白髪だった。が、肩をすくめた巨態が、達磨のように丸い腹に手を宛がう。


「いいやあ、俺はストレスで感情的になる時があって、この通りだから……。紳士的で平穏なツェル君なら、俺よりいい見本になる」


「……そういうことでしたか。ストレスでどうにかなってしまう事くらい、あるでしょう。私も──」


 作戦中だったが、目に見えて差し迫った状況でないがゆえに、楽しく雑談してしまっていた。それを裂く、届声(かいせい)機の音。オイケンの腰につけているものからだった。副団長は、二人の前に手をかざして待つように促す。本部にいるガゼロからの番号だと気づくと、ボタンを押して届声機を耳に近づけた。


「はい、こちらオイケン」


 届声機の向こう側の女性の声。焦燥を帯びていた。


『副団長さん、今地下の奥の部屋で凄まじいことが起こっていて……地上で転移された人たちが、大変なことになってる!!』


「大変なこと……?」


 訝し気に詳細を聞き出すオイケン。ただガゼロの方も、その状況は機械族の隊員の映像越しであるために、あまり仔細には語れない。


『あたしもよくわかってないけど……とにかく、医療器具や薬を持てるだけ持っていってほしい!怪我をしている人がいっぱいいるから』


「わかった。すぐに向かおう」


『副団長っ!!』


 不意に、青年のような若々しい声。クラッフルからだった。ガゼロより慌てている様子。


『君の眼鏡の映像を見たが、隣に影族の男がいるだろう!!その人と変わってくれないか!!!話がしたい!!』


「あ、ああ、わかった」


 切羽詰まっている彼の、尋常の無さに半ば引きつつも、届声機をツェルに手渡した。密かに耳を澄ませていた影に、肩をすくめる巨態。


「君と話がしたいらしい。俺は、この間に医療器具を持ってくる」


 救護班の乗っていた車に向かう彼を見届け、ツェルは届声機を耳へと宛がった。


「もしもし?ツェルですが──」


『ツェル!バッツェル・カッサム!!ボクだ!クラッフル・モブルフだ!!覚えているだろう!?』


「クラッフル……!!」


 頭に電撃が走ったような感覚。思いがけないサプライズだった。嬉しさが思わず表に出て、久しぶりに口角が上がるツェル。


「リーロさんからあなたの話を聞きました。治安維持団の本部にいるとのことでしたね。……良かったです。本当に……」


『は、ははっ……本当にツェルの声だ……!!七年目にしてようやくだぞぉ……!!』


 涙声のクラッフル。仲間に会うという悲願を遂に果たし、心の底から安堵する。


 そしてそれは、ツェルも同じ。オリヴィオに続いてクラッフル。今日だけで二人増え、自身を含め、あの日の仲間の半分がここへと集まったのだ。


「更なる朗報をお届けしましょう。マルキスとオリヴィオもいますよ」


『はああぁぁ!!?冗談だろ!?マルクとオリーもいるのかぁ!!??』


 彼なりの愛称で二人を叫んだクラッフル。心が持たなそうで、ついコンピュータの上で丸い体をころころと転がって発狂を抑える。


『なんとも素晴らしいなああ~~~、本当に良かったぁ……!』


「ですが、残念なことに地上の転移に巻き込まれた様子です。もしかすれば、地下のあの最奥の部屋にいるかもしれません」


『なにぃ!それは本当かっ!!?むむむむっ……』


 コンピュータの映像。地下の最奥の部屋が映っている。例の装置が見えていたのは分かっていた。悔しい思いでそれを見ていたが、それゆえに周りを見ていなかった。吸引が始まっている大惨事に紛れ、確かにツェルの言っていた二人を見つける。


 黄色の四角はコンピュータに。そして兎は入口付近に。隊員の人たちが吸い込まれていくこの状況は、あまりにもあの時の、七年前の装置の暴走に似ていた。


『ままま、まさにいるじゃないか!!早く助けに行かなければっ!!!また離れ離れになってしまうっ!!』


「離れ離れ……?」


 ツェルが復唱した。その言葉から、聞き耳を立てて、ガゼロの言っていた凄まじいと言っていた状況をおおよそ理解する。


「まさか装置の暴走……!?」


『そのまさかだよツェル!映像を見ている限り、オリーがどうにかしてくれているみたいだけど……』


「なら、彼が暴走を抑えられるよう祈りましょう。私たちが出来ることはありません」


 項垂れるツェルとクラッフル。下手をすれば、また二人に会えなくなるどころか、ここにいる治安維持団すらも巻き込んでの大量の行方不明を引き起こしてしまうだろう。装置の扱いに長けているオリヴィオに賭けるしかない。


 尋常ではない様子のツェルに、不安になるサヤカ。


「どうかしました?ツェルさん……」


「状況が厄介な方向に傾きましてね。今の私たちではどうにもならない事ですが……それでも、出来る限りのことはすべきですよね」


「は、はい!私も、手伝えることがあればやります!」


 そこに、医療器具の箱を持てるだけ持ってきたオイケン。そこにツェルが、すかさず彼の前へ一歩。


「私も手伝わせてください」


「なっ、それはさすがにダメだ、ツェル君。住民を危険なところに向かわせるわけにはいかないよ」


 だが、ツェルはきっぱりと言う。この装置暴走の件、部外者などではない。


「いいえ。大いに関係者です。地下の最奥には装置があります。そしてその装置は、私たちに関係するものです。……クラッフル。あなたからもお願いします」


 届声機の、良く聞こえる方をオイケンに向かせる。もう一人の、装置の関係者も、訝し気にしている副団長の説得を試みる。


『いいかな副団長!ボクたちは、地下にあるあの装置をどうにかしなければならない責務があるんだ!!これが終わったら詳細を話すから!いいだろう!!』


「っ…………」


 苦い顔になるオイケン。一刻を争う事態であることは分かっている。だから、ここでの決断は迅速に下さなければ。長いため息。その後すぐ、持っている医療器具を脇に持った。ツェルが持っている届声機を強引に奪い、腰へとしまう。


 そして、小屋へと一直線。大仰に歩きながら、わざとらしく大声を発する。


「君たち二人はそこにずっといろ!唯一の監視の目である俺は地下に向かうし、そうなれば、誰も君たちのことを見ていないが、そこで待機だからな!いいな!絶対だぞ!あと、救護班の車にはまだ医療器具の箱が残ってるから触らないように!決して地下に来るなよ!!」


 一回も振り返らないまま、小屋へと入っていった副団長。荒い語気に、サヤカは肩を落としてしまう。


「そんなぁ……」


 だが、彼の真意を理解できたツェル。分かりやすいほどの扇動だった。あの言葉の裏の目的は、彼が見ていない分には地下に入ってもいいのだろう。自分たちも力になりたいという体(てい)で医療器具を持ってくれば、最奥の部屋へと進んでも良いということだ。


「問題ありません、サヤカさん。医療用具の箱を持って地下へと下りますよ」


「え、え、いいの?」


「勿論。私を信じてください。ほら、救護班の車はこれでしょう。箱を持っていきますよ」


「ええ、えええ??」


 右往左往で戸惑い続けるサヤカに、箱を渡すツェル。ついでに、マルキスの車からシルクハットを取り出して被る影。その後の二人は、共に医療器具を携え、助けに行くという口実で小屋の地下へと向かって行った。


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