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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第三章 ──宿命に逆らう者たち、運命を闢く者たち──
75/86

75- 因果


「させねえよ、草上(クサカミ) 城虚(ジョウコ)」


 思いがけない攻撃にたじろぐクサカミの配下たち。しかしすぐ思考を整えると、まず先に動いたのが黒山羊、ミソウガだった。


 だが、クサカミは何も言わず、彼の前に腕を出して抑える。納得などできないミソウガ。


「我が主ッ……いくら主だといえ、この愚行に看過などできない……ッ!」


 反応を返さない彼。すると、クサカミ自身と四人の配下を囲う濃い紫の膜を張り、治安維持団から仕掛けてくるであろう攻撃に、事前に対処する。その膜を見た彼らは、正体不明の苦痛に呻きながらも、攻撃は無意味だと悟った。


 見下げる人間に、睨む獅子。


「確か、もう一度会った時に仲間にしてやる、だっけ?……これが俺の答えだ、クサカミ」


 彼の、制帽で見えにくいその虚無を写す目には、微かで、確かな傲慢が宿っていた。ここでやっと、言葉を紡ぐクサカミ。


「……であれば……実に、愚直で、無鉄砲だ」


 彼は、手にマナで作った紫の槍を持つ。その矛先は、レイトの頭。微かな風が、獅子の鬣を揺らす。


「絶望の、淵に立ってもなお、何も、変わっていない……あの時から……。何も理解せず、抗うことも出来ず、凡人として、死を迎える。……今のお前には、最高の終わり、だろう」


「俺が考え無しに突き刺したと思ってんのか?」


 レイトは、頭に向けられたその槍を掴む。


「確かに、正直に言うと、殺したくてたまらない。今ので死んでればよかった。……お前の言う通り、俺は凡人だ。けどなぁ……!」


 掴んだその手に力が入る。牙を見せ、感情をあらわにする。それでも、僅かな理性だけは保って。


「手に入れた力を、誤った方向に使わないことは出来る!人を助ける方向に使うことが出来る!!それが俺とお前の違いだ!!クサカミぃ!!」


 覚悟を滲ませた言葉だった。説得して和解、捕らえることをせず、対立を宣言したのだ。なおも続ける彼。勢いづいた言葉は、次第に優しく。


「けど……もし、少しでも善が残ってるなら、クサカミ。あいつの話を聞いてやってくれないか、なあ」


 クサカミは、心底残念そうに、レイトに憐憫の目を向けた。無慈悲に、槍を伸ばして頭を貫通させようとした。


 突如、大部屋が、白と淡い緑の柔らかい光で満たされる。温かくて、優しい光。畏敬すら感じるその慈悲に、またもや展開の邪魔をされたクサカミたちは振り返る。


 天井付近から放たれた、白色の細い糸。しなやかにぶら下がり、苛まれ、呻いていた人たちと繋がる。途端、その人らの体が軽くなる。先ほどまでの、熱い体や乱れた呼吸が嘘のように抑えられ、全てが正常に舞い戻った。


 全員が、その光に目をやった。


 弱まっていく光。それに比例して、その姿が見えていく。現れたのは、人間の女性。あの白緑色に光る糸は、彼女から広がっていた。緑と黄色を基調にした民族衣装の風貌。肩程の深緑の髪。二つに分かれる三つ編み。そして、閉じた目。柔らかな表情の彼女は、裸足のまま宙を次第に降りていく。


 悠々として着地、三つ編みを靡かせる。その目は、開かずとも誰に向かれていたかは一目瞭然。クサカミへと。


 皆が呆然とする中、彼女は一人、静寂を破った。


「久しぶりです。……クサカミさん」


 慈愛に溢れた、優しい表情の女性。風など吹いていないのに、その民族衣装も二つの三つ編みも靡いていた。目を瞑ったまま一歩、裸足で前に出る。装置の前の四人の中心、クサカミへと近づいた。だが、その前に立ち塞がるようにミソウガがいた。


 山羊目の瞳孔が彼女を捉え、主を護るように片腕を広げる。


「今度は何だ。貴様は何者だ!なぜ主の名を知っている!!」


 彼女は悲しくなって俯く。彼の刺々しい口調が耳に障ったからでもあった。ただ、クサカミは何も反応を示さない。ミソウガ以外の、リエとゼドラスも、困惑を浮かべてはいるものの気は緩まず。


 女性は怯まず、また一歩前へ。冷たく、白い無機質な床。


 まるで、今のクサカミのように思えた。


「今の私なら、あなたを救えます。もう一度、耳を傾けてくれませんか……?」


「主を誑(たぶら)かす罪深き娘がッ!」


「ちょっとミソウガ」


 短剣を抜いた黒山羊に待ったをかけたのはリエ。目を細めて嫌悪を顔に浮かべていた。


「人間ならマナを保有できないでしょ。止めなさい。……クサカミ。彼女以外を全員──」


「人間だからなんだというのだ!マナを保有できない欠陥種族が!!」


 三つ編みの彼女に近づき、振り下ろす短剣。が、影の介入。手首を締め付けられた。体をひねってその場を離れ、元の位置に戻る黒山羊。彼女の傍に、床の影から現れたのはリーロだった。


「指一本触れさせねえよ」


 顔を歪ませたミソウガ。リエもそうだった。


 マナを保有出来ず、扱えることも少ない人間という種族。いつの時も、マナを扱える人に守られる。あるいは、良いように操られる。そしてそれは、一部の獣人にも当てはまる事柄。目の前の光景が、リエの地雷を踏みぬくには十分。自身が、マナを扱えない体だったから。


「……もういい!!クサカミ!!早く全部殺して!!!早く!!!」


 先ほどとは打って変わって、人間すら殺すよう指示する。もはや支離滅裂。怒りに駆られたリエが放つ言葉は、どれも独りよがりでしかない。


 そしてクサカミ。彼は確かに、皆殺しを決定し、この場の正義を燃やし尽くすほどの魔法を先ほどから幾度も想像していた。が、目の前の、治安維持団全員、一般人の三人が燃えない。マナを媒介にした人体発火が発現せずにいた。


 それを防いでいたのは、紛れもなく、三つ編みの女性。彼女から延びる白の糸に繋がれている限りは、その影響を肩代わりできる。だが、人間はマナで構成されていない。媒介にするマナは無いために、彼女の体は発火せずにいたのだ。


 そんな仕組みなど知らないクサカミ。であれば、もうなりふり構ってなどいられない。背後にいるはずのレイトを捕らえようとするが、既にもうそこにはいなかった。仕方なく次には、前方に、灰燼(かいじん)に帰(き)すほどの巨大な炎を大振りに放った。


 一面、熱と赤。口角の上がる黒山羊。クサカミの顔のひびが、ほんの少しだけ広がる。それほどまでに強力な魔法。だが、一瞬にして炎が舞い消えた。


 三つ編みの女性が眉を顰める。彼女の広げた、カーテンのような柔らかな防護壁が、皆を護ったのだ。また一歩、前に。


「クサカミさん。もう、やめていいんです。こんなこと。……みんなを返して、村に帰りましょう。一緒に。然(しか)るべき償いは、そこにあります」


 手を前に。まるで、彼の手を取るようにして。


 慈悲。救済。悠然。この場にいる、彼女を知らない誰しもが、この女性は一つ上にいる存在であることを認知した瞬間だった。


 それでも、クサカミは拒む。光を目の前にして、踵を返し、悲願を貪るように。そのひび割れた顔の、灰色の瞳が伏す。


「醜く、死んでいた日々は、終わった。今の、新世界の創造だけが、原動力。……特異点のみが成せる、偉業。ここで、終わるわけには、いかない。だから……」


 哀愁と悪意。怒りと哀しみ。相反する全てが包含された、低い声色。


 直後、腕を横薙ぎに振り、背後の装置に繋がれた配線の一部が破損する。これは、彼が施していた切り札。装置を一部壊し、暴走させ、最後には再起不能にさせる奥の手。


 灰色の瞳が、三つ編みの彼女を見据えた。粛々と、彼は告ぐ。


「依慧(イケイ) 見先(ミサキ)。今度こそ、死んでくれ」


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