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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第三章 ──宿命に逆らう者たち、運命を闢く者たち──
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73- 理から外れし者


 一方で小屋の前。待機している治安維持団の面々。その中の第一隊長、アデランドは、車の中で休憩していた。体を休めるには適していない場所ではあるが、窮屈ではない。太陽が徐々に傾き始め、夕陽に成ろうとしているそれの光が車の中へ。アデランドの頭部、テレビ頭のモニターが反射した。


 画面に映っている目は再び閉じ、本部と連絡をしている彼。内蔵されたマナ届声機越しに聞こえてくる、ガゼロからの心配する声が頭に響いていた。


『本部のコンピュータで第一隊長の演算が狂ってたけど……一度もこういうことは無かったのよね?』


「その通りです。今も、あの『言葉』を想起しようとすると、また頭が掻き乱されそうな感覚が沸き上がりそうになり……」


 嘆息を吐く音を出すアデランド。小屋の中でのあの出来事。鮮明に記録しているものの、それを客観的に分析しようにも出来なかった。英雄、という言葉がトリガーとなって、またあの時のように錯乱してしまう事を恐れたからだ。未だに、予兆なく頭の中にノイズが走ることがある。


 気になって仕方がなかったが、ずっとそれに気を取られている場合ではない。話題を作戦の本筋に移し、現在の状況を彼女から聞くことに。


「後に修繕を施すとして……今の状況を教えてください。地下室に突入したヒセノ、レイノルズは誘拐犯である黒山羊と骨族を捕らえたでしょうか。応援に行ったカイヴィーの様子も教えてください」


『あ~、ちょっと待って。隊員の映像を見返すから。……クラッフル君、ちょっと巻き戻して』


 球形族の彼に指示するガゼロ。承知した、と明るい返事が聞こえた。少しばかりの沈黙。コンピュータを操作する音だけが届く。たちまち映像を見返した彼女が、他の隊長らの状況を簡潔に伝える。


『ヒセノ隊長はカイヴィー隊長と合流。すぐに奥を目指して行ってるよ。そしてレイノルズ隊長は、その奥に先に向かっている、という感じかな。レイノルズ隊長の方は今の状況はわからないね……誘拐犯を捕えてればいいけど』


「彼は、隊長の中で一番腕が立つ男です。彼ならやってくれるでしょう。……私も向かいたいところですが、この状況では……」


 時折頭の中をよぎるノイズ。よぎるその一瞬の時間で思考が乱れてしまう。これのせいで、まともに動くことが出来ないのだ。立つことさえ厳しいだろう。普段感じない歯がゆさ。一層身に染みてくる。そんな時に、ガゼロからもう一つ情報が加えられる。


『それと、これは作戦とは関係ないことだけど、誘拐の被害者が地上に上がってくるよ』


「被害者が……?ここにはいないという話では?」


 レイトの話では、誘拐された人たちは別の場所で監禁されているという。しかし、救出の話が届けられ、困惑してしまう。それは、ガゼロも同じだった。


『さあ……けど二人だけみたい。しかも、一方が……本部に訪ねてきたあの影族……??今何人かの隊員に保護されて地上に向かってるみたいだから安心して──』


『ああぁぁっ!!!!???』


 大声を出したのはクラッフル。ガゼロの隣で機械族隊員の視覚記録を見返していた。そんな時に、救助されている二人組の内の一人、細身で長身の影族の正体を思い出したのだ。いつものシルクハットが無いから気づくのに時間が掛かった。


 叫び声に驚いて体を跳ねらせたガゼロをよそに、興奮した様子で頭の上の輪っかが回る。


『ツェル!!!ツェルじゃないかぁ!!!バッツェル・カッサム!!!君かぁ!!!』


『ち、ちょっと、クラッフル君?』


 戸惑う彼女に構わず、彼は待機しているアデランドに懇願する。


『アデランド隊長っ!長身の影族が地上に来たら届声機を渡してくれないか!彼と話がしたいんだ!!!』


「分かりました。あなたにとって……かなり重要な事のように見受けられますね」


『そりゃあね!!どうか、お願いだよっ!!』


 その必死な様子に気圧されつつも、聞き入れたアデランド。影族と他一人、地上へと上がってくるらしい。人命の救助が為せて良かったと安堵した。


 本来であれば彼らを小屋の前で出迎えたいところだが、この状態では厳しかった。だが、せめて小屋の入口が見えるところ。車の近く。木の根本で待機しようと車を降りることに。


「では私はこれにて。彼らに会ったらまた連絡します」


『わかった。安静にしててね、団長と一緒にこっちの方で演算処理の改善を試みてるから』


「頼りにしています」


 ガゼロとの届声を切り、体が倒れないようゆっくりと下車する。体が重いというよりかは、思考がおぼつかずに、立つ、という行為が難しい感覚。千鳥足で、道の脇にある木々まで歩いていこうと意識を保って進む。


 すると、目の前に赤い何かが横切る。直後に衝突の音。木の幹に何かがぶつかった。音のした方を見て、アデランドは愕然とする。


 その正体は、先ほどまで戦っていた鱗覆族の女性。アデランドが手を焼いた戦闘狂の彼女が、石ころのように横たわって、苦しそうに呻いている。


(拘束されていたはずでは……!?)


 状況が飲み込めないでいた彼は、急いで駆け寄ろうとした。が、それは許されなかった。アデランドは勢い良く首を掴まれる。強引に掴んだ主、音もなく来たそれへ顔が向かれた。


 高身長のアデランドと同格の、黒ずくめの細身の男性。豪奢に着込んだ服装。つばの長い制帽を深く被っていて、詳しい顔は見れずとも、ひび割れたところから漏れる紫の光が垣間見えた。圧倒的な存在感と底知れない様相に、直感する。彼が、クサカミ。


「くっ……!!」


 首を掴まれ、足が地上から離れる。華奢な体から出ているとは思えない腕力。引き剥がそうと試みても、掴まれた腕は岩のように動かない。思考がおぼつかないアデランドだったが、数瞬の後、腕から手を離して堅氷の剣を創り出した。その先端を、彼の顔の目の前へ。


「放しなさっ……!!!」


 ぐるん、と重力が回る感覚。自身がどこにいるかも分からなくなるような激しさ。次に感じたのは、背中からの猛烈な破壊。その時になって理解した。あの腕に吹き飛ばされたのだ。


 近くの木。幹に、斜めから背中を激しく打ち付けられた。自身の体が壊れる音が聞こえ、外れた部品がまばらに落ち、次いでアデランドも落ちる。


 泥が混じったぬるい地面に倒れたまま、吹っ飛ばした張本人を見た。狂気と虚無が渦巻く灰色の瞳。生気を感じることができないそれが、次に目を向けたもの。


 アデランドが乗っていた車とは、別の車。主に救護班が乗っているそれに視線を移していた。そこにはニリスがいる。小屋の主、治安維持団に最後の最後に助けを求めてきたあの女性。嫌な予感がした。


 戦闘狂の女性、隊長のアデランドと続き、次はニリス。ふと車を見た時、窓から覗く、ペラリ上級隊員と救護班の白穏族ら。誰もが、恐怖におののいている顔を浮かべていた。


「お待ちください!!ニリスさんやこの鱗覆族の女性、あなたの仲間なのでしょう!!なぜこのような真似を!」


 必死の声に、彼は少しだけ一瞥する。だが、何も言うことはなく視線を戻すと、車のもとへと歩き出した。


 アデランドは両腕を動かし、動かない下半身と共に体を引きずる。絶対に間に合わない。自身の得意な魔法は、氷と独自魔法である自身を加速させるもののみ。もちろん、加速させても焼け石に水。であれば氷。自身の保有するマナから、空中に鋭利な氷の礫を創り出して彼に向けた。


 が、ここでよぎるものがあった。治安維持団は、たとえ凶悪な犯罪者であろうとも、意図しない場合に限り殺傷してはならない。規則。機械族として常に頭にあった規則が、頭によぎった。


 緊急事態だとしても、アデランド自身の信念が、彼を傷つけることを許さなかった。鋭い氷が彼の代わりに向けたのは、彼の足元。進路を妨害するようにまき散らし、救護班の車にいる植物族の彼女に届声で連絡する。


『ペラリ上級隊員!本部へ向かって車を発進させてください!!』


『……は、はい。申し訳ありません、お助けできず……こんな恐怖、初めてで……!』


『私のことは問題ありません、急いで!!』


 直後、車が音を立てて急発進。彼と距離が縮まっていた車が離れていく様子を見て、アデランドは胸をなでおろした。


 しかし、まるで瞬きする速度で彼が車の前へ転移。森の道を走ろうとする車に手をかざし、軽々と阻止した。車の前に佇み、かざして広げている手を固く握る。途端に、悪寒。辺りの空気が死んだような静寂。アデランドの、体の内側から生じる違和感がそれと相乗して、体中が重くなる感覚。はっきりしていた思考が、霞のように朧げになった。


「なぁっ゛……ッ」


 伸ばした手は地面に。車にいる救護班らもその感覚を味わっているようで、中から荒々しい呼吸が聞こえる。思考を乱す独自魔法だろうかと、痛んで纏まらない思考で辿り着いた結論。それがわかったところで、アデランドには何も出来なかったが。


 男は、眉一つ動かず、硬く握った手に力を込めた。すると、ニリスがいる車体の外郭が凹み始める。そのまま腕を放るように動かすと、軽々と車両が吹っ飛ばされた。


 車体ごと中にいる隊員らは、悲鳴とともに攪乱。最後には、大きな音を立てて木にぶつかった。車両が真っ二つになるような凹み。漏れだしたマナ液が、地面に垂れ流される。


「あ、ああっ……!!」


 悲鳴の後、聞こえるのは苦しさに呻く声のみ。次第に小さく。しかし、車を放った男は、それに一瞥することなく、なにか考えるように佇んでいた。まるで次にやることを、その場その場で模索しているかのような。


 魔法を扱うものの叙情など一切ない、ただ純粋な悪意のままに振るう暴君。自身が矮小な存在だと、否が応でも気づかされてしまう程。アデランドの中に呼び起こされた、久しい感覚。無念。自責。そして憤怒。機械の身でありながらも色濃く現れる感情が、今の隊長を突き動かす。霞んでままならない思考のままに、強引に腕を動かした。


 だがしかし、そこに一人の上級隊員。思考が朧げながらも、なぜだかまともに動けている鼠獣人の彼、ダズベルが車両から降りて彼と対峙した。


「よくも゛っ、仲間をっ……ペラリ先輩をっ!!!」


 怒りに燃える震え声。車両から飛び出し、腰に納めたナイフを取り出して、あの動かない男に投げつけた。おぼつかない思考の中での、ありえないほどの精確さ。顔へと刃が突き刺さった。仲間を殺された治安維持団の一人が、憎悪のまま彼に一矢報いた瞬間。


「っ……!!!」


 が、喜びは長く続かなかった。痛覚など全くないように動揺しない男は、突き刺さったナイフを軽々と抜いた。裂けた部分が、異常なまでの早さで治療魔法が施されると、その目は、投げつけた鼠へと。魔法でナイフを宙に上げ、彼の心臓に切っ先が向けられた。


 深淵のような絶望。彼も殺される。その瞬間。


 風を切る紺色。靡く羽織。目にも止まらぬ速さだったナイフを、木刀から繰り出した横薙ぎ一閃で弾いた。まるで時間を飛び越えるようにして現れた、和風の装いの彼。頭が、紫色の炎で灯された提灯の遇物(ぐうぶつ)族。異国から出(い)づる瞬刻。第五隊長、蒼炎(ソウエン)だった。


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