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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第三章 ──宿命に逆らう者たち、運命を闢く者たち──
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71- 救出


 薄暗い大部屋を出た時、目の前に現れたのは第二隊長のレイノルズ。サヤカの手を引くツェルとばったり鉢合わせた。


「おっと」「君っ……」


 最奥の部屋に辿り着くレイノルズと、その部屋から脱出するツェルとサヤカ。お互いの状況が分からずに、数瞬だけ時が止まったかのような二人。遅れてやってきた思考が、互いが邪魔し合って部屋に、そして廊下に進めない。


 一方で、廊下から差す照明の白い光。大部屋が漏れた光で若干明るく。リーロに圧倒されていた黒山羊のミソウガが、部屋から出ようとする二人に気づいた。同時に、影魔法が弱まってしまう。その隙を突いた黒山羊が、後ろに転移。長身の影に短剣を。


 急いでそこに目をやるリーロ。影色の太い指で影を操ろうと翳すが、光に近い影響で影をうまく扱えない。


「クソ、間に合わ──」


 振り向こうとするツェル。どんな防御も間に合わないと察した。が、その時。


 ツェルの背中に、疾風の如く舞い回ったレイノルズ。擦り合う音。振り下ろしたミソウガの短剣を止めたのは、風の魔法で作られた長剣だった。素早い移動は彼の得意分野。そしてその判断力も隊長の中では上澄み。


「残念だった、──ねッ!!」


 不意の攻撃を遮られ狼狽する黒山羊に、レイノルズは長剣を一振り。態勢を崩したミソウガだが、すぐさま転移して整えた。装置に繋がれたコンピューター近くへ。すばしっこい青年の風族と狡猾な丸い影族。二人をそれぞれ一瞥すると、黒の顔を歪ませた。


「小癪(こしゃく)な……」


 そして、猫の女性研究者のリエ。サヤカに吹っ飛ばされて痛む体を手で抑えつつ、目線は扉にいるツェルへと。恨みを灯した瞳。這いずってでも、彼のもとへと。


 一方でレイノルズ。大部屋の状況と勢力を軽く見回し、起動状態に入っている奥の奇妙な装置が目に入りつつも、倒すべき敵は黒山羊だけだと思考を着地させた。一足先にここへ着いていたリーロに軽口を叩きながら、敵との間合いに気を配る。


「ハンバーガー君さあ、野暮用ってこれのこと?こんなに楽しいこと、独り占めしちゃダメじゃん?」


「へッ、心配すんな。相手はまだピンピンしてる。お前さんが楽しめる分も残しといたんだぜ」


 冗談を言い合う風と影。余裕を見せつけ、睨む黒山羊を圧倒する。


 ミソウガは短剣を構えるも、二対一は分が悪いと、ひとつ思案。ここで攻撃を仕掛けても二人がかりで抑えられる。転移魔法を用いて、回避と攻撃を両立させられれば、と迎撃の姿勢になった。


 迎撃といえば、廊下で最奥の部屋を守っていた異頭族の赤いやつ。彼がいたというのに、最奥への侵入を許す事態となったらしい。殺すべき相手が一人増えたことによる、彼に対する怒りと焦燥に駆られるも、決して諦めることはなかった。クサカミのために、彼ら二人を排除しなければ。


 そんな二人は、いまだミソウガが攻撃してこないことをいいことに、少しばかり囁いて会話する。始めたのはリーロから。


「隊長さんよ。俺は仲間の手助けをしなきゃいけねえ。あいつらを地上に送り届けてる間、任せてもらっても?」


「ああ~……一人でアイツの相手できるってのは最高の提案だけど、上には治安団が待機してるよ。ここは二人で制圧しちゃお~か」


 それでもまだ心残りがある。廊下にいた赤い異頭族のことだ。


「見張りのデカいヤツは?」


「ヒセノ君が相手してくれてるよ。あいつなら多分、抑え込めるよ」


「……なるほどな」


 であれば、わざわざ送り届ける必要はないと、肩の力を抜いたリーロ。敵から目を離さず、後方の影に指示を飛ばす。


「ツェルさんよお。上で治安維持団が待ってるらしい。そいつ連れてここは任せろォ。一応、例の赤いヤツには気をつけとけ」


「……分かりました。お気をつけて。行きましょう、サヤカさん」


「う、うん……!」


 ツェルは、影色の手で再びサヤカの手を握る。あの装置を一瞥して、大部屋から抜け出す。


 サヤカは白い髪を靡かせ振り向き、みんなを心配する。が、部屋の隅で這いずり、こちらに手を広げて向かってくるリエに恐怖する。直後に前を向いて、引かれる手で走っていった。


 これで、心配するものは無くなったと、リーロはその赤い目で黒山羊を見据える。遠慮なく戦える。風の剣を片手でくるくると弄んでいる、隣の風に警戒の一言。


「アイツの転移と閃光の目くらましには気をつけろよ」


「なぁんだ、言っちゃう?それ。知らない状態で戦いたかったな~」


 余裕を通り越して舐めた態度の第二隊長。


 嘲りに彼らを睨むミソウガ。そして、そいつに影色の手をかざすリーロ。影魔法の顕現。それが開戦の合図となる。


「んなら、もっとあいつを追い詰めてみろ。切り札があるかもなァ?」



 *



 場面は変わり、サヤカの手を引くツェル。白い廊下を走り、地上へと向かう階段へと走っていた。最下層である地下三階は、一本道だが曲がり角が多い。最奥から階段までの距離が長いことを、侵入してきたツェルは知っている。


 体力がそれほどないサヤカは、早い段階で息が切れそうになる。が、後ろから追いかけてくるかもしれない、という恐れから遅くはならなかった。


「……サヤカさん、少し、私の後ろへ」


 ここで、徐々にスピードを落とすツェル。大股に歩いていき、曲がり角から先の廊下を覗いてみる。そこにいるのは、こちらに歩いて向かってくる、角を生やした、目の無い赤の異頭族。


 ツェルは、彼に見覚えがあった。元、第四隊長のはずだ。潜入の際に一目見た時に思い出していた。どうやら誘拐犯側に寝返ったらしい。ホワイトガーデンで起きた誘拐事件の時に話を聞いた過去を思い返すが、今はそれに耽る場合ではない。


「発見されてしまうのも時間の問題ですね……」


「も、もしかして……誘拐犯がまだいるんですか……!!」


 廊下の先を覗こうとするサヤカを引き留める。最奥に踵を返しても何も変わらない。とはいえ、あの体躯の良さは二人がかりで対抗できる相手でもないだろう。であれば、隠れてやり過ごすしかない。


「……残念なことにその通りです。彼を掻い潜らなければ。入れる部屋を探しましょう」


 その方法は一つ。部屋に入ることだ。が、ツェルとリーロが地下に潜入してきた際、ほとんどの扉には鍵がかかっていることを確認した。最下層のこの廊下は確認していないが、ここもほとんどそうであろう。異頭族が来てしまう残り約一分で、開いている部屋を見つけなければならない。


 二人に近い側面の扉を指さしたツェル。


「サヤカさんは近くの扉を。私は反対側の扉を調べます。念のため音を立てないように」


「わ、分かりましたっ」


 それぞれ、両面にある白い扉を確認していく。部屋数は少ない。が、どこも開かない。監禁するためだろう、ベッドしか置かれてない部屋や、いたって普通の、誰かが使っていそうな白い部屋。どれも扉の小さな窓から見えた。そんなとき、不意に開いたドア。サヤカが開けた扉だった。


「ツェルさん、こっちですっ!」


「今行きます」


 二人は部屋に飛び込み、音を出さないよう扉を閉める。中は、硬いベッドしかない薄暗い部屋。明らかな監禁部屋だった。そして、ある事実に小さな悲鳴を上げるサヤカ。


 奇しくも、ここはサヤカとオリヴィオが監禁されていた部屋であったのだ。壁から生えた光る糸のようなものが、だらりと乱暴に垂れ下がっている。忘れるはずがない。最初、二人はこの糸に縛られて動けなかったのだから。オリヴィオがいなかったら、今頃どうなっていたか。


 薄暗い部屋。扉につけられた小窓から廊下を覗く。あの赤い異頭族が通り過ぎていくのが、ツェルの紫の瞳に映った。振り向いて、口元に人差し指を宛がって静かにするようサヤカに示す。彼女は頷き、しゃがんで身を潜めた。


 そこから数十秒。小窓から見えなくなった後も、足音を聞いて位置を把握していたが、ようやく聞こえなくなった。通り過ぎてくれたらしい。ツェルは胸をなでおろした。しかし、サヤカは不安げで、恐怖を目に浮かべたような様子。そしてその視線は、部屋に垂れ下がる光る糸に向けられていた。


 彼女の気持ちを払拭させたいがために、ツェルは聞いてみることに。


「何かお困りですか?サヤカさん」


 しゃがんでいた脚を伸ばして立ち上がる。緊張した面持ちで、部屋を見回したサヤカ。


「ここ、私とオリヴィオさんが監禁されてた場所で……」


「もしや、あの糸に縛られて?」


 怯える彼女は頷いた。あの時のことを思い出しているようで、下唇を噛んでいた。彼女と仲間を拘束していた黄色の光る糸。役目を終えて、だらりも垂れ下がっている。一番近い糸に触るツェル。マナで作られているようだ。思っていたよりも硬く、糸というよりロープのよう。


「よく、脱出できましたね。こんな硬いものから」


「オリヴィオさんが切ってくれたんです。本当に良かった……」


 そうやって助けられた後は色々あったのだが、今ここで言うべきではないだろうと察するサヤカ。本当に色々あったが、今は一刻も早く外に出なければならない。またいつ誘拐犯に捕まってしまうかわからない。


 そしてその気持ちはツェルも同じ。サヤカを地上へと送ることが最優先。異頭族が通り過ぎた、二人を歓迎する静かな廊下へ出る。


「……誰もいませんね」


「こ、怖かったぁ……」


 足音が良く響いた。ツェルは、最奥へ続く廊下を一瞥する。彼はどうしても、あの装置と、リエという研究者のことが気がかりでならなかった。頭の片隅に置いておいても、まるでコバエのように視界に、思考に挟まって頭が落ち着かない。


 サヤカを安全な地上へと送らなければ。理性はそうあったのに、どうしても、あの装置に対する妄執が抑えられない。ツェルの人生、いや、それらを研究していた仲間たち全員の人生を無残にもめちゃくちゃにしたあの装置。


 安全をとるか思惑に飛びつくか、地上へ向かう階段に向かいながらツェルは一人悶々と熟考してしまう。そんな時だった。前方、廊下の先から大勢の足音。


 少し先の曲がり角から、鮫、白穏、その他複数の隊員が最奥に向かって溢れ出てくる。応援らしい。完全に安心しきったサヤカは、先頭にいる、こちらに気づいて驚いている様子の鮫に手を振った。


「ヒセノさーんっ!!」


「サヤカさんか……!??」


 走って、二人のもとへと着く隊員たち。一番心配の色を見せたのはヒセノだった。駆け寄って、わけがわからない、と問い詰めてしまう。


「なんで君がここに!?そして影族の君は……!?」


「……時間が無いので端的に説明しましょう」


 サヤカとオリヴィオ、二人の親友が誘拐され、そのために奔走したことを簡潔に説明するツェル。事の経緯を聞いている鮫と白穏。やがて聞き終わると、ヒセノは牙を見せて複雑な表情を。


「リーロ君が本部にいなかったのってそういうことだったのかあ……。本当、掴みどころが無いね、あの人……」


 そしてカイヴィーは口角を下げて怒りをあらわにする。小柄な体を伸ばし、片方だけの角は怒りが溢れるように、赤く染まって光る。


「サヤカさんとツェルさんね。いろいろ言いたいことはあるけど、時間が無いからこれだけ言うわね、ツェルさん。二度と、危ないことはしないで。ここから先は治安団に任せて。いいね?」


 住民二人による危ない行動を咎める。その通りではある一方で、こうしなければサヤカも、オリヴィオも助からなかったかもしれないだろう。が、ここでその旨を伝えたところでしょうがないことだと、表面上、ツェルは謝罪する。


「申し訳ありませんでした。正義感に突き動かされた結果でした」


 その言葉に理解を示したヒセノ。納得したようにうんうんと頷きつつ、ツェルの勇気を称える。


「まぁとにかく、二人はよく頑張ったよ!もう安心だ。隊員を何人か寄こして、地上まで案内させようか」


「ありがとうございます」


 ヒセノの視線は、感謝したツェルから、安心して笑みをこぼしているサヤカへ。優しく肩を叩きつつ、彼女を視線を合わせるために中腰になる。


「階段を上がれば治安維持団のみんなが迎えに来てくれるよ。保護してくれる。もし怪我があったら救護班に言うんだよ。いいね」


「うん……ありがとう、ヒセノさんっ!」


「ははっ、礼には及ばないよ!これが治安維持団の務めさ!」


 爽やかな笑顔。自慢げに胸を叩いて牙を見せた。サヤカから見た彼の笑顔は眩しかった。正真正銘、ヒーローそのもの。彼は数人、隊員を二人に宛がうと、カイヴィーに目を向けた。


 目を持たない彼女だがその視線に気づき、いつでも行ける、とヒセノに顔を向けた。準備が整い、いざ再び最奥へ進軍。戦いの渦中へと向かって行った。


 サヤカとツェル。二人はその頼もしい背中たちを見届けた後に振り返り、階段へと向かって行く。白い廊下。酷く無機質で冷たい廊下だったが、彼らのおかげで足取りは軽かった。


 彼らの危険はもうすぐ安全へと移り変わる。傾き始めた太陽が待つ地上へと、目指していった。


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