69- 機を熟す
また時間は少し遡り、リーロとツェル。リーロの影魔法によって小屋の地下へと侵入を遂げた影二人。囚われているサヤカを、地下一階から順々に見てきたが、どこにも見当たらなかった。思いのほか時間が掛かったうえ徒労だった。
残るは最下層、地下三階の最奥の部屋だけ。この部屋を守るように、廊下に立ち往生していた赤い異頭族。そいつをダクトで遠回りに掻い潜って、なんとかここまで来れた。
もし、小屋の外でリーロが言っていたことが本当であれば、ここに例の研究装置があるだろうと考えるツェル。しかし最優先に考えるべきなのは、サヤカ。今は彼女を救うことだけを考えなければ。
最奥の白い扉の前にて、光の苦痛から逃れるようにして影魔法を解除したリーロ。二人はお互いに目を向けあった。先に口を開けたのはツェル。
「リーロさん。私はサヤカさんを探します。あなたは……私やサヤカさんを守るよう立ち回ってください」
「わあってるぜ。黒山羊の野郎がいなかったからここにいるんだろうなァ。……けど、一番いいのは戦わないことだ。さっきみたく影で移動する。サヤカを見つけたら影に加わって、来た道を戻る。これでいいな」
「私の記憶が確かならば、黒山羊をぶちのめすと言ってませんでしたか?」
意地悪めいて軽口を放った彼。肩を竦めて、呆れるように吹くリーロ。
「言ったなァ。けど相手は一筋縄じゃいかない相手だ。ってなれば無理に戦わずに救出すればいいだろ?……どうせ、ぶっ倒す機会はいつか訪れっから」
目的を見失っていないようで安心したツェル。その考えに同調するように鼻を鳴らした。準備が整ったリーロは、影色の手を彼に差し出した。
「ほら。ここが正念場だぜ」
手を取るツェル。
「もちろん。油断は禁物です。行きましょう」
リーロは影魔法を発動して、二人は地面に潜る。光による痛みは避けられないために、迅速に行動しなければならない。扉の隙間を掻い潜り、いざ最奥の部屋へ。
まず、入口から部屋の様子を確認する。かなりの大部屋。研究所のような無機質な空間はそのままに、いくつもの機械や机が置かれている。光の痛みが徐々に増してくる頃、壁を伝って大部屋の様子を眺める。
更に部屋の奥。厳かに置かれているゲートのような円形状の装置。それに見覚えがあったツェル。しかし、それよりも重要な場面がすぐ近くに。手を縛られて俯くサヤカ。それを見張る黒山羊。そして、装置を動かそうと繋がれたコンピューターを操作する、白衣を着た白猫の獣人の女性。
『クソ。マズいな、ありゃ。サヤカを助けらんねえ。少なくとも気づかれずに持ち帰るのはムリだな』
『ええ。それにあの装置……。起動状態に入っている様子ですので、もうすぐでどこかに送られてしまうでしょう』
ツェルが次に注目したのは装置周辺。あの女性は装置を使いこなしている様子。相当な曲者であると分かったというのに、悪の手に落ちて誘拐の手口に扱われるとは。歯がゆい気持ちだった。
厄介な状況に頭を抱えるリーロ。迅速に作戦を立てることに。
『チッ……こうなったら……。あいつらの気を引いてどうにかするしかねえ。覚悟は良いな』
『やってみましょう……』
返事をしたが、意識はどうしてもあの装置へと向かってしまうツェル。今まで歩んできた人生を壊されたそれ。目の前にあるというのに、元の世界に帰れる確証もないというのに、どうしても目で追ってしまう。取り返すことなど、後で考えればいいというのに、今のツェルは、あの装置のせいで思考が上手く纏まらないでいた。
影魔法で白く冷たい床まで下り、二人は影から実体化して元に戻る。互いに物陰に隠れて、彼らの様子、位置関係を窺い、今後の動きを思索する。
サヤカは、悲嘆に暮れたように俯いたまま。彼女を見張る黒山羊は、周りを注意する気は無いようだ。猫の女性も同じように、装置の操作に夢中。あの。廊下にいた赤い異頭族。彼を掻い潜ってここまで来ることを想定していないようだった。今、不意を突くには絶好のチャンスである。
リーロが天井に吊るされている電球を一瞥して、早急の作戦を隣にいるツェルに囁いて伝える。
「俺が照明を壊して攪乱する。その後すぐ、影でアイツらを気絶させてやる」
「あなたが先程説明してくれましたね。光の下では影魔法は弱くなる……。強引に暗闇にして畳み掛けるわけですね。では、私は念のため杖を……」
背中にしまってあった多機能ステッキを取り出したツェル。黒山羊を追跡するのに役立った杖だが、今回も役に立ってくれそうだ。少なくとも、身を守る対抗策にはなる。
二人は彼らの近くへと、忍び足で向かう。機械や机の影に隠れ、最大限チャンスをものにするために、彼らの様子に目を光らせる。
すると、相手の方はサヤカを送り出す準備が整ったらしい。機械らしい起動音と共に重々しい音が響く。すると、円形状の内側に白緑色に近い光が映し出された。ツェルには見たことがあった。あの、光。あの先が、どこかへと繋がっている。もしや、あの先に元居た世界があるのだろうか、と、ふと考えた。
女性は、コンピューターの装置から目を離さずに、黒山羊に歩み寄る。細い尻尾が揺れる。
「……ほら。これで向こうに繋がったわ。……ねえミソウガ、本当に向こうに?」
「時間の無駄だ。何も聞くな」
取り付く島もない黒山羊だが、食い下がる白猫。
「クサカミさんが監禁するなんて思えないわよ。マナを扱えるっていう希少な体質っていうのは分かるわ。でも人間は保有はできないでしょう?」
「保有など、計画に加わればどうにでもなろう。もっとも、処理されればそれまでだが……決めるのはあの方だ。私は提案しているに過ぎない。もっとも、そう進言したのはゼドラスからだが」
サヤカを仲間に引き入れようか、処理するかの選別がされるらしいと会話から察したツェル。どちらも良い話題とは言えない。怯えて口を閉ざしている彼女の横顔がツェルから見えた。
女性がコンピューターから黒山羊に場所が移ったが、やることは変わらない。リーロが二人を影魔法で電気を壊し、暗闇にしたのちに気絶させる。何かしらミスがあれば、ツェルのステッキで対応。
お互い、頷き合う。準備は万端。マナの気配で気づかれないよう、最小限の消費と動作で影を動かすリーロ。壁沿いに照明へと近づけていき、やがてこの部屋のすべての照明を掌握した。
「準備はいいな?」
「いつでも」
影二つは共鳴した。一人は照明へ、一人はサヤカへと目を向けた。リーロのカウントダウン。
「三、二、一……」
装置に意識を向けている二人に、隙を突く二人。
照明が壊される鋭い音。大部屋は暗闇に。光は装置の白緑だけ。舞台が整って、二人の影が動き出す。




