67- 甦りし英雄
「バカだね。何も言わなきゃよかったのにさぁ……」
ニリスを足蹴にし、三人の隊長に向けて鎌を向ける赤色の鱗覆族のトカゲ。腰にぶら下げているマナ結晶のようなものを見つけたアデランド。彼女から感じる異様さを察知し、他二人の隊長の前に腕を出す。
「貴方は一体何者ですか?」
「何って……言うとでも思う?」
心底楽し気に笑みを浮かべる彼女は、ゆっくりと歩き出して近寄っていく。
「ずっと退屈だったのよね。向こうで死んでからずっと。やっと面白そうな展開になってきて……ねえ。誰が私の相手になってくれる?」
滾るような目つき。戦闘狂とでも言うべきか。戦いたくてうずうずとしている様子が異常だ。
見かけからおおよそを判断したアデランド。おそらく話し合いが通じない相手だ。入口から、ヒセノや他機械族の隊員が入ってくるのが聞こえた。困惑する彼らを無言のまま手だけで制止し、鱗覆族の足元にいる彼女を引き合いに出す。
「熱心に、戦いたいことが伝わりました。ですが、ニリスさんの救護が先決です。彼女を手当てしてから──」
アデランドのテレビ頭の顎部分に宛がわれる刃。伸縮自在な鎌、まるで蛇。その一瞬の後、後ろからレイノルズが疾風の長剣を彼女に向ける。カイヴィーも、杖を鞭に変えて戦闘の準備をする。一瞬のせめぎ合い。しかし、まだ開始の合図は鳴らない。
刃を向けられても極めて冷静なアデランド。入り口に目を向ける。
「ではせめて、家の外で『遊び』ましょう」
「…………だめ。我慢できない」
恍惚とした表情で切り返される。それが、開戦の合図となった。
鎌の刃を切り進め、そのままアデランドの首元へ。しかしすんでで身を翻して屈むと、推し進んだ彼女の腕を掴んだ。組み伏せようとして、華麗に躱され解放を許してしまう。身軽な彼女。レイノルズの猛攻の剣、カイヴィーの音速の鞭を軽々しく躱したり、時折鎌で弾いて凌ぐ。
不意に、意気揚々と彼女がレイノルズの懐に飛びかかる。足蹴り、殴りも交えて武器や体術を巧みに使いこなすそいつ。彼の得意な剣術すら手玉に取るよう。一瞬の隙を突かれて蹴りを一発、腹に。吹っ飛ぶレイノルズ。
咄嗟の風の魔法。体の衝撃を和らげるようにし、部屋の隅の箱を壊しながら倒される。
レイノルズがふっとばされるというありえない光景を目で追うヒセノ。他二人の隊長が彼女と戦っているところを見計らい、得意の防御魔法を展開しながら入口から彼へと駆け寄る。壊れた木箱の破片に覆われているレイノルズ。破片を除けていく。
「大丈夫かっ?」
「まっ、これくらいは問題無いよ。それより、ほら、これ」
笑みを浮かべてぴんぴんしているレイノルズが指さしたのは、床についた金具。まるで取っ手のよう。
「察するに、地下への扉っ……!」
立ち上がって、意外にも軽いそれを開ける。下へと続く階段。誘拐犯の根城としてる場所は、恐らくこの先だ。それを確認した二人。そして、戦っているアデランドも見ずにそれを理解した。攻撃の手を緩めることなく二人に指示を出す。
「ヒセノ!レイノルズ!レイト!君たちは地下へ!」
二人は顔を見合わせる。迷っている暇はない。
「了解だっ!」「了解!」
が、いざ階段を下ろうとする彼らを食い止めようと素早く移動した鱗覆族の女。鎌の凶刃が迫ろうとするが、それよりも早く、まるで時を追い越すようにして、彼女の刃は第一隊長の堅氷の剣が弾き返した。目にも止まらない速さのそれと、それが起こった時の空気の揺らぎ。彼女は魔法だと直感した。
興奮。昂ぶり。視界には、今、アデランドしか映らない。
「今の……身体能力の向上魔法すら上回る素早さっ……あなたの独自魔法ねっ……?」
「でしたらなんでしょう」
「あ、あぁ、すごい……機械族なのに難しい魔法を扱えるなんてっ……!」
戦うことしか頭にない彼女。鎌を持ったまま頭を抱える。熱烈な感情が沸き上がったかのように、赤い尻尾は床を叩きつけ、体が震えている。
「もう装置のお守りもクサカミもどうでもいいっ!ずっと追い求めてたスリル!このために生きてるっ!もっと戦おうっ!!機械野郎っ!!」
闘争を求める魂は、目の前の、治安維持団の事件科トップである第一隊長に向けられる。
「……貴方は単純で、愚直で、分かりやすい人のようで助かりました。……お望みとあらば」
アデランドは剣を構えつつ、後方で鞭を構えているカイヴィーに向けて指示を出す。
「第三隊長。私に任せてニリスさんの救護を」
「……了解」
カイヴィーは、鋭い感覚を駆使する。血を流して伏せているニリスを抱え、素早く移動し外へと出た。
アデランドはそれを確認。すぐ、猛攻を仕掛けてきた彼女。剣で弾き返す。あるいは最小限の動きで躱す。荒々しい彼女の動き。対処することは容易だった。
だが攻撃の間隔が早すぎて切り返せない。殺気を隠さず殺そうとしてくる相手だが、隊長として殺生は言語道断。正当防衛として動きを封じるくらいなら問題は無い。が、そうなるとどうしても後手に回ってしまう。
一瞬ごとの攻防。鎌の刃と身軽な体術から繰り出される猛撃の連続。その隙を縫う前に、アデランドの背中は壁へと。後退が出来ないと悟った瞬間、相手からの更なる追い打ち。
ここで先ほどの独自魔法。アデランドが自ら考え編み出した、自身に付与する時間魔法。マナ保有量をそれほど持たない機械族の身での魔法の発現は大層難しい。しかし第一隊長は違う。素早く回避。攻撃の隙間。するりと脇を通って後ろへ回り込んだ。
だがそれを予測していたらしい。彼女は身を翻して鎌を後方へ。遠くへと剣で弾き返そうとするも、彼女は引き寄せて手元へ戻してしまう。瞳に、戦闘の闘志を燃やし続ける女。
「どうしたのっ??なんで攻撃しないっ!???」
「治安維持団のナイフ、そして私の剣は、決して殺生には使いません。マナが枯渇した時の、自身を守るための抵抗手段としての側面が強いですが……私のこの剣は、話の通じない凶悪な犯人には剣で圧倒し、降参を促す手段としても機能します。傷一つつけることもしません。すべてを護るために、この剣を握っています」
「この期に及んでハンデだなんてっ……あぁ、まだ余裕たっぷりってことっ……!!」
絶望的に話が噛み合わない。戦闘に毒され、戦闘に生きた彼女。もはや対話は不可能と判断したアデランドは、彼女を見据えたまま、体に搭載されているマナの通信で小屋の外のフロイトへ提言する。
(『団長。カイヴィーの手が空いているのであれば、戦闘狂の、この彼女を拘束してください。私が彼女の隙を作ります。犯人捕縛用の玉を彼女に投擲するようお願いします』)
(『……わかりました』)
機械族同士の、無機質な掛け合い。対照的に、熱烈な感情が大いに含まれた、興奮の色。彼女から放たれる。
「ねえ隊長さん。この世界にも虚侵族っているの?」
「……はい?」
聞き慣れない種族。アデランドのデータベースにはない種族名だった。彼女の間合いに入らない程度に歩き、彼女も一定の距離を保っている。
「決して分かり合えない、虚ろで、壊すことしか能がない種族。空から降ってくる、災厄の形をした生物、ってヤツ……。ねえ……、私と一緒に虚侵族を殲滅しに行きましょっ……?そうすれば私たちは英雄になれるっ!守護の柱に──」
「英雄?」
彼女の止まらない言葉の滝を強引にせき止めたアデランド。英雄。その言葉が、頭に引っ掛かる。記録された記憶よりもずっと前の、知らない懐かしさ。そして無念。
「えいゆう?」
復唱。その存在を確認するように。その言葉を理解するように。その音を覚えるように。機械の中の、あるはずのない心の中がざわめき立っているのを感じる。
今の今まで、テレビ頭の液晶には、目を瞑っただけの表情が映し出されていた。しかし、ゆっくりとその双眸が開眼する。虚空を見つめ、やがて手に持った剣を落とし、その手をみやる。
「エイ、ユウ。英雄か?いいえ、英雄ではない。持たない。違う!!英雄ですか?僕は。英雄!!マナ。私は英雄です。ではない!!英雄、違わない?私は。」
「…………ちょっと?」
戦闘狂の彼女は、壊れて支離滅裂の隊長に恐怖を抱く。一歩、後ろへ。様々な感情が渦巻いている、それらの意味を為さない言葉たちと、その主軸となる、英雄、という言葉。戦いに溺れて振りっぱなしだった尻尾は、目の前の恐怖の対象に自身の脚に巻き付いてしまう。
「い、いい加減にしてよ。そうやって、戦いをうやむやにしようって魂胆?」
到底理解できない言葉の濁流に慄き、またもや一歩後ろへ。そんな時、玄関の扉。彼女の後方から白紫に光る玉が投げ込まれる。気づいて振り向いた時には時すでに遅し。網目状に広がったそれが、彼女を捉えて捕縛した。
「よぉし!観念しな、戦闘狂!」
投擲したのはカイヴィー。捕縛玉を投げるよう指示があった後、抱きかかえたニリスは救護班に任せて即座に行動。見事に制圧完了したのだ。
戦闘による怯みや隙ではなく、思いがけない行動で恐怖心を沸き立たせて強引に隙を作ったらしい。アデランドの見事な采配に、目は見えずとも、そこにいるだろう第一隊長に白い手で拍手を送るカイヴィー。
「聞いたことあるよ、アデランド。ヤバいやつに対抗するためには、相手よりもっとヤバいやつになればいい、みたいなの。まさかここで実践して上手くいくなんて…………」
上手くいったことを報告しても、変わらず無意味の羅列を繰り返すアデランド。もう終わったのに、ずっと続けている。ノイズ交じりの荒々しい画面の目。もはや、見やった手を貫通するようにして、虚空を眺めている。背の低いカイヴィーは、彼の太もも部分を人差し指でつんつんと触る。
「ち、ちょっと~~……もう終わったよ?……どうしたの……?」
『私に任せてください』
背後から現れたのは下級隊員の機械族。を、ハッキングして乗り移っている団長のフロイト。彼が、アデランドの肩を優しく触った。
『大丈夫。貴方は英雄ではありません。治安維持団、事件科担当、第一隊長のアデランドです。機械族であり、レッケイドを守り、規律を重んじ民を守る、冷静沈着な第一隊長。それが貴方です』
まるで、赤子をあやすような優しい口ぶり。機械族の口から出ているとは思えないほどの、生き物らしい抑揚。次第に口数が減り、落ち着きを取り戻していくアデランド。
奇妙な光景に、呆然とする第三隊長のカイヴィーと捕らえられた戦闘狂の鱗覆族。ふと、互いに目が合った。困惑。動揺。疑問。二人の全く同じ感情が互いに共有され、今この瞬間だけ、奇妙な絆が生まれていた。
先に声を出したのは戦闘狂。
「アンタの、隊長?……ヤバくない?」
普段なら隊長に対する侮辱など許さないカイヴィー。しかし、今回ばかりは状況がかなり特殊だった。各隊長の中で、一番アデランドと深い面識がある彼女でさえ、この状態の彼を見たことが無かったのだ。
戦闘狂の発した侮辱に、憤慨する感情の置き所が無く、つい頷いてしまいつつも一言。
「……戦闘しか頭にないあんたに……言われたくないね……」
思考のフィルターを介さずに出た言葉。この一言で幾分か感情の整理が出来て、戦闘狂の彼女を立たせて入口へと連行しようする。
「ねえあなた、名前は?」
「……ジェレデ」
「ジェレデね。……行くわよ、ほら」
名前を明かした戦闘狂の鱗覆族。燃やしていた闘志が、いつの間にか消え失せていた。戦いに飢えてひとしきり暴れまわれたその反動だった。抵抗する気も起きなかった。囚われているから、抵抗しても意味は無いのだが。
ただ、ジェレデの中で一つだけ、確信していたことがあった。彼、アデランドとの戦闘は、間違いなく、今まで生きてきた中でトップクラスの、熱くて、最高の戦いであったこと。治安維持団の車に乗せられつつ、彼のいる小屋を見る。あわよくば、また手合わせしたい。そう思った。
生きる希望。目指すべき高み。死の淵から甦った彼女の奥底に燻る闘魂が、まるで一種の尊敬のようにアデランドへと向けられた。
一方でカイヴィー。小屋から二人の機械族が出てくるところを見る。項垂れているアデランド。彼の手を引くフロイト。カイヴィーは、その二人以外にも、地下へ突入していったヒセノとレイノルズに意識を向ける。
(私も行かなきゃ。向こうでも何かしらに手こずってたら……加勢しないとね)
鞭を杖に戻す。ここでのいざこざは終わった。彼らのもとへと向かわなければ。




