66- 一つの正義に向かって
一方。例の誘拐犯がいる森の中。無骨な車が走る。その正体は治安維持団の車。本部の団長室にて作戦を立てていた誘拐事件チームがついに動き出し、東の森へと着いていたのだ。
六人乗りの車には、運転に第四隊長ヒセノイッチ、助手席に第一隊長アデランド。その後ろにはそれぞれ、特別隊員レイトと副団長のオイケン、上級隊員数名。第二隊長のレイノルズと団長のフロイトの二人は、追従する後続車にて乗車している。ガゼロとクラッフルは、本部にて届声機を通じて指示を出すために待機していた。
アデランドは、小型の届声機でそれぞれの隊長に連絡を取っていた。誘拐犯を確実に捕まえるために協力を仰ごうと、それぞれ第三と第五に取り合っていたのだ。その結果をオイケンに伝える。
「第三隊長のカイヴィーがサクリー村の聖樹旅館にいるとのことです」
「わかった。そこへは転移できるよ。ソウエンさんは多分、厳しいよな」
カイヴィーに関しては、オイケンの特質である転移によってここまで連れて来られるだろう。だが、ソウエンに関してはあまり期待できない。少し声のトーンが低くなるアデランド。
「第五隊長は、長期休暇で母国に帰省しているとの連絡が事前にありました。しかし、今しがたこの件について連絡したところ、早急に駆けつけたいと」
「そうか!……けどなあ、一応テンヨウには港湾都市と中央区くらいには、転移でなんとか……」
「それについても聞きましたが、いずれからも遠い場所にいるとのこと。今回の加勢は厳しいでしょう」
テンヨウ、港湾都市などの聞き慣れない言葉が耳に入ったレイト。国の名前らしい。細い尻尾がゆっくり座席を叩いて、詳しく聞いてみることに。
「すみません、オイケンさん。聞きたいことがあって。テンヨウっていう国があるんですか?」
「ん?そうだよ。レッケイドのハートレード港から行ける島国でね。ソウエンさんはその国の出身だ」
オイケンは外交で様々な国へと赴く。その国の様々な事情に詳しい。種族の多種多様さと寛容さはレッケイドが一番であるが、テンヨウも引けを取らない。歴史という観点で見れば、テンヨウの方が深い。
「レッケイドとは景観がまるっきり違うところさ。海産物が有名だし、なにより桜がとてもきれいなんだ。色々終わったら行ってみるといいよ。きっと楽しめる」
「桜…………そっすね。時間あれば、行きます」
レイトはレッケイドすらあまり分かっていない。残念ながら、テンヨウどころか、レッケイドで色々観光することは今後ないかもしれない。その時間があるかどうかも、この先わからない。物悲しさを感じたが、押し殺して同意した。
一方でオイケン。レイトのそんな心の内を知らないまま、アデランドに向けて先ほどの会話に戻る。
「アデランドさん。俺から言わせてもらうと……戦力は最大限あった方が良いと思うなぁ。誘拐犯は数人分の転移魔法を使えることは確実だ。そんなヤツが、どんな魔法を使えるか……俺らに想像しえない魔法を使ってくるかもしれないし、その人が一人とは限らないし……。念には念をだよ。ソウエンさんも連れて行きたい」
副団長からの提案に、賛同する運転中のヒセノ。
「僕からもお願いしたいです。作戦でも言ってましたけど、被害者たちは別の場所に監禁されてるんですよね。今から行く、その誘拐犯の根城を制圧し、監禁されてる人たちを救い出すため、そしてこれ以上被害を出さないためってことで今回、団長からの後押しもあって速戦即決で進んでます。けど、より確実に動きやすくするためにも、ソウエンさんの助力は必要だと思います」
二人から、それぞれ憶測や推測を交えた思考で案を推される。言ってしまえば、相手側の情報が少ないのだ。座標が割れ、そこから一番近い村に配属されていた治安維持団の機械隊員に偵察を向かわせた。そこから得られた情報を駆使して立てた、急ごしらえの作戦。
その作戦は、隊長の総出撃である。情報は、大層な施設があるわけでもない、普通の小屋があるということ。だが、そういうものほど裏があるかもしれない、というレイトやクラッフルの助言のもと、万が一に備えてのこの作戦だった。
マナの保有量をはるかに超えて様々な魔法を使役するかもしれない誘拐犯と黒幕が、少なくとも二人はいる。最悪の場合それ以上。転移魔法を扱う程だ。マナの理解度は高い。黒山羊と骨族、そして未知数であるクサカミという首謀者。並大抵ではない犯罪者たちであろう。
まだ、その場所に関する情報は、マナの座標と機械隊員の偵察以外に出そろっていない。疑念を抱いてしまうが、本当に本拠地かもしれないことを考えると、安全に制圧するために総出撃、という案が一番妥当であるのだ。
頷くアデランド。機械の指で届声機のボタンを押し、ソウエンに繋がる番号をかけていく。
「……誘拐犯の本拠地までもう少しです。時間のことを考えるとかなり厳しいですが……再び連絡してみましょう」
オイケンが大きな体を前のめりにして、追加で情報を頼む。
「中央区からどれくらいで着けるかっていうことを聞いてほしい。そこから車を爆速で走らせれば、きっと間に合うはず……」
「はい。ぜひ聞きましょう」
森の中を走る車。目的地は誘拐犯の本拠地へと進んでいく。遅れて、第三と第五も集うだろう。五人の隊長が結集するほどの大事。一年前から発生している、様々な人に暗く重い影を落とす誘拐事件を、必ず終わらせる。この車の中には、その気概が満ち溢れていた。
そんな時、レイトの後ろからダズベルが声をかける。彼も漏れなく、その強い意志を持っている鼠獣人の上級隊員。
「遂に凶悪事件に終止符を打てるかもしれないですよ、レイト隊員!隊長総出!上級隊員も多数!油断しなければ勝てますよ!」
「そうっすね……上手くいくように頑張りましょう」
*
遂に到着した誘拐犯の本拠地。木造で建てられた小屋だった。畑を持っている開けた場所に立てられており、一見すると穏やかで素朴な佇まい。だが、マナの分析によればここが誘拐犯の住処かもしれない。偵察に行った機械族からの情報通りである。アデランドが先行して、小屋へ近づくことに。
オイケンが、いつでも転移できる、と指示を仰ぐと、アデランドはまずカイヴィーを連れて来るように命じる。転移できる特質を持つオイケン。その命令に応じてすぐさま聖樹旅館へと。
一方でレイト。【透明】になるだけの彼は、発生するかもしれない戦闘にはあまり貢献できない。故に潜入することとなる。アデランドに後ろから着いて行くと、彼から指示を受ける。
「既に透明になっておいてください。おそらく中に人がいます。場合によっては盛大に『歓迎』されるでしょう。私が扉を開けますので、あなたのタイミングで潜入をお願いします」
「了解です」
指示通り、まずは【透明】に。小屋の玄関の前まで着いた第一隊長を見守る。扉を優しくノックし、まずは簡単に挨拶をするアデランド。
「こんにちは。誰か、いらっしゃいますか?」
少しばかりの静寂の後、中から物音が聞こえた。何かが落ちたような音。その後すぐ、扉からその主が出てきた。
ふわふわと浮いている、薄黄色をした女性の球形族。控えめに後ろに伏せる獣耳は、何かにおびえるようだった。だがその耳に反して、人当たりの良い笑顔で彼を応対する。
「どうも、こんにちは。えっと、どちら様ですか?」
「私は治安維持団所属、事件科の第一隊長、アデランドと申します。ただいま、一年前ほどから発生している連続誘拐事件を追っていまして」
治安維持団のマークが入っている隊服を見せる。彼女はかわらず笑顔のままだが、状況を飲み込めていない様子。口に手を当て、困惑しつつ問いかける。
「えっと、誘拐事件……?それと、ここに何の関係が……?」
「詳細は伏せさせていただきます。端的に説明すると、この小屋が誘拐事件の重要な鍵を握る場所ではないかと、赴いた次第です。捜査をさせていただいてもよろしいでしょうか」
「……」
あまり気乗りしていない様子の彼女。とはいえ、拒否すればそれはそれで何かあると思われてしまう。そう思っての行動かはアデランドにはわからなかったが、小屋の主は微笑んだまま中へと迎え入れる。
「どうぞ。散らかってますけど……」
「では失礼します」
「僕も。失礼しますよ~」
アデランド、レイノルズ、そして透明状態のレイトが入る。ヒセノ、その他隊員は、調査や何かあった時のために外で待機することに。二人入ってきたことに、やや顔が強張る彼女。アデランドはそれを見逃さない。
中は、一人で住むためのスペースは十分といったところか。小部屋は浴室、寝室のみ。散らかっていると彼女は言っていたが、かなり整理整頓がされている。箱や荷物が隅に置かれているが、それも無造作に置かれているわけではない。掃除も行き届いている。
レイトは待機したまま、二人の捜査を見守る。
詳しく調べてみるが、特に変わったところは無い。見た目だけで言えば。アデランドは、見知らぬ奇妙な魔法の痕跡と、荷物近く板張りの床。アデランドは機械族。他の生物には見えない微細なものを見れる。それは、血痕を拭いた後の微かな痕跡すらも見逃さない。
軽く分析すると、ここに血痕が出来たのはつい最近だと分かった。それも、少ないマナで構成されている赤い血だ。純粋なマナ生命体でないことを考慮すると、準マナ生命体、誘拐犯の一人である黒山羊の獣人の可能性が高いと推測出来た。
ここに付着した時間も分析する。どうやら、およそ十数時間前あたりらしい。穏やかな庭園を持つ小屋に、穏やかではない血痕の跡。それとなく、家主に聞いてみる。
「すみません。お名前は?」
「ニリス、です」
「ニリスさん。最近お怪我をされたことは?」
「……?いえ、特に……。一か月くらい前に、手を切っちゃったくらいですね……」
嘘を吐いている様子ではない。どうやら、彼女はここにあった血痕のことを知らないらしい。家主であれば見逃すのは難しいだろう。
「……そうですか。では──」
さらに深く聞いてみようとして、入り口から誰かが入ってきた。振り向くとそこに、第三隊長のカイヴィー。到着して小屋へと入ってきたようだ。
「まったく、のんびりしてる時に重大な捜査だなんてね」
白穏族。隊長の中で一番小柄。嫋やかな体、白い肌を持ちながら、柔らかな円形の頭には赤紫色の角を生やしている。目がないために視覚を持たない彼女だが、代わりに空間の把握能力が凄まじく高いところが長所である。
そんな彼女の到着を歓迎するレイノルズ。鋭い目つきは柔らかくなる。
「お久しぶりですね~、第三隊長。二人がかりで狭い小屋の中を調べまわってますよ~」
軽口な彼に、カイヴィーは尖った歯を見せて笑う。
「おう、レイノルズ隊長。あとアディだね」
「カイヴィー隊長。仕事中にあだ名は禁止だと以前に言いました。やめてください」
「はいはい、まったくもう。で、アデランド隊長、進捗はどんな感じ?」
「私からでは、気になるところは確かにありますが、もっと慎重に動こうかと思いまして」
アデランドからの進捗状況を聞きながら、小屋の中を見まわすカイヴィー。手に顕現させた特製の杖を床に叩き、音の反響で室内をより把握する。
視覚以外の感覚が優れているために、二人が見つけられないような何かを見つける可能性がある。まだ見ぬ手掛かり、あるいは、隠し通路などといったもの。
すぐに見つけた。にやりとする彼女。が、まずは家主と挨拶を交わすことに。
「こんにちは、第三隊長のカイヴィーよ。あなたはニリスさんねえ。さっき外で聞こえたの。初めまして」
「あ、はい。どうも……」
「ニリスさん。何か、隠していることは無い?」
胸を張って質問すると、彼女はあからさまに目を逸らした。
「いいえ、何も……」
「何も?」
「はい……」
カイヴィーはアデランドがいる方向に顔を向ける。二人の会話の様子を見ていた彼は、足で床を鳴らしながらしっかりと頷く。そこへレイノルズ。ほとんど捜査し終えたらしい。残るは怪しいニリスのみ。彼女に顔を向けなおすと、優しく微笑む。
「正直に言って。言えば、罪は軽くなるわよ」
「えっ……な、なにも……」
誰から見ても、明らかに焦っている様子の家主。それほどまでに隠し通したい何かがあるようだと、察知できる。カイヴィーは、彼女の隠していることを知っている。カイヴィーほどの高い空間認知があれば、地下への扉がある事自体、容易に感じ取れるのだ。
だからこそ、質問をする。
「……本当に?」
最後の質問であり最後の警告。一方的に詰め寄るようにして追い込むカイヴィーだが、その間に割って入ってきたのはアデランド。胸に手を置き、彼女自身の置かれた状況を考え、真摯に伝える。
「ニリスさん、もしあなたが何か脅されているような状況であった場合、私たちにお任せください。正直に話してくだされば、あなたを守るよう約束しましょう」
「そうさ。あたしたちに任せてよ」
「…………」
言うか、言うべきかを迷っている様子。視線が右往左往と動き、最終的に着地した場所は、部屋の隅。あの箱やら荷物やらが多く置かれている場所だった。アデランドとカイヴィー、そしてレイノルズ。三人はそこへと顔を向けた。同時に、ニリスは小声で一言。
「床に扉が──」
突如天井から鳴り響く、板が割れて崩壊したような音。次に聞こえたのは、ニリスの苦痛の声。振り向いた三人がそこへと目をやった。
血を流して目を伏せたニリス。その上に立つ、戦闘服のような動きやすい服を着た、大鎌を持つ、体の大きい赤色の鱗覆族。トカゲだ。見下げ果てた目でニリスを一瞥し、視線は隊長三人へと移る。女性らしい声で、牙を見せて笑う。
「バカだね。何も言わなきゃよかったのにさぁ……」




