65- 軋轢
走り出してから十数分。開けた場所に畑を持つ小屋があった。オリヴィオとサヤカが出たという例の小屋。辿り着いた一行は、中にいる誰かを遠目で観察する。
最初に口を開けたのはツェル。影色の手を顎に宛がう。
「この小屋に地下室があると……オリヴィオ、規模のほどは?」
走ったせいで息が整っていない彼。黄色い顔が赤いまま呼吸を整えると、記憶を辿っていく。
「はぁー、はぁー……ど、どうだったっけ……ち、地下三階くらいあって、僕とサヤカがそこの部屋に閉じ込められたんです……。そ、そこから脱出して、階段を上がっていったので、ま、間違いないはずです……!」
昨日の夜の出来事を正確に思い出すオリヴィオ。とにかく脱出しようと階段を上がったのだ。まさかそこが地下だとは思わずに。
そこに、マルキスが話に割り込んで状況を明確にする。
「ってことは……地下三階にサヤカがいるかもしれないってことだな?そこが、誘拐先の場所だ。もしかしたらサヤカ以外、誰かが囚われてるかもしれないし……」
あわよくば他の人も助けようとしているらしいマルキス。待ったをかけたのはツェル。
「私たちはサヤカさんの救出を最優先に動きましょう。余裕がある時だけ、他の人も助けましょう」
二人の会話を聞くリーロ。彼は誘拐された人たちの行方を聞いている。真相を語るべく、視線は小屋から二人へ。
「いいや、残念ながら、サヤカ以外の被害者はここにはいねえはず。サヤカだけに集中するほうがいい」
四人は驚いた目で彼を見た。どういうことかと聞き出される前に、簡単に説明する。
「被害者は別の場所に監禁されてる。そしてそいつらを救い出す方法は、今のところ無え」
「……嘘じゃないだろうな……」
車での出来事のせいであまり信じきれないマルキス。リーロはいつものようにおどけつつも一言。
「嘘なわけねえなァ。少なくとも、別の場所に監禁されてることは本当だな」
「ならその被害者たちはどこにいるってんだ??」
詰め寄るマルキス。腕を組んで目を伏せるリーロ。溜息から言葉を続ける。
「マルキス。ツェル。そしてオリヴィオ。俺はお前らの仲間であるクラッフルを知っている。そこから、例の装置のことや、そいつが暴走してみんな散り散りに転移したこと。あいつから大体聞いた」
「……何が言いたい」
長い耳を立てて顔に怒りを隠さないマルキスに、乾いた笑いを漏らす。
「へっ……。被害者は別の場所に監禁されていること。お前らが研究していた装置のこと。あと残る一つのピースは……この誘拐事件の首謀者のクサカミって野郎は、その装置を巧みに利用してることだ。あとは自分で考えてみろよ」
睨んだままでリーロから視線を離さないマルキス。ただ隣にいたツェルは影色の顎に手を当て、これらのピースを当てはめて推察する。
「クサカミ……?まあ、つまりは……その人が私たち研究装置を利用し、誘拐された被害者たちを別の場所に転移させている、ということですね」
そこに、黄色い人差し指を立てて発見に気づいたオリヴィオ。興奮気味にツェルの続きを話し出す。
「も、もしかして、その装置が地下室にある……!??でも、ここは、僕たちがいた世界とは別の……も、もし本当にあったとしても、装置なんてどこにも見なかったような……に、逃げてる時に周りを見る余裕なんてなかったし……」
どうにも自信が持てない様子のオリヴィオだったが、リーロはその考えに適当に同意。とにかく、サヤカ以外の被害者については考えないようにと、皆に釘を刺したつもりだった。
「ま、そういうこった。被害者がいる場所については……地下の装置を使えば辿り着けるだろうな。けど──」
影から放たれるすべての言葉に対して、マルキスはどうも信じきれない。怒りを込めた溜息。遂には、それを隠すことをしなくなる。
「なあ影野郎。この状況はあまりにも出来すぎてるだろ。お前はクラッフルを知ってる。転移の経緯も知ってる。挙句には、地下に装置があると言って俺たちを誘導してるときた。……治安維持団の立場を捨ててまで、何を企んでんだ」
ここまで同行してなお、理解が得られないことに残念に思うリーロ。舌打ちしながら肩をすくめた。
「頭が硬いのもほどほどになァ兎さんよ。お前さんがどう思っていようが、今、装置の権限はクサカミの野郎にあるのは事実だ。それが続く限り、この世界の誘拐も終わらねえし、被害者もずっと監禁されたままだ」
「だからそれが信用なんないって言ってんだよ!!」
「マルキス、落ち着いてください」
激昂する彼の肩に手を置いて、冷静になるよう促すツェル。リーロのことをある程度信用している彼は、なぜマルキスが異常なまでにリーロを敵対視するのか、その道理が理解できなかった。
「先ほどの黒山羊との戦闘を忘れましたか?彼は皆さんを守ったのですよ。信用に値する方だと私は思います」
諭すツェルだが、感情的になって反論するマルキス。
「でもサヤカは連れ去られたよなぁ!……そのクサカミとやらと繋がってて、最終的に俺らを監禁して装置の研究を進めようとしてるんじゃねえのか、お前」
まだ怒りの矛先はリーロへ。しかし彼は、激昂する兎を見下げ果てるように、心底嘲る。
「頑固で、バカな兎だな。俺のことは信じねえくせに、クサカミが装置の研究を進めてることは信じる。都合のいい頭しといてよく研究者なんてなれたもんだァ」
「ッてめえこのクソ野郎……!!」
先ほどオリヴィオから貰ったナイフ。固く握りしめて震えるが、それを上から握って抑えつけるツェル。オドオドするオリヴィオ。
そして、二人の諍いを止めようとしていたグラス。しかし遂に瓦解。普段見せない怒りで牙を覗かせて、怒り慣れていないような絞り出す声を放つ。
「もう言い争いは止めてよっ!!」
途端に静寂。一同、視線はグラスへ。三角の獣耳を伏せつつ、怒りに震える尻尾。一息置いて、次は大きく叱責。
「今、装置とか、研究とか、そういうのじゃないじゃん!!サヤカを助けるためにここに来たんだよ……!喧嘩なんてしてないで、早く助けようよ……!!」
震え声。目尻に涙。怒りを言葉に含ませることが滅多にないグラスにとって、この感情の爆発の仕方はあまりにも辛い事だった。
しかし、その甲斐あってマルキスは我に返る。ナイフを持った震える手が収まっていく。装置とリーロに惑わされて目的を失っていた。今は、そんなことは後回しにしてサヤカに集中すれば良い話だったというのに。
リーロも、ある程度事実を伏せていれば良かったと顧みる。普段下がらない口角が下がる始末。いらぬ感情の刺激をさせてしまった。
グラスへと移っていた二人の視線は互いへと。が、すぐ視線を外して口を開いたのはマルキス。むすっと、不愛想のまま腕を組む。
「確かに……その通りだ。ごめん、グラス。今はサヤカを助けに行く。……少なくともそういう気持ちはあるんだろ?影野郎」
「もちろんだぜ」
再び口角の上がったリーロ。彼も視線を外した。その先は小屋へ。
一方でグラスは、二人のその落ち着いた様子に安堵のため息を漏らした。目尻の涙を手で拭う。
情報が錯綜して纏まらない状況。ツェルはそれらを簡潔にまとめて、今の目標を明らかにすることにした。
「では……色々ありましたが、リーロさんが提供してくれた情報から、必要な情報だけを抜き取って今の状況を確認しましょう。今、サヤカさんが囚われている。そして近いうちに、別の場所へと装置を用いて転移させられてしまうかもしれない。そうなってしまわないために、迅速に救い出す。……これが直近の目標ですね。それ以外については、これが終わった後に進めましょう。いいですね、マルキス、リーロさん」
「それでいい」「異論なしだぜ」
二人からの同意を得て、次はどういった形で行動するか。地下以前に、小屋の中に誰かがいることから、潜入が妥当だとツェルは考えた。
「小屋に人がいらっしゃいますよね。まず、その人の目を掻い潜る必要があります」
「ああ。……なら、しょうがねえ」
小屋の中にいる誰か。そこへ視線を向けるリーロ。あいつに気づかれることなく地下室へと入る必要がある。そこで提案することに。
「ホントはあいつと戦うまで温存したかったが、影魔法で中に入る。で……グラスとマルキス、マナが少ないオリヴィオは待機だ。複数人での影魔法の潜伏はマナの消費が激しい上に、今は真っ昼間だからな。迅速に地下まで進みてえから、俺、ツェルで地下へ向かうことにする」
「待機なぁ……」
不満げに言葉を漏らすマルキス。もっと言ってやりたかったが、ぐっと堪えて別の言葉にする。
「……ここまで来て、それかよ……」
「マルキス、気持ちは分かりますが、ここは私たちにお任せください」
兎、犬、四角頭。三人はマナが無いか少ないうえ戦闘の能力もない。一方でリーロは万が一の戦闘にも対応できる。ツェルも、リーロに上げても未だ残っているマナと、状況の分析に長けた高い能力。サヤカの救出に必要不可欠だ。
出番はここで終わり。グラスは納得したが、マルキスはどうにも不満が残ってしまう。オリヴィオも、危険な場所に飛び込もうとする、仲間であるツェルに対して引き留めようする。
「ツ、ツェルさん……その、本当に……大丈夫ですか……?」
「私だけで行くわけではありません。何かあれば、あなたが対応してくれるでしょう?」
楽観的にしつつも、内心全く恐怖心が無いわけではない。相手は、こちらを殺そうとしてきた誘拐犯。話し合える相手ではない。一歩間違えれば命の保証はどこにもないだろう。
だからこそ、戦闘で気を引いてくれるリーロに全幅の信頼を寄せていた。隣の丸い影に目を向けるツェル。乾いた笑いで肩をすくめる彼。
「まあな。けど、どんな予想外があるか分からねえ。その場合は自分で考えて対処しろよ」
「もちろんです。考えるのは得意ですので。サヤカさんを連れて、無事に帰ります」
彼らの覚悟をしかと見届けた三人。それでも、不満に不安が合わさったままのマルキス。しかし、これ以上は何も言わなかった。
一方でオリヴィオ。その覚悟を持つのであれば、自身も相応の行動をしなければならない、と一念発起。待機するだけでは何も変わらない。せめて、彼らをサポートする側に回ることで、何か出来ることがあると考えた。
そこで思い出したのは、彼らが乗ってきた車だった。
「じ、じゃあ、小屋の近くまで車を持ってきます!サ、サヤカさんを救出した後、じ、迅速にここを離れられるように……!!」
指を鳴らしたツェル。
「名案です、オリヴィオ。それでお願いします。道中にはくれぐれも気を付けて。二人はグラスさんを守ってくださいね」
いよいよ始まる救出作戦。影色の手同士、リーロはツェルの手を取って影魔法を発動する準備をする。
「おっけぇ。じゃあ行動開始だァ。幸運を祈るぜ、お三方」
「そ、そっちも……!」
「気をつけろよ、ツェル」
「みんなで頑張ってこうっ!」
二人組に別れ、ツェルとリーロは小屋にいる誰かに気づかれず地下室への潜入。オリヴィオ、マルキス、グラスの三人は車を小屋へと運ぶために後戻り。それぞれが出来ることを進めていくのだ。
しかし、いざ事を進めようとした矢先、ツェルは振り返る。後ろ姿の兎を呼び止めた。
「マルキス!……これを預かっていてください」
「ん?……いいのか?」
差し出したのは、お気に入りの黒いシルクハット。四六時中被っていたそれを外して、マルキスへ。驚いている彼に、普段見えない紫の瞳が微笑みかける。
「ここから先は一筋縄ではいきませんからね。動きやすいようにですよ」
手渡されたそれを、丁寧に受け取る。潜入時に邪魔だという。確かにそうだと、マルキスは納得。
「そうか、わかった。持っていく。……ならツェルも、これ持っていけよ」
マルキスが手渡したのは、先ほど持っていたナイフ。元々オリヴィオが所持していたものだ。このまま車に帰る兎より、危険な敵陣に侵入する影の方がよっぽど役に立ってくれそうだと思ったからだ。ツェルは、しっかりと頷く。
「ありがとうございます……帽子、くれぐれも落とさないように」
「わかってるさ」
半ば冗談だったのそれを、赤い真剣な眼差しで返された。
太陽が天辺から傾き始める。まだ先は長い。




