63- あるべき未来を
ベッドから姿を現したのは、あのオリヴィオ。小屋に入ってきた影族に臆しながらも睨む姿勢。手にはナイフ。明らかに穏やかな様子ではなかった。リーロは、影色の両手を見せて宥める。
「おい落ち着け。オリヴィオだな?」
「こ、この……な、何が目的ですか……!」
切っ先をリーロに向ける。暗い部屋。窓の鎧戸から漏れる微かな光が、ナイフの刃を照り返した。オリヴィオから敵とみなされて取り付く島もない。いつものニヤケ面も我慢して真面目な表情で後ずさり、敵意が無いことを示す。
「俺はリーロってんだ。そして、お前さんのお仲間も来てくれてる。マルキスに……バッツェルだ」
ほんの少し、彼の気が緩んだ。しかし再び警戒されると、四角い頭の側面にある獣耳が再び後ろに反り始める。
「だ、誰から言われたんです……し、信じないですよ……!!」
まったく信じてもらえない。が、研究者仲間としての路線で攻めていけば、きっと誤解も解けるだろうと判断したリーロ。さらに警戒されないよう、前もって告げる。
「写真がある。八人の集合写真。知ってるだろ?」
黒パーカーのポケットから取り出して、例の写真を見せる。眼鏡越しの緑の瞳が、確かにそれを捉えた。その最中に、親指で後ろのマナの塊を指す。
「さっきも言ったが、マルキスとツェルが来てる。ドアを開けてくれ。……少なくとも部屋の扉はな。玄関なら開けなくても声越しでも聞こえるだろ?なァ」
「……」
平穏へと導かせるように、言葉を畳みかけた。睨む目が緩んでいくのが分かる。最後の一押し。
「絶対に傷つけないぜ」
オリヴィオの視線が、後ろにいるサヤカを見るように、一瞬だけリーロから逸らされる。刃を向けていたナイフを、ゆっくりと下ろしていく。
「う、嘘だったら、刺しますから……!」
「ああ。嘘だったらな」
リーロの背後にある、扉を覆っていたマナの塊が塵となって消えていく。少しだけ、警戒を緩めてくれたようだ。この奇怪な魔法はオリヴィオ自身が作り出したものらしく、外へ出るよう彼から無言で促される。依然として目はリーロを見ている。
背を向けて、扉を開ける。依然として暗いままの小屋の中。リーロにとって、窓からほんの少し漏れる一筋の光は、かえって気が休まらない。
「来い、オリヴィオさんよ」
「……ちょ、ちょっと待ってて……」
ナイフを近くの机に置いて、ベッドから降りる。掛け布団で見えなかったが、はだけたパジャマ姿の彼。サヤカはコートを上から被せて寝ているらしい。彼女の体に再び掛け布団で覆ったオリヴィオ。
そういえば、とリーロは思い出す。サヤカという人物。確かホワイトガーデンで出会ったのだ。人物をいちいち覚えるのが苦手なリーロ。この目で彼女を見るまですっかり忘れていた。
一方でオリヴィオ。ボタンのないパジャマのせいで寒そうに見える。短い被毛を持っている彼だが、冬の寒さには堪えてしまう様子。彼はリーロへと目を向ける。
「マ、マルキスさんとツェルさんは……?」
「玄関を開けてやれ。二人が待ってるぜ」
それでもオリヴィオは警戒は怠らない。ナイフを持って、リーロの後へと続いていく。彼は背中を見せて、敵意が無いことを暗に示している。オリヴィオからはそう見えて、ナイフの刃は次第に下へと。
玄関の扉にもマナの塊がある。まだ解かずに、それの前に立った。一歩距離を置いた隣のリーロが、顎で促す。最後の確認が必要だった。それは、この扉の向こうにいる仲間二人の声を聴くこと。いざ対面するかもしれないとなると、こんな状況でも緊張と不安の糸が全身を張り詰める。
「……マ、マルキスさん!ツェルさん!」
名前を呼んだ。数瞬の後、その声の正体に気づいたのはマルキスだった。すぐに反応を返す。
「オリヴィオか?……オリヴィオなんだよな??」
息を呑む。確かに聞こえた、約七年越しの懐かしい声。低い声で、芯があって、歯に衣着せぬ言動の彼。研究者の時の懐かしい記憶が一気に返ってきて、リーロに対する不審も消え去る。マナの塊を消し飛ばし、扉を晒す。
一方で、まだ聞こえていない方にも呼び掛けるオリヴィオ。
「ツ、ツェルさんは??」
「勿論いますよ。あなたのベッド下にある、マナ瓶の分析を行ってここまで来ました。扉を開けてくださいませんか?」
「!!そ、それっ……!!」
目を見開くオリヴィオ。ベッド下に仕込んでいたマナ液の入った瓶。なぜここにきて見つけてくれたのか、合点がいった。今感じていた緊張も、不安も、すべてその言葉で翻って消える。それもそのはず、オリヴィオの想定していた通りに事が運んだからだった。もう、これ以上の疑念は必要なかった。
安堵してマナを解除、ついに扉を開ける。暗い小屋に、祝福のような光が玄関から差し込んだ。目の前にいたのは、想定していた通りの二人。白い兎の獣人。細身で、仏頂面で、赤い目の、記憶通りの姿のマルキス。
続いて、研究者の中でも最年長の影族。長身でスタイルの良い、特有のトレードマークであるシルクハットとその奥にある紫の瞳、記憶通りの姿のツェル。
声が震える。オリヴィオは、目の前の二人の存在に感激し、口元を抑えた。
「ホ、ホントに二人がいる……よ、よかった……」
マルキスもツェルも、七年ぶりの再会に口が綻ぶ。ツェルは微笑みながら目を瞑り、マルキスは両手でオリヴィオの両肩を掴んだ。その存在を、嘘ではないことをしっかりと確かめる。
「オリヴィオ……!」
マルキスもまた、感動の声を漏らした。
三人の様子を見ていたグラスやリーロも、その感動の再会を見守る。何も言わずに、ただそっと、彼らからの充足感を分かち合った。
*
サヤカが自然に起きるまで、明るくなった小屋の中で待機することに。ただ、鎧戸を開けて外光を取り入れたわけではなく、壁やテーブルにある蝋燭に火を灯しただけのもの。暖炉に火は付けなかった。
というのも、オリヴィオはこの小屋に人が来ることを過剰に恐れていた。そのことを、椅子に腰かけた四人に説明する。
「い、色々聞きたいことはあると思いますけど……ま、まず、僕から、何があったかを簡単に説明しますね……」
オリヴィオは小部屋に目を向ける。
「ぼ、僕はサヤカさんと一緒に誘拐されて……へ、変な地下室に監禁されていたんですけど、なんとか出て……お、追いかけられながらも外に出て、森を駆け抜けて、二人で一緒にこの小屋まで辿り着いたんです……」
話を一通り聞いた四人のうち、ツェルが彼に質問をする。
「経緯は分かりました。犯人像はわかりますか?」
「えっと……ひ、一人は、僕の親友だった骨族のウリクで……もう一人は黒い山羊の獣人でした……な、名前はわかんなかったです……」
腕を組んで聞いていたリーロ。信用できる二人の研究者仲間とはいえ、まだオリヴィオのことを信用できていない。この話し合いで理解を深められればと思って、小部屋で眠っているサヤカに焦点を当てる質問を投げかける。
「なんでサヤカも誘拐されたのか、知ってるなら話してくれ。アイツは人間だからマナの保有なんて出来ねえ。誘拐される理由なんてどこにもねえはずだ」
「えっとぉ~……」
先ほど名前を知った初対面の影族。節々から感じるやや高圧的な言動が、弱腰なオリヴィオを萎縮させる。ただ、悪い人ではないことを先ほど理解した。ナイフで切りつけようとしたことを謝った時も、ニヤケながらも許してくれたのだ。
昨日のことを思い出して、それらしい言動を聞いた旨を語る。
「ぼ、僕らを誘拐する直前、サヤカさんについて、人間でマナを扱えるのは珍しいから連れて行く……み、みたいな話を聞きました……た、多分、それが誘拐された理由です……」
オリヴィオは、自身の寝室に入ってきて助けようとしてくれたことを思い出す。彼女には本当に申し訳ないことをした。自分自身がしっかりしていれば、こんなことには巻き込まれなかった。サヤカを思う度に、後悔が頭の中で反芻して止まない。
話を理解して頷いたリーロ。手に持っているバーガーを食いながら、何かを考えるように視線を上に向けた。
次はマルキス。一通りオリヴィオの状況について理解した。ので、少し話が脱線すると分かっていても、明らかにしたい疑問を放つ。
「オリヴィオ。これは単純に気になったことなんだけどさ……」
テーブルに置かれた、ここまで導いてくれたマナ液の瓶を一瞥する。
「あのマナにはこの小屋の座標を示してたんだけど、一体どういう事なんだ?誘拐される直前に、何か細工したりとかか?」
「う、ううん、違います……せ、正確には、小屋の座標じゃなくて……ぼ、僕自身の座標です」
「お、お前自身の……?」
マナに情報を書き込むという技は、機械が無ければ容易ではない。だが、オリヴィオは例外だ。マナ液やマナの情報や書き込みについて右に出る者はいない。彼は得意げに話し出す。
「そ、そうです……!簡単に説明すると……げ、現在の僕がいる座標を示してくれる情報をマナに書き込んで、それを同期させる情報を別のマナに書き込めば完成します……!ぜ、前者は、僕の中に入れて、後者はその瓶の中に保管しておく……!そうすれば、瓶のマナを分析した時に、僕の現在地が分かる……!ということです……!」
「ツェル。分かったか?」
残念なことに、マルキスはマナ機械についてしか知らない。頑張って聞いてみても、難しくて一回では理解できない。
一方でツェルは、マルキスからの問いに頷きつつも、新しい疑問が湧いて出たようだ。
「二つ聞きたいことがあります。一つ目。情報が書き込まれたマナは、体に保有した時点でその情報が消えてしまうはずです。どのようにして、情報を保持したまま体に保有しているのですか?」
「えへへ……じ、実は保有してないんですよ、ツェルさん」
またもや得意げになる彼。好きな事柄を話している時にもかかわらず、その怯えるような目つきは七年経っても健在なんだな、と妙に感慨に耽ったマルキス。話を続けるオリヴィオ。
「ほ、保有しないで体に取り込む方法……それは、飲み込んで胃の中に入れることです……!」
「……えぇ?」
「ほう」
素っ頓狂な声のマルキスとは対照的に、興味を示すツェル。もはやこの場はマナ研究者達の会議の場と化し、リーロやグラスは完全に蚊帳の外。とはいえ急いでいるわけではないために、ここは静観することにした。
黄色い人差し指を立てて説明するオリヴィオ。
「マ、マナ液に、現在の座標という情報の他に、気化しない、や、体外に排出されない、といった情報も書き込んで……け、経口して胃の中に留まらせるんです……!マナ液は栄養として摂取されないのは前提……あ、あとは情報のおかげでずっと胃の中ですからね……!」
「なるほど。しかし、わざわざ体の中に入れなくても、小瓶やアクセサリーで良いのでは?」
更に深堀するツェル。頷くオリヴィオはそれも一理ある、と答える。
「も、もちろんそれでもいいです……!ですけど、つい付け忘れちゃったりとかすると……そ、それは僕自身の座標じゃなくて、それそのものの座標になっちゃいますから……!」
「まあ、それはそうですね。……マナ液の使い方が突飛で、とてもあなたらしいですね」
「えへへ……ど、どういたしまして……」
褒められたと感じて、側面の獣耳がピコピコと小刻みに動く。
三人の質問の中で、マルキス自身のちょっとした気になった疑問が、一番深く広く話し込むとは思いもしなかった。マナに目が無い彼にマナの質問をすればわかっていたことだったが、いかんせん、久しぶりの再会ですっかり忘れていた。
もう聞きたくなさそうに、長い耳を引っ張って耳を閉ざす半目のマルキス。終始はてなを浮かべるように、首を傾げ続けているグラス。理論的な話が続いて退屈なリーロ。背もたれに体を預けて楽な体勢のまま、人差し指の代わりにバーガーでオリヴィオを指す。
「そんじゃあお前さん、今も腹ん中にそのマナ液体ってのがあるのかァ?」
「は、はい……!あります……!し、少量ですし、口からではいつでも吐き出せるという情報も書き込みましたので……か、体には何も影響はありませんよ……!」
「へっ、そうかい。さすが研究者サマだな」
一生縁が無い分野だな、とこれ以上深くは聞かないことにした。一方でツェル。二つ目の質問をオリヴィオへと投げかける。
「では二つ目です、オリヴィオ。なぜ、自身の現在地の座標を作り上げたのですか?」
「そ、それは……こういう時のため、でした……!」
テーブルに置いているオリヴィオの黄色い両手が、握りこぶしを作る。
「い、一年くらい前から発生していた誘拐事件……。ゆ、誘拐される人は決まってマナの保有量が高い種族……。そして、ぼ、僕は保有量の高い異頭族……僕が誘拐されて、治安維持団の誰かが、ざ、座標のマナ瓶に気づいてくれれば、誘拐先の場所の特定に役立つと思ったからです……」
静かに聞く四人。誘拐事件に対する思いと、自身の成果の思いを吐露する。
「こ、こんな僕でもこう利用すれば、もしかしたら解決させられると思って……」
それを聞いて、すぐ口を開いたのはマルキス。七年越しの再会であっても、自身を卑下するような言動や、悪い意味での受け身の姿勢は全く変わっていない。初めて会った時から、それが気に食わなかったのだ。
「まだお前、そんなこと言ってるのかよ。もっと自信持て。……座標うんぬんのヤツはオリヴィオにしかできない事だっただろ。なんでいつもそんなに卑屈なんだよ?」
「…………」
オリヴィオからしてみれば、それを一番わかっているのは自分自身だ。どうしても他人と比べ、自分は下にいて当然、というような感覚が幼いころからずっと傍にある。オリヴィオには分かってる。それは死ぬまで付き纏って離れないだろう。
それを伝えようにも、口を開けたまま言葉が出ない。一向に言葉が紡げられないところで、ツェルが助け舟を出す。
「卑屈な性格であることは、もうしょうがないでしょう。彼自身がよくわかっているはずです。それよりも、オリヴィオに言っておきたいことがありましてね」
オリヴィオはマルキスからツェルへと視線を移す。先ほどまでの、マナでの話し合いと比べてやや低い声の影。思わず背筋を伸ばしたオリヴィオ。腕を組むツェル。
「今回、私たちが来たことによって、結果的にオリヴィオ自身の望んだ展開にはなりました。ただ、誘拐された人が帰ってきたという話を聞いたことがありません。自分自身を犠牲にするようなことはいただけませんね。オリヴィオ」
穏やかでありつつも諭す口調。無謀な計画で命を粗末にするような行動を咎めた。だが、オリヴィオは大きな耳を伏せ、顔に悲哀を帯びる。
「……て、転移されてから、ずっと一人で生きてきました……。や、やっと仲良くなれた人がいなくなって……どうせなら誘拐されてしまったほうがいいと思って……」
肩をすくめるツェル。転移されて、最初は心細かったことは理解できた。ツェルは転移後に、すぐマルキスと再会できた。だが彼の場合、誰とも再会できずに一人、彷徨った。
ネガティブな感情が心の奥底に溜まり続け、どこかへと昇華されることなく、自身を傷つける方へと舵を切ったのだと推察した。特にオリヴィオは、そういうネガティブな感情には敏感。これは、洞察力が高いツェルだけがわかっていたことではない。
マルキスもそうだろうと何となくわかっていた。その感情自体は納得しつつ、椅子から立ち上がってオリヴィオを叱責する。
「全部嫌になるのは分かる。だけどな、だからと言って一人で勝手に消えようとするのはダメだ。……アーガベラさんから手紙で見たよ。優秀な研究者だけど、消極的なところがあるから、仲良くしてやってってね。あの人の気持ちを考えたか?考えた結果、誘拐されてもいいなんて結果に辿り着いたのか??」
リンゴレストランに着いた時に貰った、オリヴィオの家への地図。テーブルに広げて、彼に見せるように差し出した。そこには、丁寧な字で、確かにマルキスが言っていたことが書かれていた。
オリヴィオはそれを一瞥する。確かに嬉しくは思った。ただ残念な事に、それを見たからと言って心の靄が晴れたわけではない。
「ぼ、僕は……僕にとっては、け、研究者仲間の方が……今の生活より大事だと思ったんです……。ず、ずっと密かに暮らしてきていて、いつでも死ぬ覚悟は出来ていたから……だから、もう同じ仲間に会えないならいっそ、少しでも役に立つ方に、って思ったので……」
「……よくわかったよ。お前の性格がな」
耳を伏せ、諦めたように座って腕を組んだマルキス。オリヴィオとは一生相容れないだろうことが、より強固なものになった。
しかし、達観しているツェルは、その複雑な感情に似た、別の感情を持ち合わせた心当たりがあった。ゆえに、彼の心を少しだけ理解できた。サヤカがいる小部屋を一瞥しつつ、組んだ腕を解き、彼の緑色の目を見据える。
「いいですか、オリヴィオ・ロスキス研究員。大事なのは過去ではなく、今と未来です。それも、自身を傷つけるような今とその犠牲の未来ではなく、自身が成し得る最良の今とその先の未来。あなたが仲間を大切にしている気持ちは伝わりました。ですがそれをあまりにも重要視してしまい、現状を見失い、誘拐犯に何をされるかもわからない最悪な未来へと進んでしまいそうになりました」
仲間を大切に思っているからこそ、かけられる言葉がある。響く言葉がある。
「あなたが本当にするべきだったのは、マルキスと私のように、どこかにいるかもしれない仲間を探すことでした。画家は自身の名を広めて灯台と成り、探偵はその光を目指していく仲間を探す渡し守。過去に囚われず、私たちと再会できるかもしれない未来に思いを馳せ、今を生きていく。あなたのマナの技術と知識があれば、いかようにもできたでしょう。もしかすれば、あなたが先に私たちを見つけていたかもしれません」
オリヴィオは目を瞑って俯いた。眼鏡を置いて、目尻から溢れる涙を手で拭く。
一息、ゆっくりと吐くツェル。起きてきた彼女に視線を移し、最後に締める。
「……いずれにせよ、最悪の未来が断ち切られて本当に良かったです。サヤカさんに感謝を申し上げなければなりませんね。でしょう?」
ツェルが視線を追うように、オリヴィオ以外の三人はサヤカをみやる。状況が分からずにいる彼女が、自身を指さした。
「わ、私……?どうして??」
「起きたか、サヤカ。……良かった」
「サヤカ~!!」
マルキスとグラスが立ち上がり、彼女の下へと駆け寄る。グラスは、サヤカに抱き着いて、再び会えたことを歓喜して喜んだ。
一方でサヤカ。グラスからのモフモフの抱擁は嬉しく思いつつも、オリヴィオが嗚咽で肩を震わせているのを皆が見ていた先ほどの状況。わけが分からず混乱して、マルキスに聞く。
「オリヴィオさん、どうかしたの……?」
「気にしなくていい。ちょっと話し合ってただけだ。……よし、帰ろう。みんな車に戻るぞ」
サヤカもオリヴィオも無事だった。あとは、車を走らせて帰るだけ。安堵の空気が流れ、ツェルもリーロも椅子から立ち上がる。ツェルは、オリヴィオの肩を優しく叩いて立ち上がるよう促した。彼も、眼鏡を持ってゆっくりと立ち上がる。
そこで、サヤカの様子が気になったグラス。救助されて安心してはいるのだろうが、どこか心ここにあらず、といった雰囲気。
「どうかした?サヤカ?」
「え?ええ、いえ、何も……」
ごまかす様に笑うも、いつものように、声がはきはきとしていない。少し雰囲気が違うことに気づきつつ、二人は小屋の外へ。それに続いてマルキス、リーロ、小屋から新たなコートを拝借してきたオリヴィオ。そして小屋の中の火を消してきたツェルと続いた。リーロは慎重に辺りを見回す。
昼時の森の中。温かかった小屋の中とは違って寒い。木々の隙間を縫う寒風。ただ、緩やかで温かい木漏れ日が、まるで冬の中のオアシスのよう。日差しが差し込む場所に沿って歩いていく。
ここから車へは少し遠い。分厚いコートを着ていてもなお寒いサヤカには厳しい冬の森。一行は並んで進んでいく。
「見つけた」
が、それは突如現れた。低い声。サヤカの目の前には、見上げる程の黒山羊。恐怖で、群青色の目が見開いた。




