61- 邂逅の始まり
昼前。レベルシティの広場に着いた車。噴水にいる丸っこい影族の男を、後部座席から指をさしたグラス。
「あれだよマルキス!あの影族の人!」
「あいつが……グラスが信用してるヤツなのか」
マルキスは、とにかく胡散臭さが際立った顔と体つきだ、という第一印象を抱いた。特に、歯を覗かせるようなニヤニヤした顔。マルキスは無意識に眉を顰めてしまった。彼の傍まで車を動かすと、グラスが内側から扉を開ける。
「リーロさん、来てくれてありがとうございます!ヒセノさんは?」
「おう。残念だがアイツは来れねえ。忙しいみたいでなァ」
来れない、と聞いて落ち込むグラス。どず、と後部座席に座るリーロ。脇に抱えた隊服と、大きな紙袋。甘い匂いが漂ってきた。
まずは自己紹介という流れを、開口一番、振り向いたツェルが作り出す。
「こんにちは。私はツェルです」
続いて、目的地のために運転を始めるマルキス。
「俺はマルキスだ」
「……マルキス?」
違和感。記憶のどこかでその名前を聞いたことがある気がしたリーロ。視線を紙袋から彼らに移った時、その記憶の正体がはっきりとした。
「あ」
「……ど、どうしたんですか?」
隣に座るグラスが心配そうに顔を窺う。驚いていつものニヤケが崩れ、ただただ目を開いてしまう影。だがたちまち、またニヤケ顔に戻ると大きな紙袋をグラスに無言で預けた。
「うわっ……!こ、これ、ドーナツ……?」
グラスの鼻にふわっと香る甘い匂い。大量にあるそれに困惑する彼を無視し、リーロはパーカーのポケットを勢いよくまさぐる。バーガーを取り出しつつ、一枚の写真を引っ張り出した。
それは、かつてサヤカに見せた研究者の集合写真。その中にいる細身の兎と長身の影族を、目の前にいる二人と見比べた。一緒だ。服装や細かな装飾品の違いはあれど、種族はもちろん、体格も同じである。見つけたのだ。探していた七人のうちの二人を。
「お前さんたち、マルキスと……バッツェルか?」
驚愕の声。マルキスだった。戸惑って、車の運転がゆらりと道を外れそうになる。
「お前、なんで……」
ツェルというのはあくまで略称。名前はバッツェルである。だが、それを知っているのはマルキスや他の研究者だけ。なぜ、この影族が知っているのか。マルキスから発せられる緊張と疑惑の目が、リーロに向けられた。
だが、研究者としての名前を呼ばれたツェルは、至極冷静。むしろ、興味が湧いていた。ただ、名前ではなく、リーロの手に持っていた写真の方に。
「それは?」
「……お前さんたちを探しているっていうヤツから貰った写真だ。研究者八人の集合写真」
リーロから受け取ると、まじまじと見つめる。全員、見知った顔。研究者仲間だ。確かに沸き上がった歓喜。同時に、リーロへの疑問。運転席から落ち着かない様子のマルキスがちらりと見ている。
「俺にも見せてくれねえか、ツェル」
「あなたは運転に集中していてください。私が彼と話しましょう」
色々聞き出さなければならない。再び振り返って、リーロに写真を返す。いつでも質問を投げかけてもいいのだろう。先ほどの慌てっぷりとは打って変わって、ドーナツを頬張りながら悠々と座っていた。
「リーロさん、でしたね。まず、あなたは何者でしょう」
「何者でもねえよ。俺はな、研究者七人を探すのを手伝ってくれっていうのを言われただけだぜ」
「誰からですか?」
もったいぶっているのだろう。情報を小出しに提示して、質問を操っているようにツェルは思った。リーロは、胡散臭く唸ると、目を細めて静かに笑う。
「クラッフルってヤツだな。知ってるだろォ?」
「ええ。勿論です。……彼は今どこに?」
「それは今日誘拐されたヤツよりも重要な情報か?」
車がレベルシティを抜けたようで、辺りは徐々に平原となって道が明るく開けていく。一方で車内。不安げに二人を見つめているグラス。影族同士の間で、不穏な空気が流れていた。ツェルは、リーロからの問いに頷く。
「……もちろん重要です」
「本当か?研究者仲間と誘拐されたヤツを天秤に掛けて、仲間を取るってかァ?」
彼の真意が不透明だと感じたツェル。暗に交渉を持ちかけられているよう見えるが、ニヤニヤとしていることから、単にこちらの言葉と反応を楽しんでいるようにも見える。車に入ってきた時の胡散臭さはそのままだが、僅かに感じた穏やかな部分は一切消え去っていた。彼のペースに飲み込まれないように、こちらから疑問を投げかける。
「クラッフルがどこかを聞いているだけですよ。なぜ言わないのですか?」
「……何故だと思う?」
疑問符の投げ合い。お互いに譲らない姿勢が、より一層空気を張り詰めさせる。車が、がたりと揺れた。ツェルは、シルクハット越しに彼を見据える。肩をすくめる彼に、少しでもその心を探る。
「……私たちには言えない事情がある、ということでしょうか」
「ああそうだ」
リーロは薄ら笑いを浮かべて外を見る。レベルシティが後方に見える。この車は東へと向かっているのがわかった。再びツェルに向き直り、疑問を受ける態勢に。
「ではリーロさん。質問を変えましょう。クラッフルは今無事ですね?」
「あ~、どうだろうなァ。……俺はしばらく会ってないからなァ。無事かは知らねえよ、アイツも忙しいだろうし。レベルシティになら伝手があるが、どうする?今からでも向かうか?」
「…………そうですか。いえ、結構です。どのみち会いに行くのは、オリヴィオとサヤカさんを助けに行く後で問題無いですね」
サヤカ。どこかで聞いたような気がするが、問題はオリヴィオの方。その名前を聞いて、またピンとくるリーロ。逸らしていた目をポケットに向け、慌てて再び写真を手に取る。確か、黄色い被毛の異頭族、側面に大きな獣耳。その姿を確認して、未だこちらを見て警戒するツェルに視線を上げた。
「オリヴィオってお前たちの研究仲間だな?今誘拐されたのはそいつなのか?」
「ええ、そうです。あとサヤカさんも」
「あ~。……んだよ。そういうことなら先に言えよなァ」
納得して不貞腐るリーロ。勝手に一人色々考えた結果、そもそも前提から間違っていたという。まさか、助けに行くヤツも仲間だとは。丁寧に作り上げた駆け引きも消え去った。存分に働かせていた頭も緩くなり、間抜けな腹の音が鳴る。ドーナツを一つ掴むと、その大きな口でかぶりついた。
一方でツェル。リーロから伝わってきていた緊張感やただならぬオーラが消え去るのを感じた。急な風の吹きまわしに、肩の力が抜けて一つのため息。当惑したまま一言。
「あの……何がお望みでしたか?」
「何も望んでねえよ。俺の早とちりだっただけだ」
「早とちりというと?」
その言葉の真意を聞こうとする。口角の下がった彼は、窓の外を見つつ目を細める。
「まあいいだろ、そんなこと。これが終われば会わせてやるからよ」
「…………」
急な心変わりには意味があるはずだと考えたツェル。まず注目したのは、治安維持団の隊服。入るときは脇に抱えていたが、今では膝の上に、まるでドーナツのカスが座席に落ちさせないような置き方。隊員として、着ている方が普通であるはずなのに。
「リーロさん。ヒセノさん以外の誰かに連絡はしましたか?信頼できる方など」
「いいや。俺一人だぜ」
ツェルは、先ほどの届声機の会話を一部始終聞いていた。彼が治安維持団として行動するなら、住民が窮地に飛び込むようなことは他の隊員に連絡してでも止めるだろう。だが、彼はしなかった。
彼がここにいるのは治安維持団として行動するためよりも、個人として行動するためだと推測した。隊服を脱いでいるのもそのためだろう。思考に耽っているツェル。
まだまだある甘味を食い続けるリーロに、眉を顰めるマルキス。
「あの、人の車で食いもの食うの止めてもらってもいいです?」
「食いカスは落とさねえから心配すんな」
「そういう問題じゃねえよ……」
小言を呟いた。マルキスは苛つき始める。ツェルが書き記してくれた地図を見つつ、目的地まで運転している。これから誘拐された人を救いに行くというのに、危機感もマナーもなっていないと内心怒った。が、グラスが信頼している治安維持団であるために、表面上の体裁は保つことに徹する。
一方で、助手席のツェルは、振り返っていた顔を正面に戻す。
次に着目したのは、リーロがクラッフルを知っている点。どうやら、誘拐された人も研究仲間だと明かした時に、あからさまに彼の緊張が緩んだ。つまり、同じ仲間だということに意味があるのだ。おそらく、その部分を用いて何かしらの交渉、あるいは反応を伺っていたのではないだろうか。
リーロがドーナツをグラスに渡そうとする。
「食うかァ?」
「い、今はいいかなぁ」
断られて、渡そうとしたそれを自身の口に放り込んだ。再び振り返って横目で見ていたツェル。
ツェルの知る影族の主な性格として、猜疑心が強いことが挙げられる。これは、特質という、影族にしか持ちえない特徴ゆえの統計。特質を明かすことは、影族にとって手札を明かすこと。
それが有用なものであれば、周りから良いように搾取される。無用であれば、それを周りがあげつらって虐げ、自尊心を満たすために扱われる。生来から付き合ってきた弱点を、簡単に赤の他人に見せるわけにはいかないのだ。
そういった疑念や不信と共に育った結果の、猜疑心の強さ。クラッフルがどこにいるかという問いにすぐに答えなかったことから、そこからすでにそれがあった。
救出する相手が、研究者仲間とは知らなかったこと。他の研究者の存在を明かしつつ、所在は明らかにしなかったこと。猜疑心。そこに彼の思惑があると、ツェルは推察した。
リーロを、ずっと横目で見ていたツェル。先ほどからそれに気づいていた彼は、肩をすくめて軽口で返す。
「なんだァ、一目惚れかァ??」
「そうと言ったら?」
予想外の切り返しに思わず面食らう。直後、吹き出す。
「けけっ、お前さんの方が一枚上手だったな。仲良くなれそうだぜ」
「私は、あなたのことを最初から仲良くなれると確信していましたよ。グラスさんが信じる治安維持団の方ですから」
同族ということも相まって、その距離感は最初から遠くはない。だが、リーロにとって同族と仲良くなるのは複雑な気持ちだった。どちらかと言えば、憎悪の対象だからだ。
それを知らないツェルは、張り付けたようなニヤケ顔の彼にさらに言葉を投げかける。
「……あなたは?グラスさんに限らず、誰かと仲が良いのであれば、おのずとその誰かと繋がっている友人とも仲良くなれると思いませんか?」
「さあなァ。友人は友人、他人は他人だ。繋がりがあったとしても、俺から見ればそれ以上でもそれ以下でもないぜ」
ドーナツの袋が、がさりと音を立てる。それを小脇に抱えて悠々と座っているリーロ。運転中のマルキスに手を向けたツェル。
「私とマルキスもそう思いました?」
「逆に失礼だと思わねえか?そこの間に信頼なんてどこにも無えってのに、友人として接する必要は無えよ」
「……まあ、そういう感覚もありましょう。ところで」
腕を組むツェル。話題の方向を変えて彼を追及する。
「はっきりさせましょうか、リーロさん。今までの私の会話で嘘を吐きましたね」
マルキスは長い耳を立て、顔を動かさずにツェルを一瞥する。グラスは、二人の間に流れる緊迫した空気が再び流れたのを感じて、リーロからほんの少しだけ離れた。思いがけない言葉を返されても動じないリーロ。
「いいや、言ってないぜ?」
「どうでしょう。あなたは、私たちを信頼していないのですから」
確信しているツェル。影色の細い人差し指を立て、丁寧に説明する。
「先ほどの会話であなたのことをおおよそ理解しました。リーロさん。あなたが言った嘘は、クラッフルの安否でしょう」
溜息。目を細めるリーロ。つま先をトントンと揺らした。
「……なぜそう思う?」
「あそこだけ、やけに明かすのが遅かったですからね。あなたがクラッフルから他の研究者を探してほしいと明かした時も、先ほどの会話も、割と早い返事でしたからね。簡単でしたよ。ですが問題なのは、なぜ嘘を吐いたか、です」
「嘘を吐いた前提で話すんだな」
「早く明かせば良かったのですよ」
リーロは、袋を隣に置いて腕を組んだ。聞きたく無さそうに半目でツェルを見つめるが、興味はあるようで止めはしなかった。得意げになってツェルは続ける。
「なぜ嘘を吐いたのか。それは、あなたが私たちを信頼してないからです。あなたが、私たちをグラスの仲間だと理解はしつつも、赤の他人です。そこで、今ある情報だけで、一定の信頼を得たかったと推察できます。居場所を言えない事情というのが、おそらくこれでしょう」
運転席のマルキスが、ツェルの洞察力に微笑する。彼は人をよく見る。その対象が初対面であれば、それが顕著に表れるのを知っている。探偵である彼の持つ、卓越した技術の一つだと理解していた。さらに続けるツェル。
「そこで重要になるのが、今救出しようとしている人物がオリヴィオだということ。私がそれを明かした途端、警戒の糸を解きましたね。おそらくあなたは、別の誰かであると思っていたのでしょう。追っているのが同じ研究者ともなれば、天秤が釣り合わなくなる。そう、優先順位の天秤です。
一般人を救出するか、それを無視して、長年会えていなかった研究者仲間のクラッフルの安否へと舵を切るか。あなたはそれで、私たちが信頼に足る人物かを試そうとした。それが、嘘を吐いた経緯です。違いますか?」
組んでいる腕。執拗にトントンと動かす、影色の太い人差し指。ツェルを見てくる訝し気な視線は変わらないが、何も言わないところを見て図星と判断した。少し補足を加え、理解を示す。
「初対面の人を信じられないのは理解できます。ですが今は急を要しますからね。クラッフルが無事でさえ分かれば、仮に誘拐された人がオリヴィオでなくとも、たとえサヤカさんだけであっても、他の人でも、進む方向は変わりませんでしたよ。ですから、どうかご安心を。私たちは、あなたが思っているほど浅はかではありません」
「……俺は一度も無事だとは言ってねえぜ。しばらく会ってないからわからねえと言った」
まだあがく影。それほどまでに内心を揺さぶりたいらしいと、ツェルは思考し、反論する。
「それはそうですね。しかし、会っていないからなんなのでしょう。彼の身に何かあったとしても、まずは目先の問題から解決しなければいけません。救えるかもしれない人を擲って安否を確認しに行くほど、衝動的に動くことはありません」
リーロは目を瞑る。その答えに頷いて、納得し、満足する。ひとまず、彼らは信用しても良いようだと内心の疑惑を取り払うと口角がさらに上がった。目を開け、その赤い瞳がツェルを見据える。
「けけっ、流石だなァ。そうだ。嘘だぜ。レベルシティに引き返すと思ってたんだけどなァ。……お前さんみたいに賢いやつがもっと影族にいりゃあな」
「影族に限らず、賢くない人はいますよ。ですが少なくとも、ここにいる四人は全員賢い。でしょう?」
ツェルは後ろを振り向いて他の三人を見回す。リーロは鼻で笑う。マルキスは苦笑いで濁す。グラスは三角の獣耳を伏せて、少し複雑な表情を浮かべた。
「僕、別に賢くは……」
「グラスさん。ここでいう賢いは頭の良さではありません。物事を冷静に、適切に判断することです。それがあったから、リーロさんほど疑い深い人と仲良くなれたのでしょう?」
そこに、心で思っていたことを付け加えるリーロ。
「そうだなァ。あん時、うんめえオムライス食わせてくれたからな。俺をめちゃくちゃ疑ってたのにだぜ?あれのおかげで、いくらかはお前さんのことを信用できるようにはなったぜ」
「で、でも~、料理を食べてくれただけで……?」
さらに、運転しているマルキスが入る。
「そうだ。これは知識の問題じゃないよ、グラス。お前がどんなに頭が良くたって、人を助けられる賢さと、人に好かれる賢さが無ければ……今の俺はいないからね」
補足を加えるツェル。優しい目をグラスに向ける。
「知識は性格があってこそです。得た知識をどのように活用するかは、その人の性格次第でしょう?つまるところ、グラスさん。あなたは親愛の賢者です。ぜひ誇ってください」
「親愛の……ケンジャ……」
与えられた称号を復唱して噛み締める。きっといい言葉だ、と心の中で歓喜が湧いて出てくるの感じた。ツェルを向いて、笑顔で一言。
「ねえねえ!ケンジャって何??教えて!」
低い声で笑うツェル。釣られて、グラス以外の二人も笑みを浮かべた。
「ふふふ……言葉通りです。道理を理解する賢い者のことですよ」
先ほどまでの緊張した空気は、一変して和やかになった。リーロと三人の間に微かな繋がりが出来上がった。リーロ自身は、言葉だけでここまで良い関係になったのはそうそう無い。それこそクラッフルくらいだ。だが、まだレイト程の固い繋がりはない。それは、今後次第だろう、とリーロはニヤケる。久々に、対人関係に光を見出した気がした。
ここで、ツェルが気になっていたことがひとつ。
「ちなみに、クラッフルがいるのはどこでしたか?」
「そうだなァ、レベルシティの治安維持団の本部だなァ。経緯が複雑だから、細けえことは後から話す。今はオリヴィオともう一人に集中しようぜ」
息が合い始める彼らに対し、口を曲げる白兎。影族同士の彼らは少しばかり距離が近づいたようだが、一方でマルキスはリーロを信用できていなかった。信用するために嘘をつく狡猾さとその風貌。マルキスにとって最初の心象は最悪だった。
車は森の中へと入っていく。ツェルは地図を確認し、いよいよ座標の付近であることをマルキスに伝える。太陽が急かすように天辺へと昇っていく。オリヴィオの家を出発してから一時間以上は経っただろう。早く救出しなければ、とマルキスは半ば焦って車を走らせた。
鬱蒼とした森。木漏れ日の中、侵入を許さないかのような、でこぼこの道。揺れる車体のまま、奥へと進んでいく。




