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特異点から告ぐ  作者: 宵山
第三章 ──宿命に逆らう者たち、運命を闢く者たち──
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60- 手繰る糸

 

 同じく昼前の時刻。治安維持団の団長室にて、誘拐事件の調査チームのほとんどが集まっている。特別隊員二人、団長、第二隊長。そしてマナ専門技師の二人。先ほどマナの分析を終えたところだった。そのためにみんなを招集したガゼロ。その結果を、全員に報告する。


「イノヴァ宅のマナ分析、そしてとあるマナ装置の分析の結果、とある地点を示していた。おそらく、そこが誘拐犯の住処だと仮定するよ」


「具体的にはどこなんだい?」


 レイノルズからの問いに、クラッフルは地図を持って机に置いた。ここにいる全員が見えるように広げると、得意げにペンを持つ。


「これはレッケイドの周辺地図だ。中央にあるのがレベルシティ!そして~~、ここ」


 そこからペンを東の方へ走らせて、とある地点に丸を付けた。


「この場所がマナに記録されていたところだ!森のど真ん中!団長から聞いたけど、どうやらここは森が鬱蒼と生えている場所らしいね。この森から一番近い村にファイドヒルっていう村があるようだけど、誘拐犯との関連性は不明。その村にいた機械族隊員がマナ地点に偵察に向かっているよ。今日一日はそれに費やして、情報を組み立ててから作戦を立ててみないかい?」


「そんな悠長に構えてられないですって、クラッフルさん」


 異議を唱えたのはレイト。尻尾を苛つきながら揺らし、丸で囲われた部分を指さす。


「根城が分かったんなら、みんなで行きましょうよ。作戦会議してるうちにまた誘拐でも発生したら……!」


「根城、かどうかはまだ分からないけどね」


 ガゼロが、ピンクの手を顎部分に宛がった。その地点に対しての見解を述べる。


「私たちが分析したイノヴァ宅のマナ。転送装置としての役割があった。小さいものなら双方に送れると記されていたことから、一方はイノヴァ宅、そしてもう一方は、例の森。まあ、純粋に考えれば誘拐犯側の住処っていう仮定は出来るけど、疑う気持ちの方が大きいかな」


 疑ってかかるアゼロ。しかしリーロが、単純明快に今後の方針を示した。


「そんな慎重になってもしょうがねえだろ。手がかりはこれしかない。俺たちはそこに直接向かえばいい。だろ?」


 それに賛同するレイノルズ。彼の肩に手をぽんっ、と置いた。


「ハンバーガー君の言う通りだよ。第一隊長のアデランドさんも加われば、誘拐犯なんて一瞬で制圧できるし。で、どうするレイトくん。そこにクサカミっていう人がいたら」


 例の首謀者。突然話を振られたレイトは戸惑う。一瞬だけリーロを一瞥して、次にレイノルズへ。


「それは……もちろん、説得してやりますよ」


「甘いね、君は。まあ、いずれにせよ数多の誘拐を指揮した罪として、牢には入れておかないと」


 至極当然な措置を考える。その方向は誰もが異議を唱えなかった。たった少しの沈黙。不意に、部屋の中央にいるフロイトがリーロに呼び掛けた。


「リーロさん。グラス、という方から連絡です。繋ぎますか?」


 皆の視線がフロイトに集中する。リーロは一歩前へ。


「あの犬っころか。用件は?」


「誘拐事件についてとのこと、リーロさんの届声機にお繋ぎしますよ」


「なら頼んだ。……俺のことは気にせずに議論していてくれ」


 調査チームの皆に対して、横目で再開を促す。手元の届声機が鳴る。反応を返すと、リーロは口を開いた。


「おう、なんだ」


『リーロさん!誘拐事件について、ちょっとお願いしたいことがあるんです!』


 聞こえたのは、青年。グラスの声。あの日聞いた、芯のある声だ。リーロは頷いて続きを聞く。


「言ってみろ」


『その……誘拐された人を救いに行くんです!そのために……リーロさんやヒセノさんの力を借りたくて!』


「おうおうそうかい、詳しく聞かせてもらえねえかァ。それ」


 笑みを含んだ返事。思いがけない提案が飛び込んできたことに、内心驚きよりも楽しさを覚えていた。彼の真意を確かめるために、話を聞くことに。


 丁寧に状況を語るグラス。内容は誘拐が起こったかもしれないこと。


『僕の同居人とその友達が誘拐されたんだけど、部屋に残ってたメッセージがとある場所を示してたんだ!誘拐犯と何があるか分からないから、治安維持団の中でもいっぱい信頼できるリーロさんとヒセノさんに連絡したんです!どこにいますか!連れて行きますから教えてください!』


「まあまあ待て。色々聞きたいことはあるが、とりあえず状況は分かったぜ。ただ……お前さんも一緒に行くってのはいただけねえな」


 連れて行く、という口ぶりから、グラスもその示された場所に行くのだろう。そう察したリーロは、治安維持団として、美味しい料理を作ってくれた友に忠告する。


「あぶねえ橋を渡るのは俺たちで十分だ。お前さんはただ、その場所とやらを教えてくれればいい。俺たちが向かうぜ」


『…………』


 届声機の向こうで何かが話し合われているのがわかる。リーロは、耳を澄ましてみても、その内容はわからない。たちまち、気落ちしたグラスの声。


『それは……無理……。僕たちも一緒に行きます。これは条件だから……!』


「……他に誰が行くんだァ?」


 グラスだけではないと推測したリーロ。追及する。届声機の向こうから、話し声、そして溜息。


『仲間、です!』


「けけっ、仲間、ねェ。仲間と共に窮地に飛び込むってか?」


『だから来てほしいんです!お願いします!治安維持団で信じられるのは、リーロさんとヒセノさんしかいないんです……来ないなら、教えませんから!』


 実直な犬からの強引な取引。嘘ではないだろう。ここで行かなければ、彼らが危ない目に会うことを守れないのは確定するうえ、そのことを知りながら止めなかった責任を問われる。では、共に行けばいいのかといえばそうでもない。住民らが、自ら危険な場所へと飛び込んでいくことを容認するのだ。規則を重視する治安維持団に、これを話すのは得策ではない。


 しかし、考えるまでもない。後者の方がリーロにとっての最善だと理解している。だから、彼らには黙ることにした。


「ヒセノには連絡したのか?」


『ううん、リーロさんが最初!』


「…………そうかい。まだ少し待ってろ。切るなよ」


 そう、治安維持団としての立場が邪魔になってしまったのだ。であれば、やることは一つ。目を瞑って考え巡らせ、たちまちリーロはフロイトに向き直る。


「団長さんよ、俺は抜けるぜ」


「……はい?」


 チームと共に地図と作戦の確認をしていた彼が、疑問を含んだ声を出した。チームから抜け出すことを決めた特別隊員は、黒いフードを深く被り直して面倒くさそうに続ける。


「俺抜きで事件を進めててくれ。野暮用ができた」


 話し合っていた一同、目を丸くした。視線がリーロに注がれ、沈黙が流れる。そんな中で最初に口を開けたのはレイノルズ。呆れと怒りを感じる声色。


「誘拐事件についての連絡だったみたいだけど?僕たちに共有するつもりはないのかい??」


 グラスという人から誘拐事件の件だと先ほど聞いていたが、それまでしか皆は事情を知らない。ここにいる全員の気持ちを代弁した彼だが、それを鼻で笑うリーロ。悠々と歩く彼の太い影色の手が、レイトの肩へ。眉を顰めるレイト。ニヤつくリーロ。彼の三角の耳元に囁く。


「お前にまかせるぜ」


「……」


 レイトにはわかる。リーロがこういうことをするときは、いつものようにふざけているわけではなく、何かしら考えがある。こんな大事な局面でそう切り出すとなれば、少なくとも良い考えではあるはず。ここでは言い出せない事情が、彼を突き動かしている。


 この自分勝手な行動も、『彼女』と話し合った結果なのだろう。もう一度、ぽん、と肩を叩くと、この場にいる全員に向けて言葉を放つ。


「ここまで来たんだ。あとは俺抜きでも行けるだろォ?特別隊員としての俺の功績はぜ~んぶレイトに譲るぜ。んじゃ、またなァ」


「ちょ、ちょっと……」


 ガゼロからの制止を聞かず、ウインクしてから影魔法で地面に潜る。目にも止まらぬ素早いスピードで、団長室を後にした彼。再び訪れる沈黙。ここにいる皆は、彼の奇行に首を傾げたり怒りを顔にあらわにしたりするが、レイトだけは、彼の思惑がいい方向に進むように心に祈っていた。


 ピリついた空気を和やかにしようと、レイトは口を開く。


「ま、そういうやつなんで。俺は、あいつのああいう、自分勝手なところになんど振り回されたか。作戦の続き行きましょう、ガゼロさん」


「あ、ああ……わかったよ。それじゃあ──」


 進行を促すレイトと、それに困惑しつつ同意したガゼロ。呆れ、戸惑い、失望、怪訝。それぞれがあの影男に対する印象で支配された空気を、彼女は強かに振舞って作戦を話し始めた。



 *



 一方でリーロ。治安維持団の本部の出入り口で、影魔法で潜った地面から這い出る。光があるにもかかわらず強引に影に潜ってしまった。痛む体で太陽の下に出る。寒風と暖かい日光。口から白い息が吐き出される。


「待たせたなァ。お前さんの言う通り、ぜひ協力しよう。その場所とやらに向かうことにするぜ」


 届声機をフード越しに耳に当てて、向こうにいる彼にようやく言葉を投げかけた。嬉しそうにしているのが耳に届く。


『やった!ありがとう……!今どこにいますか?車にいるから向かいますよ!』


 窮屈な隊服を脱いで、下にあったいつもの黒パーカーを外に晒す。脇に持って、広場へと歩き出す。


「レベルシティの広場で待ち合わせだ。噴水の近くまで来てくれ。ヒセノには俺から連絡する。いいな?」


『分かった!レベルシティの噴水ですね!もう少しだから待ってて!』


 簡単に返事をして、届声機の連絡を断つリーロ。続いてヒセノへ連絡する。軽く声を出して反応を窺う。


「あー、あー、ヒセノ。リーロだ。今少しだけいいか」


『……ああ、リーロ君。どうかしたかい?』


 いつもよりはつらつとしている声だった。リーロは続ける。


「誘拐事件の進展があったってのは聞いたか?」


『もちろん。団長から連絡があって、本部に来いとの命令を受けた。誘拐犯の居所らしき場所を特定したと聞いて、ハートレード港から車をかっ飛ばしている。リーロ君もそこにいるんだろう?』


 ニヤケるリーロ。はっきりと答えることはしない。


「早く来いよ。もしかすれば、もうすぐ解決できるかもしれねえからな」


『もちろん、僕もそのつもりで全力で事に当たるよ』


「期待してるぜ、じゃ」


 相手からの返事を待たずに、違和感がない程度に話を切り上げた。すでに団長から連絡を受けていたのなら、わざわざ連絡する必要はなかったようだ。意味のない会話だったが、少なくとも、連絡をした口実は作り上げた。リーロは本部を背に、噴水広場へと歩みを進めていく。


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