59- 残された者たち
リンゴレストランの受付から、オリヴィオの家への地図を貰った一行。レストランからは少し遠かったが、リンゴ農園からは近かったその家に、ようやく辿り着いく。あの電話から車でかっ飛ばして、ここまでに約一時間半かかった。
舗装された土の道から少し外れた森の中。一軒家のような佇まい。広い庭。苔むしたレンガ壁。煙突。近世ヨーロッパの建物といえる。二階建てで、一人で住むには手広いように見えた。
車から降りた三人。マルキスが先頭に立って、その家を観察する。
「一人暮らしにしては立派だな。アイツらしくはねえけど」
シルクハットを深く被り直して、彼の意見に賛同するツェル。
「確かに、今までの彼のことを考えるとあまり想像が出来ませんね。金銭的余裕があるからでしょうか?」
鼻で笑うマルキス。
「もしそうだとしても、あいつは家に金を使うようなやつじゃないだろ……さ、行くよ」
玄関に向かう彼。続くツェル。辺りを見渡しながら、その後を追うグラス。
これから、仲間と会うかもしれない。足取りが軽くなっていくのを感じるマルキスは、高揚感と共に目の前の扉に大きくノックをした。続けて大声で呼びかける。
「オリヴィオ!!いるかぁ!!?」
一同黙る。が、中から声は聞こえない。風で葉が擦れ合う音だけが、辺りを支配している。
アーガベラからの話によれば、彼はいつも出勤していたというのに、今日はなぜか出勤しなかったらしい。おそらくサヤカもいるだろう。昨日、掃除をしにここまで来て泊まったというのだから、どちらかの声がしなければおかしい。
先ほどより激しく叩いて、再び呼びかける。
「オリヴィオ!!サヤカ!!」
それぞれ二人の名前を呼んでみる。が、やはり返事はまったくない。ここで、一抹の不安を覚え始める。
いつも欠かさず出勤していたオリヴィオが、連絡もないまま、家についても返事すらない。サヤカも同様に、朝早く起きる彼女が、この昼前まで寝ているとも考えづらい。三人は顔を見合わせて、この状況がいかに異様かを理解し始める。
次に玄関の扉を開けようとするが、鍵がかかっていて開かない。扉についている小さな窓から中を覗き込んでみるが、広いリビングと奥に続く台所、二階に上がる階段しか見えない。二人の姿はどこにもなかった。
「ダメだ。居ない。こうなったら強引に中に入るしかない」
「う~ん……友達とはいえ、勝手に入って大丈夫かな……?」
心配をするグラスをよそに、マルキスは玄関から離れて庭の中に入る。
「今は緊急時だ。二人が中で倒れてる、なんてこともありえなくはないし……」
入れそうな窓を探す彼に、考えるように影色の手を顎に当てているツェル。冷静に今の状況を分析すると、とある最悪の想定が思い浮かんだ。
「まさかとは思いますが、例の誘拐が起こったのではありませんか?」
「……誘拐って……あの?」
グラスにとってはタイムリーな話題だ。最近、誘拐事件について聞きに来た治安維持団の隊員が家にやってきていたのだ。もしかすれば、今三人を迎え入れないのも、誘拐されてしまってそもそも家にいない可能性があるのだ。
そうなると話が変わってくる。やっと会えるかもしれないというのに、マルキスは苦い顔をしてそれを否定する。
「縁起でもないぞ……まだわからないじゃないか」
「あくまで可能性です。最悪な事態を想定して行動しましょう」
冷静に現状を分析するツェルと、その事象が起きていてほしくないと思っているマルキス。その様子を見ていたグラスは、顔色が悪くなる。また、誘拐によって親しい人がいなくなってしまったのではないかと恐れたのだ。親友のイシュルに続いて、同居人のサヤカが。
「ね、ねえ」
窓を開けようとする彼に、震える声で呼びかけたグラス。伏せた三角の獣耳。垂れた尻尾。彼の精神状態が良くないこと察したマルキスは、急いで駆け寄った。肩に手を置いて寄り添う。
「大丈夫か?……無理そうなら車で待ってろ」
「う、うん……ごめん」
グラスは悲痛を押し殺すように胸を抑えつつ、マルキスと共に車へ。一方でツェル。窓も鍵がかかって開かないことを確認し、次には細かく分析する。
どうやら閂で施錠されている。魔法を使って中に入ることが出来そうだ。魔法、もといマナを熟知し精確に扱える人は、物を動かして鍵を開ける、ということが可能だ。特にツェルであれば探偵。こういったことはお手の物。
手を軽くかざし閂を操作して窓を開け、中の様子を確認する。どうやらここは台所のようだ。と、理解したのも束の間、嗅ぎ覚えのある香りが漂ってきた。
リンゴカレーの匂いだ。常連として足繁く通うリンゴレストランの看板メニュー。そのレストランにサヤカが勤務していることを知っているツェル。彼女は、確実にこの家にいる。そして問題は、今もここにいるのか。
グラスを車まで介抱し、戻ってきたマルキス。彼もこの匂いに気づいた。
「……サヤカがいるのか?」
「いえ、見えませんね。少なくとも、ここからでは何も。……入りましょう」
細身で身軽な二人。ツェルは洗練された動きで、マルキスは多少もたつきながら中へと入った。台所から抜けてリビングへ。綺麗に整頓されている。テーブル、棚、ソファ。人が生活している気配はあるのに、肝心の人の気配は全く感じない。その不釣り合いな気味悪さで、マルキスは心中が穏やかではなくなってくる。
「オリヴィオ!!サヤカ!!いるかっ!!!」
二人の名前を呼んで、抑圧された不安を発散する。だが、未だに返事が聞こえない状況が、かえって不安を増す結果となってしまった。その上で冷静沈着なツェルは、落ち着かない様子のマルキスに指示を出す。
「私は一階を調査します。マルキスは二階を」
「……了解だ。何かわかったら言ってくれ」
ツェルは、階段脇の近くの扉に入る。書斎だった。所狭しと本と本棚が置かれている。マナの知識が書かれている彼の自作らしい専門書から、市販のマナ入門書まで色々と揃えられている。
作業机には、実験用だろう、マナ液が入っている瓶がいくつも置かれている。いかにも彼らしい、とツェルは微笑んだ。マナの、特にマナ液に対して目が無いオリヴィオ。なぜ、彼がマナ液に対しこんなにも執着しているかはツェルにはわからないが。
ただ、ここにも誰もいない。乱雑に置かれた本と瓶があるだけ。
マナが溢れかえるように充満していて、ほんの少し平衡感覚の乱れと居心地の悪さを覚えつつ部屋を去ろうとする。その時、上からマルキスの呼び声。
「ツェル!上に来てくれ!」
「今行きます!」
駆け足で階段を上ると、奥の廊下にある扉の前で待っていたマルキスがツェルに手招きしていた。
「サヤカの荷物があった。でも……いなくなってる。一階は全部見たか?」
「いいえ、まだ書斎くらいしか」
マルキスに案内され、部屋に入る。来客用の部屋だろうか、質素で狭い部屋だ。彼が机近くのバッグを指さした。あれがサヤカの荷物だという。ここに、確実にサヤカがいた。ツェルは毛布がめくられたベッドへと向かうと、影色の指先で、シーツや枕に触る。
「冷たい……いなくなってからかなり経っていますね。少なくとも、朝の時点で既にいなくなっているでしょう」
マルキスはバッグから本を取り出している。これに心当たりがあった。
「日記帳だ……何か書いてあるかもしれねえが、錠前が掛かってる」
「……そんなにプライベートを秘匿したい何かが?」
閂とは違い、錠前は構造を細かく理解していなければ魔法での解除は不可能だ。流石のツェルでも、開けるにはかなりの時間が掛かってしまう。それをわかっているマルキスは、とりあえず目立つように机の上に置いておく。
「サヤカが毎日つけてたやつだ。重要なもんかもしれないけど、開けるのはあとにして、とりあえずまた捜索しよう」
「ええ、そうですね。……マルキス。階段を上がってすぐの部屋には入りましたか?」
サヤカが泊まっただろう部屋に行く前、一つの扉を通り過ぎていた。彼は部屋に出てそれを指さすと、マルキスは眉を顰めて首を振る。
「あそこは寝室だ。多分、オリヴィオの。入口からざっと見ただけだから、まだ詳しくは見てない」
「ふむ……では一緒にいきましょうか」
共に寝室へ向かい、半開きの扉を開ける。
部屋はいたってシンプルだ。どこにでもある寝室。大小さまざまな服が入ったクローゼット。娯楽小説を取りそろえた本棚。一人で寝るには大きいダブルサイズのベッド。特に変わったところはない、と感じたマルキスだったが、ふと、家具の隙間に挟まっている革装丁の本を見つける。
「……小説かよ」
タイトルを見てよくある娯楽小説だと、本棚に戻そうとした時、思い出す。
「いや、これ……サヤカが読んでたやつじゃん」
夕食時にこれを見せびらかしてきたことがあった。サヤカはこの部屋に来ていたらしい。よくよく表紙を観察すると、黒い毛が付着しているのを発見する。
黒い毛を生やした獣人。思い当たる節はあった。
「誘拐犯……」
治安維持団が、新聞で目撃情報の提供を促していた。これも、とある朝食時にサヤカから聞いたことだ。黒い毛を生やした背の高い山羊獣人と、平均的な身長の骨族。この二人が、例の誘拐事件の犯人とされている。
二人がいないことが誘拐だということに、いよいよ現実味を帯びてくる。マルキスは口を噛んだ。もし誘拐であれば、受け入れるのはそう容易くない。仲良くなり始めたのに、あるいはようやく会えると思ったのに、この仕打ちはあまりにも酷だ。
一方でツェル。マナの感覚が鋭いとされる影族だが、ツェルは例外。マナを論理的に理解している彼にとって、マナを感覚的に理解するということは、自身の性質からほど遠いものである。
「引き出し、特に何もなし……証拠があれば……」
次はベッドの下を確認する。屈んで、暗い隙間を魔法で光を灯す。
埃が溜まっている。眉を顰めて観察すると、ベッドの隅に箱があることを確認した。手を伸ばしてベッドから引き寄せると、中を確認した。
「瓶……」
マナ液が入っている瓶だった。紫色に淡く光るそれに、どうやら情報が書き込まれている。通常であれば、マナに情報を書き込む場合、機械が必要だ。今までそのような機械を見つけなかったツェルは、書き込みはオリヴィオ自身がやったものだと推測した。彼はそういう繊細で難しい行為を容易くこなす。
影色の手をかざした。マナに書かれた情報の分析に関しては、感覚よりも理論が先行する。ツェルの得意分野だ。とはいえ、人の手で直々に書き込まれた情報の分析には、少しばかり時間が掛かってしまう。
再びマルキス。誘拐が起きたという事であれば、侵入した形跡があるはずだと、窓へと近づく。だが残念ながら、内側から鍵がかけられている。玄関も鍵がかかっていた。つまり、この家自体が巨大な密室となって、誘拐が発生した可能性が高いと推測出来た。
そこから考えられる結論として、浮かび上がった一つの魔法。
「転移魔法……?転移してきたか、あるいはさせられたとかもありえるな……」
彼には因縁のありすぎる魔法。ゆえに真っ先に思いついた。誘拐されたオリヴィオとサヤカ、そして誘拐犯の黒山羊と骨族。しかしながら、四人分の転移は現実的ではない。
とある方法を除いて。
分析中のツェルに、悪いと思いつつも問いかけることにする。
「なあ、ツェルなら、マナとマナ液、あとマナ石の違いはわかるよな?」
「……マナ液は、通常の気体マナより密度が高いもの。マナ石は、そのマナ液よりさらに密度が高いものですね。密度が高ければ高いほど、マナの量は相対的に高く保有される……でしょうか」
「だよな。そこでだ。もし、四人分の転移魔法を使うってなった時に、通常状態のマナじゃあ出来なくても、マナ石なら可能か?」
マルキスの言いたいことが分かったツェル。
「マナ液とマナ石ですら密度がかなり違ってきます……もしや、犯人はマナ石を使ったと?」
一旦分析を止め、話に集中することにした彼。マルキスは頷く。今考えていることを共有することにした。
「そう思う。マナ液とかマナ石は、身体に保有できるマナを越えてさらに保有できる。いわばもう一つの貯蔵庫、外付けのハードディスクだ。考えてもみろ。人間は直接保有出来ないけど、マナ液が入った小瓶とか、指輪に着けたマナ石を身に着ければ、それが代わりの保有庫になるだろ?もちろん、それは他の種族にも当てはまる」
「考えましたね。しかし、複数人の転移魔法であれば、その消費量は大層なものでしょう。石一つでは、人ひとりの転移すら賄えるかどうか。……それとも、石を大量に所持しているか……石以上に密度を高くするような技術を用いているか……」
お互いに頷く。石一つでもかなりマナを保有できるうえ、マナ液とは違い気化することが無く長持ちする。何らかの方法でそれを何個も所持し、使いこなしているともなれば、無茶な転移も現実味を帯びてくる。
「よし、引き続き分析してくれ、ツェル。俺は一階を見てくるよ」
「では、お願いします」
ツェルの傍を通って瓶を一瞥しつつ、部屋を出た。
*
一階では、リビング、台所、トイレなどを見て回ったが、寝室ほど目ぼしいものは見当たらなかった。もちろん、二人はいなかった。残りは書斎だが、ここは先ほどツェルが調べた。
改めてマルキスもそこを調べてみたが、充満するマナの気配で眩暈がしただけで、目ぼしいものは何もなかった。徒労に終わった一階の調査に少々苛つきつつも、ソファに座ってツェルの分析結果を待つ。
オリヴィオ。そしてサヤカ。誘拐された二人は今どこにいるのか。今まで客観的に思っていた蚊帳の外の物事が、いざ自身に降りかかった時の焦燥。
「マルキス。分析を終えました」
二階から降りてきたツェル。平静を装うマルキスは、座っているソファに彼が座れる空間を作る。
「どうだった?」
ツェルはそこに座らず、玄関から外を見やる。
「座標でした。更に詳しく分析した結果、レベルシティから東の森に位置情報が同期されていることも確認しました」
「位置情報の同期……?森の座標がマナ液に書き込まれていたのか」
状況的にオリヴィオが仕組んだものだろう。しかし、ここからほど遠い森の場所をマナ液に書き込む必要性はなんだろうか。マルキスも、ツェルも彼の真意を理解できずにいた。しかしただ一つ、できることといえば。
「そこに行ってみないか、ツェル。オリヴィオが残したメッセージかもしれない」
「賛成です。早速行きましょう」
即、行動へ移す彼ら。ツェルは車へ、そしてマルキスは二階へ行ってサヤカの荷物を手に取る。このままここに置いて行けないと思ったうえ、重要な情報もあるかもしれないとも踏んでいたからだ。とはいえ前者の方の気持ちが大きかったが。
車に着いたマルキス。中の様子をツェルから聞かされていたグラスは、不安げな目で運転席に座る兎を見た。後部座席から、一つ提案してみる。
「ねえ、治安維持団に連絡とかって……」
「……誘拐事件の解決が一向にされないそいつらに、連絡する意味あるかよ」
「ですがマルキス。事態は急を要します。私たちだけで救出はできないでしょう。相手は、一年前から誘拐を続けている人たちです。治安維持団の目を掻い潜って、ですよ」
持ち運びできる小型の届声機を取り出すツェル。ボタンを押して車を発進させるマルキス。
「誘拐事件に関する場所を見つけたから、隊員を寄こせって連絡するのか?嘘って言って取り合わなさそうとも思えるよ。……俺たちだけでどうにかする」
彼は、治安維持団は信用に値する組織ではないと考えていた。何も知らないグラスにあんなことをしたのを知っているからだ。
グラスも、連絡しないことに最初の内は安堵していたが、たちまち不安が沸き上がってそれを上回る。先日家に訪ねてきてくれたリーロとヒセノイッチ。彼らなら、きっと力になるだろう。事件当時の話を真摯に聞いてくれた、あの二人なら。
「ねえ、僕、信頼できる治安維持団の人知ってるよ!その人に連絡しよう!」
「……グラス、いいのかよ……?」
「大丈夫!」
心配するマルキスをよそに、信頼できるその二人をツェルに伝える。
「治安維持団に連絡したら、ヒセノイッチさんか、リーロさんに取り次ぐように言ってみて。僕からのお願いっていうことなら、きっとわかってもらえるから!」
「わかりました」
連絡するツェル。頷くグラス。そして、レベルシティのさらに東にある座標へと車を走らせるマルキス。リーロ、という名前にどこか引っ掛かりを覚えつつ走っていると、思い出す。約一か月ほど前、サヤカがマルキスやツェルを探していたという影族の名前だ。
あの時は不審に思ってサヤカに深くは聞かなかったマルキス。まさか治安維持団の人だとは思いもよらなかった。いろいろ気になる事はあるが、とりあえず、グラスが彼を信じるというのなら、信じてみようと改めた。
時間は昼前。誘拐された二人の生存を、皆は心から祈る。




