終着:執着
秋島とディアンの呼び出しに応じ、タイタンは1人夜の森へ出かけた。
セレナはますます容態が悪化し、最近は薬を飲んでも一日の殆どを眠って過ごしている。
何か、彼女を救う手掛かりを、彼らが手に入れていますように。
祈りながら歩く夜の森は、夜目が利くタイタンにとっても、普段の数倍は恐ろしく感じられた。
「…来たな。」
「…話より先に手当をした方がいいんじゃないか。」
彼らが旅立って半月ほど。準備は万全にしていただろうが、長期間の遠征で2人は傷だらけ、ぼろぼろになっていた。
ディアンは包帯を巻き直し終えると、立ち上がった。
「セレナが起きる前に済ませないとでしょ。…H003の場所を見つけた。今から掘り返すから、タイタンにも立ち会ってほしい。」
「俺はセレナさんを見張っていたほうがいいんじゃないのか。」
「坊主の情報が欲しいんだよ。何故嬢ちゃんがあれを隠したがったのかを暴かないといけないからな。…ただ掘り返して持って帰るだけでもこちらの目的は達成できるが、それでは嬢ちゃんの変質を終わらせる…というか、計画が先に進まないだろう。」
秋島の言う通りだった。
と言っても、タイタンに差し出せる情報などたかが知れている。提供できるものとリスクを天秤に掛ければ、タイタンはやはりセレナを見張っているべきだと彼自身は思う。
ただ、それでも、セレナが隠そうとしたもの、彼女の苦しみを知るヒントになるかもしれないものを、自分の目で見たい。
…秋島たちも、彼のそんな気持ちを察して、リスクのある方法を選んだのかもしれない。
3人は迷いなく、森の奥へ進んでいった。
「座標はこの辺り。ビーコンは相変わらず反応ないけど…特に物が落ちたりしてないから、多分埋められてるんだと思うよ。どう?」
魔道の反応はない。それどころか、
「熱量は感じないな。」
「ああ、振動や異音もない。…本当に何もない。」
それが怪しい。3人は無言で目を合わせた。
この森で仕掛けがない空間など存在しない。それがこの場所は、まるで避けられているかのように、静かで冷え切っていて、何もない。
「…埋め直されてから数ヶ月は経っているけど…何か痕跡はあるかもね。とにかくこの辺りを掘り返していこうか。」
ディアンに手渡されたスコップ。タイタンはそれを地面に突き立てた。
「…何か、ヒントとかねえのか?」
「俺に聞かれても知らん。あんたらこそ、H003の特性とか…」
すでに1時間ほど経過したが、それらしいものは掘り当てられなかった。
地面ではないのでは、と木の上や草むらを探ってみるが収穫はなし。3人には焦りが見え始めた。
「原初の魔導士アレクサンドラが作った記録装置。貴重な…ってくらいだよね。実物がどんなものなのか、僕らの記録にはないから。」
「あとは、6年前、反応が再確認された時。あれが恐らくH003の稼働が止まった時なんじゃねえのかと、俺は推測している。少なくとも、嬢ちゃんが大事に家に仕舞っているならともかく、こんな地中にある以上はもう記録を続けてはいない。と思う。」
反応が再確認されたのであれば、それは稼働開始を意味するのではないか…と思うのだが、そういうものでもないらしく。
「タイタンだって理屈でわかるでしょ。秘密裏に世界を記録しておくための装置なんだから、稼働中はビーコンは止まってる。稼働が止まったら、記録を然るべき人に発見してもらうためにビーコンが作動する。…まあ今となってはその然るべき人が誰なのかは分からないんだけど。元々アレクサンドラが用意していたビーコンを探すための装置は、かなり昔に協会が発掘して、ずっと協会の資料室が所有してるからね。」
…何か、引っかかる。聞き覚えのある感じの言葉だ。タイタンは眉を顰めた。
何か、すごく大切な言葉だったような。
セレナを守ると誓って、人であることを辞めた日。あの日、背中を押してくれた言葉が…
「ーーーッ!!」
激しい耳鳴り。タイタンは蹲った。
「おい坊主!?」
「…っ、大丈夫だ。看病で寝不足でな。一昨日から頭痛がきつくて…」
記憶の混濁はますます増えていた。セレナが寝てばかりだから忘れそうになるが、こうして2人と長々と会話していると違和感に気付かれるかもしれない。
「…体調が悪いなら先に言っとけ。ディアン、俺のカバンから鎮痛剤を出してやれ。」
「…悪い。」
心配そうに手渡された錠剤を一気に飲み込み、タイタンは木の根本に座り込んだ。まだ少し頭が痺れている。
2人も、あの屈強なタイタンが弱っているのを見るのは初めてで、動揺していた。
ディアンは採掘をやめて歩み寄り、タイタンの前に胡座をかいた。
「こんだけ見つからないとなると、闇雲に掘っても仕方ないんじゃない。タイタン、セレナが何かヒントになるようなこと言ってたりしなかった?」
「…すまない。そもそもそんなものを隠していたなんて、セレナさんから悟ることも出来なかったからな、俺は…」
タイタンが弱気になっている。ディアンは目を丸くしてタイタンを見つめた。
「…隠し事ばっかり、腹の探り合いばっかりだったけどさ、タイタンたちは。でもこれが一番大きい引っかかりなんじゃないの。これを乗り越えられたらさ、きっと。」
…どうだろうな。
その言葉は喉につっかえて止まってしまった。
「…もう俺たちが人を殺さなくて済むように、そんな世界を手に入れよう、と。俺たちは誓ったんだ。そんな幸せな世界で、セレナさんの隣で生きていたい。それが始まりで…俺はずっとそれだけ。俺の思いはただそれだけなのに…困難ばかりだな。」
今もこうしてセレナを裏切っている。
「…坊主は何で嬢ちゃんが好きなんだ?」
「…秋島?」
揶揄われているのかと思ったが、こちらを振り返った秋島は真剣な表情だ。
「はっきり言うけどよ。俺は嬢ちゃんのことが好きじゃない。」
だろうな。それは薄々気付いていた。
「俺が面倒見てきた若造たちには居ないタイプの捻くれ者だ。いくら坊主が叱り飛ばしても、心の底には届いてない。わかったフリをして聞いてない。なんなら、相手が弱いとわかれば怒り返してくる。」
そこに至る過程は察しがつくが、それでも見ていると腹が立つんだ。と秋島は吐き捨てた。
「確かにお前もろくでなしだ。俺も散々迷惑かけられたけどよ。…欠点があるのはいい。そんなものは当たり前だ。それを見越してどう付き合っていくか探るのが年長の仕事だからな。…でもアレは無理だ。あいつが部下ならハンターを辞めさせる。」
黙り込んでしまった若者たちに、ああ、余計なことばかり口走ってしまう、と秋島は自己嫌悪する。
この期に及んで、まだルーヴの父親面をしてしまうなんて。
「あの捻くれ者がお前に見合う相手だとは思えないんだよ、俺には。救ってもらった恩なのか、絆されてるのか…わかんねえけどよ。あんな奴と一連托生するなんて正気の沙汰とは思えないぜ。」
「…好きな理由。好きな理由か。」
セレナの悪口など反射でキレ返してくるのが普段のタイタンなのだが。どれだけ体調が悪いのだろう、ディアンはタイタンに毛布を渡した。
「…いや、大丈夫だ。弱っているから怒らないんじゃなくて。…いや、弱ってはいるんだが。何せ、知った口を、俺が一番セレナさんをわかってるんだ…なんて今は言えないからな。」
「いいから、羽織っておきなよ。少し休憩したらタイタンにも働いてもらわないと困るんだから。」
押し返された毛布を押し付け返して、ディアンは秋島を振り返った。
「変な女の子、ではあるけどね。暗号を暴かれた時なんか、裏でこっそりシメられるんじゃないかと警戒してたのに…普通の友達みたいに迎えてくれてさ。でも容赦のなさも、優しさもどっちも嘘じゃなくて。正直どう接していいかよくわからないよ。打算で付き合うのが申し訳なくなるくらい良い人なのに、打算を抜くとこっちがしてやられるんだもん。」
「そうだな。だから俺は…あの人がただの優しい人になれる世界が欲しいんだ。その為ならどんな狡い打算だってやる。俺があの人にとって悪い奴になって、幸せな世界で、あの人の隣に俺が居なくてもいい…そう思っていたのに。」
そう思えなくなってしまってから、ずっと心は暗いままだ。
セレナを救う代わりにセレナの隣にいられなくなるのだとしたら、果たして自分はどっちを取る?
それが分からないまま、裏切りを繰り返して、繰り返して。あっという間に記憶は限界を迎え、リミットの一年を迎えようとしている。
全てをセレナに明かしたら、記憶を取り除いてもらえるかもしれない。そうしたら、セレナの心を縛るお母様も居なくなって、秋島とディアンは二度と森に立ち入ることはなくなり、セレナさんと2人、ハンターを殺し尽くしながら森で生きていく。
そんな破滅的な夢を見るくらいには、タイタンは、セレナに縛られていた。
「…お前が帰るべき場所はあるんだからな。」
気づくと、秋島はタイタンの目の前に立っていた。
「誰にも文句なんか言わせねえ。…仕事も報告書もまだたんまり残ってることを忘れんなよ。」
秋島は、驚くタイタンの顎を掴み、目線を無理矢理に合わせる。
もし、セレナに殺されるくらいなら。
もし、協会に殺されるくらいなら。
その前に保護区に連れ戻すからな、と。
「…まあ、そもそもタイタンは森の探索任務で遠征中って立場でしょ?H003を見つけたら一旦一区切りとして帰還するのが筋ではあるんじゃないの。」
「…セレナさんをひとりぼっちにするなんて。最近は殆ど昏睡してるんだぞ。」
「…おい坊主。今なんて。」
秋島は険しい顔になり周囲を見渡す。
「…は?」
「…嬢ちゃんは渡した薬をちゃんと服薬していたか。」
「あ、ああ。部屋の薬瓶の中身がちゃんと減っていたから…」
「目の前で飲むのは確認してないんだな。了解だ。…多分勘付かれてる。いくら病状が悪化したって薬を飲んでいたら昏睡するわけがないからな。」
タイタンとディアンは目を見合わせた。
「…だって、気付くわけが。」
「魔道は全く使えなくなっていたし…病状が変われば薬への反応が変わることくらい…」
「最悪の想定で動くぞ。タイタンは家に戻れ。セレナが動こうとしたら何がなんでも止めろ。ディアンと俺は採掘を進め…ッ」
秋島とディアンを担ぎ上げたタイタンが真上に飛んだ。瞬間。
ギャリギャリギャリギャリ!!!!
銀色の鎖が3人が座っていた地面を粉々に叩き割った。
「引くぞ秋島!!いいな!!」
「っ、坊主はどうする気だ。」
「とにかくあんたを森の外に逃がす。俺とディアンはともかく秋島は見つかったら問答無用で殺されるだろ!」
「駄目だな。H003を発見できなければ4人まとめて破滅だ。それにもう、来る。」
タイタンははっとして足元を見る。森の木陰、暗闇、そこから一歩踏み出す白い足。
「…セレ、ナ、さん…」
表情はない。言葉も。
はだけた寝巻きのセレナは真っ白な羽根をずるずる引きずり、亡霊のようにタイタンを仰ぐと、
さよなら。
口がそう動き、瞬間、スカートから大量の槍が飛び出した。
「っ…が!!」
すんでのところで弾いた槍の柄が顔面に命中する。
その衝撃で緩んだ手から秋島が滑り落ちた。
「すま…ん、秋島!!」
手を伸ばすが秋島はそれを払いのける。近くの木にディアンを下ろし、タイタンも秋島を追おうとしたが、秋島は目線でそれを制した。
「…よう嬢ちゃん、元気に動けるみたいだな?」
滑らかに滑り降りた秋島はゆるりと地面に着地し、いつも通りの笑みをセレナに向けた。
「…」
ギャリギャリギャリギャリ!!と轟音が鳴り、現れた槍の矛先は全て秋島に向く。
「問答無用、ってことかい。ならこちらも用件だけ。…あんたがここに埋めた隠しもの。どこに隠した。」
「…」
槍の雨が秋島の心臓めがけて放たれた。
だが、それは秋島の肌に触れる前に溶け落ちる。
「まあ嬢ちゃんはタダでは渡さんだろうが。…アレを狙ってる一派が協会内にいてな、入手されたら女帝のおチビも俺も終わり。この森の休戦協定も無意味になるってんでタイタンに協力してもらった…ってとこだ。」
一瞬、セレナが秋島に目を向けた。だが言葉は交わされない。顔面めがけて鎖の束が放たれる。
「だろうな。ここまで話しても嬢ちゃんが協力しないことは、ディアンの報告でわかっていた。よくわかってないんだけどよ、あの魔道機械は随分嬢ちゃんにとって大切なものらしいな?」
「…」
見たことのない、セレナの姿だった。
タイタンを森の外に追い出した時のセレナでさえ、ここまで剣呑な雰囲気ではなかった。
ただ侵入されたというだけで、ここまで怒り狂う人だっただろうか、彼女は。
「…あ。」
引っかかり。ディアンの先程の言葉。
彼女がここまで拘るもの。存在。
「…ディアン。聞いていいか。」
「何?」
「H003の最初に埋まってた場所だ。セレナさんに隠される前の。どこに埋まってたか覚えてるか。」
ディアンの答えを聞いて、タイタンは、ふう、と息を吐いた。
「なるほど、な。全部わかった。」
「何がだよ。」
「セレナさんが怒る理由。…地雷を踏んだんだ、俺たちは。…ディアン。俺は下に加勢してくる。2人に事情を話さないとこのまま殺し合いになる。」
タイタンは剣を担ぎ上げ、ディアンに耳打ちする。そしてそのままセレナの元へ、一直線に降りて行った。
「…セレナさん!」
「…」
目の前に降り立ったタイタンに、槍は向けられない。ただ静かに、剣呑な光を帯びた月光の瞳が、タイタンを見定めている。
「あんたが隠したのは魔道機械じゃないな。」
「は?坊主、何言ってる。」
「…秋島はちょっと聞いててくれ。セレナさん、多分、そうだよな?」
「…ええ。」
肯定。やっとセレナが口を開いたことにタイタンは安堵する。
「お母様が捕まってしまう、と思ったんだろ?」
「……うん。」
その回答が、最後のピースだった。タイタンの首筋に汗が伝う。
ここからは、冷静に、とにかく冷静に立ち回らなくてはならない。そうしなくては、全てが台無しになる。
「…秋島、H003が埋まっていたのは、セレナさんのお母様の墓の中だったんだ。墓を暴かれると思って、棺か何かを遺品ごとそのまま移したんじゃないのか。多分。」
「…」
無言の肯定だった。
「お母様…?だって?この森に嬢ちゃん以前に人がいたってのか?」
「彼女の育ての親だよ。この森に結界を張った魔道使い。セレナさんにとって、本当に大切な人なんだ。俺たちはその墓を無断で暴こうとしてたんだよ。」
「それ…は…」
すまない。秋島が頭を下げた。
セレナは秋島を睨みつけ…溜め息をつく。そしてゆっくりとタイタンを見上げた。
「…お母様の遺品が必要なの?」
「…そういうことになるな。」
「この森にある便利なものは、万物がお母様の遺品に等しいけれど。棺に入れたものは、中でもいっとう大事なものばかりなの。」
「わかってる。…わかってるけど、わかってほしい。秋島たちは何も悪意でお母様の墓を暴こうとしたんじゃない。その中にある遺品のひとつが無いと、保護区もこの森も全部台無しになってしまうんだ。…お母様には指一本触れない、約束する。遺品を譲ってほしい。」
セレナは苦しそうな顔をしていた。
「でも、それは…」
「秋島たちも、それを所有…というか、保護するのが目的なだけだ。悪用する気はないし、壊したりするつもりも毛頭ない。そうだな?」
話を合わせろ。秋島を睨んでそう伝える。
「…そうだ。むしろこのまま放置して悪い連中に渡す方がどうなるかわからん。」
「…わかった。」
セレナは足元に咲いていた白い花を抜いた。
花に根はない。セレナが抜いた瞬間グリムメタルに戻っていくその花を、セレナは大事そうに胸元に仕舞った瞬間、タイタンの足元が僅かに振動した。
「…傷つけないでね。」
タイタンは頷き、秋島と2人で地面を掘ると、それはすぐに見つかった。
白く塗られた長方形の木箱。板材を組むのではなく、大きな木をそのまま彫り作ったのだろう。微細な彫刻が施され、板の真ん中には「リビアン」と名前が彫られていた。
「…すまない、セレナさんのお母様。」
タイタンは棺の前で手を合わせた。それに倣い、秋島も静かに手を合わせる。
「…ありがとう、タイタン、秋島。」
セレナは重い蓋をゆっくりとずらした。
そこには。
「…っ!?」
朽ちることなく、美しい姿を残したままの女性の遺体が横たわっていた。
「な…。」
異常だ。秋島は息を呑む。
まるでつい昨日、亡くなったかのような。美しい女性。肌は陶器のよう、髪はまるでナイロールのようにつやつやと煌めいていて。
そこまで観察し、秋島は遺体に違和感を抱き、これは…とタイタンを見やった。
「…大丈夫だ。俺は全部、わかってる。」
そこで気付く。タイタンの目は未だ、剣呑な光を宿し続けていることに。
「セレナさん、遺品というのは、お母様の周りに置いてある…」
「ええ。と言っても…秋島たちの探す魔道機械がどれかは分からないのだけど。ほとんどはぬいぐるみとか、髪飾りとか…お母様の使っていた品ばかりよ。魔道機械は…これと、これくらい?」
3つほど、セレナはタイタンに古い魔道機械らしきものを差し出したが、タイタンはそれを押し返す。
「複数あるのか、参ったな。」
「…え。どれだか分からないの?」
「崩落の当時の記録が入っている、とだけ。ただ、今でもビーコンが稼働しているらしいんだ。セレナさんなら見て分からないか?」
「え…。う、うーん。そもそも動くのかしら?ちょっと時間をもらえれば、魔力を注入して…」
セレナが立ち上がり、魔道機械を観察し始めた。その時。
「…ディアン、やれ。」
後方の木から、ディアンが思い切り飛んで、棺に突っ込んだ。
そのまま、ディアンはお母様の遺体を抱えると、脱兎の如く逃げ去っていく。
「…!?」
セレナが鎖を飛ばそうとする。だが、
「駄目だ。」
まるで壁のように。背後に張り巡らされた鎖が、それを弾いた。
「…タイタン!!!!」
いつの間に、剣の柄を握っていたタイタンは秋島に叫ぶ。
「ディアンに車を運ばせた!!ディアンを追いかけてそのまま保護区に走れ!絶対しくじるなよ!!」
「坊主、お前…は」
「勘違いするな。アレに傷をつけようものなら、俺はセレナさんの剣になってあんたを叩っ切る。…セレナさんの為ならなんだってやる。そのために今回は、あんたらを利用させてもらうだけだ。」
秋島は息を呑んだ。
これが、あの坊主?
秋島の知るルーヴは、どんな命令もこなし、どんな死地へも飛び込んでいく、振るう剣にだけ命が宿っているような、男だ。
あの頃に比べて確かに感情的にはなった。だが、こんな騙し討ちを仕掛けて…
いや、それ以前に、「あんたらを利用する」だって?自分が先程タイタンに放った言葉を思い出し…なるほど、全て合点がいった。
「…死ぬなよ。」
秋島の足元で小さな爆発が起きる。その勢いで立ち塞がるセレナの横を駆け抜け、タイタンの鎖を溶かし抜けていった。
「…一応聞くけれど。どういうつもり、タイタン。」
「悠長だな。俺なんか放って追いかけると思っていたんだが。」
「…貴方を振り切って逃げられるとは思っていないから。それに、ちゃんと聞いておきたくて。」
セレナの纏う空気は先程より更に剣呑だ。
目線、月光、きつく結ばれた唇。
タイタンでも身がすくみそうになる。
「…本当はもうわかってるんだろう、なんて、言えたら良かったのにな。」
「いいから、答えて。」
「…あんたがお母様の遺体だと思い込んでいるもの、いや…お母様こそが、H003。秋島たちが探していた魔道機械の正体だ。お母様は崩落直前から結界作成、そして、あんたが稼働停止させるまでの記録を持った、魔道人形だったんだ。そしてそれを使って組まれたのが、俺たちが成そうとしている計画…ってことだろ。」
思えば、セレナの語る「お母様」の違和感はいくつもあった。
到底人間の倫理からはかけ離れた生命の実験。人間の生存など想定していない罠の数々。だが、それでいて語る倫理はまるで教科書じみている。
人間離れした身体能力、生命力。この森の隅々まで改造する体力。
話を聞いているだけでタイタンには引っかかりがわかる。
遺体になって停止している姿は美しい人間に近かったが、きっと、稼働しているお母様を目の当たりにしたら、普通の人間はすぐに人形だと見抜けるようなものだったのではないだろうか。
だがセレナが、もしそんなことに全く気付かなかったのだとしたら。まともに、ヒトの中で過ごしたことのないセレナが、人形を人間と思い込んで過ごしていたのだとしたら。
その結果がセレナの歪さだ。
「…何を、言ってるの。」
「お母様を埋めて、もう6年くらいか?普通は、体が朽ちて骨になるだろう。いや、動物や人間を沢山弔ってきたんだから、そんなことは知ってるよな、あんた。だからな、気付いたんだよ。あんたの、歪みに。」
タイタンはゆっくりとセレナに歩み寄り、そして頬に触れた。
セレナの肩が震える。見上げたタイタンの顔は、ひどく悲しげで。
「…遺体のお母様を、捕まってしまう、なんて普通は言わないから。あんた、お母様が人形であることどころか、死んだのもまだ認められてないんだろ?だから、だから…お母様の遺体は、あんたの元にあるべきじゃない。荒療治でも、一度引き離さないと、あんたは一生歪んだまま生きていくことになるんじゃないかと…思ったんだ。」
「…うる、さい。さっきから何を言ってるのか、わからないわ。」
「聞かないふりも、見ないふりも、もうやめよう。俺も、やめるから。俺は、真っ直ぐあんたを見て生きていくから。だから、あんたも…」
「嫌!!」
セレナに突き飛ばされたタイタンはそのまま尻もちをつく。その顔に、槍の切先が突き付けられた。
「貴方に、何がわかるの。」
「わからないよ。だから、あんたと話したいんだ。あんたのことを知りたいんだ。何でも。あんたのことなら何でも。」
タイタンの表情は穏やかだった。ただ真っ直ぐ、セレナを強い光が覗き込んでいる。
「…嫌、よ。お母様と私を引き裂くタイタンなんか、大っ嫌い!」
ぽろぽろ、涙が溢れ。
「貴方と話すことなんか無い。…出て行って、今すぐに!」
空一面を銀色の槍が覆い尽くした。
「…真正面から俺とやり合って、勝てると思うのか?」
「あまり舐めないで。森が舞台なら私は誰にも負けっこないんだから。」
「…ふふ。」
え。
急に笑みを浮かべたタイタンに、セレナはたじろぐ。
「いいな。一回くらいあんたと全力で戦ってみたかったんだ。」
せっかくなら楽しい勝負にしよう、と笑うタイタン。セレナの頭にカッと血がのぼった。
「ふざ、けないで…!!」
タイタンを倒したら勝ちなのではない。セレナはタイタンを止められさえすれば、後は秋島たちからお母様を奪って逃げればいい。
技量で圧倒的に劣る以上は、質より量だ。
セレナはタイタンめがけて、容赦なく槍を飛ばした。
「…そんな闇雲に。雑なのはあんたの悪い癖だ!!」
タイタンはつま先で飛び上がる。…その足に絡みつこうと忍び寄っていた鎖は宙を空振った。
そのまま飛んでくる槍を次々蹴飛ばし、タイタンは一瞬でセレナに迫っていた。
「っ…」
とっさに槍で剣を受ける。だが鍔迫り合いになってしまってはセレナに勝ち目はない。
ギャリギャリギャリ!!と凄まじい金属音と共に火花が散る。押し返せるわけもなくセレナは後方に吹き飛んだ。
「鎖…っ」
吹き飛んだ先、木と木の間に鎖を張る。
そこに踵で着地、跳ね返された体はタイタンに向かって真っ直ぐ飛んでいく。
…はずなのだが。
「は…!?」
鎖の一本がセレナの体を真上に弾いた。
これは…
「タイタンの鎖が、紛れてるっ…!!」
大きく軌道が逸れた。その真下ではタイタンが剣を構えている。
手にしたばかりの力だというのに、魔道は既にタイタンの戦闘にすっかり馴染んでいた。
「裏切ると分かっていれば…ッ!!」
「裏切ってなんかないさ。俺はいつだってあんたを想ってる。」
「嘘、つきっ!!」
鎖が再び張り巡らされ、今度はセレナを宙吊りにする。
捲れ上がったスカートから再び槍が射出される。
それは難なくタイタンに弾き飛ばされる。だが、今度は目の前の大岩に直撃した。
「弾けて!!」
ハッとして槍を見ると、柄に見慣れない赤い紐が結ばれている。
とっさに顔を庇った。次の瞬間、タイタンの腹に砕けた岩が食い込む。
「っ、が!!」
視界が点滅する。たじろいだタイタンの元へ、宙吊りのセレナはそのまま頭から飛び降りる。
「倒れなさい…!!」
「甘い、んだよ!!」
ギャリギャリ!!と今度はセレナの槍はタイタンの鎖で受け止められる。
「倒れなさい、って!!言ってるでしょう!!」
「お断りだ!…っ、随分調子がいいんだな!あんたが眠って終わりだと思っていたんだが!」
言われて気付く。魔道の乱れが止まり、眠気どころか槍の冴えも元通りになっていた。
「…やっぱりな。原因はお母様なんだろ?何をそんなに悩んでるんだ。」
「…関係ない、貴方には。」
セレナは再び後方に飛んで距離を取った。
「関係ないわけあるもんか。俺とあんたは一連托生だろ?」
「私もそう思ってた。おしまいにしたのは貴方じゃない。」
「おしまいになんかしない。俺はあんたを助けたいんだ。」
ゆっくりと、剣を持ち上げる。ふー、と吐いた息は白い。
「私を幸せにしたいなら!!お母様を返しなさい!!」
絶叫と共に空を埋め尽くす銀色の槍。
力無く垂れ下がっていたはずの翼は今、大きく広げられ、月の光を浴びてぎらぎらと煌めいている。
「それは、駄目だ。」
タイタンの足が地面を蹴り、びきりと大地が割れる。その勢いのまま、タイタンはセレナの元へ再び飛び込んでいった。
「しぶ、といな…!!」
タイタンは乾いた唇を舐め、セレナを見据える。人狼の力を展開していないとはいえ、魔道で増強されたタイタンの剣に魔道以外は非力なセレナが敵うわけがないと踏んでいたのだが。
セレナは近寄られれば鎖で逃げ、遠方から槍で足止めすることを巧みに繰り返し、タイタンが槍を避けられなくなるほど消耗するのを待ち続けていた。
何しろ彼女の魔力は無尽蔵だ。体が動く限りは戦い続けられる。
「っ…はあ…。」
セレナは肩に負った傷に小型の麻酔魔道具を突き刺す。
治すには時間がかかるが、動くだけならこれで充分。充填は残り半分ほど、それまでに仕留められるかは、賭けだ。
「失血したって魔道具で補えるように準備したのよ。貴方の裏切りに気づいてからね。一撃で仕留めなければ、私が止まることはないと思いなさい。」
強気に笑ってみせたが、彼女の鼻からは血がどくどくと流れている。
「…っ、はあ。持久戦なんて、無意味だぞ。」
「本当に?…剣への魔道の循環が、随分滞っているようだけど。」
ぼろぼろのセレナに対してタイタンはかすり傷と打撲程度…に見えるが、袖で隠れた手首は真っ赤になり熱を持っている。
既に2時間ほど、セレナと全力で撃ち合い続けている。履き始めたばかりの靴で靴擦れを起こすように、柔軟に鍛え上げられたはずの関節が悲鳴を上げていた。
「あと槍を正面から受けられる回数は、片手で足りるくらいでしょう。大怪我をする前に降参したらどう?」
「…はは。あんた、本当に、悠長だな。…まるでお母様を持ち去って欲しかったみたいだ。」
「っ…」
煽られたセレナの背後に鎖が波打つ。
「まあ。俺は悠長にして、いられないんだが。あと一カ月もあれば俺の記憶は消えてしまうらしいから。」
「は…?」
タイタンは、今なんと。
「お母様の仕業だよ。まあ、気づいていたんだろう、それは?計画に失敗すると俺の記憶は消える。俺の頭に植え付けられた、旧時代の記録というものに塗り潰される。まあ、大っ嫌いな俺のことは、もう関係ないだろ?」
タイタンは、ゆっくりとセレナに歩み寄る。
「気にするな。早く、槍を構えろよ。」
「う、あ。」
血走った目が、動揺するセレナを見据える。
「…何今更怯えているんだ。俺を倒す為に準備、したんだろ?」
「なんで。記憶を失うっていうのに、そんなに、普通でいられるの。」
「今はそれどころじゃない。絶対に負けるわけに、いかないから。」
「…っ、貴方はいつもそう!!私の為、私の為って、知らないところでぼろぼろになって!!」
飛んできた鎖を弾く。剣の振動でタイタンの手首に激痛が走った。
「秘密にするのはいいわ。でも、私の為なんて二度と言わないで!!押し付けがましいのよ!!虫唾が走るの!!」
「セレナ、さ…、」
「気安く呼ばないで!!大っ嫌い、大っ嫌いよ、タイタンなんか、大っ嫌い!!」
セレナが眼前に突き付けた槍。その柄をタイタンは掴んで払いのけた。
血と涙でぐしゃぐしゃの顔が晒される。
「…なあ、あんたはさ、本当に大っ嫌いなのは、俺じゃないんじゃないのか?」
ミシリ。
セレナの魔道回路が軋んだ。
「な、に。」
「楽しかっただろ?俺は楽しかったよ。あんたと一緒に過ごす毎日が。厄介ごとばかり持ってきて、意地っ張りで、向こう見ずで、そのくせ反省しないのに怒られたら泣くし。そんなあんたと一緒にいるのが楽しかった。」
「…そんなの、は、私だって。私だってずっと一緒に居たかったに、決まってるでしょう。」
「人間なんかみんな大っ嫌いだ、って泣いてくれたあんたを見た時さ、悲しかったけど、嬉しかったんだよ。やっとあんたの本音に触れられた気がして。」
タイタンはもう一度、彼女の頬に触れる。
先程間近で見た時よりも、彼女は随分と情けない顔をしていた。
「…俺がお母様のせいで傷ついたら、お母様まで憎んでしまうって、言ってたよな。なあ、その気持ちが今も変わらないならさ」
「…黙って。」
「今…いや、ずっと大っ嫌いだったのは。」
「やめ、て!!」
ぐにゃり、と地面がぬかるむ。瞬間、地面から飛び出したのは、
「剣…!?いや、これは。」
槍と鎖。それ以外の形を見たのは初めてだ。
だが銀色に輝くそれらとは違い、錆びた鉄色をした金属が、次々とタイタンとセレナの間に現れ、壁のように彼女を隠していく。
「嫌い?そんなわけない。お母様のこと、愛してたの。私。」
タイタンの剣によく似たそれは、今度はセレナに覆い被さり始めた。
彼女を包んでいくそれはまるで巨大な金属の棺だ。
「っ、セレナさん!!あんた何して!」
「お母様にね、告白したの。花束を持って。返事も聞かないで逃げた。そしたらね、次の日からお母様は動かなくなった。」
何枚も、何枚も、剣のような分厚い金属板が地面から生えては、彼女を包んでいく。
「…一カ月くらい経って、ようやく死んだことを理解したの、私。馬鹿みたいよね。お母様に恋するなんて、そんなことするから、神様がお母様を連れて行ってしまったんだわ」
恋?
ひゅっ、と喉から音が鳴る。
「ま、だ。まだお母様のことが、好き、なのか?」
嫌な予感がする。初めてのお墓参りで抱いた、猛烈な嫌悪感。声が震える。
「…ええ。馬鹿みたいでしょう。」
頭を殴られたような衝撃。頭が真っ白になる。
一年も一緒に暮らしていたんだ。そうは言っても少しくらい意識して貰えていたんじゃないかと、思っていたのだ。
完全な片思い。一方通行。
セレナさんは、俺を、好きじゃない。
絶望に染まってフリーズしているタイタンに気づかず、セレナは続ける。
「でももう、よく分からない。大好きなのと同じくらい、お母様が大っ嫌い。でも嫌えば嫌うほど魔道はぐちゃぐちゃになっていく。嫌う気持ちで振るう魔道が、世界を救うわけないじゃない?」
「…。」
「もっと素敵な気持ちで振るう魔道が、きっと世界を救う魔道なのよ。そんなもの私は持っていないみたいだけど。期待に応えられない私も、期待する貴方も、そもそもそんな無理をふっかけたお母様も、みんな、嫌い。大っ嫌いよ、みんな…」
金属に覆われて、ついにセレナはすっかり見えなくなってしまった。
彼女の心をそのまま現したようなその巨大な棺は…タイタンの目に全く入っていない。
なんとタイタンはすっかりショックで、脱力してしまっていた。
今まで「セレナを救う」と息巻いていた気持ちはどこへやら。
情けないことに、振られたショックで、タイタンは彼女の涙ながらの独白を殆ど聞き漏らしていた。
彼の目に映っていたのは、この一年の走馬灯。愛しいセレナとの日々が、現れては消え、現れては消え、その中に何度か「きっと俺のことが好きなんだろう」と確信して噛み締めていた彼女の言葉が、態度が、現れては消える。
一年拗らせた、タイタンの熱烈な初恋は敗れた。タイタンは今、ただ、嫌い、嫌いと溢す彼女の言葉を拾うのが精一杯で、だから、殆ど何も考えず、彼は口からその言葉を発してしまった。
「セレナさん、俺は、初めて会った時からあんたが好きだよ。」
言って数秒後。…ん?とタイタンは正気に戻る。自分が言った言葉の意味を考え、背中から冷や汗が吹き出す。
「ちが、う!!すまない、なんか俺、今すごく適当なことを言って…!」
「…へ。」
さらさらさら、とセレナの棺の城が一瞬で砂に帰る。
ただ唖然として、タイタンを見ているセレナに、慌ててタイタンは背を向ける。
「…この金属が変質した魔道ってやつなのか?確かに消え方とかが少し違うが、金属だし似たようなものだし。そこまで気にすることじゃないと思う。」
「い、や!!待ちなさいタイタン。適当に言ったの?」
こちらを軽蔑の眼差しでセレナが見ている。また数秒前の自分の言葉をタイタンは思い返し、最悪の言い訳をしたことに気付く。
「違う!!あんたが…あんたが!!こんなのは事故だ!!」
背を向けてしまったタイタンの首は真っ赤だ。最早答え合わせのようなもの。
セレナの頭が真っ白になる。
「それは、その。友人として、とかではなくて?」
「…。」
この期に及んでなんてことを。
「なんで黙るの!」
「…ずっと好きだ。恋をしてる、あんたに。」
もうどうだっていい。知ったことか。
やけくそで放った言葉。想いは一度溢れてしまえば、もう止まらなかった。
「結婚するならあんたがいい。あんたが俺以外を好きだなんて耐えられない。あんたに幸せになってほしいけど、その隣にいるのが俺じゃないのは、許せない。もう、笑っていてくれたらなんでもいいなんて、言えないくらいには、俺はあんたが好きなんだ。」
タイタンの瞳には、熱が宿っていた。
ぐつぐつと、煮えたぎるような。触れたら此方まで火傷してしまいそうな。
少し怖いと感じた。だが、その熱はあまりに蠱惑的で。呑まれてしまいたい、なんて、そんな欲望がぐらぐらとセレナの脳を揺らす。
やっとの思いでセレナは言葉を紡いだ。
「でも、私は…ごめん、なさい。その、私は、弟のように思っていたから。いきなり、そんな…難しいわ。」
がん。
「た、タイタン!?」
タイタンは勢いよく地面に突っ伏した。
そこは、頷くところじゃないのか。普通に振られた!!
「タイタン!タイタン!?起きて、起きなさい!!」
ショックが過ぎ去ると次は羞恥が押し寄せる。顔が上げられない。
自分を好きでもない相手に熱烈な言葉を浴びせてしまったこともそうだが。
あれだけ秋島とディアンに、自慢げに振る舞っていたのが、振られたと知れたら。
今までの自分の言動全てが恥ずかしくなってくる。
「…死にたい。」
魂が飛び出てどこかに行ってしまいそうだ。
「ちが、でも。タイタンが居なくなってしまうのは、嫌…。お友達でなくなってしまうのは、嫌…。」
泣き出しそうな声に驚き、タイタンはセレナを見上げた。
最初は自分を追い出そうと、保護区に帰そうとしていたセレナが、今はお母様と自分を天秤にかけることに苦しんで、泣いていた。
恋だと思っていなかったかもしれないが、いつの間にか自分は、セレナにとって随分大事な人間になっていたらしいことを、タイタンはその時ようやく気づいたのだった。
いや、それどころか。もしかして。
覗き込んだ月光の瞳が帯びている、熱の正体を、自分はよく知っている。
「…残酷なことを言うな。俺はあんたへの気持ちを忘れるなんて無理なのに。」
離れ離れになるのも、無理なのだが。
タイタンはにやりと意地悪に笑った。
「でも貴方は、秋島たちを追うなと言うのでしょう。」
「ああ。」
「私、どうしたら。」
セレナは目を伏せた。タイタンは起き上がり、座り込んでいるセレナと目を合わせる。
「秋島たちがお母様を悪用しようとしたり、傷つけようとするなら、俺はあいつらを斬るよ。それでは不足か。」
「…本当は毎日だって、顔を見たいの。」
「そんなの俺は許したくないな。…お母様だってそれを禁じたんじゃないのか。」
年に一度のお墓参りだけ、と言い付けられていた。お母様がセレナにそう命じた理由も今なら察しがつく。
「なあ、俺はあんたとお母様の記憶も垣間見た。…あんたを大事に育てたお母様がさ、あんたがいつまでも死んだ自分に囚われているのなんか、望んでいるとは思えないんだよ。」
「…わかってる、そんなの。それがお母様の、親としての愛だってことくらいは。でも、そんなのは要らないの、要らなかったの、私には…」
「その恋を貫いたらあんたは破滅するよ。俺も、森も、あんたの友達もみんな、恋の犠牲になる。俺があんたで、あんたがお母様だったらさ、俺はそうしているかもしれないけど。そうじゃないから。…あんたには、俺と歩む未来を選んでもらうよ。」
「タイタンとの、未来…?きゃあ!!」
タイタンはセレナを抱き上げた。そしてそのまま、ずかずかと帰路を進んでいく。
「っ、タイタン!だから、私はまだ納得なんかしてな…っ!」
「それが、何だ。俺に一撃食らわすのが精一杯なくせに。別に俺は、あんたが負けたと言うまでやっても構わないが?」
「ぼろぼろのくせに…!!」
「あんたもな。」
優しく抱き上げたように見せかけて、硬い腕はセレナを思い切りホールドしている。
「あんたの頭が冷えるまで離さないから。それまではゆっくり、思い出話でもしようか。2人で。」
「っ…」
勝てない。
それは魔道を得て及ばなくなってしまった戦闘の実力に限った話ではなく、自分が正しいと確信してしまったこの男にどれだけNOを突き付けても、こっちの話など聞いてくれないから意味がないのだ。
「横暴。頑固。石頭…貴方のそういうところは本当、大っ嫌いよ。」
「それこそ、あんたに言われたかないよ。似たもの同士、末長く仲良くやっていこうな。」
思い切り振られたというのに、タイタンは上機嫌だ。まるで告白が成功したかのように、甘い雰囲気を纏った彼は、怪訝そうにしているセレナに微笑んだ。
「いや、何。あんたを嫌われないとあんたを幸せにできないんじゃないかって思っていたから。そうならなかったことに安心してる。どうやら、あんたの幸せは、俺と歩む未来の先にあるみたいだから。」
「私は、そうと決めたわけじゃ。」
「絶対にその気にさせる。だから秋島たちの後は追わせない。計画は成功させるし、記憶も失わないし、平和な世界であんたと結婚してやる。絶対だ。」
「私が、タイタンのこと、好きにならなかったらどうする気なのよ…。」
セレナは呆れた、と言わんばかりにタイタンの腕の中に沈んだ。
「こっちは一年待ったんだ。追加で多少時間がかかるくらい、今更だな。」
まあ、正直タイタンは、その時が訪れるまで、時間がかかるとは思っていない。
怒り狂っていたのも、お母様への複雑な感情も、タイタンの記憶のことさえ全て、何だかどうでも良くなってしまって、黙ってタイタンの腕の中に収まっているセレナ。
思いを告げた時、熱に揺れていた瞳。抱き上げられるなど初めてではないのに、今は遠慮がちに震えた手をタイタンの背中に添えている。
彼女の中に何か、今までにない感情が芽生えている。後は、その正体に彼女自身が気付くだけだ。




