番外:誕生日
「は・・・?」
そう言葉を零して固まってしまったタイタンを、セレナは不思議そうに見上げる。
そんなに驚かせることだろうか。セレナは焼きたてのプディングにスプーンを突き立てる。
「お誕生日といっても、本当に生まれた日は知らないのだけれどね?ここに来た日を誕生日にすれば良いじゃないとお母様に言われて・・・毎年こうしておやつを作るのよ。」
セレナの目の前。食卓の上にはガラスの皿に乗ったプディングがほかほかと湯気を立てている。
妙に上機嫌なセレナが、いつもの倍以上の量の蜂蜜を皿にかけていくのに思わずタイタンが苦言を呈すと、衝撃の発言がセレナから飛び出したのだ。
「・・・そういうことはもっと早く言ってくれ・・・・・。」
タイタンは頭を抱える。恋心どうこうはさておいても、こうして一年近く、共に暮らして来た友人だ。誕生日となれば何か贈り物でも用意してやりたいと思うのは当然のことで。
「・・・ええと、その。プディングが食べたいならちょっとだけ分けてあげてもいいわ?」
「そうじゃない。あんたなあ・・・お母様と誕生日を祝っていたなら、こう、もうちょっと想像できないのか。」
「だからプディングを食べているでしょう?」
セレナはそう言ってプディング・・・いや、蜂蜜をスプーンで掬い口いっぱいに頬張った。見ているだけで胃もたれがしそうだ。
どうやら彼女は誕生日とは贈り物を貰ったりパーティをする日では無く、プディングを覆い尽くすほど蜂蜜をかけて食べることが許される日だと勘違いをしているらしい。
「・・・はあ。まさかお母様に同情する日が来るとはな。」
彼女の誕生日に毎年、甲斐甲斐しくプディングを焼いてあげていたお母様の姿がまぶたの裏にありありと浮かぶ。自分の心を込めた贈り物が、まさか愛情では無く慣例、儀礼と受け取られていたと知れば、天国のお母様も膝から崩れ落ちるに違いない。
「・・・?」
不思議そうにスプーンを咥えたセレナに見送られ、タイタンは羊小屋の掃除をするべく、秋色に染まった森へと出かけて行った。
「・・・なあ、どう思う。いくらなんでも酷いと思わないか。」
「メーー。」
「あの馬鹿、誕生日を祝うという発想自体が無いときた。誕生日はプディングを食べるだけの日だと思い込んでいやがる。馬鹿だ馬鹿。セレナさんはどうしてこうポンコツなんだろうか。」
「メーー。」
「それとも、何だ。あの人は俺が誕生日を祝う気持ちすらない冷血だと思っているのか?心外だ。そんなに日頃の行いが悪いか?そこまで冷たく接してないだろう俺だって。なあリコリス?」
「・・・・・。」
「黙るな。傷つく。・・・と言っても、俺に用意できるものなんて・・・というかあの人が特別喜ぶ贈り物なんて想像もつかない。何でも喜びそうなんだよな。それはそれで悔しいし・・・なんとか、こう、セレナさんを驚かせてやりたいんだが。何か良い方法は無いものか・・・。」
タイタンは深いため息を吐いて、リコリスのふわふわの背中に顔を埋めた。みぎい、と嫌そうな声を上げてリコリスが逃げて行く。
「薄情者。あんたが川に嵌った時に助けてやった恩を忘れたか。」
「ぎーーー。」
だからと言ってそれとこれとは話が別よ。お前の全体重を受け止められるほど私は屈強じゃないわ・・・という声が聞こえてくるかのようだ。
「・・・・はあ。」
いつまでも羊と会話をしていても仕方ない。もうすぐお昼時。昼食は要らないと伝えているが、時間は少ない。夕飯までの残り数時間で、セレナに何か贈り物を見つけないといけないのだ。
「好き嫌いせずに薬草入りの餌も食うんだぞ。またリコリスがハゲたら冬のコートが作れなくなる。」
「みーーー!!」
レディに対してハゲとか言わないで頂戴。デリカシーが無いのよ!!
と、小屋を蹴り出された。
「あんた、本当に主人と似てるよな・・・。」
だからこそリコリスに教えを請おうと思ったのだが、乙女心とは全く、難しいものだ。
蹴られた腰を撫り、タイタンは次の相談相手の元へと向かうことにした。
「・・・という訳なんだが。なあポーラ。どう思う。南部に何かこう・・・女性の喜びそうな可愛らしい花とか、そういうものはないだろうか?」
「ぼーーーー。」
タイタンは空になった栄養剤の瓶をポケットに仕舞う。初対面の時には敵意を示していたポーラも、何度も世話をするうちにタイタンに慣れたのか。セレナのように摺り寄ることはしないが、見つけ次第襲い掛かるような真似はしなくなっていた。
「果物とか・・・こう、セレナさんが知らないようなものとか。」
「・・・・・べえ。」
ポーラはセレナの前では猫を被っている。それを知ったのは割と最近・・・1人でポーラの世話をすることができるようになってから。セレナにはきゅうきゅうと甘い声で擦り寄るポーラは、タイタンの前では素の・・・どこか老婆のような緩慢とした態度を隠さない。
それがどこか気楽なのはお互いさまらしい。いつしかセレナには言わないような本音をタイタンに零す・・・腐れ縁の友人のような、不思議な関係が2人には生まれていたのだった。
「そう突っ慳貪な態度を取らないでくれ。頼む。後はもうあんたぐらいしか、乙女心の分かりそうな奴が俺には思いつかないんだよ・・・。」
蓬山の鹿たち・・・例えばあの子鹿の嫁だとか、彼らに頼ることも考えたが、鹿たちは今、冬を越す準備で大忙しだろうし。邪魔をするのも申し訳ない。
所謂女性、雌に分類される森の住人自体は他に思い当たる節はなくはないのだが・・・彼女たちの多くはセレナの味方で、セレナに小姑のように接するタイタンをどこか敵視している節がある。
・・・森の小動物たちの井戸端会議で、自分が「女の敵」「有り得ない」「セレナに手を出そうものなら私たちが断罪する」などと散々に言われていることを彼は知らないし、きっと知らない方が幸せであろう。
「・・・・・ぐう。」
「別に。・・・ただセレナさんが、その。・・・はあ、本人には絶対に言うなよ。恥ずかしいから。」
タイタンは岩場に腰掛け、ズボンに付いた土と枯葉を払った。
「・・・誕生日は自分1人で過ごすものだと、思い込んでいるのが寂しいと思っただけだ。」
タイタンは髪を掻き毟った。
「もう分かっている。あの人はお母様に救われたと言うが、お母様は普通の人間ではないし・・・あの人の常識というものは、普通でないお母様にどこか歪められてしまった節があると。そういう、彼女の歪んでしまったものを、少しずつでいいから、俺が正しく戻してやれたらいいと・・・これはその為に必要なことなんだ。いや、クソ、そうじゃなくて。」
ポーラの葉がぺちりと、タイタンの頰を叩いた。御託はいい、と。
「あの人には、1人でプディングを食べて終わる誕生日より、毎年どんな贈り物を貰えるのかと目を輝かせる誕生日の方が、似合うだろ。別に、それだけだ。」
こんな、柄でもない。たった今飛び出した自分の格好つけた発言を、口に戻せるものなら戻したい。顔が熱くなっていくのが自分でもよく分かる。
「・・・・・べっ。」
「誰がガキだ誰が!!燃やしてやろうか!?」
こんのクソ花。普段はその巨躯で怒鳴り散らす大男となれば周囲を威圧できるものなのだが、相手が自分の倍以上の背丈を持つ人食い花となればそうもいかない。
初めて好きな子が出来た男児のようだな、とけらけら笑ってこちらを馬鹿にしていたポーラは、ひとしきり笑い終えると、タイタンの腰をくるりと葉で巻き取ると、彼が歩いてきた道の方に投げ飛ばした。
「痛いな!!」
「ぐぐぐぐぐぐ。」
「回りくどいのは自分でも分かっている!!素直にそう言えたら苦労しないんだよ!!それが出来ないからせめて贈り物でもと・・・煩い煩い!!揶揄うだけなら俺はもう帰るからな!!」
転がるように去っていくタイタンの首は恥で真っ赤になっている。
手間がかかる、とポーラは呆れたように息を吐き、瞼を閉じた。若者の色恋沙汰に巻き込まれるのは勘弁、と言わんばかりに。
「・・・わぶ。ちょ、っと!!何するのタイタン!!」
太陽は既に傾き、窓から緋色の光が差し込んでいる。
居間の小さな椅子に座って編み物にふけっていたセレナにずかずかと歩み寄った彼は、無言のまま彼女に大きな花束を渡した。その勢いでセレナの顔が真白の花弁に埋もれる。
「・・・・・誕生日おめでとう。プレゼントだ。受け取れ。黙って受け取れ。」
結局、大した贈り物など思いつかなかった彼は、悩みに悩んだ挙句、南部の川縁に生えていた薔薇によく似た真白の花を摘み、それを倉庫にあった白い薄布に包んで贈り物にした。
誕生日に花束など。あまりにベタだ。花束を持って歩く自分の姿など想像もしたくない。
「・・・なんでちょっと怒っているのよ。」
「怒っていない・・・クソ、笑うなよ!似合わないと言いやがったらしばらく口を聞かないからな!!」
タイタンはセレナの方が小さく震えているのを見逃さなかった。セレナに花束を押し付けると、彼はそのままソファに突っ伏してしまった。
「別にそんなこと言っていないじゃないの。というか・・・その。ちょっと、びっくりして。」
「何だ。俺が誕生日を祝う発想すらなさそうな冷血人間だからか。」
「だから、そんなこと言っていないわ。その、1人じゃない誕生日が久しぶりすぎて、いろいろ忘れていて・・・。その、そうよね。誕生日って、お祝いしてもらうものよね・・・う、何よその目は。貴方こそちょっと私を馬鹿にしていない?」
タイタンはクッションに顔を埋めたまま、視線だけでセレナを呆れたように見つめている。
「別にしてないだろ。言いがかりはよせ。」
「この引きこもり、ぼっち、って顔に書いてるのよ。ええ、ええ、否定はしないけれど!!」
「いやそうは思っていない。むしろ安心した。誕生日をプディングにたらふく蜂蜜をかけて食べる記念日だと思っている天然馬鹿かと思って心配していたからな。」
「そんなわけないでしょう!?ちゃんと知っているわ、お誕生日は贈り物を貰ったりしてお祝いしてもらうものだって!私を一体何だと思っているのよ!!」
顔を真っ赤にしてぷるぷる震えるセレナを見て、タイタンの背中にどっと疲れが押し寄せた。
どうか、先ほどの恥ずかしい発言を忘れてくれポーラ。お母様がどうだとか、変に勘ぐって、ぐるぐると余計な思考を巡らせていたつい数時間前の自分を殴り飛ばしたい気分だ。
「というか、ええ!!最初からそう言ってくれたら良いじゃないの!!プレゼントを渡したいからもっと早く言えって、そう最初から言ってくれたら気づいたのに!!なんでこう貴方は面倒臭いのよ!!」
「ーーーーッ、ええい煩いな!!あんたが言いにくくしたんだろうが!!あんたが俺に祝われるなんてこれっぽっちも思いません、みたいな顔をしやがるからこっちだって言いにくくなるんだろ!?」
「何それ、私のせいって言うつもり!?」
「ああそうだ!!今回はあんたが悪い、俺は絶対に悪くない!!」
そう言い放ち、タイタンはソファの背に顔を埋め、そっぽを向いてしまった。セレナはタイタンの背中に、ばか、ばか、と言葉を浴びせて食卓へと去ってしまった。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
違う。こんなことが言いたかったのではなく。
タイタンの脳裏に、ポーラの言葉がよぎる。ガキ、と。
好きな子に優しく出来ない、つい辛くあたってしまう、初恋を知ったばかりの男児のようだ。
「・・・っ、セレナ、さ。」
「・・・タイタンっ。」
2人の声が被る。食卓の椅子に拗ねて座ってしまったはずのセレナが、ソファの背からひょっこりと此方を覗き込んでいた。
「・・・あ、その、えと・・・。」
「・・・誕生日おめでとう。来年はちゃんと準備して、もう少し気の利いたものを渡してやる。あんたは花なんか見慣れてるだろうけど、今年はそれで我慢してくれ。」
照れ臭さと、情けなさで、このまま消えてしまいたいような気持ちだ。だが、更に自分の情けなさを上塗りするだけだと分かっていても、このくらいの言い訳は許して欲しかった。
「・・・貴方がくれた贈り物が、嬉しくないわけないでしょう?ふふ、私とおんなじ、真っ白なラナンキュラス。大好きなお花なの・・・私によく似た、晴れやかな花だって、お母様がよく褒めてくれた・・・。」
セレナはそう言って、真白の花束を優しく抱きしめた。
「でも・・・ラナンキュラスは春のお花なのよ。一体どこに生えていたの?誰かに教えて貰ったの?」
「・・・さあな。歩いてたら生えていた。どうして生えているかなんて俺に聞かれても困る。」
タイタンはソファから体を起こした。ポーラがこれを知っていて、タイタンをその方向に投げ飛ばしたのか、それとも偶然だったのか。聞いてもきっと彼女は教えてくれない。
それより今は、嬉しそうに花束を抱えてくるくると回るセレナを、目に焼き付けておかなければ勿体ない。これから先何年も、自分は彼女に誕生日のプレゼントを贈るだろうが、きっとこれと同じ笑顔は、もう2度と見られないだろうから。
「・・・その、いろいろ気を使わせてごめんなさい。」
「プレゼントを貰った時に言う台詞としては0点だな。」
タイタンは作業場の扉へと歩く。確か綺麗な装飾のされた硝子の花瓶があったはずだ。セレナは小ぶりな花ばかり飾ることが多いので、あの大きな花瓶は作業場で埃を被っているばかりだったが、何十本も摘まれたラナンキュラスを飾るにはあの花瓶が相応しい。
「えと、ええと、行かないでタイタン!その、ありがとう!とっても嬉しいわ!」
セレナがぎゅっと握ったシャツの裾は土埃で汚れている。彼女の瞳が潤んでいることに気づき、そっと目尻を拭った無骨な指には、細い切り傷が残っている。
「ふふ、晩御飯はとっておきのご馳走を作るから!期待して待っていて頂戴?」
セレナの顔よりも大きなラナンキュラスの花束。彼女の笑顔に似た、晴れやかな、まるで花嫁のような純潔の花弁。
自分の単純な連想が言い当てられてしまったことは気恥ずかしかったが、気分は全く悪くない。
季節外れのラナンキュラスは、初雪の頃になっても全く萎れる気配を見せなかった。
疑問を抱いた2人が、タイタンの記憶を頼りにその群生地を探し当て、丹念に調べ上げた結果。
どうやらそこはかつてお母様が時計型の魔道具を使用しようとして大事故を起こし、小規模の時空間異常を引き起こしてしまった場所であることが判明した。
セレナは青ざめ、タイタンは知りたくなかったと頭を抱える。
「・・・まあ、いいんじゃないのか別に。花が生えているだけだろう?今まで特に困ったことはなかったようだし・・・。」
「道理の問題よ!!こんなことがあっていいわけないでしょう!?ああもう、ここだけ空間が切り離されているわ、まるで異空間よ、この数メートルの空間だけが異世界に接続しているのよ!!なにをどうしたらこんなことになるのよ!?」
・・・そうして、2人の家の玄関には、決して枯れない真白のラナンキュラスが永遠に飾られることとなり。衝撃の事実が判明してから数週間の間、セレナはあれほど嬉しかった贈り物をげんなりとした顔で見つめる羽目になったのだった。




