終着:前編
「H003は無事保護区に到着した。…お疲れさん。協力感謝する。」
「ああ。ただあの時も伝えた通りだ。解析、解体…そういったことは控えてほしい。万が一傷ひとつでも付けようものなら。」
「わかってるよ。保護区の地下保管庫に厳重に仕舞ってある。…あれは破損していて内部データは引き出せないことになっている。事実を知っているのはディアンとおチビだけだ。」
ここはタイタンが以前訪れた南部の塔だ。秋島が森に一番近いハンター拠点から音声通信をこちらに飛ばしてくれているのだ。
「というか…恐らくだが、H003から引き出せるデータに、俺が持っている以上の情報はないはずだ。俺の脳にインストールされた記録というのが、H003のデータそのままなんだろう。解析を行うくらいなら、俺に質問してくれた方が早いと思う。」
「…本当なんだな、旧世界の記憶を持っているというのは。」
秋島には全てを打ち明けた。というのも、先日の騒動以降、セレナは破壊の魔道を一切振るうことが出来なくなってしまったのである。
帰宅してすぐ、セレナは布団に倒れ込み深く眠った。全身に部分麻酔を打ち込み、無理な戦闘をした結果、体は問題ないが副作用の酷い眠気と嘔吐で丸一日苦しむ羽目になったのである。
そうして症状が落ち着く頃には、セレナの魔道は完璧に変質していた。槍を出すことはできるが、美しい銀色は酷く錆びた鉄色に変わっており、タイタンが少しつつくだけで崩れ落ちてしまうのだ。
『本質が変わっているのね。以前の魔道を模倣は出来るけど、使い方が違っている。上手く扱えてないんだわ。』
すっかり回復したセレナは作業場に篭り、魔道の練習に明け暮れている。
待ち望んだ魔道の変質を終えた今、成すべきことは計画を終わらせること。自分たちは何をすべきなのか、そのヒントを求めて秋島にも今まで起きた全てのことを明かしたのだ。
「…まあ、魔道の本質を掴むところからだろう。何が出来るのか分かれば、何をすべきかは自ずと見えるだろうさ。」
「秋島は何か思い当たらないだろうか。お母様を憎むほど魔道は変質してしまうと、セレナさんは言っていた。だが、変質し切った今、セレナさんが憎悪を滾らせているようには見えないんだ。むしろ憑き物が落ちたというか、すっきりしているように思えて。」
「ようやく、現実を見たんじゃないか。前にも言ったろう。嬢ちゃんは根性で変質を押し留めているって。…それが、現実への憎悪に身を任せて、破壊の魔道へ自分を押し戻すことだったんじゃないのか。」
憎悪と破壊、2つの意味が繋がっているのは、言葉も魔道も同じことだから、と秋島は言う。
「きっと現実を見ることは、憎悪に身を浸すより恐ろしいことだったんだ。だから、今の魔道が紐付くのは、嬢ちゃんの現実。それを嬢ちゃんがどう捉えているのかにヒントがあるはずだ、多分な。」
「流石は専門家だな。ありがとう。相談して良かったよ。」
「ったく、結果的に全て坊主の要求が全て通った形に落ち着いたわけだが。こっちに顔を出す気は?」
「ない。…俺たちも色々起きてな。今セレナさんの側を離れるわけにいかないんだよ。」
そうかい、達者でな、と。ぶっきらぼうに通信が切られた。
タイタンは装置をしまい、足早に塔を去る。
何があるわけでもない。セレナの顔が早く見たい。今それより大切なことなど、あるわけがないのだ。
「…タイタン。」
「…ん?」
セレナは気まずくなり目を逸らす。
目尻が少し下がり、返答ひとつでさえ甘い声色を帯びている。
4人掛けの食卓で、2人で食事をする時は向かい合わせに座るのが当たり前だったのだが、あの日以来、タイタンは何故か隣に腰掛けるようになった。
「発酵させた野菜は苦手か?」
「そんなことはないけれど。唐辛子が入っているから…」
「そこまで辛くしていないから、一口試してみろ。」
はい、あーん。と、タイタンが箸をこちらに差し出した。
「あのねえ!自分で食べられるわ!」
「自分で食べないじゃないか。はい。」
口の先に差し出されたキャベツを、仕方なく一口食べる。
「…美味しい。」
「だろ?唐辛子は避けていいからな。」
こちらに微笑み、タイタンは自分の皿を片すため立ち上がった。
…ずっとこの調子だ。でろでろと、タイタンはこちらを甘やかしてばかり。やめてと言っても聞きやしない。
作業場に篭ってもいつの間にか椅子を持ち込んで後ろで本を読んでいるし、夜は眠りにつくまでベッドに腰掛けてセレナを見守っている。
『仕方ないだろう。あの日からますますあんたが可愛くて仕方ないんだから。』
何度怒っても、そう言って、タイタンはセレナの頭を撫でるだけ。
説得は諦め、セレナはタイタンをほどほどにあしらい、ある程度は受け入れ、付かず離れず過ごすことに決めたのだ。
「うう…疲れた。…もう少しだけ。」
魔道の研究には当然材料が要る。セレナは1人でグリムメタルを採取しに来た。
…四六時中セレナに張り付いているようになってしまったタイタンを小さなお使いに向かわせ、その隙に置き手紙をして抜け出して。
勿論こんなことをすればタイタンの激怒は免れられないのだが、それでももうセレナは最近のタイタンの、でろでろの蜂蜜のようなオーラが耐えられなかったのだ。
「…タイタンが悪いわ。これはタイタンが悪い。しょうがないことよ。」
病み上がりだから、魔道が変わって不安定だ、セレナさんは女の子なんだから、と、あらゆる理由をつけて近頃のタイタンはセレナを甘やかす。
階段を降りるだけでも抱き抱えようとする。
鉛筆を落とすだけでも飛んで来る。
1人で外に出るなど許されず、肩が触れ合うような距離で彼は必ず着いてくるし、少し歩けば座って休憩させられ、鞄から大量のお菓子と茶が登場するのだ。
「…私は何も言っていないのに。勝手に勝利宣言されているような…。いえ、絆そうとしているの?…っ、ぜっったいに、その手には乗らないわ。思う通りになってたまるもんですか…!」
がん!
ハンマーで思い切り叩いたグリムメタルは吹き飛び、セレナの瞼に命中する。
「いっ、たーーーい!!…う、魔道具…。」
簡易治療の魔道具を手に取り、そこで、今自分が上手く魔道を振るえない状態であることに気付く。
…タイタンの心配もあながち間違いではないのかもしれない。魔道具も魔道も不安定な今のセレナはただの小娘同然だ。
「…ちょっと切れただけ、うん、大丈夫よ。…暗くなる前にさっさと戻りましょう。」
セレナは周囲を片づけ、荷物を背負い、ゆるゆると自宅に戻っていった。
…そして、案の定激怒していたタイタンに座らされ、小一時間叱り飛ばされた。
そして数日後、秋島たちが訪問してくることをセレナは許可した。
とにかく魔道を安定させなければならない。借りられる手は全て借りたかった。
秋島たちはお母様を保護区に届けた後、ずっと森付近のハンター拠点に滞在していたのだそうだ。許可した翌日にやってきた秋島たちは…最初こそ対面に緊張していたが、セレナの出した菓子を食べ、それがディアンが一緒に植えた野菜から作られたことを聞いて…少しずつ、普段通りの関係に戻っていった。
「…本当に、お母様に、もぐ。何もしていないのね。」
「…飲み込んでから喋れ。遠隔で構造だけ見られる魔道具にだけかけた。…でもそれは坊主から聞いてんだろ?」
「もぐ。そういえば結果を話してないな。すまん。…記録装置としては、最早珍しくもない構造だと。あの時代に作られたと考えればオーパーツじみているし、今使われている記録装置の原点みたいなものだから貴重ではあるが、まあ、逆に言えば目新しいものは見つからなかったんだそうだ。中の記録は魔道ごと空になっている。恐らくは、むぐ。狼に使い果たされたんだろう。」
山盛りあったというのにどんどん消えていく菓子に呆れながら、ディアンも口を開く。
「追加で報告すると、自立稼働する人間を模した機械としても、同じ理由で目新しいものは見つからなかったよ。…だから、セレナの気持ち以前に、素材を費やしてまでこれ以上解析する許可は出なかった。今は厳重に魔道処置をして隠しているよ。」
「…なら、返してくれたっていいのに。」
駄目だ。と3人に同時にピシャリと言われ、セレナの肩が竦む。
「そもそも解析する為でなく、僕たちが所有するのが目的なんだよ。」
「それに、あれがここにあれば嬢ちゃんが標的になる。奪われたら今度は"中身"を持ったタイタンが標的になる。とにかく、魔道的価値に関係なく、厳重に管理しないといけないんだ。」
「それに言っただろ。あんたの魔道の安定を阻害する要因は全て排除しなくてはならないと。ちゃんと聞いていたのか。」
「き、聞いてたわよ!…聞いてみただけよ。わかっているわよ…!」
ふざけている暇はないんだ、と、食べかすを顎につけたタイタンに睨まれ、セレナはすっかり小さくなってしまった。
「…とにかく、だ。本題だ。嬢ちゃんの魔道の安定。それが出来ないと計画の全貌すら掴めないんだろう。ようやく一歩進展しただけで、俺たちはまだスタートラインにも立っていないんだ。」
「…探索でわかったことも少ない。…セレナさんもすごく頑張ってくれているんだが、なかなか。」
結局何がトリガーになったのかわからないと、何が出来るようになったのかなど分かるわけがないのだ。
「…何となく。物を作るのが簡単になったのは、わかった…かも…。破壊する性質がないものも作り出せるし、以前よりずっと精巧だわ。」
セレナがそう言うと、手のひらに、タイタンが握っているティーカップと全く同じものが、一瞬で出現した。
「…っ、とんでもないな。」
秋島は冷や汗を流す。セレナの素質はやはり、半端でない。
出現したティーカップは形、質感、細かな紋様さえ全く同じ。これを一瞬で作れてしまうなんて。模倣の魔道自体は珍しくもないが、ここまで精巧で低コスト、かつすぐに作られるものを見たのは初めてだった。
「よく使っているものだから。見たことのないものは作れないわ。…でもその現象自体は珍しいものではないじゃない?それに、本質とは違う気がするの。何か、勘違いをしているような…。」
「本質を掴めば何ができるかわかる。これは逆のことも言えるな。嬢ちゃんが今何ができるか、滞在期間でなるべく多くを見つけよう。それで分かることもあるはずだ。」
今はタイタンたちに十分時間を割けるが、秋島たちはいつ呼ばれるか分からない身だ。
秋島は早速セレナを森に連れ出し、そしてディアンとタイタンが部屋に残された。
「…体調は。」
「…別に、変わりない。頭痛が少し増えたくらいだ。」
「嘘つけ。セレナの前だからって虚勢を張ってるだけでしょ、ずっと。それもあんまり良くないよ。」
「心配しすぎだ。…ディアンも手伝え。セレナさんたちが頑張っているのに、俺たちが何もしないわけにいかないだろう。」
あのタイタンが、皿に食べ物を残したまま去る姿など、見たことがない。ディアンは不安そうに、工房に消えるタイタンの背中を追った。
タイタンはこの数日、ただ本を読んで過ごしていたわけではなかった。
「ディアン、これが完成したこの森の地図。ところどころ意味深なオブジェが建てられていて…これが計画に無関係だとは思えないんだよ。」
広げられた布にはところどころ赤い印があり、タイタンの字で細かく情報が記されていた。
「おー。よくここまで作ったね。」
「これは自由の女神像のミニチュア。地下の泉に置かれていた。普段あんたたちに連絡する時使っている塔はエッフェル塔を模しているし、そういう旧時代の歴史的建造物を真似たオブジェだとか、温泉とか…あまり意味のなさそうなものもある。」
タイタンは旧時代に関する歴史書を読み漁り、オブジェの由来となった建造物について調べていた。何か暗号のようになっているのではないかと考えたがいくら頭を捻っても分からない。計測しながら作った地図ではないので、座標に意味を持たされていたのだとしたら太刀打ちができないが、そこまで時間がかかることを要求されているとは思えないし。
「なんかこう、ほら。ディアンは頭いいだろ。何か分かるか?」
「お前よりはね。…わかっているだろうけど、暗号解読するには情報が足りないよ。今から僕の部下たちと森中走り回る?」
「やめてくれ。後ろから刺されそうだ。」
暗殺だの拷問だのが専門の彼らが妄信する隊長に、どんな無茶ばかりさせているのか知られたら…タイタンと秋島は無事ではいられないだろう。
そこからタイタンはディアンに森で見たものの情報を覚えている限り伝えた。
書き記したものも、手に入れた資料も全て。
ディアンも知る限りの暗号手法を開示してそれと照らし合わせてみるが、意味のある文字列は出来上がらない。
小一時間が経過し…ディアンは資料を一旦手放した。
「…ここまで来たらいっそ、暗号でないと割り切ってもっと簡単に考える方がいい気がするよ?そこまで正確に作った地図じゃないでしょ。」
「な、なるべく丁寧に作ってはいる!」
「馬鹿。正確にしたいならタイタンの端末のデータに記入すべきだったでしょ。」
そんなことを言われても、そもそもタイタンの常識の地図とはこれであったし。むっとするタイタンをディアンが呆れ顔で見ている。
そもそも彼らよりディアンの方がこう言った、現地で計測する作業は得意で、知識もある。一枚噛ませてくれたらもう少し良いデータを提供できたのに…。
「足りてない協会のデータでも、照らし合わせたら、ほら。もっと森は横に長いし。そもそも大地は球面なんだから、無理矢理平面の地図にしたら座標なんか歪みまくるでしょ。こういう計測はね、新しく書いていくより、元からあるデータを生かして…」
「ちょっ…と、待て!」
急になんだ。タイタンの大声にディアンは身をすくめた。
「なん…か。すごく今の言葉がひっかかる。なんだ…?」
森はもっと長くて、この地図は全く正確ではない。大地は球面で、こんな長方形の布一枚では正確な地図は作れな…
「あ。あれ?ひょっとしてすごく、簡単なことなのか…?」
「何が。」
「いや、旧時代の地図って、球面のデータを端末で見るより、平面図がポピュラーで…。」
「何それ。そんな地図アテになるの?」
「…ほら。」
タイタンは本の巻末に載っていた、旧時代の学校の教科書の地図をディアンに見せた。
「…何が暗号だよ。バカタイタン。変に頭使わせやがって…。」
「何…が。」
「そのまま旧時代の地図と森の地図を照らし合わせるだけでしょ。採掘場の位置、これがアメリカ…に当たるよね。ここは?」
自由の女神が。
温泉があった場所はそこからもう少し西に戻る。ちょうど日本の辺りに。
エッフェル塔はフランスに当たる場所に。
そうして発見した場所を重ねると、旧時代の地図と、タイタンたちの手作りの地図は、瓜二つなのだった。
「お母様は、森と旧世界を、似せて作っていた?」
「そういうことになるね。まあ、タイタンの手作りと同じで、正確じゃない。だけど何か、重大なヒントのような気がするね。」
「…っ、セレナさんは。」
一刻も早くこの情報は共有しなくては。そう思った矢先、玄関の扉がガタンと開く音がした。
秋島とセレナは、とにかく森中のものを模倣して回っていた。これだけ魔道を行使してもセレナに疲れた気配はなく、やがて、歩き疲れた秋島の方が先に音を上げた。
「…そんなことでハンターが務まるの?」
「うるせえ。俺は会議とデスクワークが専門なんだよ。…嬢ちゃんも、魔道をいじくり回していないで、座りな。色々情報を整理しよう。」
「ふふ。秋島と2人でお茶会は初めてね?」
…そう言われると、警戒心が抜けきらない秋島は身構えてしまうのだが、当のセレナはウキウキしながら小さなバスケットを取り出している。
打算を抜くとこっちがしてやられるのに、打算で付き合うのが申し訳なくなるくらい良い人。セレナはそんな奴だと称した台詞を思い出し…秋島は一歩踏み込んでみた。
「…嬢ちゃんと2人きりになったら殺しに来ると思ってたぜ。」
「…そうしたい気持ちは否定しないわ。計画のことも本当はどうでもいい。だけど、私がお母様や…タイタンを大事に思う気持ちがそれに勝ってる。あの人たちが大事にしている、大事にしたものを踏み躙れない。それだけよ。」
セレナは暖かいハーブティーを秋島に差し出し、自分も口に含む。毒はない、と先に伝えるつもりなのか、喉が渇いていただけか。
茶会と呼ぶには殺伐とした空気が2人を包む。凛とした表情は森の代表として、保護区の代表に向き合うそれだった。
「…タイタンの記憶のために、仕方ない、とかじゃねえんだな?」
「それは…私が除去してしまえば終わりだもの。計画が間に合わなかったら、タイタンを縛り付けてそうする。タイタンがこれ以上苦しむことはないわ。」
除去。簡単に言うが、脳に植え付けられた記憶を一部だけ取り除くなど、並大抵の処置ではないだろう。なんでもないことのように言うセレナはやはり底知れない。打算抜きで付き合うのが申し訳ないなど…とんでもない。同じ茶を囲もうが、彼女はタイタンの比ではない、秋島の警戒対象だった。
「…で、付き合ったのか?」
「ぶっ。」
もう一つの気になることに踏み込んでみれば、凛とした表情は一瞬で崩れた。
「そん…なわけないでしょう!?タイタンが最近おかしいだけよ!」
「…?坊主が?」
…口にするのも恥ずかしい。
「なんか、その。どうせ私がいずれ音を上げて付き合うことになるって、タイタンはもう…思い込んでしまってるというか。…もう、1人で恋人気分なのよ!あれこれ世話を焼いて!」
「…あれこれ世話を焼くのはいつも通りじゃねえか?」
「違うの!なんか、空気が甘いというか…目尻がでろーんってしてるのよ!」
「あいつは嬢ちゃんの前だとずっとそんな感じだろ。普段の坊主を知らないから…あー、いや。」
秋島にはわかってしまった。ニヤニヤ、意地悪そうな顔がこちらに向き、セレナは顔を顰める。
「変わったのは嬢ちゃんの方だろ?俺たちからすればあいつはいつも通りだぜ。あの全開の大好きオーラに気付いてなかったって、お前やべえなあ。」
「そ、そんなわけ…」
「あいつはいつも通りだよ。なんか嬢ちゃんの様子が変だから、やっと付き合ったのかと思ったら…いやはや、なあ。」
だとしたら、タイタンはなんて恥ずかしい奴なのだ。そんな振る舞いを秋島たちどころか、保護区中で…!!
顔中がどんどんと熱くなっていく。
「う、うわああん…!」
「…そんな顔をするな。その顔を自分より先に俺が見たって知れたら、あいつに殺される。」
「わ、私…どうしたら。」
「どうしたら、って。お前がタイタンが好きなら付き合えばいいし、そうじゃないならそう言えばいい。」
「急にそんなの、分かるわけないじゃない!」
…一目瞭然だがな。流石に野暮なことは言うまい、と秋島はその言葉を胸にしまった。
そして真剣な顔でセレナに向き合う。
「まあ、もし、付き合うことになっても、ならなくても。」
「…?何よ、急に。」
「…あいつを、頼むよ。保護区に帰れと言っても聞きやしない。」
セレナは保護区でタイタンが受けていた扱いを、それを見てきた秋島の、苦しげな目を思い出す。
…秋島は、本当は、タイタンに帰ってきてほしいのだ。
お母様と同じ目をしているわ、と。あれほど恨めしかった親の情というものが、今はやけに懐かしい。
なんだか居心地が悪くなって、セレナは魔道を手遊び始めた。
森の様々なものを再現して回ったが、認識できるものは全て形になる気がする。それが鮮明に認識できればできるほど、精密になる。
最初はぼろぼろと崩れてしまった槍も、前ほど強固ではないが作ることができる。
破壊に性質が寄っているかどうかは最早関係ないようだった。
「…まあ、何かを壊すよりは、作る方が好きだもの。そういう性質だと言ってしまえばそれで終わり。それがどう、崩落を止めることに繋がるの?」
「…結論を急くな。とにかく…あとは作れる規模を見よう。…それが終わったら今日は一旦戻って…」
「秋島、タバコは禁止よ。」
ピシャリとセレナに言われ、秋島は止まる。
「…何でバレた。」
秋島はまだ腰の鞄に手を伸ばしただけで、タバコに触れてすらいなかったのだが。
なんなら、ここに来てから一本も吸っていないのだから、タバコを持ち込んでいることすら彼女は知らないはずだった。
「なんでって。タバコを取ろうとしてたじゃない。そのライターは魔道式じゃないでしょう?ここで火は本当にダメよ。」
「…?」
何かひっかかる。秋島は手を止め、セレナに問いかけた。
「…今、俺のタバコが何本入っているかわかるか?」
「8本でしょう。…私を誰だと思っているの。」
「…どんな魔道を使ってんだ、そりゃ。」
どんな、と言われても。
「秋島もできるでしょう?魔道の匂いがするから…」
「…」
魔道を極める過程で、魔道使いは自分の世界というものを突き詰める。その過程で一生懸命に見ようとすればモノの構造がなんとなくわかるようになる。ライターから香る魔道の匂い、タバコの葉の匂い。秋島が昨日食べた保存食に使われている干し肉と小麦、ビーツ。それが体を作って、秋島の体をめぐっている様を。
「…ちょっと、やってみろ。俺の鞄に魔道式ライターが入ってるな。作れるか?」
「…なんで…?」
「いいから。」
セレナは不思議そうに手にライターを出現させた。秋島は鞄から本物を取り出し見比べるが、それは本物と色も形も全く同じだ。
「このライターを見たことは?」
「…ずっと入ってたじゃない。」
「…っ、話が噛み合わない。いいか嬢ちゃん、俺は他人の鞄に入ったタバコの本数は当てられない。それは紛れもなく嬢ちゃんの特性だ。だから説明しろ。今、どうやった?」
セレナは以前タイタンにした説明をそのまま繰り返した。
「…魔道の匂いを。今日は空気が湿っていると思って、その空気を一生懸命に嗅げば明日北部に雨雲が来るとわかるでしょう?秋島は熱量で似たことが出来るはずよ。」
「出来るわけがあるか。魔道での感知は人間の感知の範囲をはみ出さない。俺は相手のポケットに爆破寸前の爆弾が入っていようが感知なんか出来ない。」
「…え?」
「いや、魔道ですらないのかもしれんな。それは嬢ちゃんの特異な体質で、魔道は嬢ちゃんの言う通り、物を作るだけのものなんだろう。ただ。ものの構造を見抜く体質、それと噛み合うことで、出来ることは殆ど…神の領域だ。」
「…なる、ほど?…いえ、上手く説明出来ないのだけど。私がたまたま乗り越えただけで、これは秋島だって出来ることな気はするわ。…だけど、そうだわ。お母様と魔道を極めるうちに、自然と身に付いた。これがアレクサンドラの見ていた景色なのね。」
自分でも何故それが出来るのか詳しい理屈はわかっていなかった。分からないから当たり前のこととして納得していただけで、皆出来ないのだと言われれば、そのこと自体は簡単に受け入れられた。
「…嬢ちゃんは、一度見抜けばものの構造が把握でき、かつそれを精巧に再現できる。…それを利用した計画、随分全貌に近付いたんじゃないか?」
「…え、あ。」
セレナの頭に一つ、可能性がよぎった。
「タイタンが持つ…旧世界の、データ。それを見たら、私は…旧世界を、作れるのかしら?」
「…あ。」
「崩落以前の世界が、タイタンの頭の中には記録されている。それをそのまま、世界に転写してしまえばいいのよね?それなら…」
セレナの表情が一気に明るくなる。これなら、タイタンを救える。
「嬢ちゃん!」
「秋島はゆっくり来て!!タイタンにこれを伝えなきゃ!!」
駆け出していく真白の少女は、そのまま自宅まで転移装置で飛び、走った。
ようやく希望が見出された。これなら。
自宅のドアを転がるように開く。そして工房の扉を開き。
「タイタン!」
「…っ、セレナ、ヤバい。」
真っ青になったディアンがほとんど押し潰されながら抱えているのは、タイタンの屈強な体。
「た、タイタン!?」
「…限界みたい。さっきから意味のわからないことを、気絶しながらぶつぶつ言ってるんだ!」
目を固く閉じたタイタンは、唇だけが小さく震え、言葉を紡いでいる。
そのほとんどはセレナには理解不能。傍目に見れば壊れてしまったとしか思えない光景だった。
「…大丈夫。全部、わかったから。任せて。」
セレナ、ディアン、後から来た秋島は3人で、タイタンを寝室へ運び込んだのだ。




