お互い狡い人ね。
フカフカな絨毯の敷かれた長めの廊下は少しの明かりが点っているだけでなんとなく不気味だ。飛び出したはいいものの、荷物にまで意識が向かなかったせいで置いてきてしまい帰ることも出来ない。そもそもこんな雪の中じゃ歩いて帰るなんて無理だけど。
あぁでも、それもいいかもしれない。雪に紛れてそのまま失踪。凍死ってどうなんだろう。
それにしても、あれだけ好きだと思っていたのが嘘みたいにモヤモヤが消えている。絢子達もなのかな。静かに泣いてた国立君の気持ちも全部作り物なのかな。
「麗君に会いたい。」
ポッカリ空いた穴をじわじわ埋めてくように向こうの記憶が甦る。多くの道を選べるほど上手く生きてきたわけではないけど、それなりに幸せな生活をしてたはずなのに。
神田先生が与えてくれた選択肢は2つ。残るか、消えるか。それはつまり、もうあちらには戻れないということだ。
私の存在はどう処理されたのだろう。どうせなら記憶ごと存在を抹消していてほしい。麗君は優しいから、私が死んだにしろ行方不明にしろきっと傷付いてしまう。結花ちゃんのせいで女の子とトラブルになっては傷付く彼を見てきてたから、私だけは絶対に悲しませないようにしたかった。
「泣かないで。」
「っ!?」
後ろから掛けられた声は焦っている。回された腕はほどけそうにない。
下が絨毯のせいで足音がしなかったから気付かなかった。ただでさえ気配を消すのが上手い人なのに。
「泣いてません。」
「泣いてる。」
「寒くて鼻水出てるだけです。」
「それは女の子としてどうなのかな。」
嘘だと分かりきっているその指は迷いなく私の目元を優しく拭う。自分だってさっき泣きそうだったじゃないか。
「本当に愛しているんだね。」
「婚約者なんだから当たり前です。」
「もう戻れないと分かっていても?」
「戻れないからこそです。」
なんとなくこの先の展開が読めてきた。私が気付いたことに気付いてるからだろう、締め付けが強くなった気がする。
逃がさないけど向き合う勇気もない。そんな彼の心情と。
逃げはしないけど受け止めたくない。そんな私の心情と。
「僕は年上は嫌いだ。」
「…はぁ?」
「でも年下も嫌いだ。」
「ふざけてるんですか?」
いきなりなんなんだ、シリアスぶち壊しじゃないの?そんなに私が年上だったのが気に食わないの?コレ絶対に根に持つやつじゃん。今は年下なんだから許してよ。というか年下も嫌いとか、なら離れなさいよ。
「でも紫帆はどちらでもない。」
「どちらでもあるけど。」
「五月蝿い。」
なんか怒られてしまった。解せぬ。
「全部諦めるかい?」
「…。」
「全部嘘だと思うかい?」
「…。」
「まだ信じたいと思うかい?」
今後ろにいる彼が望む答えは何なんだろう。何故安心させたいと思ってしまうのだろう。
「諦めたいし嘘だと思いたいし。」
「うん。」
「でも信じて生きたい。」
「ワガママだね。」
耳元を撫でる小さな笑い声に肩の力が少し抜けた気がする。
くるりと反転させられ正面からぎゅうぎゅうに抱き締めてくるせいで呼吸がしづらい。でも寒さは感じない。
「もし紫帆が残りの人生を諦めるなら。」
「?」
「その人生、僕にくれないか?」
あぁ、馬鹿な人。
それをすぐに拒否出来ない私もだいぶ馬鹿だ。




