香織先生の中身。
「君がここに来た時の記憶を持ち合わせていないのは僕がほんの少し奪ったからなんだよね。」
「記憶を奪う?」
「もう隠しきれないみたいだし、返してあげるよ。」
一瞬で距離を詰められたのち、トンっと額を小突かれるように触れられる。直後流れ込んできた情報に、私はブラックアウトした。
スッキリしない天気の日だった。
いつもなら苦戦しない単純な作業に少し時間を取られたり、同僚の愚痴を聞いていたらお昼ご飯の時間がとれなかったり。
なんてことない日々にたまにあるツイてない時。全力で空回りするわけではなく、ちょっとしたズレでモヤモヤする時。
残業しようか悩んでいた時に鳴ったスマホは、麗君のお母さんからの電話だった。
結花ちゃんの容態が急変したから息子と一緒に来てほしいと。
同じ連絡を貰っていた麗君は内線にすぐに出てくれてお互いの上司に事情を説明、許可を貰ったのち少し早めの退勤となる。気の利いた同僚が会社前にタクシーを呼んでくれていたらしく、病院にはすぐに向かうことができた。
天気のせいで余計暗く感じる廊下の先、結花ちゃんの病室の前にご両親は立っていた。何かの処置をしているらしく入れないらしい。
来たもののまだ身内でもない私が一緒にいるのも憚られて、3人に声を掛けてその場を離れた。意識が戻った時私がいたら彼女から文句言われそうだし。
もしかしたら言われないかもしれない。いや、そんな最悪のこと考えちゃ駄目だ。きっと戻ったら"またお兄ちゃんと一緒にいるの?"って拗ねた彼女がいるんだ。
自販機で買ったコーヒーを飲み終えて戻ってみれば痛いくらい静かで。3人の顔を見ただけで結末は分かってしまった。やっぱり病室に入るのは申し訳なくて。先にアパートに戻ってると麗君に告げて来た道を足早に戻った。
それから少しの間麗君の実家にお邪魔することになった。結婚して子供が生まれたら同居しようなんて話していたけど、向こうの両親が落ち着いたらすぐにでもって言い出したから慌ただしくなるな、と。
そう思っていた矢先。
「あ、起きたかい?」
目が覚めたらドアップのイケメンとか勘弁してほしい。起こされたり顔覗かれることはあったけど、麗君ここまでイケメンじゃないし。いや、2次元と比較するとかダメか。あれ?でも今はこっちが3次元で?
いやいや、そうじゃなくて。
「どのくらい時間経ってます?」
「10分くらいだから大丈夫だよ。」
そこまで時間は経過していなくて安心する。無防備な状態でこの人が傍にいるのはだいぶ危険だろうし。
「先生は結花ちゃんなんですね。」
会社帰り。駅手前の交差点で信号待ちしてた時の引きずられるような感覚と聞こえてきた声もハッキリと思い出せる。
"許さないから"
心当たりが無いわけではないけど確証も無い。彼女は何を思って私をつれてきたのだろう。
先程の最大のチャンスを失った以上、どうにかして目の前の男から全てを聞き出さないといけない。
結局この人何者なのだろう?




