気配の消し方の練習なんか知りません。
「うちの資金でカフェテリアとか…。うん、そう、可能であれば私が来るまでには完成させたいかな?…あぁ、流石に無理だよね。でも君なら何とかしてくれるって信じてるから。ははっ大丈夫だよ。敷地に余裕があるのは確認済みだ。提案書諸々は私がそちらに戻り次第準備するよ。」
個人の資金でカフェテリア?なんか規模が大きすぎて想像もつかないけど、やっぱり篠崎さんはお金持ちらしい。
「ん?あぁ、お会いしたよ。彼から少々気になる話も聞いたから、それも踏まえて今後の計画を見直していきたいと思っているよ。だがそちらは現段階では問題ない。現状は人材確保かな?…ふふっ、楽しそうなのが珍しい?心外だなぁ。」
彼は教職以外にも何かやっているのだろうか?でも人材確保が私の勧誘のことなら教職ということになるだろうし違うのかな。
というか、彼はいつも楽しそうにしてるけど電話相手は見たことないのか?しょんぼりもするんだぞこのマフラーおじさん。
「さてそろそろ食後のコーヒーが来るはずだ。君の方の進捗も楽しみにしているよ。」
ヤバい、電話が終わってしまう。
気配を出来るだけ消して急いで調理場へ戻れば、丁度マスターがコーヒーを淹れ終わったところだった。
恐らく自分の為に淹れたであろうそれを1杯分いただいてカウンターへ向かえばタイミング良く電話が終わったところらしい。
危なかった。マスターありがとう。
「お待たせして申し訳ありません。食後のコーヒーをお持ちしました。」
「あぁ、ありがとう。今電話が終わったところでね、丁度よかったよ。」
「作業に夢中になってしまって…。本当にすいません。」
如何にもな表情を作って謝罪をすれば優しく微笑まれた。28歳の私だったら絶対惚れてたわ。なんだこの素敵マフラー。いや、マフラーはマイナスポイントだけど。
「お仕事のお話だったんですか?」
「うん。私がこちらへ来ている間の向こうの仕事を頼んでいる人間がいてね。明日帰るけど、一応進捗を聞いておこうと思ってね。」
当たり障りのない質問をすれば、返答もそれなりだ。
補習とか部活とか色々あるんだろうなぁ。補習はともかく、部活の顧問って面倒くさそう。
「篠崎さんが頼む人って同じくらい優秀なイメージです。」
「ははっ、確かに彼は優秀だね。まだ20代半ばの年齢で危なげかと思っていたが、なかなか良い意味で期待外れだったよ。」
「身近に篠崎さんがいるから影響されたのかもしれませんね。」
「だといいが。いつか紫帆さんにも会ってもらいたいね。」
「機会があれば是非。」
別に会う必要はないだろうと思ったが、とりあえず頷いておこう。
この人みたいにマフラーとかしてるかなーなんて少し見たい気もするなんて思ったりはしていない、うん。
時間だ、と言って彼が椅子から立ち上がったのでレジの方へ先回りする。伝票とお金を受け取り、お釣とレシートを渡せば後は店から出るだけだ。
よっぽどのことがない限りもう会うことはないだろうと最後にそのマフラー姿を目に焼き付けようとすれば、今までで一番の素敵スマイルの篠崎さんは口を開いた。
「御馳走様。次会うときまでにもう少し気配が消せるようになってるといいね。」
からんからん。
窓ガラス越しに見送る私の顔は今きっとアホ面だろう。
「あ、りがとうございましたー…」
笑顔がぎこちなくなったのは許して欲しい。
マフラーおじさんがメインはここで終わります。
次で夏休みを終わらせたい。




