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坩堝  作者: 文月


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第4話 Rには逆らえない

 西郷一家を出ると、門前には黒い高級セダンが停まっていた。


 菜月が後部座席へ乗り込む。


 少し遅れて修二が助手席へ回り、晃が車を発進させた。


「晃、お疲れ。……どうだった?」


 菜月は携帯電話を確認しながら、運転席へ声を掛ける。


 美作愛から、いくつもメッセージが届いていた。


 大した内容ではない。


 けれど、完全に無視すれば明日の学校でうるさい。


 適当に1つ返して、携帯電話を伏せた。


「おう。菜月もお疲れ。大家から聞いた話で、面白そうなのがあったぜ」

「へぇ……珍しい」


 菜月は顔を上げた。


 普段、菜月以外のことにはあまり興味を示さない晃が、自分から面白いと言った。


「何?」

「最近な、ナイツの人間が繁華街で刺されたらしい」

「ナイツが?」


 助手席の修二も、晃へ視線を向けた。


「ああ。ただ、刺した奴がどうにもきな臭ぇ」

「どういう意味です?」


 修二が尋ねる。


「刺した奴は16歳。事件のあと、自分から警察に出たらしい」

「罪悪感に耐えられなくなった、という可能性はありますね」

「そいつ、芝原の生徒だぜ」

「――なるほど」


 修二の声が少し低くなった。


 芝原高校。


 この街では、あまりいい噂を聞かない学校だ。


 学校そのものについた悪評は強く、ナイツと何度も衝突していることでも知られていた。


 繁華街を巡回するナイツ。


 そこで好き勝手にしている芝原の一部生徒。


 相性がいいはずもない。


「ナイツを嫌ってる生徒が、ナイツの人間を刺した。それだけなら、別に不思議じゃないんじゃない?」

「まだある」


 晃は続けた。


「そいつ、前にも問題を起こしてる。だが、まともに表へ出てねぇ」

「揉み消された?」

「多分な。家は普通だ。本人にそんな力はねぇ」


 菜月は窓の外へ目を向けた。


 街灯が、流れるように後ろへ消えていく。


 過去の問題は消された。


 なのに、今回は自分から出頭した。


 確かに妙だった。


「前は助けたのに、今回は切った……」


 菜月は小さく呟く。


「組織にとっての捨て駒ってこと?」

「俺もそう思った」


 誰かが、その生徒を使った。


 そう考えれば辻褄は合う。


 ただし、それだけでナイツ内部の内通者と結びつけるのは早い。


 ナイツを快く思っていない人間は多い。


 治安維持を掲げる活動を、権力を持つ子供たちによる街の管理だと考える者もいる。


 反対に、ナイツへ助けられた人間も少なくない。


 敵も味方も多い。


 この事件だけで、全体像は見えてこない。


 ナイツ。


 芝原。


 揉み消された過去。


 自首。


 捨て駒。


 菜月は、頭の中で情報を並べていく。


「面白いのは、ここからだ」


 晃が言った。


「刺した奴、事件の直後に変なことを言ってる」

「なに?」

「――『R(あーる)には逆らえない』ってな」


 菜月の目が細くなった。


「……へぇ。それは、ちょっと面白いかも」

「事件にRが関与している、という意味でしょうか」


 修二が尋ねる。


「この街で『R』っつったら、あいつだろ」


 情報屋R。


 菜月より前から、この街で仕事をしている同業者だった。


 情報屋としては珍しく、名前だけなら、一般人にもある程度知られている。


 Rは人探しを得意としていた。


 家出した子供。


 昔の友人。


 行方の分からなくなった人間。


 そういった依頼を多く請け負っている。


 お人好しなところはあるが、自分にできない仕事へ無闇に手を出すような人間ではない。


 菜月はRを高く評価しているわけではない。


 それでも、同業者として仕事の仕方くらいは知っていた。


 Rは、勝算のない相手へ喧嘩を売るほど馬鹿ではない。


 ましてナイツは、ただの学生集団ではない。


 背後にいる大人まで含めれば、敵に回すには面倒すぎる。


「Rがナイツ相手にそんなことするかなぁ」

「俺も、そこが引っ掛かってんだよ」

「本人に確認するのが早そうですね」

「うん」


 菜月は頷いた。


 その気になれば、Rについて勝手に調べることもできる。


 実際、同業者である以上、最低限の動向は把握していた。


 だが、相手も情報屋だ。


 余計なところまで探れば、面倒になる。


 ――まあ、Rなら怒っても大したことなさそうだけど。


 そんなことを考えながら、菜月はシートへ背を預けた。


 しばらくして、車はマンションの地下駐車場へ入る。


 菜月は降りる前に、携帯電話を取り出した。


 Rへ連絡するためではない。


 先に確認することがある。


 同業者へ話を聞くにしても、何の材料も持たずに質問するつもりはなかった。


 車を降り、エレベーターへ向かいながら修二へ声を掛ける。


「修二」

「はい」

「Rの最近の動きと、事件当日の記録。出せるだけ出して」

「承知しました」


 菜月は小さく笑った。


『Rには逆らえない』


 それが、本当に情報屋Rを指す言葉なのか。


 まずは、そこからだった。


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