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第8話 抗議と講義

体調不良と多忙が重なり遅くなりました

筆が遅くて申し訳ありません

~黒曜宮・皇女私室~

朝


黒曜宮には、すでに帝国の一日が始まっていた

廊下を行き交う侍女たちの足音

遠くから響く兵士たちの号令

朝食を運ぶ車輪の音

窓から差し込む朝日が、白い床をゆっくりと照らしていく

だが――皇女の私室だけは、まだ静かだった


「…………すぅ……」

天蓋付きの寝台の中央で、シアは眠っていた

金色の髪が枕へ広がっている

普段なら鋭い光を宿している紅い瞳も今は閉じられている


昨日は遅くまで反乱分子の取り調べを行っていた

 証言の食い違い

 裏付けの取れない情報

 誰かを庇うために意図的に隠された事実

 ひとつ見つければ、またひとつ疑問が出てくる

 それを潰しているうちに、眠りについたのは夜更けだった

だから今だけは帝国皇女でも戦場で幾千の敵を屠った「戦姫」でもない少女だった


「シア様ぁー!」

――バァンッ!


「…………」

静寂が、一瞬で吹き飛んだ。


「シア様!」


「…………」


「シア様ぁ?」

返事がないためリュネは部屋へ入り、そのまま寝台を覗き込む

「寝てる?」


「…………」


「……寝てるねぇ」

リュネは腕を組み、少しだけ考えた。

そして

「よぉし」

大きく息を吸う。

「起きてぇぇぇぇ!」


「…………うるさい」

 布団の中から、低い声が返ってきた


「おはようございます、シア様」


「……朝から何だ」

布団から顔だけが出てくるが紅い瞳は半分しか開いていない

いつもの威圧感は、見る影もなかった


「昨日の報告の続きぃ」


「後にしろ」


「えぇ?」


 シアは布団へ顔を戻した

「眠い」


「メイドさぁぁん! シア様が二度寝しようとしてるよぉ!」


「呼ぶな。面倒だ」


 リュネは腰に手を当てる

「昨日、通信途中で切ったでしょぉ」


「…………」


「切ったよねぇ?」


「ああ」


「しかも私がまだ話してる途中でぇ!」


「眠かったからな」


「眠かったからな、じゃないよぉ!」

リュネが寝台をペシぺシと叩く

「こっちは魔物に襲われながら必死に報告してたのにぃ!」


「要点は聞いた」


「要点しか聞いてない!」


「必要なことは聞いた」


「必要なことの中に、まだいっぱいあったんだよぉ!」


 シアがようやく布団から顔を出した

「……昨夜は反乱分子の取り調べもあった」


「あぁ」


「証言の食い違いを確認していたら遅くなった」


「だから眠そうなんだぁ」


「ああ」


「……だったら、あの時言ってよぉ」


「言う必要があるか?」


「あるよぉ!」

リュネは呆れたように息を吐いた

「こっちは『見捨てられたかな?』って、ちょっと気にしたんだからねぇ」


「それは絶対にない」


「ほんとぉ?」


「ああ」

シアは目を閉じる

「お前の声は眠くなる」


「それ、絶対褒めてないよねぇ?」


「事実だ」


「もう……」

 リュネは肩を落とすが、すぐに懐へ手を入れる

「まあいいやぁ。昨日のことで、シア様に見せたいものもあるしぃ」


「何だ」

その一言で、シアが少しだけ目を開けた


リュネは小さな袋を取り出し、机の上へ置く

カチャリ

中から出てきたのは、黒い欠片と黒い腕輪だった

「昨日の魔物の爪とぉ……こっちは腕輪」


シアの目が、ほんの少しだけ覚める

「レオンが持っていたものか」


「うん」

リュネは腕輪を指先で転がした

「ちょっと調べてみたんだけどねぇ。やっぱり普通の収納道具じゃないみたい」


「何が分かった?」


「中に魔物が入ってた。それだけじゃなくて、魔物へ命令を送るための回路もあった」


 シアは寝台から身体を起こした

「命令式は?」


「まだ全部は分からない。でも、少なくとも魔物を拘束して、命令を通すためのものだったよぉ」


「そうか」


「だからさぁ……」

リュネが腕輪を見る


「レオンさんって、本当にあんなに危ない人だったのかなぁって」


「どうしてそう思った」


「だって、あれだけ危険な腕輪を持ってたなら、もっと酷いこともできたはずでしょぉ?」


「できただろうな」


「でもしなかった」

リュネは顔を上げる。


「だったら、異世界から来た人がみんな悪い人ってわけじゃないんじゃないかなってぇ」


「その通りだ」


「……え?」

あまりにもあっさり返され、リュネが目を丸くする

シアは腕輪を手に取った


「異世界人だから悪い、などと私は言っていない」


「でも、シア様は異世界人を警戒してるよねぇ?」


「警戒している」


「なんでぇ?」


シアは腕輪を眺めた


「お前は、この腕輪を危険だと思ったな?」


「うん」


「なぜだ?」


「……中に何が入ってるか分からなかったから」


「そうだ」

シアは腕輪を袋の中へ戻した

「帝国が異世界人を警戒する理由も、それに近い」


「分からないから?」


「それだけではない」

シアは寝台から降りた

まだ寝起きのせいか、足取りは少し重いがそれでも迷いなく本棚へ向かう

「異世界人が持ってくるのは、何も武器だけではない」

一冊の古びた記録帳を取り出した


「知識」

ページをめくる

「技術」

さらにめくる

「魔法」

まためくる

「……価値観や、国の仕組みまで変えることがある」


「そんなに?」


「場合によってはな」

シアは一枚の記録をリュネへ差し出した


「読め」


「えぇと……」

リュネが覗き込む

「病気を治す薬?」


「ああ。百年ほど前の記録だ」


「異世界人が作ったの?」


「正確には、作り方を知っていた」

シアは続けた

「その薬は非常に優秀だった。だから、それまで使われていた治療法は急速に廃れていった」


「……便利だから?」


「そうだ」


「じゃあ、いいことじゃないのぉ?」


「当時だけを見ればな」

シアは次のページを開いた

「問題は、その薬を作る知識が国全体へ広がらなかったことだ」


「…………」


「その異世界人がこの世を去った後、薬を作れる者がいなくなった」


「……薬がなくなったとかぁ?」


「いや、生産できるのはその異世界人の周囲の一部のみだったそうだ」


「じゃあ、前の治療法はどうしたのぉ?」


「使う者がいなくなっていた」


「…………」

リュネの表情が変わる


シアは記録帳を閉じた

「救うための技術だった」


「うん」


「だが、技術だけが残ってそれを支える人間が残らなかった」

 シアは別の記録を取り出した


「これは武器だ」


「武器ぃ?」


「異世界人が持ち込んだ兵器が模倣された」

ページには、各国の軍備増強について記されている

「一国が強力な兵器を手に入れた」


「うん」


「周辺国が恐れた」


「……そりゃそうだねぇ」


「だから真似した」


「うん」


「さらに別の国が真似した」


「…………」


「気が付けば、互いに互いを恐れて武器を増やし続けていた」


「一つの武器から……?」


「そうだ」

 シアは記録帳を閉じた

「これも、最初から戦争を起こそうとして持ち込まれたとは限らない」


「ん……」


「だが、善意であることと、結果に責任を持てることは別だ」

その言葉に、リュネが黙る。

シアはさらに別の資料を取り出した

「これは農業だ」


「またぁ?」


「ああ」


「今度は何があったのぉ?」


「異世界人が新しい農法を教えた」


「それなら、いいことじゃん」


「収穫量は増え、飢える者も減った」


「それなら――」


「その異世界人がこの世を去った」


「…………」


「農具が壊れた」


「…………」


「修理できる者がいなかった」


「…………」


「種も、それまで使っていたものとは違った」


「…………」


「そして、新しい農法を維持できなくなった」


 リュネの視線が資料へ落ちる

「……前のやり方には戻れなかったのぉ?」


「戻れるほど、技術も人も残っていなかった」


沈黙

しばらくして、リュネがぽつりと言った。


「……助けたはずなのに」


「ああ」


「最後には、前より困ってる」


「そういうことの方が多い」

シアは資料を机へ置いた

「だから私は、異世界人が悪だと言っているのではない」


「…………」


「善意だった者もいるだろう」

その声には、珍しく迷いがなかった。

「だが、善意だけでは国は動かせない」


リュネが顔を上げる


「異世界人が一人でやるには限界がある」

「薬を作るなら、それを作り続ける職人がいる」

「武器を使うなら、それを整備する者がいる」

「農法を変えるなら、農具を作る者や種を残す者がいる」

「制度を変えるなら、それを理解し運用する人間がいる」

シアは机の上に置かれた腕輪を見る

「力を持ってくるだけでは、それらは生まれない」


「…………」


「だから私は力そのものではなく、その力が消えた後何が残るのかを見る」

紅い瞳がリュネを捉えた


リュネはしばらく黙っていた

「……シア様ってさぁ」


「何だ」


「変化そのものが嫌いなの?」


「なぜそうなる」


「だって、異世界人が持ってくるものを警戒してるからぁ」


「逆だ」

シアは即答した

「私は変化を否定していない」


窓の外を見る

帝都では、今日も無数の人間が動いている

鍛冶屋が火を焚く

商人が店を開く

兵士が訓練する

農民が畑へ向かう


「人も国も技術も変化していく」

「それは当然だ」

シアは窓辺へ歩いた

「だが――」

一度、言葉を切る

「変化には、それを受け止める時間が必要だ」


リュネが黙って聞いている


「新しい力を得たなら、それを扱える人間を育てる」

「新しい技術を得たなら、それを作り続けられる仕組みを作る」

「新しい制度を導入するなら、なぜ必要なのかを理解する」

「そうして初めて、変化は自分たちのものになる」

シアは振り返った

「それを飛ばして、完成した答えだけを与えればどうなる?」


「……その答えがなくなったら、何もできなくなっちゃうねぇ」


「そして?」


「……依存しちゃうかなぁ?」


「そうだ」


リュネが腕輪を見る

「だから、異世界人が危険なんじゃなくてぇ……」


「力に依存する人間が増えることが危険なのだ」

シアの声は静かだったが、その一言だけは妙に重かった

「魔王を倒す勇者も同じだ」


「……勇者?」


「ああ」

シアは机へ戻り、新しい報告書を一枚取り上げた

「近年、魔王討伐を目的とした異世界人の召喚が増えている」


「勇者が来てくれるなら、いいことじゃないの?」


「魔王を倒すことだけならな」


「またそれぇ?」

リュネが首を傾げる


「じゃあ、魔王を倒した後は?」


「…………」


「魔王が支配していた土地は誰が治める?」

「税は誰が集める?」

「街道は誰が管理する?」

「魔王軍に組み込まれていた者たちは?」

「魔族として生きてきた民は?」


リュネは腕を組んだ

「……勇者は、そこまではやってくれないかもぉ」


「そうだ」


「でも、それって勇者が悪いわけじゃないよねぇ」


「その通りだ」

シアは頷いた

「勇者の役目は魔王を倒すことだ。国家を運営することではない」


「だったら……」


「魔王を倒すことと、その後の世界を立て直すことは別の仕事だ」


リュネは黙るもシアが続ける

「魔王が倒れたことで、人間同士の領土争いが始まることもある」

「魔王軍が消えたことで、それまで魔王軍に守られていた地域が無政府状態になることもある」

「人間にとっての敵が消えたからといって、問題まで消えるわけではない」


「そっかぁ……」

リュネは少し考える

「じゃあ、魔王を倒すのが悪いってことぉ?」


「それも違う」

シアは即座に否定した

「魔王が人を殺し、国を侵略しているなら、止めなければならない」


「うん」


「だが、単に敵を倒すことと、その後まで考えることは別だ」


「…………」


「私は、そこを忘れてほしくないだけだ」


 リュネはしばらく黙り、やがて少し困ったように笑った

「……シア様って、敵を倒した後のことまで考えてるんだねぇ」


「これでも皇女だからな」


「戦うだけじゃないんだぁ」


「当たり前だ」

シアは少しだけ眉を寄せた

「私が剣を振って敵を倒せば、それで国が治まるわけではない」

「一人の英雄が問題を解決しても、その英雄がいなくなった後に同じ問題が起きれば意味がない」

シアは報告書を一枚めくる

「だから私は、異世界人を善人か悪人かで見ない」

「何をするのか、何を残そうとしているのか」

「そしてその異世界人がいなくなった後、人々だけで立っていられるのかを見る」


 リュネは腕輪を手に取った

「……レオンさんも?」


「ああ」


「異世界人だからじゃなくて?」


「異世界人だから警戒対象になったのは事実だ」

シアは否定しない

「だが、それだけで殺すと決めたわけではない」


「…………」


「奴は明確に私(帝国)と敵対した」


リュネは少しだけ目を細めた

「……そっか」

リュネは腕輪の入った袋を懐へ戻した。

「なんか、分かった気がするぅ」


「何がだ」


「シア様が怖い理由」


「…………」


「異世界人そのものが怖いんじゃなくてぇ……」

リュネは窓の外を見る


帝都を歩く人々

店を開ける商人

訓練へ向かう兵士

働く職人


「人々が自分たちで何とかできなくなることが、怖いんでしょ?」


シアは答えずにただ、窓の外を見ていた

やがて――

「……そうだな」

 小さく呟いた

「人類は、人類だけで立てるべきだ」

それは演説ではなかった

誰かへ聞かせるための言葉でもない

自分自身へ確認するような声音だった

「誰かに救われることを待つのではなく」


シアは窓から差し込む朝日へ目を細める

「自分で考え、失敗を積み重ねる」

「その先で、変わっていく」


リュネは何も言わずただ、少しだけ笑った。

「……シア様って、難しいこと考えてるんだねぇ」


「お前も少しは考えろ」


「私は拾って使うのが仕事だからぁ」


「なら、拾った知識も使え」


「うぇ」

リュネが嫌そうな顔をする。

「勉強は苦手ぇ……」


「そうか」

シアは机の上の報告書をまとめた

「なら、昼食後に鍛錬だ」


「……なんでぇ?」


「昨日、お前は魔物相手にケガをしたそうだな」


「うっ…」

傷口をおさえる


「なら、鍛え直す」


「いやいやいや、話の流れがおかしくない?」


「何がおかしい」


「急に鍛錬の話になるのおかしいよぉ!」


「戦場では怪我人に構っている暇などない」


「正論が強いぃ!」

リュネが逃げるように扉へ向かう


その背中へ、シアが声をかけた

「リュネ」


「なにぃ?」


「昼食後、練兵場だ」


「聞こえてるよぉ!」


「来なければこちらから行く」


「もっと怖いこと言ったぁ!」

リュネが扉を開けるが、出ていく直前に振り返る


「……あ」


「何だ」


「昨日、通信切ったこと」


「…………」


「まだちょっと怒ってるからねぇ」


「まだ言うのか」


「だって、私ちゃんと報告してたのにぃ」


「……努力しよう」


「それ、絶対また切る人の言い方だよぉ!」

バタンッ。

扉が閉じ、再び私室に静寂が戻る

シアは一人、窓の外を見る

朝日が帝都を照らしている


勇者が魔王を倒す

英雄が国を救う

聖女が病を癒やす

異世界人が新しい技術をもたらす

――それらが人を救うことを、シアは否定しない

むしろ、それが本当に人を救うことさえ知っている

だからこそ、後を考えなければならない

救われた者たちは、その先を歩けるのか

与えられた力が失われても、生きていけるのか

誰かが残した答えがなくなったとき、自分たちで新しい答えを作れるのか

 異世界人が悪いわけではない

 変化が悪いわけでもない

問題は変化だけが先へ進み、人間がその後ろに置き去りになることだ


「…………」

シアは窓へ手を添える

人も国も技術も変わっていく

それでいい

変わらなければ、世界は停滞する

だが、その歩みは人間自身のものでなければならない

誰かに与えられた答えを、ただ受け取るのではなく


 自ら考え


 自ら失敗し


 自ら積み重ね


その上で、次へ進むことこそが――


「……人類の歩み、か」

シアは小さく呟いた

そのとき、ぐぅぅ……と腹が鳴った

シアは無言で腹へ手を当てる


「…………まずは私自身が、腹を満たすところからだな」

そう呟くと、寝台脇へ掛けてあった簡素な上着を手に取る


メイドが来る前に、自分で着替える

三日間の謹慎中、何度も着替えを手伝われたことを思い出す

しかも、なぜか毎回やたらと着飾られていた

「……あれは必要だったのか?」


答える者はいない

シアは首を傾げた

「まあいい」

髪を軽く整え、腰へ武器を佩く

「昼食後は鍛錬不足を咎めるついでに、戦い方も叩き込んでやるか」


そして、ふと思い出す

昨夜から何も食べていない

再び腹が鳴った

「…………先に調理場だな」

シアは部屋を出る


朝の黒曜宮に少女の足音が響いていった

その顔には、もう眠気は残っていなかった

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