第7話 剝ぎ師の矜持②
大変遅くなりました!!
申し訳ございません!!!
『……どうしよぉ』
『とりあえず、黒冠が来るまで死なないように頑張るかぁ』
通信石から返ってきた声は、もう聞こえない
「…………」
割れた器具
散らばった薬品
壁に残る爪痕
そして、研究室の中央に浮かぶ黒い裂け目の向こう側から――
一際大きな魔物がずるりと這い出てくる
リュネは頬を掻いた
「……四体目はまずいかもぉ」
言った直後、裂け目から出てきた魔物がリュネに向かって突撃し拳を振り上げる
「おっと」
リュネは横へ跳んだ
轟音
先ほどまで立っていた場所が、拳ひとつで陥没した
「……うん」
立ち上がったリュネは、巨大な魔物を見上げる。
三メートル近い巨体
異様に発達した腕
皮膚は黒く硬質で、ところどころに金属のような板状組織が浮かんでいる
目はなく口だけが、胸元まで裂けていた
「見た目は……グラム・オウガに類似してるけどぉ」
魔物が吠えた
研究室の空気が震えると緊急装置の結界が発動し隔離しようとする
次の瞬間
巨体が二つ消えた
「――速っ」
反射的に身を沈めると頭上を二つの拳が通過した
風圧だけで髪が大きく煽られる
壁に拳が突き刺さった
リュネは距離を取って観察する
巨体に似合わない速さ
重いはずの身体を、まるで自分の体重を無視するように動かしている
「筋肉だけじゃないねぇ」
リュネの目が細くなる
魔物の全身を流れる魔力はまるで血管のように複雑な光が走っている。
「……魔力回路」
普通の魔物にも魔力回路は存在する
だが、これは通常とは違って妙に規則的だ
魔力が首の付け根から四肢へと流れている
「……へぇ」
リュネは笑った
魔物たちが再び突っ込んでくる
「おもしろぉい」
今度は逃げない
腰に手を添える
淡い魔法陣が一瞬だけ足元に浮かぶ
「《換装・黒鉄熊》」
次の瞬間
黒い防具がまるで最初から身に着けていたかのように身体へ装着される
必要最低限の部位だけを覆う、鈍い黒色の防具
リュネは胸を軽く叩く
「《硬化》と《衝撃分散》が付いてるこれなら――」
魔物の巨大な拳が迫る
「――耐えられるよねぇっ!」
真正面から受けるが身体が一気に後退する
「っ……!」
痛い
普通に痛いし腕が軋む
「……一発だけだねぇ」
口元を拭う
「シア様みたいに正面から殴り合うのは無理かぁ」
二体の魔物が迫る
ただし、今度は魔力の流れを観察する
「やっぱりねぇ」
拳が振り下ろされる
リュネは紙一重でかわした
床が砕ける
「《換装・風裂狼》」
その瞬間、無限収納から鎖を取り出す
岩喰蜥蜴の腱を加工した特殊鎖の先端には鉤爪をつけてある
「ちょっとおとなしくしててねぇ」
強化された脚力で二体の魔物を拘束した
「そこっ!」
リュネが鎖を引いて魔物の身体を地面に引き倒す
巨体たちが床へ倒れこみ、その背中へ飛び乗る
魔物が抵抗しようと暴れる
「じっとしてなよぉ」
鎖をさらに引いて強く巻き付ける
そして首元へ短剣を突き立てると黒い血が噴き出した
抵抗が弱まりもう一体の首元にも同じく短剣を突き刺す
だが――
もう一体は止まらない
「……あれ?」
もう一度、魔力を見る
首から胸へ
胸から腕へ
その流れの途中
一ヶ所だけ、不自然に細い
「そこかぁ」
リュネは短剣を抜いた
「命令されてるんだねぇ」
鎖がギチギチと悲鳴を上げているが、遅い
リュネの短剣が、その一点へ滑り込む
ザシュッ!!
魔力回路を完全に断ち切る
瞬間
魔物の身体から力が抜けた
二つの巨体が完全に停止し、糸の切れた人形のように崩れ落ちた
ドォン……
リュネは魔物の背中から降りる
「…………」
少し待つが動かない
「……死んだ、かなぁ」
短剣の先で突くも反応はしない
リュネはしゃがみ込んで魔物の首へ手を当てる
魔力が完全に止まっている。
「命令を受け取る回路を壊したから……動けなくなった」
そこで、リュネは笑った
「なるほどねぇ」
視線を結界の向こうで暴れ回っている残りの二体へ向ける
「こいつら、魔物じゃなくて――」
その瞬間結界が破壊される
二つの巨体がリュネに向かって飛び出した。
「――わぁ」
黒い影が床を駆ける
最初に相手した二体より小さいが、速い
四脚に加えて低い姿勢
先の二体よりも獣に近い
「なるほどぉ」
リュネは立ち上がる
二体が囲いこむように動く
「……頭いいじゃん」
リュネは腰へ手を伸ばした
「《換装・雷角鹿》」
代わりに、軽い装備が身体へ収まった
「《加速》」
一歩
身体が前へ滑った
二体の牙が空を噛む
リュネはその間を抜けて振り返る
「こっちだよぉ!」
二体が素早く迫る
速い
先ほどの巨体とも比較にならない
魔物が研究室の机ごと吹き飛ばす
薬瓶が宙を舞った
「うわぁ……それ、結構高かったんだけどなぁ」
走りながら骨矢を取り出し、振り返った瞬間矢を放つ
――シュッ
矢が後脚へ刺さり魔物の速度が落ちる
「やっぱり一発じゃ止まらないかぁ」
リュネは目を凝らす
魔力の流れは足に集中している
「見えたぁ」
魔物が飛び掛かる
観察に集中していたリュネは咄嗟に身体を横へ投げ出したが牙が肩を掠める
「痛っ!」
血が滲むがそれでも止まらない
魔物の動きを予測し、短剣を構える
「……あ」
左右から同時に来るも逃げ場がない
リュネは咄嗟に腕を交差した
「――っ!」
爪と牙が防具を裂き、身体が吹き飛ぶ
リュネの身体が床を転がる
「痛い痛い痛い……!」
肩から血が流れる
「……二体同時はズルくない?」
返事の代わりに、二体が再び襲ってくる
リュネは笑った
「でもまぁ」
立ち上がる
「こっちも一人じゃないんだよねぇ」
床に散らばった器具
壁
天井
倒れた机
そして――
自分がさっきまで戦っていた場所
リュネは研究室全体を見る
「戦場っていうのはぁ」
道具を取り出す
「全部が武器になるんだよぉ」
投げた
床へ落ちた薬瓶が割れて反応を起こす
次の瞬間、床が凍った
二体の脚が滑る
「今!」
雷鹿の角を加工した矢を放つ
バチィッ!!
電撃が走って魔物の動きが鈍る
「命令回路は……そこだねぇ!」
足に向かって矢を放つ
一体
崩れる
続けてもう一体
短剣を足の付け根へ振り下ろす
ザンッ!
崩れ落ちる
「……ふぅ」
リュネは膝へ手を置いた
肩から血がでていて脇腹にもいつの間にか傷がついている
「…………勝ったぁ?」
静寂
「……勝ったねぇ」
へたり込む
「つっかれたぁ……」
その直後、研究室の扉が開いた
黒い装備に身を包んだ兵士たちが入ってくる
黒冠
先頭の兵士が倒れた魔物を確認する
「――全個体、活動停止を確認」
別の兵士がリュネを見る
「リュネ殿」
「んー?」
「皇女殿下より命令を受けていた」
リュネは顔を上げる
「――リュネ殿が戦闘を完了するまで手を出すな、と」
「…………」
リュネは数秒、黙った
それから頬を膨らませる
「シア様ぁ……!」
黒冠の兵士は何も答えない
リュネは立ち上がった
ふらつきながらも、倒れた魔物へ歩いていく
そして――
「じゃ、仕事しよっかぁ」
黒冠がわずかに眉を動かした
「仕事?」
「うん」
リュネは最初の魔物の身体へ触れる。
「こんなに立派な素材、置いて帰るなんてもったいないじゃん?」
魔物へ手を伸ばすと死体が消えていく
無限収納へ収められていく
「これは研究用」
さらに壊れた装備や薬品、破片、研究室に散らばった数々の残骸を
「これも」
「これも使える」
「……あ、これ高いやつだ」
拾う
「あとで直そぉ」
一人の黒冠の兵士が問う
「リュネ殿。なぜそこまで回収を?」
リュネは手を止めた
振り返る
「だってぇ」
いつもの笑顔
けれど、その瞳だけは真剣だった
「拾ったものは、最後まで使ってあげないとぉ」
「戦場で死んだ人間も」
「壊れた武器も」
「倒した魔物も」
「全部、誰かが生き残るために使えるかもしれないからねぇ」
そして最後に黒い腕輪を見る
レオンの遺品
魔物を閉じ込めていた、あの腕輪
「…………」
笑顔が消える
「でも」
リュネは慎重に腕輪へ手を伸ばして自らの無限収納にしまう
研究室の中央にあった魔物たちが出てきた黒い裂け目は、すでに閉じている
だが、その場所だけ空間がほんのわずかに歪んでいた
「……檻の中身を全部出したと思うけどぉ」
リュネはしゃがみ込み指先を空間へ伸ばす
何もない
研究区画の夜は、再び静寂に包まれた




