第6話 剝ぎ師の矜持①
遅くなり申し訳ございません。
代わりと言っては何ですが長めに書いてみました。
~黒曜宮・研究区画~
その一室では、朝から一人の少女が上機嫌だった
「さてぇ……今回は何が出てくるかなぁ」
赤銅色の髪を揺らしながら、保存台の上に横たえられた遺体を
翡翠色の瞳でじっくりと観察していた
リュネにとって異世界人の研究は初めてではない、これまでも帝国が確保した
異世界人の遺体や遺品を何度も調べてきた
身体構造や魔力回路に異世界人が持ち込んだ武器や魔道具等々
その中には、この世界では見たことのない薬や
既存の魔法体系では説明できない能力が多く見られた
だからこそ、リュネは知っている
異世界人を調べる時に、最も面白いものは本人が持っている物だということを
「身体はもう一通り見たしぃ」
「魔力回路の記録も完了ぉ」
魔力の流れを記録した紙が、研究机の上に何枚も並んでいる
「やっぱり、今まで調べた異世界人と似てるところもあるねぇ」
だが、完全に同じではない
異なる世界から来る以上、身体も魔法も千差万別である
リュネはその違いを比べることそのものを楽しんでいた
「レオンくんは……空間系の魔法がかなり発達してるからぁ」
「収納系の魔法を使ってると思うんだけどなぁ」
リュネはレオンの身体に微かに魔力を流すと微かな空間の歪みができた
「……あったぁ」
口元が緩む
「やっぱりねぇ、共鳴すると思ったんだぁ」
帝国で一般的に使われている魔法鞄とは構造が違う
「持ち主の魔力回路を鍵にしてるタイプかぁ」
リュネはしばらく術式を観察する
「これなら、普通に魔力を流しただけじゃ開かないねぇ」
リュネは短剣が差してある腰に手を伸ばす
戦場を駆け回っていた頃から常に一緒にいる
刃は決して派手ではなく、何度も研ぎ直されて柄にも細かな傷が残っている
だが、その刃は何もないはずの空間に干渉する
「魔法鞄と似てるなら楽なんだけどなぁ」
短剣の刃を空間の歪みへ近づける
金属が微かに震え、手応えを感じる
「……あはっ♡」
リュネは短剣を握り直すと刃先を空間の歪みに慎重に刺し込む
傷をつけないように、術式をなぞるように
「ここが起点で」
刃先を滑らせる
「こっちが認証」
さらに一つ
「ここで空間を固定してて……」
最後の術式を解除する
「ここが扉」
短剣の刃へ魔力を流すとカチリと音がした
翡翠色の瞳が輝く
「おぉ…」
空中に淡くかがやきながら円形の術式が浮かび、中心がゆっくりと開く
「開いたぁ」
収納空間の内部には様々な品物が収められていた
リュネが覗き込む
「……いっぱいあるなぁ」
その顔が、あからさまに嬉しそうになる
「さて、漁ろっかなぁ」
収納空間から最初に取り出したのは一本の短剣だった
「おぉ」
鞘から引き抜くとその刃は細く、帝国軍の軍用短剣よりもわずかに幅が狭い
だが、妙に頑丈だった
「ふぅん……」
刃の腹を指先で軽く弾くと甲高い音が返ってくる
「鋼の配合が違うねぇ」
刃先を机に突き立てる
「硬いけど、脆くはない」
次に刃へ魔力を流す
「魔力を流した時の反応も帝国の鋼とは違うなぁ」
柄を見ると細かな術式が刻まれている
「これは研究所行きぃ」
短剣がの無限収納に送られる
次に出てきたのは、拳ほどの小瓶だった
透明な液体が入っている
「薬かなぁ?」
蓋を開け慎重に匂いを嗅ぐ
「……薬草っぽい」
ほんの少しだけ指先につけ、魔力を流すと液体が淡く光る
「回復薬……?いや、違う」
リュネの目が細くなる
「傷を治すんじゃなくて、魔力の回復を早めるタイプかなぁ」
「前に見た異世界人のとは似てるけど違うねぇ」
小瓶を傾け、底に沈殿している細かな粒を見る
「研究所行きぃ」
無限収納へ放り込む
次に触れたのは銀色の硬貨
こちらの通貨とは違い、表面には見知らぬ人物の横顔
裏側には翼を持つ獣の紋章
「お金かぁ」
一枚を指で弾く
「この世界の銀貨よりちょっと重い」
銀貨の近くにあった袋を取り出して開けると金貨も入っていた
「結構持ってるなぁ」
「これ、帝国の金貨とは純度が違うねぇ」
少し考える
「溶かしたら面白そうだけど研究所行きぃ」
貨幣類も収納する
次は地図がでてくる
「……知らない地形」
広げると見たことのない文字に国名らしきものが記載されている
「当然だけど、こっちの地図じゃないねぇ」
収納
次に本を取り出す
「これは日記かなぁ?ご先祖様の残した文字に似ているような…」
「え…い…ぼ…ん…の……?読めないなぁ」
数ページめくるもやはり文字が読めず、残念そうに閉じる
「まあ、研究所行きかな」
他にも様々な本が確認されたが全て収納する
それ以外には目立った物はなかった
銀色の鍵や方位磁針、小型の火打ち具
乾燥した保存食・包帯・予備の衣服・簡易結界を展開する魔道具
さらには用途の分からない筒
「最近土小人族が異世界人と共同して作った物に似てるなぁ」
「魔力消費なしで十分な遠距離攻撃ができるんだっけぇ」
「まあ、武器っぽいしシア様に見せてみよぉ」
収納
研究に回す物や魔法に関する物・武器防具等種類別に選り分けながら
無限収納に放り込んでいく
「いやぁ……」
彼女は満足そうに頬杖をついた
「異世界人って、いいもの持ってるなぁ」
かつて戦場で死体を漁っていた時と同じだった
価値のある武器・売れる素材・まだ使える道具に珍しい魔石
さらに未知のもの
そんなものを見つけたら、拾って調べるしかない
使えるものは使う
それがリュネのやり方だった
収納空間の奥に一際目立つ腕輪が見える
リュネは目を細めた
「まだあるねぇ」
指先を伸ばし、収納空間から引き出す
カラン
机の上に置かれたものシアの身に着けているのとは異なる黒い腕輪
「腕輪?」
リュネが手に取って確認するが軽く、装飾らしい装飾はない
宝石もなく触感も金属とも違い、何か特殊な素材で作られていることがわかる
「これは……普通の装備じゃないねぇ」
指先で表面を撫でながら慎重に魔力を流す
反応がない
今度は少し強めに
「……あれ?」
腕輪の内部こに微かな空間の歪みがある
リュネの表情が変わった
「中に……空間がある」
収納魔法に似ているがレオンの収納魔法とは明らかに違う
「これ、収納魔法の中に入ってたのにこっちにも空間があるの?」
リュネはしばらく黙って腕輪を見つめ、ゆっくりと笑う
「……二重構造?何を入れてたのかなぁ?」
これは面白い収納魔法の中に隠されていた別の空間を持つ腕輪
つまりレオンは腕輪の中身を隠していたかった可能性がある
リュネは椅子へ座り腕輪を机の上へ置く
表面に細かな術式が刻まれていて幾重にも重なった封印が確認できる
魔力認証
術式認証
生体認証
空間認証
「……ずいぶん厳重だなぁ」
過去に研究した異世界人の中にも危険な魔道具を持っていた者はいた
しかし、ここまで隠すように作られたものはなかった
「王族か何かだったのかなぁ」
冗談めかして言うが確信のようなものがあった
「これは、何日かかっても開ける価値あるねぇ」
そこからリュネと腕輪の戦いが始まった
三つ目の封印を解除するころには一日が終わりを迎えていた
それでもなお奥があることにリュネは笑顔を浮かべる
「頑固だなぁ」
決して力任せにはしない、壊してしまえば中身まで壊れるかもしれない
それだけは避けなければならない
剥ぎ師にとって、価値を残したまま剥ぎ取ることが何より重要だ
そして三日目の夜更け
リュネは腕輪へ指を添える
「これで最後かなぁ」
慎重に魔力を流す
カチリ
最後の封印が外れた瞬間、研究室の空気が変わった
「……え?」
腕輪が震え、魔力を吹き出す
研究室内の魔力測定器が警告音を発し、机の上の器具が震え始める
「ちょっと」
測定器の数値が跳ね上がる
「待って待って」
リュネが腕輪を無限収納に入れようとする
だが
遅かった
空間が裂ける
黒
何も映さない漆黒
研究室の一角が、まるで切り取られたように消失した
「……収納じゃないじゃん」
黒い穴の奥から何かが動く
巨大な爪
黒い鱗
長い腕
赤い眼
リュネと視線が合った
数秒の沈黙
「…檻だったんだぁ!?」
怪物が咆哮し、轟音が研究室を揺らす
リュネは反射的に横へ飛んだ直後、怪物の爪が背後の作業台を叩き潰した
「うわぁ!」
金属製の作業台がひしゃげる
レオンの遺体は既に別室に保管してあるため影響はない
「それ、研究用だから丈夫なはずだけどぉ!?」
怪物が再び襲ってくる
リュネの手が腰へ伸びる
抜いたのはいつもの短剣
戦場を駆け回っていた頃から何度も研ぎ直し、何度も使い続けてきた
彼女自身の仕事道具
「……さてっとぉ」
短剣を逆手に構える
怪物の爪が振り下ろされるが正面からは受けない
一歩、横へずれる
爪が床を砕いた瞬間、リュネはその腕へ踏み込んだ
短剣が走る
狙ったのは肉ではなく
「鱗の隙間――」
刃が滑り込むが浅い
すぐ離れる
怪物が腕を振るがリュネは後ろへ跳んで避ける
「硬いねぇ」
「でも、全部が硬いわけじゃないかなぁ」
怪物の動きを見る
「……なるほどぉ」
リュネが短剣を握り直すと怪物が踏み込み、加速する
低く潜り、懐へ入り込む
短剣を逆手から順手へ、持ち替えて膝の裏を狙う
ザクッ
刃が鱗の薄い部分へ食い込むと怪物の姿勢が崩れる
「やっぱりねぇ、どの生物も関節は柔らかいんだぁ」
リュネは一度怪物から距離をとる
怪物が咆哮すると身体の奥を魔力が走る
リュネの目が細くなる
「魔力回路もある」
その時、怪物の背後の黒い穴が、さらに大きくなる
「……え?」
二体目が出てくる
続いて三体目
「いやいやいや」
リュネの顔が引きつる。
「ちょっと待ってよぉ」
怪物たちが一斉にリュネに突っ込んでくる
「一匹なら何とかなると思ったけど」
「三匹は聞いてないなぁ」
それでも逃げない
ここで逃げれば隣の研究区画へ魔物が流れ込んでしまう
「まずは…別室の研究員の避難に、シア様への連絡だねぇ」
緊急連絡用の魔石に魔力を込め、研究区画全体に避難を呼びかける
『特別研究室にてM2が発生。M4に拡大する可能性あり非戦闘員は直ちに避難。
戦闘員は隔壁の作動を確認後、特別研究室が突破された際の戦闘準備ぃ』
怪物たちの攻撃を避けながら避難を呼びかける
「なんとか避けるのに集中すればいけるかなぁ…全部倒すのはきついかもぉ」
シアから渡されていた直通の魔石を取り出して魔力を込める
『シア様ぁ~夜中に失礼しますねぇ…私の研究室で魔物が発生しましたぁ』
『どれだけ出てくるか不明なので最悪迷宮暴走の可能性大ですぅ』
『そうか……だが私は謹慎中でそっちに向かえない。リュネの方で何とかしろ』
『えぇ!? 三日間って聞きましたよぉ!もう過ぎてますよねぇ!?』
『……そんなことより、最近研究ばかりで訓練に来ていないと報告が来ているぞ』
『うっ……』
『久しぶりの実戦だと思って、本気でやってみろ。黒冠を向かわせる』
『いや、それとこれとは話が――』
『……ふぁ……』
通信の向こうから、かすかな吐息が漏れた
一瞬だけ、リュネの動きが止まる
『…………』
『……何だ』
『今、欠伸しましたよねぇ?』
『していない』
返事だけは妙に早かった
『いやいや、しましたよねぇ?』
『していない』
『今の「ふぁ……」って、どう考えても欠伸ですよぉ』
『…………』
沈黙
『……聞かなかったことにしろ』
『やっぱり眠いんじゃないですかぁ』
『眠くない』
『声がもう半分寝てますよぉ?』
『……問題ない』
僅かに間が空く
『朝になっても終わっていなかったら、私も向かう』
『シア様?』
『…………』
『シア様ってばぁ?』
『…………』
返事がない
『……えぇ』
リュネは魔石を見つめる
『寝ちゃったぁ……?』
しばらく待ってみるもやはり返事はない
研究室では、四体の怪物がリュネに対して攻撃を続けている
『……どうしよぉ』
『とりあえず、黒冠が来るまで死なないように頑張るかぁ』
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