第5話 戦果と罪科
昨日は投稿できず申し訳ありませんでした。
旧聖堂区に、再び静寂が戻った
先ほどまで響いていた戦闘音はもう聞こえない
リセルは星霧の中を歩きながら、崩れた聖堂へ向かっていた
「……静かになったわね」
壁は大きく崩れ、床には無数の亀裂が走っている
屋根の一部も吹き飛び、月明かりがそのまま内部へ差し込んでいた
「遅かったな」
瓦礫の向こう側にシアが立っていた
金色の髪には埃が付着し、衣服にはいくつもの傷が刻まれている
頬にも浅い切り傷が残っていた
それでもその紅い瞳には戦闘の余韻すら残っていない
「相当な手練れだったわ」
リセルが軽く手を振る
「やはりそうか、私と戦いながら結界解析ができる人間は滅多にいないからな」
出会い方が違えば友になれたであろう強者だった
「黒冠はいるか」
「はっ」
「撤収するぞ、いつもどおり回収できるものは研究所に運び込め」
「承知しました」
黒冠の兵士たちが一斉に動き始める
戦闘の痕跡を確認し必要な情報を持ち帰る
幾度も繰り返したその動きに迷いはない
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
~黒曜宮・地下~
旧聖堂区から戻った一行は、地下に設けられた研究区画へ向かった
扉が開いた瞬間
「おかえりぃ」
待ち構えていたリュネが顔を上げた
その視線が黒冠の運ぶ担架へ向く
「……それぇ」
レオンの遺体を見た瞬間、リュネの表情が変わった
「異世界人?」
「そうだ」
シアは短く答えた
「レオンという男よ」
リセルが続ける
「転移魔法を使って逃げようとしたから、転移先で仕留めたわ」
「へぇ……」
リュネが担架へ近づき、観察する
「壊れてるのは少ないね」
「私がとどめを刺したからね」
「流石はリセルだねぇ、シア様じゃこんなに綺麗に残らないもんねぇ」
リュネは満足そうに笑う
「これならかなり調べられるよぉ」
彼女がパチンと指を鳴らすと何もない空間が歪んだ
「無限収納」
そこから解剖器具や魔力測定器、封印具を次々と取り出す
「死体はそこの台に置いといてねぇ」
「承知しました」
黒冠の兵士が担架を作業台へ移すとリュネは慣れた手つきで器具を手に持つ
「死因は胸の穴かなぁ?それ以外もボロボロだけどぉ」
「魔力回路は全身ズタボロだねぇ。損傷が激しいのは右足かなぁ?」
「空間魔法を使ってたってことは収納系の魔法も使えるはずだからぁ」
ぼそぼそと喋りながら手際よく動くリュネの様子をシアは黙って眺めていた
リュネと出会ったのは戦場だった
剥ぎ師として駆り出されていた彼女は、誰も見向きもしない死体の山から
価値のあるものだけを正確に拾い上げていた
その異常な目利きと特殊な魔法を見たシアはその場でリュネに声をかけた
「……やっぱりぃ」
リュネが呟いた
「この世界の人間とは魔力回路そのものが違うねぇ」
魔力測定器の数値を確認する
「異世界人だからか」
「それだけじゃないと思うんだよねぇ」
リュネは穴の開いた胸部に手を置き、軽く魔力を流す
「魔力回路が相当発達してるかなぁ?まるで長耳族の年寄りみたいだねぇ」
シアが覗き込む
「いくつもの世界を経験したと言っていたな」
「じゃあ十分調べる価値はあるねぇ」
リュネが笑う
「それにねぇ?私と似てるところもあるんだぁ」
自分の腕を見る
シアの視線が動く
「同郷か?」
「私のご先祖様だけどねぇ 詳しいことまでわかるかどうかぁ」
帝国を含めた全ての国で実験されていても再現できない特別な力は多く存在する
その一つがリュネのもつ無限収納
それが遠い祖先から受け継がれたものだということをシアはリュネから聞いている
「なら調べてくれ」
「もちろんだよぉ」
リュネは嬉しそうに頷いた
「こいつが何を残してるのか、全部調べてみるよぉ」
「頼んだ」
「もちろん!」
「行くぞ、リセル」
シアは踵を返した
「ええ」
扉へ向かう二人の背後で、再び空間が歪む
リュネが無限収納から新しい器具を取り出す
「さて……どこまで違うのかなぁ?」
楽しそうな声が響く
黒曜宮の自室に戻った後、戦闘で負った傷は治療魔法で自分で回復し、
血の付いた衣服を着替えながら考える
「……独断行動に関しては明日詰められるだろうな」
シアは小さく呟いた
召喚を確認した時点で、正式な指揮系統を通さず黒冠を動かした
正しい判断だったと確信しているが、帝国には帝国の秩序がある
皇女であるシアなら、なおのこと守らなければいけない
「言い訳を考えておかないとな…」
様々考えながらシアは目を閉じた
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
~翌朝~
皇城の鐘が鳴るより早く、シアのもとへ皇帝直属の使者が訪れた
「皇女殿下、皇帝陛下が謁見の間にてお呼びです」
「分かった」
昨夜の件だ理由を聞く必要はない
シアはメイドに着替えさせられた後、謁見の間へと向かった
巨大な扉が開くとその先にいるのは皇帝だけではなかった
宰相や軍務卿、宮廷魔術師長それ以外にも帝国の重鎮が並んでいる
シアの足が一瞬だけ止まる
これは事情聴取ではなく公の裁定だ
玉座の前まで進み、膝をついた
「面を上げよ」
皇帝の声が静かに響く
謁見の間全体が張り詰めている
「昨夜、旧聖堂区において異世界人が一名を召喚されたと聞いている」
「はい」
「お前は、正式な出撃命令を受けることも皇城への報告すらもせずに黒冠を動かした」
「その通りです」
「陛下、これは看過すべき問題ではありません」
軍務卿が発言する
シアの紅い瞳が僅かに動き、軍務卿を捉える
「皇女殿下が私兵に等しい部隊を独断で動かしたのです」
「軍務卿が皇帝と私の会話に許可なく割り込むのは問題ではないのか?」
シアが口を挟む
「シア」
皇帝の声が落ちる
「お前に発言を許した覚えはない」
「……失礼しました」
シアが口を閉じる
軍務卿は続けた
「例え相手が異世界人であったとしても、皇女殿下が部隊を自由に動かせるとなれば、帝国軍の指揮系統そのものが揺らぎます」
「その通りですな」
別の重臣が続ける
「異世界人への対応を皇女殿下個人の判断に委ねる前例にもなりかねません」
空気が重くなる
シアは黙って聞く
ここで反論すれば自らの正当性ではなく、帝国そのものに噛みつくことになる
皇帝が口を開く
「では聞こう」
視線がシアへ向いた
「お前は、なぜ気づいた時点で報告をしなかった」
「返事を待っていた場合、最悪帝都が戦場になると判断しました」
「なぜだ」
「今回召喚された場所は帝都にも近く、異世界人の能力や思想によっては放置する方が帝国への危険が大きいと判断しました」
「加えて、今回の召喚は帝国に不満を持つ者たちが秘密裏に計画していたため対応が後手に回ることとなりました」
シアは宰相や軍務卿、宮廷魔術師長に目を向ける
その紅い瞳は『本来貴様らが真っ先に気づき、対応するべきであろう』と言っていた
謁見の間に沈黙が落ち、やがて皇帝が軍務卿を見る
「昨夜の被害は」
「帝国側の死者はありません」
「異世界人は」
「死亡しており死体も回収済みとの連絡が入っています」
「今回の召喚に関係した奴らは」
「可能な限り捕らえ、牢屋にいれているとのことです」
「では尋問を行い、他の関係者も含めて全て洗い出せ」
「承知致しました」
皇帝の視線が再びシアへ戻る
「つまり、敵は排除されて民間人は無傷であり帝国側の損害もないということか」
「その通りです」
そこで皇帝の表情が変わる
「だが、それを理由に今回の違反を見逃せば他に示しがつかん」
誰も口を挟まない
皇帝の声が謁見の間へ響く
「皇女が独断で兵を動かす国に、軍務卿が必要か」
「……」
「宰相が必要か」
誰も答えない
「皇帝が必要か」
その一言で、空気が凍った
そこでシアは初めて今回の問題の大きさを正確に理解した
異世界人を殺したことが問題ではない
その判断は自分で行ったことだ
皇帝の統治下にある帝国で皇女が独自の軍事判断を行い、成功してしまった
だからこそ皇帝は処分を下さなければならない
「シア」
「はい」
「三日間の謹慎を命じる」
「承知しました」
「ただし皇女としての公務は停止しない」
重臣たちの間に僅かなざわめきが走る
「今回の召喚に関する事件の詳細な報告書を三日以内に提出しろ」
「承知しました」
「それがお前に与える三日間の仕事だ」
皇帝はそこで一度言葉を切る
「承知しました」
「今後、このようなことがないようにしろ」
「善処します」
謁見の間が静まり返り、皇帝の目が細くなる
「そうだろうな」
怒気はなく、むしろ呆れに近い表情だった
「お前にそれをするなと言っても意味がない」
「……」
「ならばせめて、事が終わってからで構わない」
「今回も報告したはずですが」
「直接だ」
皇帝の口元が僅かに動くが笑ってはいない
「まったく変わらんな、お前は」
「申し訳ありません」
「謝罪を求めているわけではない」
皇帝は玉座の肘掛けに手を置く
「結果を出せる者ほど、己の判断を過信する」
その視線がシアを射抜く
「だが帝国は、一人の英雄だけで成り立った国ではない」
「……はい」
「それを忘れるな」
シアは深く頭を下げた
「承知しました」
皇帝が頷く
「以上だ」
シアが立ち上がり、扉へ向かう直前呼び止められる
「シア」
「はい」
シアが振り返る
「正しい判断と、正しい統治は同じではない」
その言葉を残して謁見は終わった
扉が閉じる
長い廊下へ出た瞬間、小さく息を吐いた
「……思ったより詰められなかったな」
皇帝は怒っていたわけではない、全て理解した上で皇帝として処分を下した
帝国を守るために、そして皇女を帝国より上に置かないと重臣たちに示す必要があった
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
~黒曜宮・地下研究区画~
リュネがレオンの身体を前にして、すでに研究を始めていた
「さて…っとぉ」
無限収納を開き、一つの魔道具を取り出した
「この人が残したもの、全部いただきますかぁ」
その声が静かな研究室に響く
剥ぎ師
基本的に迷宮内で活動を行う
魔物討伐後に素材・魔石・呪具・骨などを適切に“剥ぎ取る”職業である
戦場で活動する者もいるが数は少ない
そこでは戦闘中に味方や敵の遺体から装備を回収し、再利用できるようにする役割
危険な中での作業のため、高度な技術と戦闘力が求められる




