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第9話 それぞれの戦い方①

~黒曜宮・廊下~

廊下を行き交う侍女たちが、シアの姿を見つけるたびに足を止める

「シア様、おはようございます」


「ああ」


「お着替えは……?」


「済ませた」


「お食事は……?」


「まだだ」


「でしたら、すぐにご用意を――」


「いや、問題ない」

シアはそのまま歩いていく


「……シア様?」

呼び止める声を背中に受けながら、シアは足を止めなかった


朝食の時間は、とっくに過ぎている

今から正式に食事を用意させれば、厨房では昼食の準備に追われている

料理人たちの手を止めることになるだろう

何より――

「……腹が減った」

小さく呟く


昨夜は取り調べに集中して、夕食もろくに口にしていない

そのまま夜更けまで起きていたのだから、腹が鳴るのも当然だった

黒曜宮の調理場の区画へ入ると、香ばしい匂いが漂ってきた


「……」

シアの足が止まる

焼いた肉や煮込んだ野菜、焼きたてのパンの香り

そして、果物の甘い香り

胃が、再び小さく鳴った


シアは無言で調理場の入口を見た

昼食の仕込みが始まっている

料理人たちは忙しそうに動き回っていた

「……邪魔をするのも悪いな」

シアは少し考える

そして、視線を横へ向けた

木箱がいくつも積まれている

その中には、帝都各地から届いた果物が並べられていた


赤い林檎

黄色い梨

紫色の葡萄

そして、南方から運ばれてきた橙色の果実

シアはその中から林檎を一つ手に取った

「これでいいか」

そのまま踵を返す

三歩ほど歩いたところで


「……あれ?」

背後から声にシアが振り返ると、料理人の一人が目を丸くして立っていた

「シア、様……?」


「何だ」


「それは……」

料理人の視線が、シアの手元へ向く

「林檎……ですよね?」


「ああ」


「……どうしてシア様が?」


「腹が減ったからだ」


「いや、そうではなく……」

料理人は困惑したように周囲を見る


「お食事なら、すぐにご用意しますが……」


「必要ない」


「ですが皇女殿下に、そのようなものを直接――」


「林檎を食べるのに身分は関係ないだろう」


「それは……そうですが……」

料理人が言葉に詰まる


「朝食には遅い」


「……はい」


「昼食には早い」


「……はい」


「なら、これで十分だ」


「…………」

料理人はしばらく黙ったあと、苦笑した

「でしたら、せめて洗ってお持ちください」


「必要か?」


「必要です」


「そうか」

シアは素直に林檎を差し出した

料理人が受け取り、水で洗う

戻ってきた林檎を、シアは受け取った

「ありがとう」


「い、いえ……」

皇女から礼を言われた料理人が姿勢を正す

シアは気にせずその場で林檎を一口齧った


しゃくっ


「……」

甘い

瑞々しい果汁が口の中に広がる

空腹だったせいか、普段よりずっと美味しく感じた


「……うまい」


思わず漏れた言葉に、料理人が微笑む


「今朝届いたばかりですから」


「そうか、どうりで美味しいわけだ」


もう一口齧る


しゃくっ


その様子を見ていた料理人が、ふと口を開いた


「……シア様」


「何だ」


「もう一つ、いかがです?」


シアの手が止まった

「……いいのか?」


「もちろんです」

料理人は木箱からもう一つ林檎を取り出す

「ただし、昼食はちゃんと召し上がってください」


「分かっている」


「最近、食事を抜かれることが多いと聞いておりますので」


「……誰から聞いた」


「侍女たちが心配しておりました」


「そうか……だが心配する必要はない」


「それならよいのですが」


「私は自分の体調くらい管理できる」


「それは存じております」


「なら――」


「ですが、皇女殿下が倒れたら、我々が大変です」


「…………」

シアは黙った

確かに、その通りだった

自分一人が倒れるだけならまだいい

皇女という立場にある以上、その影響は周囲へ及ぶ

「……分かった」

シアは林檎を持ったまま頷く

「昼食は食べる」


「ありがとうございます」

皇女の不器用なやさしさに気付いた料理人は深く頭を下げる


シアはそのまま調理場を出ていく

私室へ戻るために、林檎を齧りながら廊下を歩く


しゃくっ


しゃくっ


静かな廊下に、妙に小気味のいい音が響く

しばらく歩いたところで、向こうから侍女が一人やってきた

「あっ、シア様!」


「ん?」


「朝食はどうされました?」

侍女の視線が林檎へ向く


「これを食べた」


「……林檎、一個ですか?」


「二個目だ」


「そういう問題ではありません……」

侍女が困った顔をする


シアは首を傾げた

「朝食には遅いだろう、起きれなかった私の責任だ」


「だからといって……」


「昼食を食べれば問題ない」


「本当に召し上がります?」


「ああ」


「絶対ですよ?」


「ああ」


「では、昼食の時間になったらお迎えに――」


「必要ない」


「ですが――」


「……分かった、その時間は私室にいるだろう」


「はい!」

侍女は満足そうに頭を下げて去っていく


シアはその背中を見送った

「……大げさだな」

そう呟いて、また林檎を齧る


しゃくっ

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~黒曜宮・練兵場~

昼食後


黒曜宮の練兵場には、絶え間なく金属音が響いていた

剣と剣がぶつかる音や地面を蹴る音、兵士たちの怒号が空気を震わせ

乾いた風が砂埃を巻き上げ、訓練場の隅に置かれた旗を揺らしている

その中を、シアとリュネが歩いていた


「…………」


「…………」


黙々と歩く二人の間に、妙な沈黙が流れている

先に耐えられなくなったのはリュネだった

「……ねぇ、シア様ぁ?」


「何だ」


「本当にやるのぉ?」


「ああ」


「昨日、魔物に襲われたばっかりなんだけどぉ」


「知っている」


「怪我もしてるんだけどぉ」


「鍛錬不足が原因だな」


「…………」

リュネは頬を引きつらせた

「話が通じないよぉ……」


シアが訓練用の武器が置いてある場所で足を止める

「武器を選べ」


「はいはい……」

リュネは短剣へ手を伸ばし、一本ずつ刃を確認する

三本の柄の状態や重心、握ったときの感触

そして最後に、無限収納(インベントリ)の中身を確認した

「問題なしぃ」


「なら構えろ」


「……シア様は選ばないのぉ?」


「ああ」

シアが腰の武器へ手をかける


それを見た瞬間、リュネの顔が引きつった

「ちょっと待って」


「何だ」


「私、訓練用の武器なんだけどぉ?」


「安心しろ、ただの硬い木でできた剣だ」

「刃もついてないから棒と何も変わらない」


「いやいやいや!」

リュネが全力で両手を振る

「シア様だけ使い慣れた武器使うのは不公平じゃないのぉ?」


「訓練用の武器は私が使うと壊れてしまうからな…」

「勿論、手加減はするさ」


「そういう問題ぃ!?」


抗議するリュネを無視してシアは話を続ける

「まぁいい…勝利条件は一つだ」


「……何ぃ?」


「私に触れろ」


「触るだけ?」


「ああ」


「倒さなくていい?」


「いい」


「武器で攻撃しても?」


「当然だが当てて構わない」


「本当に?」


「ああ」


リュネは少し考え、そして――

「……じゃあ、やってみる」


シアが構える

「来い」


その瞬間リュネの姿が消えた


「――!」

シアが目を細める

正面からは来ない

左右にもいない

(ということは背後か…)

そう判断した瞬間――


「収納」

壁際に置かれていた木箱が消えた

シアの視線が僅かに動く

その一瞬を狙ってリュネが死角から飛び出した

横目でリュネを確認し、リュネを蹴っ飛ばして距離をとる


「おぇっ…!」


シアは再び構える

「止まるな続けろ」


「なんで反応できるのぉ!?」

リュネが走る

今度は正面に短剣を投げる

シアが身を逸らして避ける

短剣が地面へ突き刺さる直前

短剣が消える


「……」

シアが視線を動かす


「――そこ!」

背後から短剣が現れる

だがシアは振り返らなず身体を僅かに傾ける

刃が髪を掠めた


「惜しいな」


「嘘ぉ……」


「呆けていると当たるぞ?」

シアが木剣をリュネに向かって叩きつけようとするが、慌てて後ろへ飛んで避ける

そのまま地面を転がり、距離を取った


「はぁ……はぁ……」


「逃げているだけでは勝てないぞ」


「分かってるよぉ」

リュネは息を整えながら周囲を見る

練兵場には様々なものが置いてある

木剣・盾・砂袋・訓練用の槍

果てには地面に落ちた石

「…………」

リュネの目が変わった


シアはそれに気づく

「どうした?」


「……ううん」

リュネが笑う


「ちょっと思いついただけぇ」


「来い」


「今度は、ちゃんと戦うよぉ」

リュネが走り、シアも迎え撃とうと構える

シアの木剣が迫るもリュネは身体を捻って避ける

木剣が空を切った瞬間

「収納」


シアの背後に置かれていた砂袋が消え、頭上に現れる

そこに向かって短剣を投擲して中身をばらまく


「ぐっ……」

シアの視界が砂で遮られる

続けて足元から盾がシアの足元へ出現する

「おぉ」

シアが一瞬だけ体勢を崩した


「今!」

踏み込んで短剣を振るうも、シアが木剣で受ける

重い打撃音が響く


「もう一個!」

リュネが反対の手で短剣を振るい、それにシアが反応する

それはブラフだった

収納から取り出したのは、シアに悟られぬよう消した複数の訓練用の槍

簡易的かつ高密度の槍衾がシアの正面に出現する


「――!」

シアが一瞬だけ体勢を崩した

その隙にリュネが踏み込み手を伸ばす

指先が――

シアの肩へ触れた


「……やったぁ!触ったよね?


「ああ」

シアは自分の肩に触れる

「触ったな」


「……勝ち?」


「勝ちだ」


「やったぁぁぁぁ!」

リュネが両手を上げた

「勝ったぁ!」

訓練していたはずの周囲の兵士たちからも、歓声が巻き起こる

シアはそんなリュネを見ていた


「今の動きは悪くない」


リュネが目を輝かせる

「ほんとぉ?」


「ああ」


「じゃあ私、強くなった?」


「少し違うな」


「え?」


シアはリュネを見る

「お前は強くなったのではない」


「…………」


「自分の戦い方を分かってきたんだ」


リュネは首を傾げる

「戦い方?」


「ああ」


シアは練兵場を見渡した


「私は正面から敵と戦う」


「うん」


「防御されれば破るし」


「…うん」


「逃げられれば追う」


「うへぇ……」


「私の戦い方は単純だ」


リュネは苦笑する

「単純って言っていいのかなぁ……」


「少なくとも、お前には向いていない」


「だよねぇ」


シアは続けた

「戦い方は人の数だけある」


「…………」


「なら、私とは違う方法で戦えばいい」


リュネは黙って聞いている


「黒冠から地下での戦闘時の報告を聞いた」

「武器や防具を頻繁に切り替えて戦っていたらしいな?」


「そう…だねぇ」


「『まるでシア様のように戦われておりました』だとさ」


「……」


「武器、足場、視界、敵が持っている物でも何でも利用しろ」


「……うん」


「戦場にあるもの全てを、お前の武器にすればいい」


「……それが、私の戦い方?」


「ああ」

シアは頷いた

「そして、それは私にはできない」


「え?」


リュネが驚く


「私の使う武器は今回使った木剣とコイツ(日蝕)だけだ」

シアは自分の腕の黒い腕輪に触れる


「…………」


「お前のように自由に切り替えることは私にはできない」


「シア様が?」


「ああ」


その言葉に、リュネは少しだけ嬉しそうに笑った

「そっかぁ……シア様にできないことがあるんだぁ」


「当然だ」


「なんか嬉しいなぁ」


「喜ぶところか?」


「喜ぶよぉ」

リュネは短剣を手元に戻した

「だって、シア様みたいになりたいって思ってたからぁ」


「……」


「シア様が強すぎるからさぁ」


「さらに強くなれるかは今後のお前の次第だ」


「ひどぉい」


「だが、私の真似をする必要はない」

「お前にはお前の戦い方がある」


「……」


「それを磨け」


その言葉を聞いて、リュネは少しだけ真剣な顔になった


「……分かった」


シアは背を向ける

「なら、次だ」


「え?」


「もう一度やるぞ」


「えぇ!?」


「今度は私も、お前の戦い方を知った」


「ずるいよぉ!」


「敵は二度戦うこともある、その場合はこちらの手を読んでくる」


「それとこれとは話が違うぅ!」

リュネが全力で逃げるがシアがすぐに追いつき捕まえる


「さっき勝ったじゃん!」


「私は負けず嫌いなんだ」


「じゃあ、シア様が勝ったら解放してくれるってことぉ?」


「手を抜かれるのはもっと嫌いだ」


「誰かぁ!助けてぇ!」

リュネが周りに助けを求めるが全員目をそらして離れていく


助けを求めるリュネの顔には怯えはなく、笑っていた

「じゃあ、今度こそ本気でいくよぉ!」


シアも僅かに笑う

「来い」


二人が同時に駆け出した

力で押し切る者

技で切り開く者


そして――

遠くからその光景を見ていた兵士の一人が、ぽつりと呟いた

「……あの二人、戦い方がまるで違うな」

隣にいた兵士が頷く

「ああ」


「俺らにも俺らの戦い方があるってことさ…シア様も言ってただろ?」


練兵場に、再び剣戟の音が響いた

それぞれの戦い方

それぞれの力

それぞれの生き方

誰かと同じになる必要はない

自分にしかできない方法で戦う


それこそが――

シアがリュネへ教えようとしていたものだった

シアの木剣

刃がついていないため打撲がメインだが、人間の薄皮程度なら切れるらしい

長耳族のご神木で作製されているとの噂があるが、シアの魔力で黒く染まっているため真偽は不明

非常に硬いらしく破損した様子を誰も見たことがない

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