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第1話 異物狩りの皇女

帝国首都 ~黒曜宮~

「なら、迎えに行くぞ」

赤い瞳に冷たい光が宿る。

「召喚されるのはリセルの予想通りか?」


「ええ。生贄の量や術師の人数、星の並びを見ても大きなズレはないです」


「そうか、では見定めてやろう」

「この世界に順応すると言うなら見過ごそう」

「英雄ごっこを始めると言うなら……その時は私が片付けよう」

シアが立ち上がると黄金の髪が揺れる。

紅い瞳には、先ほどまで浮かんでいた倦怠の色が消えていた。


リセルは静かにシアへ伝える。

「詳細な召喚場所に関してですが」


リセルは机の上に一枚の地図を広げた。


帝国首都から北東

かつて滅びた王国の神殿が建っていた場所

現在では廃墟となっている旧聖堂区


「ここです」


「……帝都の近くか」


「はい」


シアの目が細くなる。


「帝国内で異世界人を召喚する気か」

「しかも、帝都からさほど離れていない場所で」

「帝国法で禁止されているにも関わらず」


「ええ」


「術式を組むには大量の魔力と人員が必要だ」

「それを誰にも気付かれずに準備したと」


シアは地図を見て小さく笑った。


リセルは苦笑する。


「シア様、楽しんでいませんか?」


「まさか」


「……その顔は絶対に楽しんでいますよ」


「異世界人を召喚する愚か者が、帝国内にもいると分かっただけだ」


シアは地図を指で叩く。

「問題は、その愚か者が何者かだ」


「現時点では特定できていません」


「ならば完全に召喚させろ」


リセルが瞬きをする。


「……よろしいのですか?」


「構わん」

シアは淡々と言った。

「異世界人が召喚されること自体は問題ではない」

「問題なのは、誰が何のために召喚したかだ」

紅い瞳が細くなる。


その時、部屋の扉が叩かれた。


「入れ」


扉が開くと黒い軍装を身につけた兵士が一人、跪いた。


「皇女殿下」


「言え」


「旧聖堂区にて、召喚陣の最終稼働を確認しました」


「予定時刻は?」


「約二時間後です」


シアは即座に立ち上がった。


「黒冠を呼べ」


「すでに待機させています」


「ならば伝えろ」


シアは一瞬だけ窓の外を見る。

遥か北東。

夜空の一角。

すでにうっすらと紫色の光が滲んでいる。


「召喚が成立した瞬間、旧聖堂区を制圧しろ」


「はっ」


「召喚に関わった術師、兵士、貴族――全員を拘束」


「了解しました」


「抵抗した者は?」


一拍。


シアは振り返る。

「帝国法に則って処分しろ。」


兵士は一礼した。

「御意に」


扉が閉じる。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


二時間後


旧聖堂区

石壁は崩れ落ち、既に廃墟と化した礼拝堂

その地下深く。

本来なら誰も立ち入らないはずの場所に、巨大な魔法陣が描かれていた。

床一面を埋め尽くす幾何学模様

周囲には数十人の術師

中央には大量の魔石と生贄

さらに、それらを守るように並ぶ武装兵

その様子を見守るのは帝国の爵位を持つ男達だった


「間もなくです」


隣の術師が告げる


「本当に……帝国を変えられるのでしょうな?」


「ええ」

術師は答える。

「異世界人には、我々にはない力があります」

「皇族は異世界人を危険視している」


「だからこそです」

男は笑った。

「シア皇女が帝国を支配する前に、我々が新たな力を手に入れる」


彼らは帝国に不満を持つ者たちだった

皇帝に反発する貴族

皇族への権力集中を恐れる官僚

異世界人の力を利用して自分たちの地位を高めようとする者


彼らは考えていた


異世界人を味方につければ、帝国など容易に覆せる


だから召喚した


異世界から自分たちの切り札を


「始めろ!」


術師たちが一斉に詠唱を開始すると魔力が膨れ上がり地面が震え、空間が歪む


――ゴォォォォォンッ!!


世界そのものが軋み、巨大な光柱が地下聖堂を貫く


その魔法陣の中心に一人の男が立っていたのは


青と白で彩られた豪華な衣服を身に着けた黒い髪の青年だった。


その青年は笑っていた。


「…………ッ!!」

術師たちが息を呑む


青年は周囲を見渡す

「……またか」

その一言に

その場の誰も意味を理解できなかった


「成功だ!」


誰かが叫ぶ


「異世界人だ!」


「我々は成功した!」


歓声


歓喜


狂喜


その声を聞きながら。


青年は首を傾げた。

「……異世界人?」


「そうです!」

召喚を主導した貴族が前へ出る。


「我々はあなたをこの世界へ――」

貴族がそう言うと青年の笑みが消えた


「……なるほど」

小さく呟く

「久しぶりに聞いたな」


「え?」


「いや」

青年は微笑む

「別にいいけど」


その瞬間


――ドガンッ!!


地下聖堂の入口が吹き飛ぶ


「なっ――!?」

反乱分子たちが振り返る


黒い影が雪崩れ込んでくる

黒い軍装に漆黒の外套

胸元には黒い冠の紋章

その紋章を身に着けるのは帝国最精鋭と呼ばれる黒冠のみ


「制圧開始」

先頭の兵士が呟いた

次の瞬間、魔法が炸裂した


「《黒雷》」

――バリィィィッ!!

複数の黒い雷が走る

反乱兵の武器を砕き

術師たちの魔法を吹き飛ばす


「《重圧》」

ズンッ!!

大地が沈む

数十人の兵士が一斉に膝をつく


「《氷牢》」

白い氷が地面を走り

術師たちの身体を包み込む


「抵抗するな、皇女殿下の命令だ」

「武器を捨てろ」


反乱分子たちが混乱する

「なぜだ!」


「どうして帝国軍がここに!?」


「召喚は秘匿されていたはずだ!」


黒冠の兵士は答えない


ただ淡々と敵を制圧していく。


剣

槍

魔法

結界

拘束術

一切の無駄がない


数分で戦闘は終わった


床には倒れた反乱兵


拘束された術師


そして、召喚された青年


彼だけが何もせず立っていた


「…………」


黒冠の兵士たちは警戒を強める


青年はただ静かに戦場を眺めていた

まるで劇でも見ているように


そこへ音もなく黒い外套を羽織った黄金の髪の少女が現れる


「皇女殿下」

黒冠はシアが突然現れても驚かず、青年への警戒を解かない


「ご苦労」

シアはそれだけを言った

そして、召喚された青年を見る

「…………」


青年もシアを見る


しばらく互いに何も言わなかった


シアは青年を観察する


肉体・魔力・呼吸・視線の動き・姿勢・魔力循環

全てを見る

異常だった

ただ強い

そういう話ではない

身体の中に流れる魔力そのものがこの世界の人間とは違う


やがてシアが口を開く

「異世界人よ」


「……俺?」


「そうだ」


「名前は?」


「……名前?」


男は少し考え。

「レオン」

そう答えた。


シアは首を傾げる。

「本名か?」


「さあ」


「さあ?」


「もう何回も名乗ったから覚えてない」


シアの瞳が細くなる。


「何回も?」


男は笑った。

「ああ、こんな感じで召喚されるのは七回目かな」

「色々な名前で呼ばれていたから少し本名かどうか曖昧なんだ」


その場の空気が


僅かに変わった


「……七回?」


「うん」

男は軽く頷く

「これで七回目」


シアは黙って男を見る。

「今まで六つの世界を経験したことがあるということか?」


「そういうこと」


「……」


「前回は王様」

「前々回は賢者」

「その前は魔王」

「もっと前は勇者」

「さらに前は英雄」

「最初召喚されたときは――」

男は肩を竦めた

「忘れちゃった」


シアの紅い瞳から

温度が消えた

「……なるほど」


リセルが静かに尋ねる。

「あなたは、これまで何人殺しましたか?」


男は少し考える。

「さあ?分からないよ。多すぎて」


「…………」


リセルはそれ以上聞かなかった


シアは青年の周囲を見る

黒冠

拘束された反乱分子

破壊された召喚陣

そして、目の前の異世界人


「お前を召喚した者たちは、帝国に反旗を翻した」


「へえ」


「お前を利用し、帝国を滅ぼすつもりだったらしい」


「そう」


「どうする?」


男は笑った。

「別に?」


シアが眉を動かす。

「この者たちに興味がないか?」


「ないね」


「ならば、お前自身は何を望む?」


青年はしばらく黙った

そして天井を見上げる

「……そうだな」

「六つも世界を見てきた」

「勇者にもなった」

「魔王にもなった」

「世界を救ったこともある」

淡々と

天気の話でもするように青年は喋る

「どの世界も似たようなものだった」


シアは黙っている


青年は続ける

「最初は面白いんだよ?異なる文化に異なる魔法形態、様々な歴史」

「でもさ」

男の笑顔が

少しだけ歪む

「何度も見てると少し飽きるよね」

「王も」

「魔王も」

「勇者も」

「英雄も」

「神でさえ」

「結局、同じようなことをする」


シアの手が僅かに動く

腕輪型魔導具――《日蝕》

黒い光が一瞬だけ脈動した


青年は腕輪を見る

「……それ」


「何だ?」


「いや」


男は目を細めた

「面白いものを持ってるね」


シアは答えない


青年もそれ以上は追及しなかった


そして青年は周囲を見渡す

拘束された反乱分子

未だ警戒を解かない兵士たち

瓦礫となった聖堂


「……そうだなぁ」

青年が呟く

「せっかく七つ目の世界まで来たんだ」

「今回は何をしようかな」


誰も答えない


男は微笑み、その言葉をまるで冗談のように口にした。

「今度は――」


一拍


「世界でも滅ぼしてみようかな」


場の空気が凍る


黒冠の兵士たちが一斉に武器を構える


リセルの魔力が膨れ上がる


だが、シアだけは動かなかった


ただ青年を見ていた


「…………」


やがてシアは静かに笑う

「そうか」

日蝕が黒い光を放つ。


「ならば――」


少女が一歩踏み出し、黄金の髪が舞う

紅い瞳が獣のように輝いた

「この世界を滅ぼす前に貴様を殺すとしよう」


男の口元が愉快そうに吊り上がる。


「やっぱりこの世界は面白そうだ」


次の瞬間


――轟ッ!!


二人の姿が消えた。


黒い槍と白い刃が真正面から激突する

黒冠部隊


帝国において、戦死者へ贈られる黒き冠――黒冠

それは、祖国のために命を捧げた者へ贈られる、最後の栄誉である。

そして、その名を冠する部隊が存在する。

彼らは、死を恐れない。

いや、正確には――死を恐れることよりも、

与えられた任務を果たせぬことを恐れる者たちである。

撤退を許されぬ戦場へ赴き、圧倒的な敵を前にしても退かず、

仲間を生かすためなら自らが盾となる。

彼らにとって黒冠とは、死の象徴であると同時に、兵士としての覚悟そのものだ。

「いつか黒冠を戴くことになる」

その言葉を恐れず、彼らは戦場へ向かう。

だが、黒冠部隊が本当に恐ろしいのは、死を恐れないことではない。

死を前提としながら、それでも生きて任務を完遂することを選び続けること。

それこそが、黒冠に所属する者の異常さである。

そして彼らを率いるのは、帝国皇女―シアフローランティア

彼女によって鍛え上げられた部隊は、帝国最強の精鋭として人々に語られている。

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