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13/15

第12話 迷宮攻略②

10月15日(木)にも投稿しています

まだ見てない方はご覧ください

翌朝


一行は灰鐘の迷宮のある街に到着した

迷宮から戻ってきた者もいれば、これから潜ろうとしている者もいる


「……思っていたより、人が多いねぇ」

リュネは馬車から降りて周囲を見回した


「迷宮は、この地域の主要な収入源だからな」

「浅い階層で採れる薬草や鉱石は、冒険者にとって安定した収入になる。魔石を買い取る商人も集まる。迷宮が完全に閉鎖されていない以上人の出入りがあるのは当然だ」


「でも、三年間も奥へ進めてないんでしょぉ?」


「だからといって、浅い階層まで危険になったとは限らない。安全が確認されている範囲で採集を続けることには意味がある」

「問題は、安全だとされている範囲が、今も本当に安全なのかということだ」


その言葉に、リュネは表情を引き締めた

魔石の価格上昇

薬草の品質低下

第六階層での冒険者の失踪

それぞれを別々の問題として片づけるには、気になる点が多すぎる


斥候の一人がギルドへ向かうと年配の男性が慌てて出迎え、一行を室内に案内した

「シア殿下、お待ちしておりました。私はこの迷宮を管轄する冒険者ギルド責任者のガルドと申します」


「報告書は読んだ。行方不明者の状況を聞かせてくれ」


「はい、失踪したのは四人組の冒険者です。全員迷宮の探索経験は豊富で、これまでにも第六階層へ何度か入っています」

ガルドは机に地図を広げた

「彼らは一昨日の朝に入迷し、夕刻までに帰還する予定でしたが日没を過ぎても戻りませんでした。」

「しかし、冒険者にとって帰還が遅くなるのはよくあることなので救助隊を向かわせるのが遅れました。」


「救助隊は?」


「第五階層までは進めましたが、第六階層へ続く通路の手前で魔物に遭遇して撤退しました。負傷者は二名。いずれも命に別状はありません」


「魔物の種類は?」


「通常なら第五階層には出現しないはずの、灰殻狼です」


リセルが地図へ目を落とした

「灰殻狼は、もっと深い階層に生息しているのね?」


「はい。少なくとも、これまでの記録ではそうなっています」


「……生息域が変わったのかしら」


「可能性はあるが、まだ判断するには早いな」

「他に、異常は?」


ガルドは少し言いよどんだ

「実は……失踪した冒険者たちが出発する前に妙な話をしていた者がいるのです」


「妙な話?」


「第六階層の奥から、鐘の音が聞こえた、と」


リュネが顔を上げた

「鐘の音?」


「はい。灰鐘の迷宮という名前は発見当初からあったものです。実際に鐘が鳴るという記録は発見された時以来ありません。少なくとも、私が管理を任されてからは一度も」


シアは腕を組んだ

「その音を聞いた者は、他にもいるか?」


「数名います。ただ、いずれも遠くから一度聞いただけで、正体は分かっていません」


「……ふむ」


シアは地図を畳んだ

「まずは入口から第六階層までを調査する。冒険者が確認された場合はそこで撤退も含めて判断する」


ガルドが驚いたように顔を上げた

「迷宮の攻略を、すぐに始めるのではないのですか?」


「内部の状況が変化している可能性がある以上、過去の記録だけを頼りに進むわけにはいかない。まずは現状を確認する。必要な情報を集めたうえで、攻略の可否を決める」


「……承知しました」


「それと、迷宮内で採取された黒い筋のある魔石を見せてくれ」


「こちらです」

ガルドが木箱を開くと中には、手のひらほどの魔石が十数個収められていた

どれも灰色がかった半透明の石だが、その内部には細い黒い筋が走っている


リセルは一つを手に取った

「……やはり」


「何か分かったのか?」


「まだ断定はできないわ。でも、ただの不純物ではなさそうね。魔力の流れが、内部の黒い筋に沿って偏っている」


「それは危険なのか?」


「この状態だけなら、直ちに危険とは限らない。ただ、通常の魔石とは性質が違うからこれを魔道具に使った場合に想定外の反応が起きる可能性はあるわ」


「買い取り価格が上がっていた理由も、これかもしれないねぇ」

リュネが口を挟んだ

「珍しい魔石だと思って、高く買い取ってたとかぁ?」


「その可能性もあるわね。けれど、誰かが異常を知ったうえで集めていたのなら、話は別よ」


シアはガルドを見た

「この魔石を持ち込んだ冒険者の記録を、すべて確認しろ。採取場所と日時、買い取り価格、買い取りを行った商人の名前もだ」


「かしこまりました」


シアはリセルへ視線を向けた

「魔石の詳しい分析は戻ってからでいい。今は迷宮内部の調査を優先する」


「分かったわ」


「斥候部隊、準備はいいか」

「私とリセルは残って調査を続ける。迷宮は任せた」


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

灰鐘の迷宮・内部


迷宮の内部は、ひんやりとしていた

入口をくぐってしばらく進むと、石造りの通路が奥へと続いていた

壁には淡い光を放つ鉱石が埋め込まれ、足元を照らしている

天井は高く、通路の幅も十分にある

自然の洞窟というより、誰かが意図して造り上げた建造物に近かった


「……本当に、山の中なのかなぁ」

リュネは天井を見上げた


「外から見た山の大きさと、内部の空間が一致しないのは、迷宮では珍しくない」

前を歩くヴァルトが答えた

黒冠に所属する斥候である彼は、数々の遺跡や迷宮を調査してきた経験を持つ

今回も先行調査班の指揮を任されていた


その後ろには、弓を携えたエルネと、短槍と盾を装備したガレスが続いている

そして、彼ら三人と行動を共にしているのがリュネだった


「迷宮内部の空間構造については、いくつかの仮説があるらしい。だが、すべての迷宮に共通する仕組みは解明されていない」


「へぇ……。じゃあ、誰が造ったのかも分からないんだ?」


「自然に発生したとする説もあれば、古代文明が造ったとする説もある。迷宮ごとに成り立ちが違う可能性もあるな」


「なるほどぉ……」

リュネは壁に目を向けた

石の表面には細かな傷があり、ところどころに苔のようなものが生えている

しかし、よく見ると石の継ぎ目がほとんどない

「……これ、石を積み上げて造ったんじゃないよねぇ?」


「そうだな。少なくとも、一般的な建築技術とは違う」

ヴァルトは壁を一瞥した

「興味があるのは分かるが、調べるのは帰ってからだ。今は周囲の警戒を優先しろ」


「はぁい」

素直に返事をしたリュネは、視線を足元へ戻した

床には薄い砂が積もり、小さな石片が散らばっている

壁際には乾燥した植物のようなものがへばりついていた

何の変哲もない通路

けれど、リュネは歩きながら壁の傷や床の汚れ、石片の位置を一つずつ目で追っていた

戦場で剥ぎ師をしていた頃からの癖だった

生き残るためには、敵だけを見ていても足りない

誰がどこを通ったのか

何が落ちているのか

何が失われ、何が残されているのか

そうした些細な違いが、ときには命を救う手掛かりになる


「……あ、ここだねぇ」

分岐点へ差しかかったところで、リュネは無限収納から小さな木片を取り出した

そして、通路の隅にある石の隙間へ差し込む


「何をしている?」

後方を警戒していたガレスが尋ねた


「目印だよぉ」


「地図はエルネが記録しているだろう」


「地図が正しいとは限らないでしょぉ? それに、迷宮そのものが変化する可能性だってあるんだから」

リュネは木片の位置を確かめてから立ち上がった

「帰り道にこれがなくなっていたり、置いた場所が変わっていたりしたら、それも情報になるよぉ」


「なるほど。地図と実際の地形に食い違いが生じていないか、確かめるわけか」


エルネが記録用の羊皮紙を取り出し、目印の位置を記した

「目印を置くだけじゃなく、周囲の特徴も記録しておくわ。万が一、木片がなくなっても位置を確認できるようにね」


「うん。それがいいと思うよぉ」


ヴァルトが頷いた

「続けろ。ただし、目印を置くことに気を取られすぎるな。前後の警戒を忘れるなよ」


「分かってるよぉ」


四人は再び歩き出した

先頭のヴァルトが進路を確認し、エルネが地形や痕跡を記録する

リュネは周囲の観察と物資の回収を担当し、最後尾のガレスが後方からの接近に備えていた

互いの役割を分担しながらも、誰か一人にすべてを任せるわけではない

斥候にとって、見落としは命取りになる


やがて、六階層に辿り着くと通路の壁に不自然な傷が目立ち始めた

低い位置にあるものもあれば、人の頭より高い場所にあるものもある

爪で引っかいたような跡に見えるが、一部は妙に直線的だった


「ねえ、ヴァルトさん。これって魔物の爪痕かなぁ?」


ヴァルトは足を止め、壁を観察した

「その可能性はある。だが、刃物で削った跡にも見えるな」


「断定はできないわね」

エルネが記録を取りながら答えた

「別々の時期についた傷かもしれないし、異なる原因で生じた傷が重なっている可能性もある」


「そっかぁ……。じゃあ、場所だけ記録しておこうよぉ」


「そうしましょう」

エルネは傷の位置と形状を羊皮紙に書き留めた

そのときだった


カツ……


カツ……


石を引きずるような音が、通路の奥から聞こえた

ヴァルトが手を上げる

四人は即座に足を止めた


「……音がしたな」


「うん。こっちからだねぇ」

リュネは声を潜め、音のした方向を指差した


「ガレス、俺と前方を確認する。エルネとリュネは後方の警戒を頼む」


「了解」

ガレスが盾を構え、ヴァルトとともに通路の角へ進む

二人は身を低くして、慎重に奥を覗き込んだ

「……魔物だ。三体」


「種類は?」


「灰殻狼と思われる。ただし、通常の個体より大きい」


ヴァルトの顔がわずかに険しくなった

灰殻狼

石のように硬い灰色の外皮を持つ魔物で、強靱な四肢と鋭い牙を備えている

通常は深い階層に生息し、浅い階層で遭遇することはほとんどない


「この辺りに出る魔物じゃないってことぉ?」


「ああ。少なくとも、事前に確認した記録とは一致しない」

ヴァルトは腰の剣に手をかけた

「こちらから仕掛ける必要はない。刺激せずに迂回できるか確認する」


しかし、灰殻狼の一頭がこちらを向いた

赤みを帯びた眼が、四人を捉える

低い唸り声が響いた


「……気づかれたな」


灰殻狼が地面を蹴った


「ガレス!」


「任せろ!」


ガレスが盾を構え、通路の中央へ踏み出す

衝撃が響いた

盾に体当たりを受けたガレスの足が石床を滑る

それでも、彼は膝を曲げて衝撃を逃がし、体勢を維持した

その横から、ヴァルトが剣を突き出す

刃は硬い外皮に弾かれたが、狼の進路を逸らすことには成功した


「エルネ!」


「分かってる!」

弦音が響く

エルネの放った矢が、灰殻狼の前脚の付け根を狙う

矢は外皮の薄い部分に食い込み、狼がわずかに体勢を崩した

その隙にヴァルトが踏み込む


一閃


刃が首元の外皮の薄い部分へ食い込み、灰殻狼が石床に倒れた

残る二頭も、ガレスが盾で突進を受け止め、エルネとリュネが牽制し、ヴァルトが急所を狙うことで次々と制圧されていった

戦闘が終わるまで、長い時間はかからなかった


「……すごいねぇ」

リュネは短剣を手にしたまま、三人を見た

「ちゃんと役割が分かれてるんだねぇ」


「一人で倒せる相手ばかりとは限らないからな」

ヴァルトは剣の血糊を拭った。


「敵が強いほど、連携が重要になる。誰かが攻撃を受け止め、誰かが隙を作り、誰かが仕留める。それぞれが自分の役目を果たせば、無理をする必要はない」


「なるほどぉ……」

リュネは頷き、倒れた灰殻狼へ目を向けた。


「私も、もっと周りと合わせたほうがいいのかなぁ」


「お前にはお前の戦い方があるだろう。ただ、味方と行動するなら、敵だけでなく味方の動きも見ておくことだ」


「うん。覚えておくよぉ」

リュネは灰殻狼の死骸へ近づいた

そして、前脚を見て眉をひそめた

「……ねえ、ちょっと変じゃない?」


「何がだ?」


「爪だよぉ」


彼女は前脚の先を指差した

「これだけ大きな身体なら、石床を歩いていた爪だってそれなりに摩耗するはず。でも、この子たちの爪はほとんど傷がないんだよねぇ」

リュネは別の個体の足先も確認した

「こっちも同じ。それに、足の裏もきれいなんだよぉ。床には砂も小石もあったのに」


エルネが屈み込み、足先を観察する

「確かに、摩耗は少ないわね。でも、これだけで何か異常があると判断するのは早いと思う」


「うん。私も、爪だけならそう思うよぉ」

リュネは周囲の床を見渡した


「でも、ここまでの足跡も気になるんだよねぇ」


砂の上には、灰殻狼の足跡が残っている

通路の奥から、こちらへ向かって続く足跡

ただし、途中から数が増え、重なり合うようになっていた


「この辺りから急に足跡が増えてるでしょぉ?」


ヴァルトが足跡を確認する

「確かに。三頭が同じ場所を通っただけにしては偏りがあるな」


「それに、足跡の間隔も違うんだよぉ。こっちは普通に歩いてるみたいだけど、こっちは途中で急に歩幅が広がってる」

リュネは、床の痕跡を目で追った


「よく見ているな」

ヴァルトが言った


「足跡と爪の状態は記録しておこう。原因の特定は、ほかの情報と照らし合わせてからだ」


「はぁい」


エルネが記録を始める


そのとき、倒れた灰殻狼の胸元から小さな音が聞こえた


カラン


何かが石床に落ちた

リュネが反射的に手を伸ばしかけ、途中で止める

「……触らないほうがいいかなぁ?」


「素手では触るな。魔物の体内から出てきたものだ。何らかの影響が残っている可能性もある」

ヴァルトの言葉に、リュネは頷いた


「じゃあ、これで」

彼女は無限収納(インベントリ)から金属製のピンセットを取り出し、落ちたものを慎重に拾い上げた

それは、黒い筋の走った魔石だった。


「……あれ?」

リュネは魔石を光にかざした

黒い筋は表面の傷ではなく、内部へ深く入り込むように伸びている

「これ、普通の魔石と違うねぇ。外で見たのと似てるかなぁ」


エルネが近づき、目を細めた

「変色しているのかしら……。いえ、石の内側に筋が走っているように見えるわね」


「灰殻狼の体内に、こんな魔石があったということか」

ヴァルトは周囲を警戒しながら考え込んだ

「この個体だけの特徴なのか、ほかの魔物にも同じ変化が起きているのか。今はまだ分からないな」


「とりあえず、持って帰ろうよぉ。リセルなら、何か分かるかもしれないし」


「そうだな。記録を残して回収しろ」


リュネは魔石を布で包み、無限収納(インベントリ)へ収めた


その直後


カツ……ギャリィィ…


カツ……ギャリィィ…


再び、石を引きずるような音が響いた

今度は、先ほどよりも近い

四人の表情が一斉に変わった


「……また来たか」

ヴァルトが剣を抜く


「全員、戦闘態勢。ガレスは前方、エルネは援護の準備。リュネ、俺たちから離れるな」


「分かったよぉ」


四人は通路の奥を見据えた

暗闇の向こうから、何かが姿を現した

人間の形をしていた

鎧を身につけ、錆びた剣を握っている

だが、その身体には肉がなかった

骨の隙間から黒い靄が漏れ、兜の奥では赤黒い光が揺れている


一体


二体


三体

次々と、通路の奥から現れた


「……骨の兵士?」

ガレスが呟く


「いや、待て。あの鎧……」

ヴァルトは目を細めた

鎧の意匠は、現在の帝国軍とも周辺諸国の軍とも異なっていた

しかし、古い時代の軍装,歴史書や遺跡の出土品に残されているものに近い


「エルネ、見覚えはあるか?」


「断定はできないけれど、かなり古い形式に見えるわ。少なくとも現在使われている軍装ではないと思う」


「昔の人ってことぉ……?」


「装備だけで判断するなよ」

ヴァルトは剣を構えたまま答えた

「何者なのかは分からない。だが、こちらを認識していることは確かだ」


骨の兵士たちは四人の前で足を止めた

先頭の一体が、錆びた剣をゆっくりと持ち上げる


「――侵入者を確認」


乾いた声が、石造りの通路に響いた


「第七階層への進入を禁ずる」


リュネは息を呑む

第七階層

三年前、冒険者の一団が壊滅し、救助隊も撤退を余儀なくされた場所

そして、それ以来、攻略が途絶えている階層だった

「……ヴァルトさん。こいつら、第七階層を守ってるのかなぁ」


「その可能性は高い。だが、まだ断定はできない」

ヴァルトは敵の数を確認した

見える範囲で三体

しかし、奥の暗闇には、さらに何かが潜んでいるかもしれない

「我々は帝国の調査隊だ。お前たちは何者だ。ここで何を守っている?」


骨の兵士は答えなかった

ただ、錆びた剣をわずかに傾ける

「警告を無視する侵入者を――」


声が途切れた

次に聞こえたのは、複数の声が重なったような、不気味な響きだった


「「「排除する」」」

骨の兵士たちが一斉に駆け出した


「戦闘開始!」

ヴァルトが呼びかけると同時にガレスが盾を構え、ヴァルトが前へ出て敵の剣を受け流した

エルネは後方から矢を放ち、骨の兵士の動きを牽制する

骨の兵士の一体が、ガレスの盾を押し込みながら剣を振り下ろす

ガレスは受け止めたものの、衝撃に耐えきれず、後方へ押し戻された


「くっ……!」


「ガレス、下がれ!」


ヴァルトが横から割り込み、敵の攻撃を受け流す

その隙に、リュネは収納から弓矢を取り出し、敵の足元へ射る

しかし、骨の兵士は足元を見ていなかったにもかかわらず避けられる

矢は横を通り抜け、石床に突き刺さる

「……あれぇ?」

思わず声が漏れた

少なくとも、灰殻狼と同じ感覚で相手をしてはいけない


「全員、後退しろ!」

ヴァルトは敵の剣を受け流しながら叫んだ

「目的は戦闘じゃない! 情報を持ち帰ることだ!」


ガレスが盾で敵を押し返し、ヴァルトが殿となる

リュネは三人の動きに合わせて後退した

敵は追ってきたが、四人は狭い通路での戦闘を避け、分岐点まで距離を取ることに成功した


「この先はどうする?」

ガレスが尋ねる


「一度、ここで敵の追跡を確認する。追ってくるなら、さらに下がる」

ヴァルトはそう答え、剣を構えたまま通路の奥を見つめた


骨の兵士たちは、分岐点の手前で足を止めていた

それ以上は追ってこない

先頭の一体が、不気味にこちらを見つめている

兜の奥で、赤黒い光が揺れた

「……第七階層への進入を禁ずる」

再び、乾いた声が響いた

やがて骨の兵士たちは踵を返し、暗闇の向こうへと姿を消していった。


「……追跡をやめた?」

エルネが弓を下ろす


「あるいは、ここまでしか来ないのかもしれないな」

ヴァルトはすぐには剣を収めなかった

「だが、理由は分からない。追ってこなかったからといって、安全だと判断するな」


「うん……」

リュネは頷いた

骨の兵士が消えた通路を見つめる


ヴァルトは周囲を見渡した

「この先を調べるには、準備が足りない。いったん帰還して、シア様へ報告する」


「そうだねぇ。私たちだけで奥へ行くのは危ないと思うよぉ」

リュネも同意した


しかし、そのとき

彼女の目に、通路の隅に落ちているものが映った

布の切れ端だった

泥と乾いた血で汚れ、石の隙間に引っかかっている


「……あれ?」

リュネは足を止めた


「どうした?」


「ちょっと待って。あそこに何か落ちてる」


ヴァルトが目を向ける

「不用意に近づくな。まず周囲を確認しろ」


四人は武器を構えたまま慎重に近づいた

布の切れ端には、細い刺繍が施されていた

その意匠には、見覚えがあった

今回の調査に先立ち、彼女たちは三年前の遭難事故について資料を確認している

当時の冒険者たちが身につけていた装備品の特徴も、記録に残されていた


「……冒険者組合の標章に似ているわ」

エルネが呟いた


ヴァルトは布に触れずに確認する

「これだけでは、三年前の遭難者のものとは断定できない。別の冒険者が落とした可能性もある」


「うん。でも、見て」

リュネは床を指差した

薄く積もった砂の上に、複数の足跡が残っていた

人間のものと思われる足跡

その一部は、途中から不規則に乱れている

さらに、床には何かを引きずったような痕跡が続いていた

「こっちの足跡、途中で歩幅が変わってるでしょぉ?」

リュネはしゃがみ込み、痕跡を目で追った

「普通に歩いていたのに、途中から足を引きずるようになってる。こっちは何かを引きずった跡みたいだし……」


「負傷者がいた可能性があるということか」


「うん。あるいは、誰かが荷物を運んでいたのかもしれない。まだ分からないけどねぇ」


ヴァルトは周囲を確認した

通路の奥には、崩れた石材が散乱している

その向こうに、わずかな空間が広がっていた

「……あそこを確認する。だが、全員で固まって進む。何かあれば即座に引き返すぞ」


「「「「了解」」」」

四人は慎重に歩を進めた

壁の鉱石は、奥へ行くほど光が弱くなっていた

床には砂が積もり、壁の傷も増えている

やがて、崩落した石材の向こうに、何かが横たわっているのが見えた


最初に気づいたのは、エルネだった

「……人?」


その声が、通路に小さく響いた

四人は足を止めた


崩落した石壁の陰に、それは横たわっていた

灰色の砂礫に半ば埋もれた人影

朽ちた革鎧は裂け、胸元には乾いた血の跡が黒くこびりついている

傍らには、柄の折れた剣とひしゃげた金属製の水筒が転がっていた


「……人間、だねぇ」

リュネはしゃがみ込み、警戒しながら遺体を観察した

顔立ちを判別するのも難しいほど損壊が激しい

だが、装備の一部には冒険者組合の登録印らしきものが残っていた。


ヴァルトが小さく息を吐く

「三年前の調査隊か……?」


リュネは遺体の周囲に視線を巡らせた

血痕の広がり

崩れた石材の位置

砂埃に残る、いくつもの足跡


「ガレスさん、通路の警戒をお願い。エルネさんは来た道を見てて。何か近づいてきたら、すぐ知らせてねぇ」


「了解」

「分かった」

 二人がそれぞれ持ち場につくのを確認してから、リュネは遺体のそばへ戻った


「……連れて帰ろう」


ヴァルトが眉を寄せる

「運ぶのか? この先に何がいるかも分からない。遺体を抱えて動けば、戦闘になったときに――」


「だから、私が持っていくんだよぉ」

生きた人間を自由に出し入れできる能力ではない

だが、すでに息絶えた遺体なら収納できる

少なくとも、彼女がこれまで扱ってきたものと同じ条件であれば


「ここで置いていっても、あとで誰かが見つける保証はないでしょぉ。それに、これが三年前の調査隊の人なら、遺族だっているかもしれない」

リュネは遺体のそばに膝をつき、鎧や衣服に引っかかっている瓦礫を慎重に取り除いた

「身元の確認も、死因の調査も、ここじゃまともにできない。だったら、ちゃんと連れて帰って調べてもらおうよぉ」


「……分かった。周囲は俺たちが見る」

ヴァルトが短く答えた


リュネは遺体の状態をもう一度確かめる

装備に残る印を記録し、剣と水筒の位置も書き留めた

遺体のそばに落ちていた小さな金属札は、腐食がひどく、文字を読み取れない

これも一緒に持ち帰ることにした


「ごめんねぇ。ちょっと失礼するよぉ」

誰に聞かせるでもなく呟きリュネは遺体に手を添えた

次の瞬間、遺体の輪郭が揺らぎ音もなくその場から消えた

無限収納(インベントリ)の内部へ移された

リュネは一度だけ、何もなくなった石床に目を落とした

「……よし。これで、帰る理由がひとつ増えたねぇ」


「帰る理由なら、最初から十分すぎるほどあったと思うがな」


「それもそうだねぇ」

いつもの調子で返しながらも、リュネの目は笑っていなかった

三年前、七階層の崩落で帰らなかった冒険者たち

その遺体たちが今もこの迷宮の奥に残されていた

そして、その近くには、古い鎧をまとった骨の兵士たちがいた


――第七階層への進入を禁ずる


あの言葉と、この遺体に関係があるのか

現時点では、何ひとつ断言できない

「撤収するよぉ。これ以上は深入りしない。見たものは全部、シア様に報告しよぉ」

リュネが立ち上がると、三人もそれに続いた


彼女たちは来た道を慎重に引き返していく

迷宮の奥にはまだ答えの出ていない謎が残されていた

けれど少なくとも死者たちを置き去りにはせずに済んだ

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