第11話 迷宮攻略①
今回は早めの投稿です
~黒曜宮・執務室~
「……シア様。これは、どういうことかなぁ?」
シアの執務室に、リュネの力ない声が響く
机の上には、書類の束が積み上がっている
地図が三枚に封蝋の押された報告書が五通
さらに、その横には分厚い革表紙の冊子が置かれている
その机の向こうでは、シアがいつもと変わらない顔で書類に目を通していた。
「何がだ」
「いやぁ、私、今日からリセルちゃんに魔法を教えてもらう予定だったんだけどぉ……」
「その予定は変更になった」
「どうしてぇ!?」
「私の公務に参加してもらうことにしたからな」
「なんで私がシア様の公務にぃ!?」
リュネは両手を広げ、机の上を指し示す
「私、こんな書類仕事をするために黒冠に入ったわけじゃないんだけどぉ!」
「安心しろ。お前に書類を書かせるつもりはない」
「本当!?」
「読ませるだけだ」
「それ、あんまり変わらないよぉ!?」
執務机の傍らで、リセルがくすくすと笑った
彼女の周囲には数冊の本が浮かんでいる
そのうち一冊は迷宮に関する資料らしく、周辺地図と階層構造を示す図が描かれていた
「リュネ。これも立派な勉強よ」
「えぇ……。魔法の勉強はぁ?」
「必要な知識を身につけるという点では同じでしょう?」
「それに魔法の勉強は空き時間にできるわ」
「うぅ……。リセルちゃんまでシア様側なんだぁ……」
「私は最初からシア側よ?」
「そうだったぁ……」
リュネはがっくりと肩を落とした
リセルから魔法を教わると決めたときには、もう少し華やかな未来を想像していた
手魔力を集めて風を操り、火を灯す
今まで使えなかった力を一つずつ身につけていく
地道な訓練が必要なのは分かっていたが、まさかその訓練を始める前に
皇女の執務室で書類の山と向き合うことになるとは思っていなかった
シアは一枚の書類を読み終えると、別の書類へ手を伸ばした
「リュネ。お前は迷宮について、どの程度知っている?」
「迷宮?」
突然話題が変わり、リュネは首を傾げた
「私は主に戦場で仕事してたけど中々あるものじゃなかったからねぇ、迷宮の中でも剥ぎ師として活動していた時期はあるよぉ。」
「冒険者が魔物を倒したり薬草や鉱石を採ったりして稼ぐ…他には、魔石や珍しい素材が見つかれば大儲けできる。逆に、欲張って奥へ進みすぎると帰ってこられなくなっちゃうって感じかなぁ」
「流石は一流の剥ぎ師だな。その認識で問題ない」
「でしょぉ?」
「では、三年以上攻略されていない迷宮については?」
「三年以上......!」
リュネの表情が変わった
シアは机の上に置かれた地図を広げる
帝都から北東へ伸びる街道の先に連なる山岳地帯の一角に、赤い印がつけられている
「北東辺境、グラニス山麓。そこに『灰鐘の迷宮』と呼ばれる迷宮がある」
リセルが浮かしている本の一つを開く
「発見されたのは六年前で周辺の村人が山の斜面に突然現れた石造りの入口を見つけたのが始まりよ。少なくとも、地元に残る古い地図には記録がないわ」
「突然現れたって……誰かが造ったのかなぁ?」
「その可能性もあるけれど、今のところは分からないわ。迷宮の成り立ちは、研究者の間でも意見が分かれているの」
リセルは地図に描かれた階層図を指でなぞった
「発見当初は浅い階層しか確認されていなかったの。ギルドが調査をして魔物の討伐と素材の採集を目的に正式な迷宮として登録されて、少しずつ探索が進められたけれど……」
「三年前、第七階層で大規模な崩落が発生した」
シアが説明を引き継ぐ
「探索中だった冒険者の一隊が壊滅し、救助隊も複数の魔物に襲撃されて撤退を余儀なくされた。それ以降、深層へ続く道は事実上攻略不能になっている」
「それで、三年間も放置されてたのぉ?」
「放置ではない」
シアは淡々と訂正した
「入口付近の調査と、浅い階層での資源採取は続けられている。深層への道が危険だからといって、迷宮全体を閉鎖すれば、素材や魔石の供給も止まる」
「でも、危険なのに冒険者を深層に入れ続けるわけにもいかないんだねぇ」
「そうだな、攻略の見込みがないまま人員を送り続けても死傷者が増えるだけだ」
「一方で危険を理由に全てを閉ざせばそこで生計を立てている者たちに別の負担を強いることになる」
シアは地図の赤い印に指先を置いた
「だから、現状を調べる必要がある」
リュネは地図を見つめて思考する。迷宮は単なる怪物の巣ではない。冒険者が生計を立てる場所であり、周辺の商人が品物を売買する場所でもある。採集された薬草は薬師へ、鉱石は鍛冶師へ、魔石は魔道具を扱う工房へと流れていく
迷宮が無くなればその流れも止まる
「それで、皇女様の出番ってわけぇ?」
「そうだ。帝国法では長期間攻略が停滞して地域経済や住民の安全に重大な影響を及ぼす迷宮について、しかるべき立場の者による再調査と対策の決定が認められている」
「……つまり?」
「三年以上攻略が進んでいない灰鐘の迷宮を調査し、攻略を再開するのか、封鎖するのか、それとも別の対策を講じるのかを決める。それが今回の公務だ」
「えぇ……。そんな大事な仕事だったのぉ?」
「私じゃなくても構わないが、書類で見るより自分の目で確認する方が早い」
「そりゃそうだけどぉ……」
リュネは困ったように頬を掻いた
「それで、黒冠は何をすればいいのぉ?」
「まずは迷宮の現状を調べる。深層への道を確保できるか確認して内部の状況を把握し、我々で攻略が可能なら進める。危険が大きければ撤退して対策を講じる。後は、現地の行政官や冒険者ギルド、商人達から話を聞かないとな」
「ほへぇ…迷宮を攻略して終わりじゃないんだねぇ」
「そういうことだ」
「そして、今回の攻略にはお前も参加してもらう」
「……えっ?」
リュネの表情が固まる
「私もぉ!?」
「お前の能力は迷宮攻略で大きな価値を持つ。武器や道具を携行できる量に縛られず、必要な物資を運べる。採集物の搬送や負傷者の救護にも応用できる。狭い通路や複雑な地形での立ち回りにはこれまでの経験も活きるだろう」
「いやいやいや、ちょっと待ってぇ! 私、迷宮の深層なんてほとんど行ったことないよぉ!?」
「だから、少数で動く斥候班の一員として参加してもらう」
「少数って、何人くらい?」
「お前を含めて四人だ」
「……四人?」
リュネはシアとリセルを交互に見る
「シア様とリセルちゃんは?」
「私たちは黒冠の一部隊とは別だ」
「えっとぉ……。黒冠の部隊に、シア様とリセルちゃん。それに私たち四人の斥候班の六人?」
「そうだ」
「……なんだか、思ってたより少ないんだねぇ」
「本来なら大勢の騎士を連れて行くものだが、私とリセルがいるから問題ない」
シアは平然と答えた
「なお、出発前に役割と撤退条件を共有する。迷宮内では私の命令が最優先だ。斥候班だからといって、勝手に深層へ進むことは許さない」
「はぁい……」
「それと...魔法の本格的な訓練は迷宮から帰還したあとに再開する」
「えええぇぇぇ!?」
リュネの悲鳴が執務室に響き渡った
リセルは口元を押さえて笑っていた
「大丈夫よ、リュネ。出発前に基礎的な魔力感知の練習くらいはできるわ」
「それに、道中でもしっかり教えてあげる」
「本当!?」
「ただし、遠征の準備が終わってからね」
リュネは机に突っ伏した
シアはそんな彼女を見下ろし、静かに告げた
「安心しろ。迷宮では勉強の成果を試す機会がいくらでもある」
「それ、全然安心できないんだけどぉ……!」
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出発までの五日間、黒曜宮は慌ただしさに包まれた
遠征に必要な装備の点検、食料と水の確保、現地の行政官への通達、冒険者ギルドとの連絡
黒冠の兵士たちは、それぞれの担当に従って準備を進めていた
一方、シアもまた、皇女としての仕事を止めるわけにはいかなかった
「北東辺境の穀物備蓄については、現地で倉庫の残量を確認し、輸送に必要な馬車の数を算出する。備蓄が不足している場合は、近隣の領地から融通できるか交渉しろ」
「承知いたしました」
「橋の修繕については、現地の技師に見積もりを出させる。遠征に同行する工兵の意見も聞き、緊急性の高い箇所から優先順位をつけろ」
「はっ」
「冒険者ギルドから提出された買い取り価格の記録は、三年分を用意させているな?」
「はい。過去三年分の取引記録に加え、直近一か月の魔石の流通量についても確認しております」
「よし」
シアは報告を聞き終えると、別の書類へ目を通した
その様子を執務室の隅で見ていたリュネは、思わず呟いた
「……シア様って、いつ寝てるのぉ?」
「しっかり寝てるぞ。翌日の思考や身体機能に影響を及ぼすからな」
ついでとばかりに書類を一枚、リュネの前へ滑らせた
「読んでおけ」
「……えっ?」
「迷宮周辺の地形、街道、宿場町、近隣の村の位置を頭に入れておけ」
「わ、分かりましたぁ……」
地図には、迷宮を中心として街道や河川、村落の位置が細かく記されていた
さらに、過去の調査で確認された魔物の出現地点や崩落が発生した場所も書き込まれている
「……ねえ、シア様」
「何だ」
「迷宮って、入ったら地図を見ながら進めばいいんじゃないのぉ?」
「確かギルドが地図の作成を義務付けてたよねぇ?」
「その地図が正しいとは限らない」
「えっ?」
「三年間攻略されていないとなると、迷宮内部の構造が突発的に変化したり崩落で通路が塞がれたりすることもある。さらに新しい通路が見つかることもある。魔物の移動によって安全地帯が危険になる場合もある」
「地図は道を保証するものではない。過去の情報と現在の状況を比較してどこが変わったのかを判断するために使う」
「……なるほどぉ」
「お前が戦場で周囲の物を把握するように、迷宮でも周囲の状況を把握することが重要になる」
リュネは、もう一度地図を見つめた
道具や地形を利用し、相手の動きを読む
それらは、これまで自分が戦場で生き延びるために身につけてきた技術とつながっていた
ただし、迷宮では相手が人間とは限らない
足場そのものが崩れるかもしれない
毒を持つ魔物が潜んでいるかもしれない
一見すると安全な場所に罠が仕掛けられているかもしれない
「……こりゃあ思ってたより大変そうだぁ」
「今さら気づいたのか」
「頑張らないとぉ…」
「その意気よ」
「でも、魔法の勉強も忘れないでねぇ?」
「もちろん。遠征中でも、時間があれば鍛錬をしましょう」
「やったぁ!」
「ただし、迷宮内で集中できないようならすぐに鍛錬は中止するわ」
「……はぁい」
リュネは小さく肩を落とした
どうやら、魔法を学ぶ道は思っていた以上に長そうだった
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出発当日の朝
黒曜宮の正門前にはリュネ含めた少数の斥候班が並んでいる
リュネ以外の三人も、迷宮や廃墟の探索に慣れた者たちで構成されている
荷物は必要最低限に抑えられ、縄、照明具、採集用の道具、応急処置のための備品などが整然とまとめられている。
リュネは自分の荷物を確認しながら、何度目か分からないため息をついた
「……短剣よし。予備の短剣よし。縄よし。道具よし。食料よし。収納の中身もよし……」
そのとき、正門の奥からシアが現れた
金髪が朝日に輝き、赤い瞳が集合した黒冠全体を見渡す
彼女の姿を見た兵士たちが、一斉に姿勢を正した
シアが黒冠の隊長へ話しかける
「私がいない間の黒冠の運用はお前に一任する。騎士団が対応できない事態が起きたら動け」
「承知致しました。現地にも黒冠が控えておりますのでご活用ください」
「分かった。では、任せた」
「これより北東辺境へ向かう。今回の目的は、灰鐘の迷宮の調査および攻略だ」
シアの声が、正門前に響いた
「だが、迷宮の攻略は目的のすべてではない。現地の住民の生活、街道の安全、資源の流通。それらもまた、我々が確認すべき事柄だ」
兵士たちは静かに耳を傾けていた
「迷宮の奥に何があるのか。それを知ることは重要だ。だが、目の前の魔物だけに意識を奪われ、帰る場所を失うような真似はするな」
「我々の仕事は、ただ強敵を倒すことではない。必要なものを持ち帰り、問題を解決し、ここにいる者たちを生きて帰すことだ」
「「「「はっ!」」」」
「そして、帝都に残る兵士には私が戻るまでの帝都の守護を命じる」
「頼んだぞ。お前たち」
「じゃあ出発するぞ」
シアの言葉とともに、2台の馬車が動き出す
帝都の街並みを抜け、街道へ
遠くには、北東へ連なる山々が見える
馬車の中でシアは前を向いたまま短く言った
「リュネには期待している」
その言葉に、リュネは目を丸くした
「……えっ、今、期待してるって言った?」
「聞こえなかったのか」
「いや、聞こえたけどぉ……。シア様、そういうことも言うんだねぇ」
リュネは嬉しそうに笑った
その笑顔を、リセルは穏やかな目で見つめていた
だが、彼女の視線はすぐに街道の先へと戻る
三年の攻略停滞や魔石価格の上昇に加えて階層の崩落
一つひとつは、迷宮では決して珍しくない出来事だ
しかし、それらが重なっていることに彼女は小さな違和感を覚えていた
「……何事もなければいいのだけれど」
「何か気になることでもあるのか?」
シアが尋ねた
「まだ何も。だからこそ、実際に見て確かめたいの」
「そうだな」
シアはそれ以上追及しなかった
遠征部隊は、朝の街道を進んでいった
*
北東辺境へ向かう道中、馬車は複数の宿場町と村を通過した
シアは移動の合間にも、現地の役人や商人から報告を受けていた
「皇女殿下。こちらが、宿場町ごとの物資価格をまとめた資料です」
差し出された書類をシアは受け取る
「食料の価格は?」
「帝都周辺と比較して、穀物は一割ほど高くなっております。肉類と保存食についても、ここ数か月値上がりが見られます」
「迷宮の影響か?」
「可能性はあります。攻略隊や冒険者が増えれば、宿泊費や食料の需要が高まりますので。ただ、現地の商人からは、魔石の買い取り価格が上昇しているため、資金を持った冒険者が増えているという話も聞いております」
シアは資料を読み進めた
「一部の商人が食料を買い占めているという報告は?」
「現時点では確認されておりません」
そのやり取りを少し近くで聞いていたリュネが小声で呟いた
「……シア様って、魔物より人間のほうが面倒だと思ってそうだねぇ」
「実際、そういう場面もあるでしょうね」
リセルが答えた
「そもそもシアは政が苦手なのよ。それに戦う方が単純だと私も思うわ」
「人間は違うのぉ?」
「人間は恐怖、利益、面子、義務感もあるから戦うだけと違って複雑だわ。同じ行動でも人が違えば対処も変わるしね」
「うへぇ……。迷宮のほうが簡単そうに思えてきたよぉ」
「迷宮は迷宮でめんどくさいわよ?」
「……やっぱりぃ?」
リュネは苦笑した
街道沿いの村では、迷宮で採取された薬草を買い取る小さな店が並んでいた
店先には、乾燥させた葉や根が吊るされ、瓶詰めの魔石が棚に並んでいる
その一角で、年配の薬師が店の前を掃除していた
「おや、軍の方々かい?」
「掃除の邪魔をしてすまない。少し聞きたいことがある」
シアは足を止め、薬師に声をかけた
「灰鐘の迷宮で採れる薬草について、何か変わったことはないか?」
薬師は少し考え、店の奥から小さな木箱を持ってきた
「これを見てくだされ」
箱の中には、乾燥した薬草が数種類並んでいた
「迷宮の浅い階層で採れるものです。以前と比べて量は変わりませんが、最近は葉の色が悪くなったものが増えておりましてな」
リセルが箱を覗き込んだ
「色が悪い、というのは?」
「葉の縁が黒ずんだり、乾燥させるとすぐに崩れたりするのです。薬効が落ちるものもあり、買い取り価格を下げざるを得ませんでした」
「いつ頃から?」
「一か月ほど前からです」
リセルは薬草を一枚取り上げ、光に透かした
「失礼……少し魔力の残り方が不自然ね」
「分かるのか?」
「ええ。普通の薬草なら、採取後に魔力が少しずつ抜けていくのだけれど、これは一部に偏って残っているわ。原因までは分からないけれど、育った環境に何か変化があった可能性がある」
「迷宮内部の環境が変わっているということか?」
「その可能性はあるわ。ただし、採取後の保管状態や加工方法の問題も考えられる。これだけでは断定できない」
シアは薬師に向き直り、銀貨のたくさん入った袋を薬師に手渡す
「情報提供感謝する。これは少しだが薬草代と情報料として受け取ってくれ」
「いやいや!こんなにはもらえませんよ!」
「それほど貴重な情報だったのだ。それでも受け取るのが忍びないというなら孤児院に寄付でもしてあげてくれ」
「ありがとうございます。子供たちのためにも使わせていただきます」
村を離れたあと、リュネは薬草の入った箱を見つめていた
「ねえ、リセルちゃん。薬草の魔力が偏ってるって、危険なのぉ?」
「必ずしも危険とは限らないわ。物によって魔力抜け方は違うから…でも大量の薬草が似たような抜け方をしているのは初めて見たわね」
「じゃあ、魔力がたくさん残っていれば値段が上がることもある?」
「そうね。でも魔力が原因で薬効が落ちるなら逆に値段は下がる。どちらにしても、原因を調べないと判断できないわ」
迷宮は、魔物を倒して素材を持ち帰るだけの場所ではない
内部の環境が変われば、そこで採れるものも変わる
そして、その変化は迷宮の外で暮らす人々にも影響する
「……なるほどねぇ」
リュネは前方を見た
山々の輪郭が、少しずつ近づいてきている
「ますます、どんな場所なのか気になってきたよぉ」
その日の夕刻
宿場町で受け取った追加の報告書が宿内の空気を一変させる
灰鐘の迷宮で、異常が発生していた
第六階層で活動していた冒険者の一隊が、予定時刻を過ぎても帰還していない
さらに、迷宮の入口付近で採取された魔石の一部に、通常では見られない黒い筋が現れているという
報告書を読み終えたシアは、静かに顔を上げた
「……出発を早める」
「今夜のうちにですか?」
「いや、夜間の山道を無理に進むのは危険だ。明朝、予定より早く出発する」
「承知しました」
リセルは報告書の一部を指で押さえた
「黒い筋……。薬草の変化と関係があるかもしれないわね」
「まだ断定はできない」
「ええ。だからこそ、実物を見たいの」
リュネは二人の顔を見比べた
「……ねえ。これって、もしかして普通の迷宮攻略じゃなくなってきてる?」
シアは短く答えた
「最初から、普通である保証はなかった。三年以上攻略されないのはこういうことも起き得る」
「……そっかぁ」
リュネは腰の短剣を確かめた
明日は、いよいよ迷宮へ入る
自分がどこまで通用するのか
何を知り、何を知らないのか
それを確かめる機会が、もう目の前まで迫っていた




