幕 間 ドルシラ探味録 4.料理長殿、ご執心~王都篇~(その2)
~No-Side~
後日オーウェンス商会に対して行なった訊問から、件のブツは「モディル・フィッシュ」と呼ばれる干し魚である事が判った。その場で調達を依頼したのだが、豈図らんや、〝普段取引の無い土地なので、即時の入手は困難〟と謝絶される。
この時は結局、オーウェンス商会がレシピ試作用に使った残りを徴発する事で、「モディル・フィッシュ」の入手には成功した。
その際に、出汁の取り方も一応教わりはしたのだが……
「なるほど……確かに水の違いだけで、味わいが大きく変わってくるな」
オルラント王国の水では、モディル・フィッシュの味わいを十全に引き出せないというオーウェンス商会の助言のとおり、水魔法で出した水を用いないと、旨味のイノシン酸が上手く抽出できなかった。どんなマジカル素材なのか――と、突っ込みたくなるが、どうやら原産地とオルラント王国で、水質に違いがあるのが原因らしい。水魔法の水はその代用品という事のようだ。
しかも、モディル・フィッシュの気難しさはそれだけではなく――
「長々煮立てると雑味が出るのか……」
「我々の知るスープストックとは真逆だな……」
和風の「出汁」は旨味のアミノ酸だけを短時間でさっと抽出したもので、透明で旨味が強いのが特徴である。
対してオルラント王国で使われている「スープストック」は、肉や野菜を長時間煮込む事で蛋白質を分解させ、旨味成分であるペプチドやアミノ酸を生じさせるものである。濃厚な旨味を持つ反面で、溶け出してくる油脂や固形分のために濁ってくるのが避けられない。
王都邸の料理人たちは、自分たちの「常識」に従って、モディル・フィッシュを長時間煮込んでしまったため、和風の「出汁」とは程遠いものが出来上がった。これはこれで不味くはないのだが、ドルシラやフェリシアの証言にあるような〝あっさりと旨味だけを取り出したような透明の汁〟にはならなかったため、探究・再現のミッションとしては失敗に終わる。
オーウェンス商会に何度も問い合わせを重ねる事で、彼らの言う〝短時間〟が、自分たちの常識にある〝短時間〟より遙かに短いものである事が判明し、漸く和風の「鰹出汁」を再現する事に成功する。
その特性はレンフォール公爵家の料理人たちをして驚嘆させるに充分なものであり、即座に外部に対する箝口令が布かれたのであった。
ただし――それでも幾許かの疑問は残る。
例えば、ネモはモディル・フィッシュを入手する以前から和風の「出汁」を使い熟していた事や、学園祭で持ち出した調味料について茸由来だと公言していた事はどう説明するのか?
「恐らく彼は、モディル・フィッシュ以外の素材からも、同じようにしてスープストックを取っているのだろう。茸の他に、干し魚なども利用している可能性がある」
「では……」
「あぁ。我らが試すべき素材は無限にあるというわけだ」
そしてこの技法の特性は、ネモが和風の「出汁」を使い熟していた理由についても説明を与えてくれた。
「彼がこの技法を誰かから聞いたのか、それとも自分で編み出したのかは判らんが……時間と薪を費やして濃厚な『スープストック』を取るような贅沢が許されなかったとしたら、短時間で旨味だけを抽出する技法は都合が好かった筈だ」
「なるほど……」
「説得力はありますね」
――とまぁこういった次第でレンフォール公爵家の料理人たちは、未だとば口に過ぎないとは言え、和風「出汁」の技法に辿り着く事に成功したのである。




