幕 間 ドルシラ探味録 5.料理長殿、ご執心~領都篇~(その1)
~No-Side~
――さて領都である。
隠し味については王都邸の厨房スタッフがその一端を解明したが、ネモの引き出しはそれだけではない。骨煎餅や氷頭膾、鮭もどきの皮は言うに及ばず、あの不味い鰻を美味くあしらう方法すら知っていたというではないか。剰え、カメの甲羅やサメなどから美容向きの食材が得られるなどと……一体何処からそういった知識を拾ってくるのか。それを解明するのも、領都の厨房スタッフに与えられた任務である。特に美容食材。
そういった背景の下で領都邸の厨房スタッフは、ドルシラから〝湖水地方の庶民料理を調べよ〟との示唆を与えられたのだが……
「しかし……地元の庶民料理と言っても多岐に亘るし、第一湖水地方では、魚の骨だの皮だのは食べていないんだろう?」
「しかし、お嬢さまのご指摘にも一理ある。庶民出の少年が手の込んだ料理法を知っているとも思えないし、縦んば知っていたとしても、手間・暇・金のかかる料理をそうそう作っていたとは思えん」
「うむ。地元料理の派生形から手を着ける……というのは方針として正しいだろう」
「それに、さっきの意見を裏返せば、〝手間・暇・金のかからない〟素材や調理法こそが本命という事にならないか?」
「〝金のかからない〟素材か……」
――そう。例えば、骨とか皮とか甲羅とか、或いは不味で知られた鰻だとかの。
「……普通に考えて食用にならない素材、か」
「それらを、〝手間・暇・金のかからない方法〟で料るというわけか」
極論するなら〝屑素材を使った貧乏……もとい、倹約料理〟という事になるだろうか。依然として範囲は多岐に亘るが、漠然とであれイメージが掴めたのは進歩と言える。
更に――
「問題の少年は湖水地方の出だとか。なら、魚を食べる機会が多かったのではないか?」
「ふむ。少なくとも、獣より魚を食する事が多かっただろうな」
「つまり……使う素材も魚が多かった」
探索の網がもう一段引き絞られる。確たる証拠と言えるものは無いが、仮説とするに足るだけの根拠はある。
手始めに、地元庶民の魚料理を調べる事から始めたいが、本業の厨房仕事も疎かにはできないため、仕事の合間を縫って調べるしか無い。
となると、現地調査以外で手軽にできる事は無いだろうか。ただ手を拱いていただけというのは、あまり外聞が宜しくない。
「それはもう、骨と皮を追究するしか無いのではないか?」
「ふむ。まぁ、手軽と言えば手軽ではあるな」
――という感じで骨と皮に手を着けたのだが、氷頭膾が思いの外に手強い事が判明する。
近いものができたとは思うのだが、穀物酢だけではどうしても刺々しさが消えなかった。恐らくは王都の厨房スタッフが見出したという「隠し味」が必要なのだろうが、これに関してはドルシラの判断と評価を仰がないと、今の自分たちでは如何ともし難い……
「……いや、モディル・フィッシュの入手前に、既に料理を作っていたというから、他の素材でも代用できるんじゃないか?」
生憎とモディル・フィッシュの実物を見た事は無いが、どうやら特殊な干し魚のようだ。なら、他の干し魚でも代用が利くと見ていいのでは?
そういった判断から幾つかを試してみると、刺々しさは大分薄まったように思える。ただ、これも最終的にはドルシラの判断待ち案件だろう。
一方、地元の魚料理(倹約版)を探っていた者たちが目を付けたのは鍋料理であった。
見た目が悪いだの毒針があって危険だのの理由で売り物にならない魚、或いは切り身に加工した残りのアラなどを自家消費するため、塩や若干の野菜(屑)を加えて大鍋で煮ただけの簡単料理。現地では雑魚汁とか粗汁とか呼ばれている。
料理人たちがこれに目を付けた理由は単純で、そのスープが出汁――料理人たちの言葉を借りれば「隠し味」――の原形ではないかと考えたからである。
漁民たちが作っている雑魚汁は、その時々で素材の顔触れが異なるため、安定した味は期待できない。言い換えると――料理人視点では――調味料として使えない。
しかし粗汁の方はどうか。




