幕 間 ドルシラ探味録 3.料理長殿、ご執心~王都篇~(その1)
~No-Side~
ドルシラの――限りなく主命に近い――頼みによって、ネモの料理の隠し味こと「出汁」の秘密の解明に乗り出した王都邸の料理人たちであったが……これが想像以上の難題である事を思い知らされ、打ち揃って頭を抱えていた。
所詮は田舎者の小倅の浅知恵、自分たち玄人の手にかかれば、あっという間に馬脚を現すであろう……と、侮っておれたのも初めのうちだけ。まず〝隠し味〟に使っているであろう素材の正体が判らないという難題に直面した。
ネモの料理を実食したドルシラに確認を取ったところ、返って来たのは〝甘いとか辛いとか、肉とか魚とかの風味ではなくて、旨味そのものを付け加えたような味わい〟という、何の手懸かりにもならない形容。
そしてそこから掬い上げられた情報は、〝既知の如何なるスープやソースとも違っていた〟という一点のみ。問題の解決には何ら寄与せず、寧ろ手懸かりを粉砕するようなものだけであった。
途方に暮れていた料理人たちに、新たな情報がもたらされたのは数日後。ドルシラの妹フェリシアが、ふとした事からネモが手を加えた「煮豆」を味わう機会を得たのである。
その味については姉たるドルシラ直々の、それも執拗な訊問があったようだが、〝ネモが調味料を加えると格段に味が向上した〟という以上の情報は得られなかった。が、一方で別の重要情報がもたらされる――どうやらその「調味料」の素材は茸であるらしい。……重要で、なおかつ有用な情報には違い無いが、探索の範囲が広まっただけとも言える。
しかぁし――! 苟もレンフォール公爵家王都邸料理チームたる者が、料理に関して臆する事などあり得ない! あってはならない!
――そう気を引き締め奮い立てて、市場で手に入る限りの茸を掻き集め、試作に勤しんではみたのだが……
「……一脈通じるところもありますけれど、やはり微妙に違いますわね」
――という無情な回答を頂戴する。
泣きっ面に蜂と云うのか、その後に行なわれた「茸狩り」で、当のネモが〝毒茸の毒抜き〟などという言語道断の技法を口にしたとの凶報が舞い込んで来る。毒茸を毒抜きしての可食化まで考慮に入れるなど、調査対象の範囲が倍増――下手をすると三倍増かそれ以上――するだけではないか。
しかもネモは、王都傍の森で冬虫夏草をあっさりと見つけ、それを事も無げに譲り渡そうとしたという。
自力採集という強みがあるのなら、どんな珍奇な食材でも手軽に入手し、それを気軽に使う――という可能性も捨てきれない。……経済的な制約という軛の外れる音がした。
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心身共に憔悴しきった料理長を神が憐れみ給うたのか、ドルシラと市場へ出かけた折に、この状況の大元凶にしてキーパーソンであるネモという少年との邂逅という、一世一代のビッグイベント(笑)に遭遇した。その事が吉凶何れであったのかは扨措いて、現実のネモとの遭遇は、料理長に強烈なインパクトを及ぼした。
〝子供と侮るべからざる相手〟だの〝衆を圧する存在感の持ち主〟だのとの下馬評は耳にしていたものの、どうせ〝聞かせ話は膨らむもの〟の類だろうと聞き流していたのだが……実物は、噂以上の威圧k……存在感の持ち主であったのだ。
ともすれば砕けそうになる腰と心を必死で奮い立て、どうにか話の相手を務める事ができた。ネモという少年は――外見からすると意外なくらいに――礼儀正しく、料理の技法にも明るいようであった。料理人としての技倆はともかく、知識については確かに一目置くに値する相手のようだ。
オーウェンス商会に連れて行き、少し離れた位置から然り気無く観察していると、ネモという少年は想像以上に食材に通暁している様子が窺えた。驚き怪しみながら観察を続けていると、
「……料理長、今ネモさんが手に取ったあれは何ですの? 枯木のように見えますけど」
「は? ……いや……あれは……?」
そこそこ長い料理人人生でも見た事の無いもの――多分食材だと思う――を手にとって悦に入っているネモ。その様子から、彼がそれを〝思いがけない掘り出し物〟と見ている事が窺える。ならば情報収集は不可欠である。




