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七つの国に架かる橋《加筆修正作業中》  作者: くるねこ
番外編 ノクティス
42/60

10

以前、19・20として掲載していた物になります。

ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします。






 お屋敷に到着し、夜だというのに皆が出迎えてくれる。


「どうしたんですかお嬢様、こんな時間に来られるなんて」


ギーが帰り支度の済ませた姿で現れた。

本来ならまだ早い。


「旦那様はご不在なのね。なら、私は出直すわ。」


「ええ、じゃあ、あたしもまた今度にするよ。半年あるからドレスも間に合うし」


使用人たちは何事かという顔をするためクリスタルは手紙をメイド長へ渡した。


「半年後に婚約パーティーがあるんですって、そのドレスが欲しいの。でも、お父様にも報告したいし、いるときに来るわ。」


「旦那様は明日の夕方に戻られますよ。」


ギーが予定表を見ながら言う。


「じゃあ、明日家まで迎えに行くから旦那様にお時間いただきましょう。」

「そうだね。たまにはここで夕飯食べたいし」


では、準備いたします。

と、メイドが言うためいったん帰ることにした。


 クリスタルの家まで、ギーと三人並んで歩く。

ギーは当たり障りのないクリスタルの生活に関して聞いている。


「そういえば、サリーは旦那様について行っているの?」


夕飯後が帰宅時間となる馬丁のサリーと一緒になってもおかしくないが


「ああ……サリーはやめたんだ。今は食堂で家族と働いているよ。」

「……そう」


サリーは旦那様と若いころからの付き合いで、馬のピスティアたちもサリーだから命令を聞く。

一度ギーが代役をしたが希望のルートを通ってもらえず、旦那様に笑われていた。


 アパートに入り、部屋の前でギーと別れる。

クリスタルの部屋に入ると


「どうなっているのこれは⁉」


汚い。

服の山、

洗濯しようと思っているだろう物の山、

食器の山、

ごみの山、

虫が湧いていないことが不思議だ。


「忙しくて片付けできないのよね。」


そう言っているクリスタルを横目に持ちあげた洗濯物は男物の下着だった。


 「男の人は連れ込まないように言われているわよね。」

「家が遠くて、帰ったら朝になるっていうから仕方なく! ね。でも、ここでは何もしてないわよ。ギーにばれちゃうもの」

「当り前です。こんなに服ばっかり、そんなにお金あるわけでもないでしょ。」

「ノノがやめてから一気に給料が上がったの。あたし期待されてるのかと思って、ちょっとした心労? 発散するために買い物ばっかりしちゃって」


それはきっと私がもらっていた分の旦那様からの給金であり働きに見合った対価ではない。


「それに少し太ったんじゃないの。それで今まで使っていたコルセット使えるの?」

「……新しく作るわ。胸も入らないし」

「それは太ったからよ。半年あるのだから少しはやせなさい。」


ブーっと頬を膨らませている。






 翌日、早めに仕事を終わらせ、クリスタルを迎えに花屋へ行くが


「今日もお昼で上がったよ。」


リリアが娘を抱いた状態で店番をしていた。


 クリスタルの家へ向かうと


「ノクティス」


名前を呼ばれた。

振り返るとサリーが末の息子を肩車しながら机を拭いていた。


「ギーから聞いたぞ。王宮から招待状が来たんだってな。」

「私にじゃなくて、クリスタルにね。私はおまけ」

「婚約者選びなんて今までしてこなかったのに急にどうしたんだろうな?」

「そうね。国王陛下もお元気だし、そんなに急いで婚約者を探す理由もないと思うけど」


立ち話をしているとどんどんとお客さんが来店するため話を切り上げ、私はアパートの階段を上がる。

鍵はまだもっている。


 声をかけながら玄関を開け、中に入ると昨日と変わらず汚い部屋の真ん中で二段ベッドの下の段を机替わりに化粧品を広げているクリスタルがおり、その姿は下着姿だった。


「なんて格好でいるの。机を片せばそんなところに座らなくてもいいはずよ。」

「いらっしゃいノノ、もう少し待っててあと少しだから」


こちらを見ることなくアイメイクをする手はすっかり慣れたものでこの生活ももう十年経つ。

旦那様が呼び戻さないことから後妻の話は本格的に進んでいるのだろうか。


 「はいできた!」


着替えも済ませ、もう家を出られるというクリスタルに私はもう一時間ほど待たされている。


「急ぐわよ。夕飯の時間になっちゃうわ。」

「解ってるって」


レンガ道をヒールで歩くのも慣れたもので、急ぎ足で屋敷へ向かうと屋敷の使用人全員のお出迎えに合う。


 晩餐には私も参加し、いつもは一人で寂しいという旦那様にクリスタルはクスクス笑っていた。


 ドレスのことを頼み、しばらく家に帰ってくると言い出す。


「ここからお店に通うの?」

「ううん。やめる。」

「そんな急にやめなくてもいいだろう。ローゼヌも迷惑だ。今月分は働いてくるように、町で仲良くなった友人にも家に帰るという報告もした方がいいだろう。」


旦那様に言われ、クリスタルは指折り何かを数え始めた。


 「ドレス何色にしようかな?」

「私は赤いドレスが好きだけど、さすがに王宮のパーティーでは着ない方がいいわね。少しピンクよりの色にして、金細工の装飾品にしましょうか。あなたの髪に良く映える青い石もいいし、そろえて赤もいいわね。」

「ノノが使用人に戻っちゃった。」


ふふふっと笑ってベッドにダイブする。

今日はこの後も旦那様とお茶をする約束をしたため泊まることになった。

明日の花屋は定休日だが、私は休みがない。

クリスタルにドレスを着せたら帰ることになっている。


「屋敷に戻ったのなら少しやせないと入浴担当のメイドがびっくりするわよ。」

「そうよね。さすがにお腹やばいわね。庶民には少し太っている方がモテるし、おいしいものたくさんあったから」


すっかり流行りではなくなったドレスの中から落ち着いた色合いの年齢に合ったものを選ぶ。

家を出る前に見たシルエットから緩めにコルセットをしないと入らないだろう。






 薬屋の休みは不定期だが最低でも二か月前から告知し、三か月おきに来ているお客さんには町で合うなり、配達の際に寄るなどして知らせて回るが、今回は半年先のこと、早めの告知と当日の急患の応対のために近くの病院にお願いして一人店番をお願いすることになる。

頼むのは薬を届けに行ったときでもいいため急ぐことではない。

半年後に二回休みたいといったところで予定なんてわからない。


 白魔術師見習いの勉強をして、時々お客さんが来て、納品分を作って、少し勉強したら寝る。

そんな毎日が続く。


 手紙をもらってからもうすぐ一か月経つこの日、配達を終えて帰る途中、


「しつこいわね。あんたとはもう終わりにするって言ってんの!」

「わからないよ。急に、なんで? クリスタルの気に障ることしたか?」

「うるさいわね。もう気分じゃないのよ。あたしは未来の王妃に選ばれたの。だからあんたはもういらない。どっか行って」

「クリスタルが誰の物になろうと関係ない。僕は君だけの従順な下僕でいよう。」

「そういうところがキモイのよ。もう勝手にしなさい。手紙も家にも来ないで、何かあったらこっちから連絡するからそれまで今まで通りに集めてなさい! いいわね‼」


まるで母親が子供をしかりつけているようだ。それと、まだ妃には選ばれてないと思いつつ、見なかったことにしよう。

なんだか見覚えのある男だったが誰だっただろうか。


 店へ戻ると中にはゲーラがいた。


「あら、珍しい。中で待っているなんて」

「勉強ははかどっているのか見に来ただけだよ。試験に間に合いそう?」


カウンターの椅子に勝手に座りながら言うゲーラにハーブとスパイスのお茶を出す。

最近の彼のお気に入りだ。


「どうだろう。わからないところがあって家の本は薬のことばかりで、専門用語なんだけど解説がどこにも載ってないのよ。」


本をめくりながら言うと


「どれ?」


のぞき込んでくる顔が近く、一歩下がると後ろの薬棚に腰をぶつける。

恥ずかしい。


 いくつか質問し彼の話をメモしていく。

途中お客さんが来て薬を渡しているがなんだがみんな不思議そうな顔をしていた。

そんなに私が白魔術師の勉強をしていることがおかしいだろうか。

いや、灰魔術師が白魔術師の勉強をしていることは少ない。

逆ならあり得るのだが、灰魔術師は資格が必要ない分、安定した収入のない信用第一の仕事のためか勉強する量が多いからかあまり目指す人は少なく、勉強して仕事にするならと白魔術師を目指す人の方が圧倒的に多い。

会合が開かれる理由もそれで、少ない分、情報の共有は欠かせない。

私みたいに店がある、それなりの収入を得ている灰魔術師が今更白魔術師を目指す理由はないのだ。


 勉強に集中し、何杯目かの紅茶を飲み干し、ゲーラに質問しようとしたとき、またドアが開いた。


「こんな時間までやってるのは珍しいな。」


近所のおじいちゃんだった。

来店の予定は明日だったと思ったが、


「前を通ったらまだやってるから明日の分をもらって帰ろうと思ってな。お邪魔だったみたいだが」

「そんなことないわ。勉強していただけだから」


そういいながら薬棚を開ける。

腰痛持ちで湿布の他、飲み薬の鎮痛剤も出しているがこれは胃を悪くするため胃薬の他、


「今日はマッサージしてく?」


痛い場所の把握も兼ねて軽いマッサージもしている。


「いや、今日はいい。湿布は念のためで張ってるが痛くない日も増えてきた。」

「症状が変わったなら一度病院で診てもらってください。良くなった、治ったという自己診察ではわからないこともありますから」

「ああ……そうですね。ご丁寧にありがとうございます。」


ゆっくりとお辞儀するおじいちゃんはいつもこんなことはない。

にっこり笑ってお礼を言う程度なのだが、ゲーラの言う通り何かほかの方向へ作用しているのかもしれない。


 薬を渡して帰るおじいちゃんに


「今ね、白魔術師の見習いになる勉強しているの。この資格があれば診察もできるからまた何かあったら相談して、試験が半年後でお店休みだから、おばあちゃんにも伝えてね。」

「そうか、白魔術師の試験か。そうか。」


何か一人で納得した様子で帰っていってしまった。


 おじいちゃんはこんな時間と言っていたがと時計を見るともう夕飯時を過ぎている。


「大変。晩御飯準備しなくっちゃ」

「今日の夕飯は?」

「昨日から煮込んでた手羽先とスープとサラダ。食べてく?」

「いいの?」


ゲーラによってカウンターの上は片され、私は台所を覗いている。


「いいよ。こんな時間まで付き合ってもらっちゃったし」

「前まで夕飯を食べるなら事前に言うようにって言ってなかった?」


言った。

去年だか、一昨年だかにゲーラとギーの訪問が多く、さらに夜までおしゃべりをしてしまい、食事に行くかここで食べるの話になり、ギーが余計なことに私は料理ができると言い出したのだ。

冷蔵設備が各家庭にないカルミナでは食材の保管はあまりしないため市場へ行かなくてはならない。

市場のもうとっくに終わり、飲み屋などに変わった市場へ行くのならもう外食だ。

食べたいならリクエストと一緒に事前に言わないと三人分も買い込んでいないと言った記憶がある。


「朝ごはんの分のパンもあるし、サンドイッチとスープの予定だったから」

「朝ごはんなくなるんじゃない?」

「買ってきてからでも大丈夫よ。すぐできるから待ってて」


スープもお昼に下ごしらえがしてあるためできるのは早い。


 十分ほどで戻るとゲーラは薬学の本を読んでいた。


「お待たせ」


目の前に料理を並べる。

スパイスを利かせた手羽先の煮物はお気に入りで最近よく作る料理の一つだ。

いただきますといって手掴みで手羽先を取ると口元まで運ぶ様子を見ていた。











 クリスタルが屋敷で生活するように時々店にも来るようになった。

その結果、ゲーラとギーが着にくくなったといい、結果来なくなった。

ゲーラには本で質問もあったのだが来ないなら仕方ない。

配達先の白魔術師に聞いてみようと思っていると会合のお知らせが来た。

珍しく会長からの招集ではなく、ゲラダ王子からの招集で今度パーティーで合うのだからフライングすると何かとうるさいクリスタルがいる。

参加して、主催に挨拶しないわけにはいかないため今回は不参加と手紙を書き、ポストへ入れに行く。


 店を閉めた後、お屋敷に向かい、採寸やデザインを決める段階で


「えー! ノノのドレスそんな地味でいいの⁉」


飾り気のないタンクトップのストレートドレスは流行りではあるが味気ないため皆一様に大振りの宝飾品を付けている。私はこれといって付ける予定がないためさらにシンプルだ。

馴染みの仕立屋にクリスタルの髪色よりも少し濃いブルーグレーで作るようにお願いすると横から


「少し光沢がある生地で脇と鎖骨のあたりをレースにして、あと、飾らないなら髪留めをお揃いの物で、靴はレースでそろえましょう。ふくらはぎが見えるぐらいスリットを入れて、中生地もレースのフリルにすれば目立たないけどそれなりになるわよね。」


さすがに服ばかり買っていただけあり、こだわりだすと止まらない。

でも、私そんな物着られるだろうか。いつもの白衣で出席したいぐらいだ。


 クリスタルのドレスは私が言ったようにピンクよりのビビットな赤に同系色のレースを使ったドレスに決まり、こちらは上流貴族の若い令嬢に人気な真上から見ると丸く広がった大きなスカートが花のようだとたとえられるデザインで、花の精だとどこかの遊び人が口説いて回ったことで人気となったデザインだ。


今のクリスタルが着ると昔の高飛車が戻ってきたかのようでおすすめしないと何度も言ったが派手な方が王子がすぐに見つけられると張り切っている。


 仕立屋に『探す』パーティーではなかったか確認され、そうだと答える。

何度も言うがまだ誰一人決まっていないのだ。

何だったら一人ではなく、恒例である複数人を選び、城でともに生活し、その過程を見て、王妃にふさわしいかを決めるというのだから候補になっても振るい落とされる可能性もあるとわかっているのだろうか。

そのあたり、旦那様からしっかり聞いているはずだ。


 仮縫いができたと連絡を受けて向かったのはさらに二か月後、町ではすっかりゲラダ王子の話題一色で私たちが一足先に手紙をもらっていたことがうかがえる。

本当にクリスタルを王妃候補にするつもりなのかと不安がこみ上げる。


 予想よりも体のラインが出るからともっとゆったりで脱ぎ着しやすい物が良いというとスカートのレースが取り除かれた。


 そこから完成まで一か月。

その前に靴や小物が先に到着し、クリスタルは浮かれていたが


「全く痩せていない気がするのか私だけかしら?」


十年たてば使用人もガラッと変わる。

メイドの若いのが大ベテランとして一人残っていたが彼女はクリスタルに甘い。

新しいメイドたちもお嬢様の帰還に浮かれて仕事ができたと喜び、甘やかしている。

サリーがいなくなり馬丁がまだ見習いのため乗馬での運動もできず、みっともない肉体は少しの変化もなく、気が付くとパーティー当日になっていた。






 ほとんど使われていなかったという馬車、サリーがやめてから馬のピスティア達も退職を願い、私も付き合いの全くない彼らに見習い馬丁はただ座っているだけで手綱なんて意味もない状態。


 王宮前の渋滞は以前と同じで、町娘たちが歩いて城へ向かう姿笑っている声が聞こえる。

それも正面から


「クリスタル、あなたが笑うことではないのではじゃないの?」

「だって、あたしは令嬢であの子たちは庶民よ。手の届かない人の前に行くって行くのにあの服装何? ただのワンピースじゃない。」

「気楽な格好でって書いてあったでしょう。」


全く気楽ではない私たちの服装。

何だったら私も歩いて向かいたかったが、屋敷を出る数日前、試験が終わり、あとは結果を待つだけ、ゲーラにはほとんど会えず、ギーに文句を言っていたそんな日でなんだかめんどくさくなり行かないと行ってみると


「いやよ! ノノが行かないなんてだめ! 一緒に行かないとだめ!」


子供かと思うほど駄々をこねられた。

ため息をついたのはいつぶりだろうかと思いつつ、今までは気が付かないようなため息で、これは意図的に出しため息なんだと自分に言い聞かせ、意味がないことに気付き、またため息が出る。


 伯爵家で一番大きい馬車は観音開きなのだが、クリスタルのドレスではそれでも乗り降りが難しいぐらいのボリュームで隣を歩くのも一苦労だ。スカートの裾を踏んでしまいそうだ。


 到城して、招待状を見せて中に入る。

成人祝いのホールとはまた違い、大きな、外へつながる会場は日ごろは何に使われているのだろうかと考えたところで答えなんて出ない。

今ごろ店は大丈夫だろうか。

未婚の女性の多くが城へ来ている。

男たちは衛兵に配慮し、今日は酒を控えるのだと言っていた。

急患が入らないといいがと思いつつ、使用人から飲み物を受け取った。


「ノノ、あたし挨拶周りをしてくるわ。ノノも挨拶あるでしょう?」

「そうね。早めに済ませてくるから一人で外に行ったりしないでよ。」

「解ってる。」


本当に大丈夫だろうかと思いつつ、あの真っ赤なドレスならわかりやすいと思い、この場を離れる。


 配達で訪れる貴族の屋敷、白魔術師はゲラダ王子が会合関係で呼んだのだろう。

婚約者探しのパーティーと命売っているが、一般招待客も多い。

ナトラリベスの令嬢はドレスの形ですぐわかる。


「ノクティスもちゃんと来たんだね。」


白魔術師の一人がコアをかけてきた。

何かとお世話になっている、試験勉強も見てもらっていた王立病院の医師で彼の配慮で試験日と今日、看護師の一人が店番をしてくれている。


「一様、国からの招待ですし、それに友人が一緒に行くのだと駄々をこねたものですから」

「その子に愛されているんだね。」


愛。

愛だろうか。

なんだか昔の引き立て役でしかない気がするが昔とはずいぶん言動も違う。


 挨拶は上の者への挨拶は終わった。

あとは町で合う知り合いを見つけたら挨拶するぐらいかと思い、クリスタルを探しに行く。


 貴族の令息に囲まれた真っ赤なドレスの女性は周りの女性招待客から怪訝な顔をされていた。


「クリスタル、挨拶は終わったのでしょうね。」

「あ、ノノ! もちろん終わったわ。皆さんがお話しましょうっていうから少し立ち話をしていたの。」


そういいながら近づき、私の耳元に扇子と口を寄せ


「私、ここでは貴族じゃなくて、いい家のお嬢さんってことになっているから合わせてね。」

お嬢さんといわれる年ではないだろう。お姉さんで言いだろう。と、思うと

「その人が君のお姉さんかい?」


十年社交界から離れると存在も忘れられているのだろう。

誰もクリスタル・スペールディアとは思っていないようだ。

それに声をかけてきたのはおそらく今年成人したのだろうわかりやすく成人の勲章、クリスタルは卒業パーティーにも出なかったため付けたことがないが、今年の成人をアピールするバッジをしていた。


「成人、おめでとうございます。」

「ご丁寧にありがとうございます。」


今年成人なら十年前はまだ八歳、クリスタルを知るわけがないかと思い、少しいい家の娘の姉ということになっているならばこちらから名乗らないといけない。


「城近くで薬屋をしておりますノクティスと申します。以後、お見知り置きを」

「ご丁寧に、私は――」


名乗ろうとしたその瞬間、音楽が変わる。

ここはホールでも中央付近、ゲラダ王子の入場だと、皆がサーッと中央を開けるように下がる。


 「皆の者、今日は楽しんでいただいているかな?」


その声に隣でスカートを持ちあげるお辞儀カーテシーをするクリスタルと違い、深いお辞儀をする私はつい、顔を上げてしまう。

そこにいたのは


「……ゲーラ?」


に、見えなくもないし、声は一緒。

でも、髪型のせいか、いつもはかけていない眼鏡のせいか、隣にいるのがギーではなく顔の固い、頭も固そうな男のせいだろか。


 一人だけお辞儀を解いてしまったことにその男は怪訝な顔を向ける。

ゲラダ王子は客を見渡し、私と目が合うと笑った。

その顔がむかつくから、しかめっ面になり、頭を下げ直す。


 ゲラダ王子が上座の椅子に座ると上位貴族から順番に挨拶がある。


 今回、公爵家は不参加。

数年前まで三大公爵といわれていた家も一つが不正を行っていたとかで没落、現在は二大公爵となり、各王子に着き、国営にかかわっている。

関係は良好、王子たちの兄弟仲もいい。

そのため挨拶が行われているホールにふらふらとアヌビス様が現れ、友人等へ挨拶をしているようだった。


 侯爵家からの参加も少なく、伯爵家筆頭のクリスタルが挨拶へ向かうとざわつく、それもそうだ。

つい先ほどまで平民の中では少し上の方だと言っていたのだからざわつくのもあたりまえだ。

それに、私はついて行かない。

姉ではないのだから


 元奴隷の身分は平民のなかでも低い。

解放から五年ほどたつが元奴隷の身分でこんなところに来ようなんて根性があれば、脱走でもしていることだろう。


 順番は本当に最後の様で、クリスタルは若い貴族の令嬢に囲まれている。

年上の令嬢は一人、二人いるぐらいでこの年までなぜ結婚していないのか不思議に思われているのだろう。

それを顔に出さず、様子見をしている彼女たちは素晴らしい令嬢だと思う。

クリスタルも


「あたしが王妃になったら侍女にしてあげてもいいのよ。」


なんて言っているのだからダメな子だなと思ってしまう。

私の方が年下だぞ。

って言いたいけど、この年になって年齢の違う友人なんて当たり前かと思ってしまう。


 「ノクティス様、こちらへ」


従僕の案内でゲラダ王子の前まで促されるが


「失礼、気分が悪いので階段はちょっと、この後の個人面会でクリスタル様と一緒に挨拶させていただきます。陛下にはゲーラから聞いていないと伝えてもらえますか?」

「…ですが陛下は」

「クリスタル様の面会で同行したします。それまで休ませていただきます。」


壁際の椅子に座り、ボーっとする。

最近、ボーっとする時間もなかったな。

なんて思っていると久しぶりに景色が変わる。

そこは知らない場所ではなくお屋敷だった。





 「ギー、それを持ってどこへ行くつもりだ。」

「旦那様、これは不正です。国へ報告します。」

「そんなことさせるか!」


もみ合う二人、メイドが止めに入る。

そこにもう一人人影が現れたと思うとギーの背後から花瓶を振り落とした。


「閉じ込めておきなさい。王家の犬よ。」


冷たい言葉が振ってきた。





 こんなに会話がはっきり聞こえたことはない。

お屋敷が近いからだろうか。

わからないがギーが捕まった。


 勢いで立ち上がると椅子が音を立てて倒れた。


「どうした?」


視線が集まることなんて気にしていないが、目の前にアヌビス様がいたことには驚いた。


「あ、いえ、すみません。」

「いや、問題ないならいいが、顔色も悪い。別室で休むといい。」

「……ありがとうございます。」


ギーのことは言うべきだろうか。

ゲーラとの個別を断ってしまった後になぜ、こんなことになるのかとアヌビス様に呼ばれたメイドにより支えられて部屋に入ることには足はおぼつかず、目の前がゆがみ始めた。


「ベッドでお休みになられますか?」

「いえ、ソファーで十分です。心遣いありがとうございます。」


と、答えたところで座るともう限界だったのか、クッションとひじ掛けに体を預け、目をつむる。








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