ふざけるな!
『兄ちゃん、気がついたか!』
「アル……俺はどうして」
『あんちゃんは神鳴丸の催眠攻撃で幻覚を見せられていたんや、あれの鈴を耳元で聞くとあかんのや!』
そうか、その間に刻印を消そうとしたのか……しかしそれならなぜ左肩に攻撃を受けたのだ? その答えは俺の左脇に倒れ込んでいるレイを見て判った。彼女が俺を突き飛ばしたのだ。
『避けられてしまいました』
俺は苦痛に顔を歪めながら右手だけでツインランサーを沙織さんに向けて突き出した。とっさに刀を引き彼女は後ろ飛びする、何回かジャンプを繰り返すと俺たちの距離は五メートルほどになった。
「あるじ様、わたくしを剣化してください!」
「しかし、レイの属性では……」
『せや、フレイムタンでは雷撃には耐えられへんで!』
「わたくしに考えがあります、ぜひわたくしを剣に!」
赤い瞳を俺に向けるレイ、困ったことにそれを断るすべを知らない。
俺はしびれる左手をレイの頭に乗せた。そしてもはや慣れたあの言葉を継げる!
「我HIMOTEとして命ず、我が刃となれ第八の宝剣、フレイムタン!」
左腕に伝わる熱量が全身に行き渡る、目の前はオレンジ色となって左手にフレイムタンがすでに炎をまとっていた。
『わざわざ属性で不利なフレイムタンを使用するとは……その愚かさに応えて差し上げましょう、短いながらの安息の日々を思いだして滅びなさい、HIMOTE』
沙織さんは雷撃の姿勢を取る、俺はツインランサーを地面に突き立てようとしたが、
『チャンスは一度です、雷撃の直後ほんの少しだけ神鳴丸は動けません。ツインランサーで神鳴丸の弱点を突いて下さい!』
「それはどこなんだ?」
『音です、大気は音に……』
そのとき、神鳴丸の柄尻の鈴がチリンと……音、そうか、そう言うことか。
俺はツインランサーを後ろ手に水平に構え、さらに左手のフレイムタンを前方に掲げる。レイの考えはこうだろう。
神鳴丸の刀身が白く光った、その稲光が俺に襲う、その瞬間フレイムタンを沙織さんにめがけて投げた。
稲光は空中を舞うフレイムタンに集中した。雷はより近く伝導率の高いものに放電する、しかもフレイムタンは大気を弱点としてそれを全て受け付ける。
さらに柄から手を離しても三秒間は剣の形を保つのだ。
レイの悲鳴がとどろく、俺はツインランサーを持ったまま沙織さんに突進した。
『なにを!』
『いったれ、兄ちゃん!』
沙織さんは雷撃の姿勢で固まっている。一気に距離を詰める俺に刀を振り下ろそうとしたその柄尻の鈴が鳴る前に、俺たちの距離は一メートルを切った。
「分離!」
俺の声に応えてツインランサーは二本の短剣となる、左手のエルで俺の右肩を狙う刀身をしのいだ、まだ神鳴丸は垂直を保っている、柄の下で揺れる鈴に向かってアルをなぎ払う。
その切っ先は確実に目標を捕らえた。鈴を結びつけていた紐を切断し、小さな鈴は右方向にまっすぐ飛んでフェンスの間から虚空に落ちた。
『しまった!』
鳴美の声が響く、しかし連動する鈴の音はどこにも聞こえない。そして神鳴丸を握っていた沙織さんの瞳が前・上・前・下と高速に移動している。
俺の前に居るのは日本刀を操る美少女剣士ではなく、極端なアガリ症で人と話すことが苦手なお嬢様だ。後ろから近づいて「だーれだ」としたらびっくりして気絶してしまうかもしれない。
神鳴丸は沙織さんの身体を催眠術でコントロールしていたのだ、おそらく刀使いとして。だからあれだけの動きができた。
しかし今はその催眠状態から解けている。
俺の目の前が黄色くなった。三秒たってレイが元に戻る、俺はエルで刀をはじくとわずかに後ろに下がり神鳴丸の柄尻を蹴り上げた。
沙織さんは小さな悲鳴を上げ柄から両手を放した。緑色の残像を回転させながら刀は沙織さんの後方に飛び切っ先を屋上に突き立てる。
「終わった……」
俺の声に応えるように沙織さんは腰をすとんと落とした。その場に正座すると両手を自分の胸の前に重ねる。
彼女がゆっくり瞬きすると瞳はいつもの黒に戻っていた。
「柴田くん……わたしにとどめをさして下さい」
「ご主人様、いけません!」
遠くで鳴美の声が響くが沙織さんはほほえんだまま首を左右に振った。
「メイちゃん、今までありがとう。でももう終わりなのです。全ての責任はわたしにあります」
メイ……そうか、それが鳴美の、そして神鳴丸の擬人化での名前だったのか。
「いえ、わたしがご主人様の意識にまで割り込んで無理矢理闘わせていたのです、ご主人様に罪はありません!」
「それでも……わたしはHIMOTEですから」
沙織さんは顔を上げ、立ち尽くしている俺を見た。
「それに、わたしは自分の意志で柴田くんを襲ってしまいました」
「いつ?」
「今日の夕刻……わたしは自らの意志でメイちゃんの力を借りると、大きな犬に働きかけあなたを襲うようにしむけたのです。そうすればあなたは必ず剣で追い払うと思ったから」
「そうか、その現場の写真を撮ったのは」
「そう、わたしです。あなたが警察に捕まっている間はあなたと闘わなくてすむと思ったから」
その考え通りになったが鳴美……いやメイと親父が許さなかったと言うことか。
「沙織さんは俺がHIMOTEだと知っていたのか」
俺の質問に彼女は首を左右に振った。
「わたしもHIMOTE」の身。父親に優遇されたといえ他の戦士の情報は知りません。あなたがHIMOTEと知ったのはツインランサーの戦士と対面したときです」
そうかあの場面で大介の目標は戦士とリア充ではなく、どちらかの戦士だったわけだ。そして沙織さんを守るためにメイも居たのだろう。
「結界を解いたのも沙織さんなんだね」
「C組の荒木さんが近くに居たのは判りました。あなたたちの闘いを止められるのは彼女しか居ないと思ったのです」
HIMOTE同士の闘いが始まれば他のHIMOTEは介入できない。そういうことなのだろう。
さらに沙織さんの懺悔は続く。
「あなたは違うと言ってくれましたが、やはりわたしは魔女なのです。わたしが大きな声を出すと必ず人が不幸になる。もう誰も悲しい思いをさせたくない。
せめてあなたの手でとどめを刺して欲しい、それがわたしのわがままです」
「ふざけるな!」
沙織さんは驚いて顎を上げた。
「自分が消えた方がみんな幸せになるだと、だったら沙織さんは残された人の気持ちを考えたことがあるのか!
大切に育てた犬が死んだとき、かわいがっていたモルモットが死んだとき、助けたと思ったウサギが死んだとき、沙織さんは悲しく無かったのか!」
彼女はうつむく。そして小さくうなずいた。
「とても、悲しかった」
「なら沙織さんが消えたら誰かが悲しむのだって想像出来るだろう」
「でも、わたしは……」
俺は首を振る。目が回るくらい勢いよく振る、彼女のわがままを全て否定するために振る!
「沙織さんは生きているんだ、そしてみんなに好かれている。丸目だってそうだ、メイだってそうだ、ウサギのシロだってそうだ、何より」
俺は息を吸い込んで彼女の瞳を見ながら叫んだ。
「俺だってそうだ! 沙織さんが居なくなったら俺は悲しむぞ、絶対に! もしそれが沙織さん自身の意志だとしたら許さない、絶対に許さない、そんなことでその身体を命を休ませてたまるか」
「柴田くん」
「何が魔女だ、全ては偶然だ、沙織さんがそれを自分のせいだと思い込んでいるだけだ」
「でも……ハスキーがお友達を噛んだのは事実です、たくさんの犬が人々を傷つけたのは事実です、あなたを傷つけたのも事実です!」
俺はそれでも首を振った。
「誰かを傷つけて罪と思うのならそれを償うために生きていかなければいけないんだ。俺を傷つけたのを後悔するのなら、俺に許して欲しいのなら生きるんだ、そして大きな声で笑ってくれ、瞳だけでなくその声で笑ってくれ!」
「笑う……」
「俺は沙織さんの望みを叶えさせない、これは俺のわがままだ」
彼女は俺の言いたいことを判ってくれたのだろう、瞳は下から真正面を見てそっと瞼を閉じた。
『兄ちゃん、このHIMOTEの刻印がどこにあるんか判るんかい?』
「ここさ」
俺は沙織さんの細い首に指を伸ばした。そこに巻き付いている黒いチョーカーをそっとずらす。思った通り、緑色の文字で「HIMOTE#1,Kaminarimaru」と書かれていた。
「ご主人様……」
「柴田くん、メイちゃんをよろしくお願いします」
俺はそこにアルの刀身を強く押し当てた。さして力はいらないと思ったが小さな音が響いたあと、沙織さんの顎がかくんと落ち、刻印はゆっくりと消えていった。
『兄ちゃん、うちも限界や』
『すんまへん、わてもあかん』
俺の両手から短剣が滑り落ちる。こちらこそありがとう。目の前が黄色く染まったあと、俺の両側に双子が静かに眠っていた。
沙織さんの身体が傾いた。倒れないように支えるとそっと屋上の床に寝かせる。
それから沙織さんのそばに気を失っているレイ、アイ、アル、エルの身体を横たえた。みんなどこかほほえんでいる顔が印象的だ。
そこに……俺のポケットのケータイに着信があった。
ゆっくりとそれを取り出してフリップを開くとオフフックボタンを押した。
『おめでとうございます第八の宝剣のHIMOTE様、あなたがウイナーと決定しました。そのままお待ち下さい』
伝言は簡潔だった。俺はそれにうなずいただけだったがすぐに変化は現れた。
俺の目の前五メートルほど離れた空間がわずかに揺らめくと、そこに親父の写真で見た鏡が出現したのだ。
写真と実物の違いは枠にはめ込まれた宝石の輝きだ。
一つ目のエメラルド、三個目の琥珀、六個目のサファイヤ、最期のルビーが光沢を持っているがそのほかの四個は暗く沈んでいた。
とすると俺の左肩には第一の宝剣の刻印が刻まれているのだろう、沙織さんに近づいて彼女の身体に取り付いているメイは幼女の姿に戻っており、服装も簡素なワンピースとなっていた。
“この戦いに勝ち残れし戦士は汝か”
その声は確かに戦いの最中俺の頭に響いていたものと同じだ。
「そうだ。おまえがリア充スレイヤーを企画・演出・総監督している鏡か?」
“我は誇り高き戦士を正しく褒め称える者也”
ん? どっかで聞いたことがあるような。しかしそれを深く考えている間に鏡は先を進めた。
“今こそ汝の望みを述べよ、我はそれを叶えん”
「その前に質問がある、それに答えてもらおう」
鏡からの返答は無い。だが俺は続けて質問を投げかけた。
「俺が望みを告げたとたんおまえはこの町を消失させるつもりか?」
“我は戦士の望みをかなえる者也”
「俺の質問に答えろ!」
“返答の意味なし。汝は願いと共に我の中にて永遠の命を得るのだ。闘技場にある全ての意志を糧として我と我の中の命は栄える”
「そう言うことか」
親父の読みは当たっている。この鏡がどっかの世界に繋がっていて、そこのエネルギーポテンシャルが一番高いのが、こちらの世界の人間の意志なのだろう。
「なぜ町を消す、俺たちの戦いでは不足だと言うのか!」
“消失するのはこの町だけにあらず。狂乱の祭りを目撃せし人々、その騒乱を耳にし人々の心が全て起爆となる”
待てよ、それってニュースを目撃した人が居るところ全て爆発に巻き込まれるってことか。半径三キロってのは一〇〇〇年前のロシアの村だったからその程度だってことか。
切り裂き魔のニュースは日本全土に報道されているんだぞ、場合によっては世界にも配信されている!
ずいぶんと大きな話しになってきたな。そうか浅利さんちじゃ間に合わなかったのか。
“狂乱の戦いが我が糧に不安と恐怖の感情を巻き起こす。戦士のおこないはその感情を引き起こす起爆にすぎぬ。我の目的のために闘えし戦士、その褒美それが願い也”
より高価な意志を得るために望みをエサに俺たちをつりあげようとしたわけだ……何でもかなう望みも俺を鏡の向こうに取り込んだあと、夢にでも見せて満足させるつもりか。
「ふざけるな!」
“さあ戦士よ、汝の願いを述べよ!”
「俺は、おまえをぶっ壊す!」
拳を握り鏡に突きつける。そこに映った俺の顔はシバヅケのそれだった。
§
鏡の背後で何かがうごめいた。これが現れたときと同じように空間が揺らめくとそこに登場したのは長身の女性の姿だ。
服装は簡素なワンピースだがスカートの裾は足首まで伸びている。顔つきなどはアイに似ているがまぶたを開いた瞳の色は真っ白だった。
彼女は両手で鏡を持つと俺にほほえみかける。
“戦士が我を壊すと言うのか。それがどれほど無謀と判っているのか”
「判っている!」
“汝は人々の英雄にでもなろうというのか”
またこれか。
どいつもこいつも俺の名前を気軽に、しかも別の読み方で言いやがって。
“汝が英雄となり人々を助けたとて、誰にも知られることは無い。されば我の中で永遠につきることのない幸福な夢を見れば良い”
「いや、一人知っているぜ」
“どこに居る”
俺は右手の親指を突き立てて自分の胸に当てた。
「俺が知っている」
そうだ、親父も言っていた。ヒーローなんて自分勝手でお節介なのだ。
俺も美雪も危なかったからレイの先代のHIMOTEを倒した。
伊藤のハーレムに沙織さんを巻き込みたくなかったから奴を倒した。
大介が我を忘れているからあいつを倒した。
沙織さんの願いを叶えたくないから彼女も倒した。
誰のためでもない、俺がそう思ったから闘ってきた。その俺の目の前に天秤がぶら下がっている。
片方に夢野世界、もう片方にいままでの世界。鏡の奴から見れば当然夢の方に傾くんだろうが俺はひねくれている。
俺は今の世界がそれなりに好きなんだ。どっか不自由で思うとおりにならないが、どこかの誰かが適当に見せてくれる夢南下よりよほど信用できる。
親父があれでも、丸目が変態でも、美雪が心配でも、猫のシロが俺を相手にしてくれなくても。
大介が居て、美代子が居て、ウサギのシロが居て、なにより沙織さんが居るここを壊されたくないだけだ。
“そのために我を破壊すると言うのか”
そうだ、今それができるのが俺だけなんだ、他に誰もやってくれない。
こいつは誰のためでも無い、俺のためなのさ、唯一の俺の願いなんだ!
俺の好きな世界が壊されそうだからおまえを倒す、それだけだ!
その行為が「英雄」だと言うのなら呼ばせてやる。俺のケンカがどんな名前で呼ばれても関係ない。
それに……俺もだんだんその気になってきたからな!
“笑止、だが望みを告げぬとも時は進む”
俺はケータイの時刻表示を見た。現在午後一一字三四分、三〇分もない。
しかし四人の剣はすでに動ける状態では無かった。
残る一人は今、眠っている沙織さんにとりついている。
「メイ、力を貸せ!」
俺の声に振り向いたメイはエメラルドグリーンの瞳を光らせた。しかし首を左右に振る。
「何であなたのために力を貸さないといけないの! わたしが仕えるのはご主人様だけよ!」
「俺に刻印があるから今は俺があるじだろうに!」
「わたしは特別よ。何があってもご主人様の記憶が消えないように設定されたのよ。間違ってもあんたには絶対に従わないわ!」
ここに来てチートか。丸目の親父さん何考えているんだか。
「このままでは鏡はこの世界を消失させる、それを防ぐんだ!」
「消失でもなんでもすればいいでしょう、消えることがご主人様の願いなのだから!」
「おまえは本当に沙織さんが消えてもいいと思うのか、おまえに優しく接していろいろなことを教えてくれて剣では無く妹として見てくれて、本当にそんな彼女が消えてもいいのか!」
メイは考えている、その表情に迷いを見つけるのは容易だった。
「思い出せ沙織さんがおまえにしてくれたことを、その暖かさを失ってもいいのか!」
「わ、わたしは……」
しかしふんぎりがついていないようだった。こうなったら仕方ない。
「ええい、言うことを聞かなければ沙織さんの変態兄貴におまえの身体を全部なめ回させるぞ、無理矢理スクール水着を着させてランドセルを背負わせその上でロリ成分を吸収させるからな!」
「す、好きにさせれば、い、いいでしょう!」
メイの顔が青くなりやや震え動揺している。さすが変態兄貴のことはメイの中でも十分認識されているらしい。
しかし自分に降りかかることは何とか我慢できるのか。それならば……
「んー、メイと一緒に沙織さんにもスクール水着とウサ耳と網タイツを着てもらって、俺が全身なめまくろうかな。それでべったべたのてっかてかに光って……」
「そんなことさせないわよ!」
メイはものすごい激高を見せた。さすがだ、ご主人様の危機には敏感だな。
「もしおまえが協力しないのなら俺、あの鏡に取り込まれたあとでそーんなお願いをしちゃおうかな」
「わ、判ったわよ、言うことを聞けばよいのでしょう!」
メイは苦虫を口の中いっぱいに噛みしめたような顔をしてから黒髪の頭頂部をこちらに向けた。俺がそこに手を乗せると、
「さっきの不潔で最低で俗悪で淫らで野蛮で醜悪な妄想、ご主人様が助かったら告げ口してやるわ!」
俺の全身の毛が逆立ったが聞かなかったことにする!
「我HIMOTEとして命ず、我が刃となれ第一の宝剣、神鳴丸!」
ある程度慣れたことだが、黒髪に触れていた手に強い風が巻き起こりそれが全身に広がった。予想通り目の前が緑色に染まると俺の右手に日本刀が握られている。柄尻の鈴は復活していた。
俺は刀を振りかぶった。重さは気にならないがフレイムタンより刀身が長い。一気に鏡に近づくとそれめがけて振り下ろした。
“ムダなこと也……”
その通り、刀は鏡を素通りした。まるでホログラムに斬りつけたかのような手応えの無さだ。
『後ろよ!』
メイの声に振り向くと底にも鏡を抱えた女性の姿が浮いている。もしやそれが本物か? 俺はそれに向かって刀を横に振り払った。
“愚かなこと也”
またしても刀はすり抜ける。辺りを見ると鏡を抱いた女性の姿は三名に増えていた。
「くそ、どれが本物だ!」
“これにて終りと思うなかれ”
俺が刀で斬りつけるごとに鏡の数は増えていく。あれから五分近く神鳴丸を振り回して鏡の数は数えられないほどになっていた。
俺の周りには鏡を持った全く同じ姿の女性が取り巻いている。これがみんな別々の可愛い女の子でみんなが俺に熱い視線を向けていてくれたら満足だ。しかし真っ白の瞳に嘲笑されていたら腹が立つしこれだけ居ると君が悪い。
「メイ、こうなったら雷で攻撃だ!」
すると俺の手が勝手に動き沙織さんと同じポーズを取った。さらに柄尻の鈴がチリンと鳴る。
『雷撃放散!』
メイの叫び声の直後、切っ先から生まれた無数の稲光が俺を囲む全ての鏡に向かって飛んだ。しかしそれらは全て鏡の中に吸収されてしまった。
“属性攻撃など我に効かぬ”
俺は舌打ちする、となると一つ一つ潰すしかないのか?
“さればさらなる苦難を汝に与えん”
何のことかと思ったがかまわず俺は側にあった鏡を三枚同時になぎ払った。しかし今度は消えない、斬りつけた直後に鏡は爆散しその破片が俺に向かって高速で襲いかかる。
粉々になった金属片がトレーナーを切り裂きむき出しの右腕に無数の切り傷を作った。
くそ、切れないもので傷つけられると思いの外痛いぜ。
「メイ、催眠攻撃で何とかならないか?」
『そんなのがあれに効くはずがないわ』
“……なるほど、されば戦士に良きものを見せてやろう”
なんだそれはと思った瞬間、目の前の鏡が鋭く光り輪郭が揺らいだ。そこに一人の女性が姿を現す。
細身で長い髪を三つ編みにし右の肩口から流している、あの野獣親父のどこが気に入ったのかと思える可憐な女性は、
「母さん」
「英雄」
声が聞こえる、しかしそれは目の前の母さんではなく俺の真後ろからだ。ゆっくり振り向くとそこには小柄でとても落ち着いた女性が短めの髪を揺らして俺を見ていた。
「お袋……」
「英雄、すっかり大きくなって」
「ずっと逢いたかったわ」
母さんとお袋は俺に手を伸ばして近づいてくる、その頬を涙に濡らしながらほほえみかけてくれる。あのときのままの姿、声も全く同じだ。
『ちょっと、何をしているの!』
「これからはみんなで仲良く暮らしましょう」
「そうそう、英雄と一緒に暮らせるのよ」
俺は母さんとお袋に抱きしめられていた。神鳴丸を持つ手をだらんと下げて二人のぬくもりに包まれていた。
夢のようだ。お袋と分かれて一〇年、母さんと別れて五年……俺の知っている二人だった、二人と幸せに暮らしていけるのか、みんなで一緒に……
そのとき、チリンと鈴の音が聞こえて来た。
俺の目が見たのは倒れている女の子……長い髪のとても綺麗な女の子。セーラー服を着た彼女の瞳は閉じているがほほえんでいる顔が俺にこう話しかけている。
『メイちゃんをよろしくお願いします』
「そんな子はどうでもいいでしょう」
「そうよ、気にしてはいけないわ」
「わたしたち家族で幸せに過ごせるのだから……」
「他人は気にしないで、家族水入らずで……」
今……何と言った!
お袋と母さんの声に俺は奥歯を噛みしめると神鳴丸の柄を握りしめ、まず母さんに向かって振り下ろす。すると姿がかき消されその真後ろにあった鏡が爆発して破片を俺にまき散らした。
次に驚愕するお袋にも刀を振り下ろす。やはり姿が消えてその後ろにあった鏡が真っ二つになり爆発した。
「違う、母さんもお袋も倒れている女の子を見捨てろなんて絶対に言わない!」
破片を浴びて俺の顔面も傷ついている。右目のすぐ下を切って血の汗が流れた。
「それに二人はもう死んだ! 俺の目の前で死んだんだ、もうゆっくりと休んでいるんだ、鏡なんかに起こさせてたまるかっ!」
“愚かなことを……そのまま夢を見ていればよいものを”
鏡の声の直後、また鈴が小さく鳴った。
『戦いの最中に夢を見るとは良い御身分ね』
「すまねえメイ!」
“さりとて汝に手段はない。大人しく望みを告げよ!”
ちくしょう、何か手は無いのか、手は? 落ち着け、ここで焦ったらおしまいだ。
俺は答えを求めて周りに浮かぶ鏡をぐるりと見回した。どれも俺の顔を緑の瞳を移して……待て、何か今、違和感を覚えたぞ。




