男・ハイスクール、ノーニード!
フロントがつぶれたランクルで示現高校に乗り付けたのは午後一〇時を回っていた。残り二時間を切ったことになる。
俺と親父、親父に捕縛されたままの丸目の親父さんとそしてレイは校門に横付けしたランクルから飛び降りて中に入ろうとした。
「ぬおっ!」
しかし校門をくぐれたのは俺だけだった。親父たちは何かの壁に阻まれ中に踏み込めない。レイも足止めを食らっているようだ。
鳴美め、結界を張ったな。学校の敷地全体とはかなりのレベルと判る。
「レイ、親父と幸之助さんの手を握れ!」
彼女は言われるままに二人の右手に触る、俺はペンダントを握りレイをすぐ側に召喚したが、二人の身体は校門の外に残ったままだった。
もしかしたら持ち上げているものでないと一緒に運べないのかもしれない。それとも結界が強力なのか?
「いけ、これから先はおまえの出番だ!」
親父は俺に向かって怒鳴った。さっきから怒鳴りっぱなしだがまだ声がかすれる気配が無い。
言われるまでも無い、俺はレイと顔を見合わすとお互いうなずいて走り出した。
校庭を一気に駆け抜ける、校舎に入るとそのまま階段を上った。一階、二階、三階と順調に上ったのだがそこから上の踊り場に大きな机が置かれていた。
一般の教室で使用するものよりずっと大きなそれ、机の端に置かれた三角錐には「生徒会長」と書かれている。当然、その机を前にして腰を落とし、両肘をついて指を組むとそれに顎を当てる総司令官ポーズを決めているのは丸目三郎だった。
「丸目、そんなところで何をやっている!」
「決まっている、ここから屋上に出ようという不審者を取り締まるのだ」
「ふざけているのか」
「いやわたしはいつでも本気だ。それは君が一番良く心得ているものと思ったが……」
「ともかくそこをどけ!」
「どかせてみればよかろう、負け犬非モテが」
俺の奥歯がぎりぎりと鳴った。その言葉を吐いていいのは大介だけだ、おまえだって知っているだろう!
こうなったら不本意でも剣で突破するしかない、俺は右手をレイに向けたのだが、彼女は身体を細かく震わせていた。
「レイ、どうした?」
「だ、ダメです、震えが止まらない……」
訳が判らないがとりあえず彼女の金髪に手のひらを乗せて、
「我HIMOTEとして命ず、我が刃となれ第八の宝剣、フレイムタン!」
しかし手のひらに熱が伝わって来ない。視界もいつまでたっても変化しなかった。
文言を間違えたかと思い、何度か言い直してみても結果は同じだ。
「レイ!」
「わたくしの……精神が……ブロックされて」
「おやぁ、そこに居るのは誰でちゅかぁ? あのときの幼女様でしゅねぇ!」
丸目はゆっくり席から立ってメガネ越しの瞳を光らせる。それはエメラルドグリーンに輝き口元にはなんとも言えない笑を浮かべていた。
なるほど、こいつも鳴美に操られているのか。緑と言うことは今までに登場していない属性……たぶん大気なのだろう。
待てよ、レイは一度丸目のあの姿を見ている。それがトラウマになっているのか?
なら、丸目に精神攻撃を受けていない剣に頼るしかない、俺はペンダントを握り残りの三人を呼んだ。
「……到着」
アイはまるで白雪姫のような真っ白ドレスで登場した。ただ細い腰に唐草模様の風呂敷が巻き付いているのが気になる。
「ようやく出番やで、うちも腕が鳴るわ!」
アルはゆったりとしたトラの着ぐるみを着ている。サイズが小さいので猫という雰囲気だ。きちんとしっぽまでトラ縞なのは言うまでも無い。
「よっしゃあ、わても暴れまっせぇ!」
エルは豹のコスプレに身をくるんでいる。身体に密着しておりまさしく美しき獣だ。
なんか美雪、帰ったらいろいろと語り合おうな。今は呆れている時間がないのが残念だ。
「フフフフ……美しい幼女様がいっぱいでちゅう」
丸目は目の前に出現したパラダイスに目を細め、俺が知る限り人類最悪と思える怪しい笑顔を浮かべた。昇進成就した性的犯罪者の顔に違いない。
奴は机を避けて回り込むと踊り場から階段を一歩ずつ下りだした。その仕草はディナーショーのタレントのようだ。
そして両手で詰襟の前あわせを持つと左右に力強く開いた。
金色のボタンが全てはじけ飛び中には学校指定のワイシャツではなく、黒字に「UNDER13」と真っ赤な文字で書かれたシャツが出現した。おまえの射程圏内は小学生以下か、美雪安心しろ!
「カモーン、ロォーリィー!」
変態の口から発せられた変態的雄叫びに射程圏内と思われる四人全員、身体を震わせ背筋を伸ばす。
「ななな、なんやあの変質者は!」
「アル、ともかく剣化するぞ!」
「あ、あきまへん、あれはあきまへんでー!」
今度はエルだ。双子はお互い抱き合ってがたがたと震えだした。
もしやと思ってアイを見ると両目がいつもより五ミリ開いて額に汗が流れている。
「……ケモノ」
そうか、アイも奴の声は聞いているのだ。彼女でも汗をかくのかと思ったがそれどころではない。
「レイ、どういうことだ!」
「あの人が抱いている幼児に対する偏愛が、わたくしたちの能力をブロックしているのです!」
なんだと? 丸目、どこまでも規格外な男だ。
「ロリロリロリロリロリロリロリロリィ!」
何かもう、人類の言葉として認めたくない奇声を発すると、奴は両手を前に突き出し一気に階段を下りて幼女に迫ってきた。レイたちは蜘蛛の子を散らしたかのように声を上げ逃げたが丸目の足は速かった。
わずかに逃げ遅れたエルを捕まえるとツインテイルの根本に噛みつく。
「やめんかこの変態、放せー!」
「ロリ成分、吸収!」
すると何かをストローで吸い上げるような音が聞こえる。じたばた暴れていたエルがだんだんと静かになって手足をだらんと下げた。
「ロォーリィー、うーまーいーでちゅー!」
満足しきった丸目に開放されエルは床に落ちてごろんと寝転んだ。そのままぴくりとも動かない。
「うう、わてもうあかん……きゅう」
「エル!」
アルは妹を助けようとするが丸目の眼光を浴び身体がすくんでいる。俺は二人の間に入り丸目の腹にある「13」のロゴを蹴って間合いを開けた。
「下がってろ!」
「兄ちゃん!」
剣の力が期待できないとしたらここは俺がこの変態を退治するしかない。一度完全に肉体言語で説教しようと思っていたのだ、今がいい機会だ。
面と向かった俺に奴は、右手を握ると親指だけ突き立てて自らの首をかっ切った。
「男・ハイスクール、ノーニード!」
「うるせえ!」
俺はもう一度奴の腹に蹴りを入れようとしたがつま先が食い込む寸前、奴の腕が動き俺の踵を掴もうとした。とっさに身体をひねり倒れるように避けたがこいつ、関節技が得意だったことを思い出す。
あのまま踵を取られていたら、膝か骨が粉砕され足がダメになるところだった。
俺は一歩後退すると右手を突き出し構える。ここは禁じ手といえ金的狙いしか無いか……肩を落としたが攻撃にかかる前に奴は腰を回転すると蹴りを繰り出してきた。
間合いから外れていると思ったが、
「兄ちゃんしゃがんで!」
アルの声に応えて反射的にさらに腰を落とした。奴の蹴りは俺の直前でぐんと鞭のようにしなり俺の丸めた背中をかすめた。エムタイのキックだ、どこまでも油断ならない奴!
再度蹴りを繰り出そうとする奴との距離を取るため、左手であいつの身体に触れたときどこか変な反応をした。
なんかこっちが弾く前に奴の方が勝手に離れたような……ともかく四メートルほど距離を開けたが、俺以上にまともな格闘術を心得ている変態紳士にどう立ち向かう?
おれが躊躇しているとアイが素早く動き丸目の腰に抱きついた。あまりにうれしい抱擁に奴は至福の表情を浮かべる。
「ロォーリィー最高でしゅぅ!」
「アイ、離れろ、力を吸い取られるぞ!」
「……アイが抑える」
アイはその場をどかなかった。たぶん噛みつかなくともロリ成分が吸収できるのか、アイの眉がほんの少し下がり青い瞳の輝きが鈍くなっているように思える。
彼女はレイとアルに目を向けた。
「……協力」
アイの言葉に今度はレイが丸目の右脇腹にしがみつく。
「なにしとんのやフレイムタン!」
「この人を抑えるんです。アイスブランドだけでは無理でもわたくしが加われば……」
「そやけどその変態には適はへんで!」
「やってみなければ判りません。あるじ様、わたくしとアイスブランドが抑えている間に!」
「ええいこうなったらうちも!」
そして今度はアルが丸目の左脇腹に抱きつく、三方を完全に抑えられた丸目はロリロリ言いながら目から涙を流し立ち尽くしていた。
「……今のうち」
「あるじ様、早く!」
「兄ちゃん、早うしてーな!」
確かに今なら丸目の動きは完全に止まっている。攻撃が可能だがいったい何が有効なんだか判らない。
そこで考えたのはさっき俺の左手を避けたことだ。
俺の左手が「変態封じ」とか「アブノーマルブレーカー」とかの特殊能力を持っていないのは普段の生徒会活動で良く判っている。だとすると何かがあり今だけそんな力が備わったと言うことか。
今日の出来事を考えようと思ったがいろいろありすぎるため逆に再生した。
ここに乱入し、丸目邸に乱入し、親父が山岡署に乱入しって乱入ばっかりじゃん。
「あ、あ、あかん、もうダメかもしれへん」
「わ、わたくしも……限界」
いかん、悠長に考えているうちにアルとレイの腰がふらついている。しかし何か決め手は無いものか、丸目の怪しく輝く緑の瞳を見たとき何となく思いついた。
奴に近づくとジャンバーの左袖を丸目の口に噛ませた。
「うおー、ハイエイジィーノーグッドー!」
やはりだ、今までロリ成分を吸収しテカテカに輝いていた奴の顔がみるみる青ざめ苦渋にひずんでいく。なんか奴のよだれで服が溶けそうに思えるが後で美雪に徹底洗浄してもらうことを前提に、さらに口の中にねじ込んだ。
「いやあー、アダルトスメイルノーサンクス!」
「やかましい、黙れこの変態野郎!」
俺はのけぞった奴の身体から少し離れると、がら空きの腹に一発正拳をぶち込んだ。前かがみになった顎に強烈なアッパーを入れる。
ウシガエルがつぶれるような声を発し奴は白目をむいて床に倒れる。変態紳士、成敗した也!
改めて俺は奴の唾液にまみれたエンガチョな左袖を見る。
数時間前に山岡署にて婦警さんに連れ去られようとしたとき強く握られた箇所だ。そのときにコロンなり大人の女性の匂いが付いたのだろう。
奴自身も化粧品関係の匂いが苦手だと言っていたっけ。
しかしハイエイジと言っても見た目二〇代後半だったぞあの婦警さん、かわいそうに。
奴が倒れるのと同時に三人も床に腰を落としていた。俺は間近に正座するアイの肩を抱き留める。
「アイ、よくやったぞ」
「……ふろしき」
彼女は腰に付けている唐草模様を指さした。それを解くと中から出てきたのはラップで包まれた美雪特性おにぎり五個だ。
包装を外し幼女四人に一つずつ渡した。俺も一つ口にする。中身は梅干しか、クエン酸が身体にしみるぜ。
「みんなはここで少し休んでいるんだ」
「……用心」
「あるじ様、気を付けて」
「もう少ししたらうちも加勢するでぇ」
「わてもや、ほんの少し待ってえや!」
俺はおにぎりをほおばる四人の声に答えうなずくと屋上に向かう階段を見上げ足を進めた。
それを駆け上がると鉄製の扉は閉じている。俺は三桁のダイヤルロックを六・三・四と合わせ鍵を開き外に飛び出た。
「いらっしゃいませ、英雄くん」
鳴美はそこに居た。屋上の中心、空に満月を仰ぎ短めの髪を照り返し俺を見ていた。
「やはり夜景が綺麗です。遠くの灯りまで良く判りますよ」
「鳴美、今はそんなことを言っている場合ではない」
俺の言葉に彼女は少し残念そうに眉尻を下げた。
「そうですか……わたしと二人ではつまらないかもしれませんが、このお方と三人であれば楽しいのではないでしょうか?」
と俺に見せた鳴美の傍らの女性は、この学校のセーラー服を着て胸のリボンを夜風になびかせていた。長い髪も同じく揺れているが美しい瞳は目隠しで見えない。
「沙織さん!」
「柴田くん?」
目が隠されているので俺がどこに居るのか判らないのだろう、首を左右に振っているがその細い首に沙織さんの背後に回った鳴美の右腕が巻き付いた。
「やめろ、俺はここに来たぞ!」
「ええそうですね。ですが二人ではおもしろくありません。やはり観客は必要でしょうから」
観客と言っても人質にしか見えない。
「何が狙いだ、俺に負けろと言うのか?」
「いえ、これから闘うのですからそんなことは要求しませんよ。わたしが聞きたいのはあなたの三個の刻印の種類と場所です」
刻印……なるほどもっともだ。俺は感心したのだが鳴美は拒絶と読み取ったのかもしれない。メガネ越しの目尻をつり上げ左手で沙織さんのセーラー服を少しめくり上げる。
「わたしはこのお方の肌がうらやましい……こんなに柔らかくてきめが細やかで」
鳴美の指が沙織さんのおなかでゆっくりと動いた。それはただなでているように思えたが、手首が少しだけ動いたと思うと左手に小さなナイフが握られている。
「このナイフは剣でありませんから人の身体でも切り裂けます。これだけ綺麗な肌なのですからその下にある内蔵も美しいと思いませんか?」
その言葉と共にナイフの切っ先が沙織さんのおなかに押し当てられた。その恐怖からか沙織さんの背筋が伸びる、鳴美の右手は人差し指で沙織さんの口を塞いだ。
「きっと素敵な桜色でしょう。どうします? この場でこの方の臓腑をごらんになりますか?」
「まて、話す!」
俺はそう叫んだが鳴美の動きは変わらない。俺が答えるまで沙織さんを放さないのだろう。
「左脇腹にフレイムタン、右脇腹にアイスブランド、右肩にツインランサーだ」
「右脇腹を見せて頂けますか?」
俺は言われるとおり、ジャンバーを脱ぎ捨てトレーナーとシャツをめくり右の脇腹を見せた。鳴美は満足とばかりにうなずくと左手のナイフをしまった。
「さあ、沙織さんを放せ!」
「いいでしょう、受け取ってください」
もっと何かを要求されると思ったが鳴美はあっさりと沙織さんを解放し目隠しのまま俺に向かって身体を押した。
ゆるゆると足を進める沙織さん。俺も近づいて彼女の身体を抱き留めた。
「沙織さん、大丈夫?」
沙織さんの右手は俺の背中に回っている。体重がそっくりそのまま俺に預けられたのでなんというかその、彼女の極上の感触が俺の胸に……
「だ、ダメですよ沙織さん」
俺の照れ隠しに沙織さんは耳元でとても小さな声で呟き始めた。
「我HIMOTEとして命ず」
……なんだって?
「我が刃となれ」
そんな、嘘だろ? そのとき彼女の目を隠していた布がゆっくりと外れた。
それから俺の身体を引きはがすとこう言ったのだ。
「第一の宝剣……神鳴丸[かみなりまる]」
目の前で沙織さんの黒い瞳がエメラルドグリーンに変化した。それと同時に俺の右脇腹に大きな衝撃が届く。
身体がクの字に折れ足がふらつき、後ずさりして沙織さんから少しずつ距離を取った。
彼女は左手に美しい日本刀を持っていた。刀身はフレイムタンより長いがずっと細く刃文がゆるやかに波打ち緑色に輝いている。鍔には小振りな緑の宝玉がはめ込まれその柄知りに付けられた鈴がチリンと音を立てた。
「まさか……沙織さんがHIMOTE……」
『そう、塚原鳴美こと第一の宝剣、神鳴丸のあるじたるHIMOTEよ』
鳴美の声は日本刀から聞こえて来た。




